8.突きつけられた勝利宣言
体育祭の昼休み。
校舎の外では生徒達が昼食を取りながら談笑しており、競技中とは違った賑わいを見せている。
その一方で校舎内はやむを得ない場合を除いて立ち入り禁止という事もあり、廊下は何時もより静かで、足音が響くほどであった。
「会長。窓の外に何かがあるのですか?」
昼食を手早く済ませていた玲緒奈と剣崎は校舎内の見回りをしており、その途中で玲緒奈は歩みを止めて窓の外を眺めていた。
彼女の見つめる先。そこは中庭であって、多くの生徒がベンチや広げたシートで昼休みを満喫している。
普段とは違った光景は目を引くところでもあるが、その中でひときわ目立つ者達が居た。
生徒達の輪に三名の大人が混じっているそのグループの中心には、前半戦で多くの活躍を見せていた竜堂海人の姿があった。
「――――……いい気なものですね」
普段から目立つ行動ばかりしている者達であって、剣崎は度々衝突することもあり、今回は特に迷惑行為を働いている訳でもないが不愉快に思うのだろう。
彼は忌々しげに吐き捨てていたが、玲緒奈は首を横に振った。
「学生らしくて良いじゃない。これが彼らの本来のあるべき姿なのだから……」
「ですが……っ」
剣崎は不服なのか、まだ何か言いたげであるようだが、グッと拳を握りしめて抑え込む。
彼は大きく息を吐いて取り乱した事を詫び、それに対して玲緒奈は謝罪など必要ないと言って話題を切り替えた。
「ところで彼の傍に居るあの者は……」
「あれは……。確か、聖沢家に居候しているという下働きであった筈ですが。彼がどうかしたのですか?」
「いえ……。少し気に掛かったのだけれど……」
「分かりました。詳しく調べておきます」
「お願いするわ」
校舎内を一通り見て回った所で昼休憩が終わりを告げるアナウンスが流れる。
玲緒奈と剣崎は見回りを終わらせ、体育祭実行委員が集まるテントへと戻ろうとした所、昇降口で歩みを止めた。
通路を塞ぐようにできていたのは人だかりで、またしても新任教師達によるものかと思われたが、人垣の向こうにローランドやルイーザの姿はなかった。
人の輪の中心に居たのは、午前中に数々の競技で目覚ましい活躍をして一躍有名になった者である。
「赤星君っ! 午前の部、凄い活躍だったね~!」
「カッコよかったよ~。あんなに足が速いなんて私知らなかった~」
女子達に囲まれ、黄色い声を上げられているのは二年の赤星亮平で、彼はチヤホヤされていても何食わぬ顔をしており、デレデレと鼻を伸ばしたり調子に乗ってはいなかった。
皆に称賛を送られても自惚れないようで、そこだけ見れば好青年のようだが、玲緒奈は眉をひそめていた。
「君達。休憩の時間は終わったとアナウンスが流れた筈だが」
「剣崎先輩……っ。す、すみません……っ!!」
「し、失礼します……っ!」
一躍時の人となった亮平とは違い、剣崎は不動の座に着いているようだ。
彼が一声かけるだけで女子達は頬を赤く染め、蜘蛛の子を散らしたように去って行く。
残された亮平は取り巻きを退散させたことに不満は抱いていないらしく、素知らぬ表情のまま頭を軽く下げて去って行った。
「彼、午前中は随分と活躍していたようだけれど……」
「これまでの陸上部での成績はそれ程までに目を見張るものでは無かったようですし、気にはなりますね」
「そうね……。一応彼の事も詳しく調べておきましょうか」
「分かりました」
本来なら生徒の努力や活躍を認め、生徒会は率先して称えるべき立場である。
けれども玲緒奈と剣崎は亮平の様子に違和感を覚え、警戒を強めていた。
アウグストにガイラルド、そして遠藤と、部外者三人が混じり、海人達の昼休みは更に賑やかなものへと変わっていた。
「はい、海人君。お待たせ~。私お手製のサンドウィッチをどうぞ!」
「ああ。ありがとう。それじゃ遠慮なく――――」
桃子お手製のサンドウィッチには瑞々しいレタスに真っ赤なトマト、ふわふわの卵サラダに分厚い豚カツなどが挟まれ、色鮮やかであって、見るからに美味しそうである。
海人は礼を言って手を伸ばそうとするも、彼が手にする前に二人分の手が伸びてきて、あっという間に掻っ攫っていった。
「猿渡、雉岡……!」
「幸せは仲間とシェアするべきだろう? 海人」
「そうですよ。現役JKの手作りサンドウィッチを独り占めになどさせません!」
奪い返されてはたまるかと、猿渡と雉岡は素早く口にする。
桃子は唖然としていたが、ふと我に返って怒りを露わに。それでも咀嚼して飲み込んだ物は戻ってこない。
キャンキャンと喚く桃子とは対照的に海人は引き気味に、猿渡や雉岡がそこまで必死になる理由が分かっておらず、ただただ困惑するばかりである。
「全く。猿渡君も雉岡君も意地汚いんだから……っ。ま、気を取り直して。海人君、まだあるから遠慮せずにどうぞ」
「あ……、ああ、それじゃ――――」
桃子に勧められて、再びサンドウィッチへと手を伸ばそうとしていた海人だが、彼はピタリと手を止めた。
それは目の前の光景に驚いたからであって、彼は目を見開き叫んだ。
「さ、猿渡……っ! 雉岡……っ!!」
先程までピンピンと、元気すぎる程であった二人は、地に伏すようにして倒れている。
何事かと驚いた海人は急いで彼らの傍へ。
無事であるかと肩に手を置いて揺すってみると、猿渡と雉岡は呻き声と共に何が起きたのかを説明した。
「マスタード……、チリソース……。なんだか分からんが……、刺激的な味わい……だぜ」
「この辛さ……。脳天を直撃するほどの……、スパイシーさです……ね」
唇を赤くして、白目を剥いていた猿渡と雉岡だが、頬を軽く叩くと目を覚まし、水を求めだした。
どうやら桃子の手作りサンドウィッチには気を失わせる位の辛み成分が含まれているようで、一体何を入れたのだと真帆は問い質した。
「何って、ジョロキアソースだけれど……。それが何か?」
「ジョロキアって……。何でそんな馬鹿みたいに辛いものを……」
「だって辛みは運動能力を向上させるって――――」
「何処情報よ!? そもそも食べられない程に辛いものなんてやり過ぎでしょうが!」
「えぇ?! ちゃんと味見はしたわよ! 食べられないなんてことは無いもん!」
「え……。桃子、本気で言っているの……!?」
「本気に決まっているでしょう! それに、遠藤も美味しいって言っていたし!」
うんうんと頷いて遠藤は絶賛しており、彼のお墨付きを得た桃子は心外だと言い張っている。
にわかに信じ難いと、真帆は一切れのサンドウィッチを手に取り一口かじる。
最初は難なく咀嚼していたが、辛みというのは後に来るもので、間を置いてから真帆はむせ返してしまった。
桃子の弁当によって再び巻き起こる騒動。
アウグストが酒を煽って絡んだり、遠藤が桃子への愛を語っていたりと、ただでさえ騒がしい場が、更に混沌となる。
このままではいけないと、アレイシヤは真帆と桃子の間に入って諍いを止めようとするも、彼女には荷が重過ぎる様だ。
彼女から助けを求める目で訴えられた海人は意を決して割り入るが、真帆と桃子の放つ威圧感の前では何もできない。
結局、昼休みが終わりを告げるアナウンスによって騒動は収められた。
「さぁ。お昼が済んだのだから、大人しく帰りなさい」
そう告げたのは桃子で、腕を組んで仁王立ちになる彼女の前には遠藤が居る。
彼女が言った所で素直に聞くような性格ではないのは周知の事実であって、当然のように遠藤は抵抗を、このまま居座ろうとしていた。
「この後にブカツタイコウリレーなるものがあり、それに桃子嬢が出場するのだろう!? ここまで来て桃子嬢の活躍を目にせぬまま帰れはせんぞ!」
「……ふーん。よーく、分かったわ」
「おお、そうか……! やはり桃子嬢もこの我の声援があれば百人力で――――」
「――――あ、お母さん。うん、ここに居るから」
「も、桃子嬢。は、母君に我はすぐに戻ると伝えて欲しい……。それからどうか店主には内密に……っ」
告げ口というお決まりの方法で何とかなったようで、遠藤はトボトボと、時折振り返り子犬のような目を向けてきながら帰路についた。
「ん? アウグスト、ガイラルド。二人も帰るのか?」
遠藤に続き、アウグストとガイラルドも帰り支度しているようだ。
ここまで来れば別に見学をしても構わないと海人は声を掛けるが、ガイラルドは首を横に振った。
「このままこやつをここに居させては何を仕出かすか分からんからな」
ガイラルドが指す者とはアウグストの事で、彼は赤ら顔ですっかりと出来上がっており、確かに不安要素を感じさせる。
アウグストの事は責任をもって連れて帰るとガイラルドは言い、二人は海人達より先に中庭を後にした。
「――――おい。いつまで酔ったフリをしているつもりだ」
「……フン。暫くはこのままでいた方が都合が良かろう」
校門まではガイラルドの肩を借りていたアウグスト。
校外に出た途端、彼の千鳥足が元通りに。酔ってなどいなかったように自分の足でしっかりと歩み始める。
「奴の気配は辿れるのか?」
「辿るも何も、あの娘の話で住処がはっきりしているだろう」
「む。そうだったか?」
「酒を煽っていた貴公の耳には届いていなかったか……」
「と、とにかく、後を追うぞ!」
やれやれと肩を竦めさせたガイラルドは、張り切るアウグストの後に続いた。
昼休みを終えて体育祭は午後の部へ。
後半戦最初の種目は応援合戦で、応援部とチアリーディング部の演目となっており、息の合った演武や華麗に宙を舞う演技に大きな称賛の拍手が送られた。
華やかな演目に続いての競技は後半戦の目玉でもある部活対抗リレーで、海人達ヒーロー研究部の代表は入場門をくぐり、それぞれの待機位置に向かった。
「――――お前は……っ!」
アンカーとなる第四走者が集まる場所には見知った者が居り、その者は海人の姿を見るなり敵愾心を露わにした。
「赤星……か」
「気安く名前を呼んでんじゃねぇよ。コスプレ変態野郎が」
「……」
酷い言われように流石の海人も言い返したくなるところだが、彼は安い挑発になど乗るべきでないと自分に言い聞かせて亮平の暴言を受け流した。
海人が堪えられたのはひとえに彼の父親に因るものだが、その姿を思い浮かべてしまった彼は心の中で溜息を吐いていた。
言い返さずにいるのをつまらなく思ったのか、それともこれまで邪魔をしてきた仕返しをしたかったのか。亮平はなおも挑発めいた発言を続ける。
「お前、随分と運動神経は良いようだが、残念だったな。このオレが居る限り、お前の活躍の場は無いんだからな」
余程自信があるようで、亮平はこの競技も自分が勝つと皆に聞こえるように宣言した。
彼が臆面もなくそう主張できるのも無理な話ではない。
事実、午前中に彼が出場した競技は全て難なく一位の座を得ており、裏付ける実力は充分に示されていた。
そして海人は亮平の言葉が口先だけのものではなかったと知る事となる。
「――――次の競技は部活対抗リレーです。各部四名の代表を選出し、バトンを繋いで1000mを走り抜きます。バトンは各部が普段使う道具で、大きさは陸上部のバトン以上の物となっています」
アナウンスの通りにバスケ部やバレー部はボールを、水泳部はビート板、調理部はお玉など、皆それぞれの部活に相応しい用具を手にしている。
その中で一人、ヒーロー研究部の第一走者であるアレイシヤが持つ物は、周囲の者達から注目を集めていた。
「――――ヒーロー研究部のバトンは……って、あれは何でしょうか?」
「あれは『鉄面ナイトα』の可動式フィギュアですね」
「そ、そうですか……」
「バトンとしては申し分ありませんが、くれぐれも落とさない事を一ファンとして切に願います」
「は、はぁ……」
実況席によって明らかにされ、アレイシヤはますます注目を浴びるが、当人は全く気にしていないようだ。
それは彼女が鈍いからではなく、トップバッターである事の重責に押し潰されそうになっていたからであった。
「どどどどどうしよう……。転んでしまったら……っ、バトンを落としたら……っ!!」
彼女の脳裏に過るのは失敗する場面ばかりで、まだ走る前だというのに小さな手には汗が滲む。
緊張から目を回して倒れかねないようであったが、彼女は少し離れた場で真剣な表情をしている海人の姿を視界に捉え、ハッとした。
「カイトさんはあんなに真剣な表情を……。わ、私も頑張らないと……っ!!」
これまで助けられてばかりだったと、今こそ恩を返すチャンスであると気持ちを切り替えたアレイシヤ。
彼女は気合を入れるように両頬を叩いて気合を注入し、大きな音を立てて周りを驚かせている事に気を止めず勝負に挑んだ。
「位置に着いて、よーい――――」
スタートを切るのはけたたましいピストル音で、走者は一斉に地面を蹴り出した。




