5.下剋上は唐突に
海人達がクラブ活動を、パトロールを再開させるにあたり、真帆は危機的状況に備えておきたいものがあるようで、皆に一つ提案をした。
机に置かれた一枚の紙。その内容は来週末に行われる体育祭に関するものであった。
「これは……。部活対抗リレーの出場希望用紙か」
「そうよ」
体育祭の種目の一つである部活対抗リレーは、各部から代表者を四名選出して1000mをリレーで走るものである。
出場は各部の判断で、つまりは参加か不参加か選べることが出来るのだが、体育系文化系問わず多数の部活が出場に名乗りを上げている。
文化系が体育系に敵うのかと思われるが、レーンの順番などハンデが与えられ、毎年熱戦を繰り広げられている競技であった。
「そう言えば、部活対抗リレーで優勝した部活には特別に部費が支給されるのでしたね」
「そうよ、雉岡君。それが狙いなの」
有事の際に正体を隠しつつ戦う為には、レヂディーノ達が身に着けているような仮面やフード付きのマントがあると良い。
けれども人数分のそれを揃えるにはかなりのお金が必要であった。
皆の財布から……という案もあるが、それぞれの懐事情があるだろうから、それは最後の手段にしたいと真帆は言った。
「なるほど~。部活対抗リレーで部費をゲットして変装道具を用意しようってワケね。――――あれ? そう言えばもともとこの部にある部費は――――」
ふと疑問を抱いた桃子は首を傾げつつ部長である海人を見つめる。
すると海人は追及の眼差しから逃れるよう明後日の方向へと向き、聞こえぬ素振をした。
海人の様子で大方を察した皆だが、猿渡は確かめるように問い掛けて事実を明らかにする。
「おいまさか海人。まだ六月だってのに部費を全部使っちまったのか?」
「それは……、その……」
海人はいまだに皆と視線を合わせようとせず、ごにょごにょと歯切れの悪い返事しかしない。
そんな煮え切らない態度を見て呆れ果てたのか、真帆は肩を竦めさせて大きな溜息を吐き、海人の代わりに猿渡の問いに答えた。
「そのまさかよ。元々この部の部費なんて大したことないんだけど、本年度分は全部使い切っているの」
「な、なんで真帆が知っているんだ!?」
「何でって、調べたからに決まっているでしょう」
「あ、はい……。そうですか」
「そうですかじゃないわよ。一体何に使ったのかしらね?」
「それは……――――」
部費の使い道。それは海人が日常的に使用しているあの手作り感満載のヒーロースーツを補修する為であった。
それ程精巧でない作りにもかかわらず何故そんなに金がかかるのかと猿渡達は驚く。
海人が方々を駆けまわるせいで傷むのが早いという理由もあるが、オーダーメイドの衣装は材料費に手間賃と色々掛かるようだ。
「まぁ、海人がその辺りを気にせず手芸部に頼んでいたせいもあるけどね」
「ど、どういう事だ!?」
「生地とかにはピンからキリまであるのよ。そういった事、全部丸投げで頼んでいたから予算ギリギリに作っていたようね」
「……それって騙されていたって事か!?」
「違うわよ。格好良く作ってくれ、代金はこれでって、何の交渉もしなかった貴方の責任よ」
真帆から容赦なく事実を突きつけられた海人はガクッと肩を落とす。
そんな彼を猿渡達とアレイシヤは呆れた様子で見ていたが、桃子は一人だけ違う反応を見せた。
「海人君、大丈夫よ。お金なら気にしなくていいから。私が海人君の分まで払って――――」
「桃子。あなたついこの間、新作のバッグを買って金欠だって言っていたじゃない」
「う゛……っ。よく憶えていたわね」
「それに、女の子にお金を出させるなんて事、海人はしないわよね?」
「あ、ああ。勿論。だからこれに縋るしかないな」
そう言って海人は部活対抗リレーの参加希望用紙を手に取った。
リレーは100m、200m、300m、400mの計1000mを四人で走るもので、後になればなるほど負担が大きい。
アンカーは海人が担うとして、残り三人が問題であった。
「まぁ、この中じゃ俺しかいないよな」
名乗り出たのは猿渡である。
彼は海人程までとは言わないが運動神経はよく、足は速い方である。
第三走者は猿渡に決まり、残りは第一と第二。
次に名乗り出る者達は居たが、それは出場の意志とは逆のものであった。
「出場を提案したのは私だけど、ごめんなさい。出場はパスで」
「私も遠慮したいですね。勉学には自信がありますが、運動は不得手ですから」
「お、俺も……。走るのは自信が無くて……」
出場拒否したのは真帆と雉岡と犬飼だった。
当人達の言う事は尤もで、真帆と雉岡は運動が不得意で、犬飼は力こそあるものの敏捷性には欠ける。
優勝を狙うなら三人は外した方が良いだろうと納得はするが、そうなると残りのメンバーは選びようがなかった。
「わ、私。皆さんのお力になれるかどうか分かりませんが、精一杯頑張ります!」
「しょうがないわねぇ~。ここは私に任せなさい!」
アレイシヤは自信がないようだが、やる気は充分である。
桃子はどこからくるのか分からないが、自信満々で胸を張って言った。
こうして海人達ヒーロー研究部は部活対抗リレーへと出場する事となった。
今日から放課後は部活動に加えてリレーの練習もする事に決まったのだが、そこで犬飼はある事に気が付き海人に問い掛けた。
「そう言えば、海人。ここの所は放課後にガイラルドと稽古をしていたんじゃなかったのか?」
「ああ確かに……。毎日稽古をするって約束をした訳じゃないんだが――――。そうだ! 週に何度かは皆で教わるっていうのはどうだ?」
「お、おい、海人。それは流石にどうかと思うぞ」
「どうしたんだ? 猿渡。ガイラルドの教え方は凄いんだぞ。あそこまで指導に長けた人はそうそういないだろうし、騎士団の頂点に立つ人から教わるなんてそんな機会滅多に無いぞ」
「そりゃそうかもしれねぇけどよ。やっぱりなぁ……」
猿渡達三人組と桃子は複雑そうな表情をして顔を見合わせている。
何故そんな顔をしているのかと海人は問いかけると、返ってきたのは恐れや不安のといったものであった。
ガイラルド達が襲撃を仕掛けてきたのはついこの間の事であって、その時の絶望的な光景や打ちのめされた痛みは誰もが忘れられないものである。
恐怖心を抱くのは当然であって、いまだにその感情が拭えないのも無理はないだろう。
親しくしている海人の方が異常とも言えるのだが、当人は全くその事に気が付いていないようだ。
「やっぱり海人君は大物なのね!」
「桃子、海人はただの単純バカなだけよ」
流石だと桃子は海人を褒め称えるが、真帆は冷静に訂正した。
午後の授業もつつがなく終わり、放課後に。
海人達は部活動を再開させるべく校外へと向かう。
その途中通りがかったグラウンドでは体育祭に向けてか、陸上部以外の運動部が練習を行っているようであった。
広いグラウンドと言えども、全てのクラブが練習を同時にすることは出来ない。
体育祭の練習は運営委員からの許可制であって、申請して順を守らなくてはならなく、海人達は三日後となっていた。
「ん? なんだかやけに人が多いな」
そう声を上げたのは猿渡であった。
彼の言う通り、グラウンドの一画には人だかりが出来ている。
距離があるせいか、そこで何が起きているのは分からないが、何かが人目を惹いているのは確かであった。
「まさか……っ!」
「おい海人! どうしたんだ?」
そこで海人の脳裏に過ったのは今朝方の出来事であった。
廊下を塞ぐ程の人だかりを作り出したローランドとルイーザ。
また二人が何かしているのではと思い立った海人は、一人で人だかりに向かって走って行った。
「何が起きて――――……って、あれは――――」
人垣を越えた先に居たのは練習着姿の男子陸上部部員の一人と、制服を着崩している男子生徒であった。
今から二人がタイムを競うのか、両者はスタート地点に立っており、その傍にはタイムウォッチを持つ陸上部部員が居る。
傍から見ればただの部活動に、二人で走りタイムを計っているのだろうと思われるが、その二人が問題であった。
一人は今朝方公園で出会った海人のクラスメイト、伊井田颯太である。
そしてもう一人は同じく公園で出会った、颯太と仲違いしている赤星亮平であった。
「どうして二人が……。何があったんだ……!?」
学生として登校し、部活に参加するのはおかしくない。
寧ろそれが普通なのだが、今朝の亮平の態度を見ていれば違和感を覚えずにいられなかった。
彼は怪我に因る精神的なダメージから、部活どころか学校に行くのすら避けて夜遊びに繰り出していた。
それが今ではグラウンドで、敵愾心を向けていた相手である颯太と肩を並べ、部活に励んでいる。
とは言うものの、亮平の姿は制服のままであって、走るのには不利な格好であった。
「おい、一体どうしたんだ? なんであの二人が――――」
海人は隣に居た陸上部部員へと問い掛ける。
部員の話によると、いつも通り部活をしていた所に突然亮平が現れ、いきなり颯太に勝負を挑んできたそうだ。
亮平が颯太に勝負を持ちかけるのは何時もの事で、部員達にとっては見慣れた光景であるのだが、今は話が違う。
怪我をして以来部活に顔を出さなかった亮平が、何の前触れも無しに戻って来て我が物顔で振る舞うなど許される筈もない。
陸上部の三年生達はどういうつもりかと説明を求めたが、亮平は無視を決め込んで颯太以外には興味を示さずにいた。
部活というものは大体が上下関係に厳しく、運動部はそれが顕著であり、三年生と亮平とで衝突が起きそうにもなったが、それを間に入って止めたのは颯太であった。
彼は亮平を落ち着かせるのは勝負をするしなかないと言い、先輩達を宥めてからスタート地点に立った。
「位置について。よーい、ドン!」
スターターの掛け声と共に押されるストップウォッチ。
そして危なげなくスタートを切った二人。
勝負はトラック一周の400メートルである。
颯太は陸上部のエースらしく、美しいフォームで駆け抜ける。
相手は亮平であって、複雑な想いを抱いている筈だが、颯太の走りに迷いは見えない。
いくら相手が腐っているとはいえ、手を抜くのは失礼であると彼は考えているのだろう。
持てる力を出し切った様子でもあった。
「お、おい。これはどういうことだ……!?」
「嘘だろ……っ。こんな事って――――」
誰もが颯太の勝利を疑わなかった。
この場に居るのは陸上部の他に、海人と同じように人だかりを見かけて見に来た者達がいる。
その者達の間にも颯太が陸上部のエースであるのは周知の事実であって、そのせいか目の前の光景を信じられないようで驚き声を上げている。
動揺しているのはギャラリーだけでなく、当人も驚きを隠せないようであった。
「亮平……っ、お前……っ!」
出だしはほぼ同じに、やがて颯太が先を行くが、トラックの半分を過ぎた所で亮平は猛烈な勢いで追い上げて、そして難なく追い抜いた。
リードは一時のものであって、亮平は直ぐに力尽きてしまうと誰もが思っていた。
けれども颯太の視界には追い抜いて行った亮平の背中が、ゴールまで見えなくなることは無かった。
「――――ゴ、ゴール……ってコレ、新記録じゃないか!?」
あり得ないとストップウォッチの数字を凝視する陸上部部員。
だがこれは現実であって、多くの目撃者も居るから間違いなどでは無い。
亮平は颯太を負かしただけでなく、自己新記録を更新し、更には全国の記録まで塗り替えてしまった。
「どうしたんだ? 颯太。オレが病み上がりだからって遠慮することはねぇんだぞ」
「……っ」
両ひざに手を当てて肩で息をする颯太とは違い、亮平の呼吸は一切乱れていない。
涼しい顔をして嫌味を言うあたり、亮平にはまだ余裕があるようであった。
挑発とも取れる言葉を掛けられた颯太の表情には影が差していたが、彼は間を置いて呼吸を整えて汗を拭い、そして亮平に向き直った。
「……正直、驚いたよ。……でも、良かった」
「良かった……だと?」
「ああ。これならすぐにでも復帰できるな」
悔しくはない訳ではない。
実際の所、颯太が浮かべた笑みはぎこちないものであり、結果に納得いかないようである。
それでも彼はその感情を押し込めて、亮平が戻ってきた事を喜んだ。
「お前は――――」
相手を想っての言葉は簡単には伝わらない。
颯太の想いは結局亮平の癇に障ったようであった
言葉よりも先に動き出す身体。
亮平は颯太の胸ぐらを掴むと、躊躇いもなく拳を振り上げた。




