4.軟派な教師と美人な保健室の先生
どうにか遅刻する事無く校門をくぐった海人達。
彼らがホッとするのも束の間で、教室に向かう途中の廊下には行く手を阻むように人だかりが出来ていた。
朝っぱらから黄色い声や牽制し合う声が上がる人だかりの中心。
そこに居る人物達の姿を見た海人は呆れたようでガクッと肩を落とした。
「よう! リュード。朝っぱらから冴えない顔をしているな」
「……リュードじゃなくて竜堂ですよ、……ローランド先生」
人波を掻き分けて海人の元へと近づき、馴れ馴れしく肩に手を回してきたのはローランド・マルフルーオという名の男である。
敵であった筈の彼は襲い掛かってきた時とは違い、陽気な外国人教師の姿をしている。
彼もガイラルドと同様にこちらの世界へと残されたのだが、譲司が何かしらのツテを行使したのだろう。
彼らは教師として海人達の通う学校に赴任してきたのであった。
ローランド曰く、ガイラルド達とは違って若くて柔軟性があり、適応力に優れているから教師としてやっていけるのだそうだ。
「分かっていてもやっぱりこの状況はな……」
海人は事情を知っているのだが、いまだに慣れないのだろう。
親しく語りかけてくるローランドに対して笑みを浮かべているが、それは引きつった笑みである。
海人の様子がおかしい事などお構いなしに、ローランドは海人にだけ聞こえるよう小声で言った。
「いや~、それにしてもこっちの世界はイイねぇ。若い女の子がこんなに沢山で!」
「……はぁ、そうですか」
「しかもここの制服! スカートの丈が最高じゃないか! 階段の一番下に居るとフツーに見えるんだぜ! あっちじゃあり得なかったなぁ~」
「……」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら女子生徒達に手を振るローランド。
彼はこちらの世界での生活を満喫しているようだが、行動に難があるようであった。
あまり目立つような真似はするなと、釘を刺そうとした海人だが、周りから悲鳴が上がった事で驚き振り向く。
何事かと焦るが、特に事件が起きた様子でもない。
ただ一部の女子達が興奮した様子で携帯を海人達に向けており、辺りにはシャッター音が鳴り響いていた。
「……写真? 何でだ?」
海人は状況を理解しておらず首を傾げているが、真帆はどういう事か気が付いたようで、彼女は海人にローランドの傍から離れるようにと忠告し、一部の女子達には注意した。
「海人、ローランド先生から早く離れて。……それから、貴女達。本人の許可なしに撮影するなんて非常識よ」
真帆に注意された一部の女子達は文句を溢しつつも携帯を仕舞った。
コソコソと不満の声が聞こえるが、真帆は全く気にしないようで涼しい顔をしている。
いまだに状況を理解していない海人だが、真帆に助けられたのだという事は分かるらしく、彼女に礼を言おうとするも、またしてもそれはある人物によって遮られてしまった。
「あらリュウドウ君。顔色が悪いんじゃないかしら?」
「え!? いや、俺は別に――――」
「そんな事はないわ。大事になってはいけないから、すぐに保健室に行きましょう。私がたっぷり診てあげるから」
色香を辺りに振りまきながら海人の傍へと近づき、顔色が良くないと言い張り顔のラインを撫でてきたのは、ルイーザ・フェアフューレンという名の女である。
彼女もまた、ローランドと同様に襲撃を仕掛けてきた者達の一人なのだが、今は白衣を纏って養護教諭となっている。
美貌と豊満な胸元などを備えているせいか、彼女が保健室に常駐するようになった途端、常に保健室は満室に、休み時間には診察名目で長蛇の列ができる程であった。
無論、その行列を成しているのは男子生徒達によるものであって、中には男性教諭まで混じっていたりもする。
朝からこうして男子生徒達に囲まれているのもルイーザの魅力ならば当然の光景といえるのだが、そんな彼女が親しく海人に話しかけると厄介な事態になってしまうのであった。
「おのれ竜堂……っ!!」
「幼馴染にクラスのアイドルに、外国人の親戚少女だけで飽き足らず、ルイーザ先生までたらし込むつもりか!!」
「ベタベタしてんじゃねぇーぞ! ゴルァ!!」
ルイーザの背後から怨念の籠った視線を向けられ、数々の恨み言を呟かれて叫ばれて海人は身震いをする。
彼が針のむしろになっているのに気が付いているのか、ルイーザはニヤリと口端を緩めて海人へのボディタッチを続けていく。
ガイラルド達と同様に彼女らには枷があり、海人達には手が出せない。
力による攻撃が無理ならばという理由でこうした行動に出ているのかと思えるが、ただ単に本人達はこの状況を楽しんでいるだけのようであった。
「せ、先生。俺は本当に何ともないんで、他の人を――――」
「そんな事ないわ。ほら、頬が赤くなっている。熱があるんじゃないのかしら?」
「いやだから……って、当たってる! 当たっているんですがっ?!」
派手な色仕掛けに海人は抵抗するも、相手が女性であるせいか無理やりには振り払えないようで、ルイーザにされるがままになっている。
その姿は傍から見れば鼻を伸ばしているようにしか見えず、周りが許す筈もない。
男子生徒達は今すぐにでも飛びかからん勢いだが、一番先に前に出たのは真帆で、彼女はまたまた海人を守ろうと間に入る。
「ルイーザ先生。本人もこう言っていますし、戯れはこの辺で――――」
真帆がこの場を収めようとしていたが、ルイーザは簡単に引き下がる訳もなく、ワザと海人の身体と自身の身体を密着させている。
冷静に対処しようと心掛けていた真帆にも我慢の限界があるのだろう。
無理にでも引き剥がそうと海人の腕をしっかりと掴んで引くが、それは途中で一人の人物が発した声により止められた。
「これは一体何事だ! 予鈴はとうに鳴っているんだぞ」
一瞬にして場を凍り付かせたその者は人波を二つに割り、真っ直ぐに海人達の元へと歩み寄る。
騒ぎを聞きつけて来たのは生徒会副会長である剣崎であった。
彼は人だかりの中心に居た人物達、海人の姿を視界に収めると、眉間の皺をより一層深くさせた。
「……また貴様か。一体いつになれば我々の手を煩わせないようになるんだ?」
「そ、それはその……」
剣崎からまた嫌味を言われてしまうが、今回ばかりは海人に落ち度はない。
廊下を人だかりで行き来できなくしたのも騒ぎを起こしたのも、ローランドとルイーザのせいである。
剣崎にはいつも一方的に責められてばかりだが、流石に今回は弁明しようと、海人は口を開きかける。
けれどもその前に剣崎が口を開き、どういう事かと問い質した。
ちなみに剣崎が詰め寄った相手は海人ではない。
どうやら彼は騒ぎを起こした張本人が分かっているようだ。
「先生方。失礼ですが、先生方が居られた場でどうしてこのような騒ぎが起きたのですか?」
「そ、それはだなぁ……。別に俺達が騒ぎを起こしたかった訳じゃなくてだな――――」
「そうですか。それで、事態を収拾させるべく行動を取っていたのですか?」
「い、今っ! たった今、そうしていた所よ!」
ただ一方的に責めるのではなく、冷静に問い掛ける剣崎。
一見すると理性的に現状を把握しようとしているが、その眼は罪を問う様な鋭いものであって、ローランドとルイーザは思わず後ずさる。
剣崎は口にしないが二人の嘘はとっくに見抜いているといった様子で、彼は眼力だけで二人を追い詰めていく。
それでもまだ非を認めたくないのか、教師という立場上生徒に指摘されて素直に従えないのか、はたまた向こうの世界での立場上、敵地で子どもに屈したりはしたくないのか。
ローランドもルイーザも非を認めず互いに責任転嫁を始める。
大人の醜い争いを前にした剣崎は深い溜息を一つ溢し、そしてすぐさま気持ちを切り替えて一番近くに居た女子生徒に何があったのかと問い掛けた。
先程までローランドに対して黄色い声を上げていた女子はアッサリと鞍替えを。
剣崎に見つめられて一瞬にして落ちてしまったようで、何があったのかを正直に白状した。
「――――……赴任したばかりで生徒との接し方に戸惑う事もあるでしょう。ですが先生方は生徒達の模範となるべき存在であるのをお忘れなきようお願い致します」
「はい……」
「わかったわよ……」
剣崎によって事態は収まり、生徒達は急ぎ足で各々の教室に戻って行く。
これで行く手を阻むものはなくなり、海人達も他の生徒と同じように教室へと向かった。
大勢いた生徒の姿があっという間に無くなり、廊下に残されたのは項垂れていたローランドとルイーザである。
二人は素直に非を認めて反省しているのかと思いきや、それは形だけのようであった。
「チッ! せっかくこっちでの生活を楽しんでいたってのによ」
「これじゃ息苦しくてなりませんわね。あの坊や、どうにかならないのかしら」
剣崎の姿もないせいか、ローランドとルイーザは剣崎に対する恨み言を連ねる。
やはり反省しているように見えたのは偽りの姿だったようで、己を省みるどころか復讐の算段まで立て始めていた。
悪事を企てた所でローランドとルイーザには実行する手段がない。
二人もガイラルドやアウグストと同様に、マルリースが作った枷がはめられており、こちら側の世界の人間には手出しできないのである。
「……あまり姑息な真似はしたくありませんが、あの下僕達を使うというのはどうかしら?」
「下僕? ……ああ、あの雄ガキ共の事か。俺は女の子達に酷い事をやらせたくは無いんだがなぁ~」
「酷い事をするのは貴方の方ですものね」
「おいおい、何言ってんだ! まだ手を出しちゃいねぇぞ!?」
「まだ、でしょう?」
「そりゃあ据え膳食わぬはなんとやらって言葉があるんだろう? こっちにはさ。だからいずれは――――」
「最低ね」
「お前だって若い男共に囲まれてまんざらでもないじゃねぇか! まさかもう食っちまったって事はねぇだろうな」
「失礼ね。貴方とは違って年がら年中発情して食い散らかすようなマネは致しませんわ」
廊下に誰も居ないせいか、ローランドとルイーザは品のない会話を続け、そのまま保健室に向かう。
ルイーザは保健室が持ち場であるからして行き先は正しいのだが、ローランドは行く必要もない場所に向かっている。
その点を扉の前まで来て気が付きルイーザが指摘するが、ローランドは担当クラスを持っておらず、本日は一限目もない事から保健室で息抜きをするようだ。
早速ネクタイを緩め、ルイーザよりも先に保健室へと入ろうとした所、戸を開いたローランドは何かを目にして絶句した。
「ちょっと、何を固まって――――……っ、これは……っ!」
ローランドとルイーザの前には一人の生徒が佇んでいる。
その者の目は冷ややかで、全てを見据えたようでいて、思わずローランドとルイーザは目線を外すが、逃れられはしなかった。
登校して直ぐ、ローランドとルイーザに絡まれて大変な目に遭った海人だが、その後の授業は順調に、何事もなく済んだ。
昼休憩に入り、お昼ご飯を済ませた海人達ヒーロー研究部の面々は現在部室に集まっている。
普段の海人なら昼休憩は校内パトロールや体力作りに励むのだが、今日は何やら話があるという事で、こうして部室に居るのであった。
「真帆、話があるって何なんだ?」
皆に集まるよう呼び掛けたのは真帆であって、彼女は皆が席に着いた所で話を切り出した。
「……そのね、今のところ何事もなく生活しているけど、ずっとこのままいられるかはまだ分からないでしょう? だから、先の事も見据えて……、いざという時の対策は整えておきたいと思ってね」
少しばかり遠慮がちに話しているのは海人に気を遣っての事だろう。
譲司達が旅立って六日が過ぎており、シュトラルヴェルトで過ぎた日数にすると約二カ月過ぎた事になる。
その間譲司達からの連絡は一切なく、無事かどうかも分からない。
考えたくはないが、シュトラルヴェルトからの襲撃者がいつまた現れてもおかしくはない状況である。
けれどもその考えは不安を煽るものであって、海人にとっては大切な家族の不幸を予感させるものであって、誰もが彼に気を遣い口にしてこなかった。
話題にしなければ、目を逸らせば平穏に過ごせると、誰もが思っていたが真帆はこのままではいけないと思い立ったのだろう。
こうして話を切り出したが、猿渡達三人組や桃子は戸惑った様子で、アレイシヤもオロオロとしている。
やはり口にすべきではなかったと真帆は思い直しかけていたが、海人は顔を上げてハッキリと言った。
「……そうだな。真帆の言う通りだ」
「海人……」
皆の不安を跳ね除けるよう、海人は真っ直ぐな瞳で真帆に同意している。
今朝方から海人はここ数日間の鬱屈とした様子ではなくなったようで、どうにか気持ちを切り替えられたのだろうと皆は考えていた。
そして今こうして冷静に先を見据えようとしている海人の姿を見て、心配していた皆はもう大丈夫なのだと安堵した。
海人が前向きになった事で空気は一瞬にして変わる。
雉岡はこれからどうするべきか意見を述べ、それに猿渡が乗っかった。
「それならば、部活を兼ねたパトロールも敵が何時現れてもいいように気を引き締めないといけませんね」
「そうだな。海人、部活は今日から再開で良いのか?」
「ああ、皆が良ければ……、だけど」
そんなことは聞くまでもないと、皆は深く頷く。
取り敢えず部活動を再開させることが決まり、今日の放課後から活動することになったが、真帆はまだ何かあるようで小さく手を挙げて話を始めた。
「その、部活動を再開させるのは良いんだけど、ひとつ気になる事があって――――」
真帆が気に掛けている事。
それはガイラルド達の襲撃を受けた時に遡る。
敵であったガイラルド達は海人達の通う学校を突き止めて襲撃を仕掛けてきた。
日中で、しかも下校時であって、生徒が多く居る中での戦いは海人達にとって都合の悪いタイミングである。
その時は結局、レヂディーノ達によって人払いが出来たようだが、何時もそうなるとは限らない。
海人は全身鎧を纏って正体を隠せるが、他の者は人目があっては動きにくいのであった。
「確かにそうね。私くらいになると目立っちゃってしょうがないし~」
自画自賛を交えて同意する桃子を完全に無視した真帆は、そこで提案があると一枚の紙を皆の前に差し出した。




