3.ライバルとの友情
朝食前に日課である朝のランニングをしていた海人。
いつも通りのコースを走っていた彼が見かけたのはクラスメイトである伊井田颯太の姿で、陸上部所属の彼が何故ここに居るのかと気になった海人は挨拶がてらに尋ねようと彼に近づいた。
「――――……友達、じゃないのか?」
海人より一足先に颯太へと声を掛けた者は、一見すると親しげにしているようだが、二人の間には不穏な空気が漂っている。
近寄りがたい雰囲気を察した海人は声を掛けずそのままに。
都合よく植え込みがあった為、聞き耳を立てるのは悪いと思いつつも身を潜めて様子を窺った。
颯太から亮平と呼ばれた男はダブついたパーカーにジーンズ姿であって、何処か遊びに行く恰好にも思えた。
「その格好……、お前……」
「お前の想像通り、朝帰りだけど? 何か文句があるのかよ」
「いや……、別に……。でも、学校はどうするんだ?」
「別にいいだろう? オレがサボろうが何しようが、お前には関係ねぇよ」
「……っ」
亮平は学生のようであるが、真面目に学校に通っておらず、夜遊びまでしているようだ。
彼は常に棘のある物言いであって、高圧的な態度であるが、颯太は気を悪くした様子はなく、逆に刺激しないように相手の顔色を窺っている。
その気遣いは相手の神経を逆なでる結果となったのか、亮平の語気は更に荒々しいものへと変わっていった。
「お前こそどうしたんだよ。こんな所で一人練習なんかしてさ。陸上部のエース様なんだから堂々とグラウンドを使えば良いだろう?」
「――――……ただの気分転換だよ」
「へぇ~。そうかそうか。オレはてっきりいらねぇ気でも遣っているのかと思ったぜ」
「そんな事は……っ」
「その顔。チッ……、図星かよ……」
亮平はまるで罪人を責め立てるような物言いであって、咎められている颯太は己の罪を自覚しているようで、言い返したりはしないでいる。
颯太は相手の事を思って行動しているようだが、それは相手を逆上させてしまった。
ついに苛立ちがピークに達したのか、亮平は颯太の傍に歩み寄り、胸ぐらを掴んで揺すった。
「テメェのそういう所がイラつくんだよ!! いつもいつも、オレの機嫌を窺うようなマネをしやがって……!!」
どれだけ暴言を吐かれようとも、掴まれた胸ぐらを激しく揺さぶられようとも、颯太は一切抵抗せず、相手の想いを受け止めるばかりである。
直接拳で殴り掛かったりはしないようだが、そうなるのも時間の問題だと海人は察し、彼は背負っていたワンショルダーのリュックからある物を取り出した。
「亮平……っ、俺は――――」
「――――待ちたまえ! 諸君!」
揉めていた二人の間に割り入るよう声を掛けてきた者が一人。
その者は茂みをガサガサと音を立てさせて立ち上がり、華麗なバク転を決めて二人の傍へ降り立った。
突如現れた男は赤いヘルメットを被り目元にはゴーグルを、同じく真っ赤な全身スーツを纏い、腰には変身ベルトを身に着けている。
手作り感あふれるヒーロー姿である男の出現に対し、颯太と亮平は茫然として固まり、亮平は素直な感想を漏らした。
「何だコイツ……。頭イカレてんじゃ……」
その姿を初めて見る者は決まって奇異の目を向けてくる。
子ども達は喜んで駆け寄ってきたりもするが、歳を重ねれば重ねる程異様な姿に映るのだろう。
あり得ないと否定的な言葉を投げ掛けたり、冗談だろうと嘲笑する者も居る。
今回も亮平が小馬鹿にするような反応を見せたが、その者は長年ヒーローを称しているようで、何を言われようが全く動じなかった。
ヒーローを演じ続ける者に対して亮平は付き合い切れないと無視を決め込んでいたが、颯太は何かに気が付いたようでハッとして声を上げた。
「その声、もしかしてりゅ――――」
「私の名はビクトリーレッド! ご町内の平和を陰ながら守るヒーローだ!」
「いやいや、その声とその背格好、間違いなく竜ど――――」
「私は断じて竜堂などという名前ではない! 私の名はビクトリーレッ――――」
「……おい颯太。この痛々しい奴はお前の知り合いなのか?」
「知り合いも何も、竜堂は同じクラスメイトで――――」
「だから違うって言っているだろう!? そ、それよりも君達、こんな朝早くから何を揉めているんだい?」
おかしな奴が現れたと引き気味であった亮平だが、ビクトリーレッド、もとい海人に状況を問い質されて現実に引き戻される。
我に返ったのはいいが、今更話を返す気にもなれなかったのだろう。
亮平は海人の問いに答えることなく、舌打ちをして去って行った。
言いたい放題言われたままで構わないのかと海人は気になったが、颯太は背を向けた亮平に声を掛けて引き留めようとはせず、ただぼうっとその背中を見つめて見送っていた。
諍いは収まったようだが、後味が良いとは言えない状況であって、横やりを入れた海人は漂う微妙な空気を感じ取り、機嫌を窺うよう恐る恐る颯太に声を掛けた。
「ええっと……、その……。もしかして、邪魔をしたか?」
振り返った颯太の表情は晴れないものであったが、彼は首を横に振り、そして礼を述べた。
「いいや、助かったよ。竜堂」
「そうか……。――――って、私は竜堂などという名前では――――」
「ハハ……っ。噂には聞いていたけど、竜堂は本当にヒーローをやっていたんだな」
「……いやだから俺は竜堂なんかじゃ無くてな」
「おいおい、竜堂。一人称変わっているぞ?」
「……っ!!」
ヒーローを演じ続けていた海人だが、これ以上は演じ続けられないと悟ると共に、真面目な話にこの格好は無いだろうという事でヘルメットを脱いだ。
「――――何があったのか、話を聞いてもいいか?」
決して興味本位で尋ねている訳ではないと、海人の真っ直ぐな眼差しから読み取れたようで、颯太は躊躇することなく頷いた。
先程颯太に因縁を付けてきたのは、海人達が通う高校の同じ学年の生徒である赤星亮平であった。
彼は颯太と昔からの付き合い、幼馴染であって、幼稚園から始まり小中高と一緒であったらしい。
それならば大の仲良しだと、親友であると思われるのだが、そうでもないようだ。
「……ライバル?」
「そう、ライバル宣言されたんだ。数えるのも馬鹿らしい位にな」
幼い頃から亮平は何かにつけて張り合ってくるようで、何度も自分はライバルであると宣言してきた。
陸上部に関しても走るのが得意であった颯太が先に陸上クラブに所属し、後を追うようにして亮平も入部したのであった。
そしてそれは現在まで続き、今でこそライバル宣言はしないものの、亮平の敵対心は薄れないようで、それどころか同じ部員同士で切磋琢磨を、お互いを高め合ういい関係だったそうだ。
「何と言うのか、何かと張り合うのがあいつのコミュニケーションの取り方なんだって思っていて、俺とアイツはいい関係だったと思っていたんだ。……でも結局、それは俺の一方的な考えだったと思い知らされたよ」
切っ掛けは亮平が負傷した事であった。
それは昨日、体育祭の出場種目を決めていた際に猿渡が話題にした者の事であって、体育の授業中に負傷したのは亮平の事だったらしい。
「怪我自体は大した事なくて、数週間で完治したんだけど、精神的な面が駄目になったんじゃないかって先輩や顧問が言っていたんだ」
走る事を辞めてしまった亮平は部活にも現れないどころか、授業も受けずに夜遊びばかりしているそうだ。
このままでは良くないと、部活の先輩や顧問が何度か声を掛けてみるものの、亮平は先程のような態度を取るばかりで、話もまともにできない状態である。
「俺も声を掛けたけど、俺じゃ余計に苛立たせるようで……。先輩達からこれ以上刺激しないよう距離を取った方が良いとも言われてな……」
その結果が公園での自主練であるのだが、颯太は偶然にも亮平と顔を合わせる事となり、誤解をさせてさらに関係を悪化させてしまったようだ。
「――――つまらない話を聞かせて悪かったな」
「いや、つまらなくなんかないさ。俺にも何か……、何か出来る事はないか?」
「ありがとう。でもその気持ちだけで十分だよ。いくら腕っぷしが強くても、こじれた関係を修復したり、精神的に参っている奴をどうこうは出来ないだろう?」
「それは――――。そうかもしれないが……」
「でも、こうして話を聞いて貰えて良かったよ。それに、昨日の出場種目を決める時も助かった。改めて礼を言いたい」
「伊井田……」
海人は困っている者が居たら放っておけないタチであるが、今回ばかりはどうしようもない。
彼は何も出来ない事に歯がゆさを感じているが、颯太は溜め込んでいた気持ちを吐き出せて気が楽になったと、そして昨日の件についてとで、二重に礼を述べた。
「また何かあったら遠慮せずに言ってくれよな」
「ああ、分かった。お前も、あんまり無茶はするなよ」
雲がかかっていたかのように暗い表情であった颯太。
別れ際に見せた表情は晴れやかとまではいかないが、幾分か良くなっているように思えた。
悩みながらも前を向いた颯太の姿に感化されたのか、自分も心配ばかりしている場合ではないと、出来る事からやって行こうと思い至った海人。
彼はこれまでと同じように登校時にも人助けに走り、そのせいで遅刻ギリギリに校門へ辿り着く事となった。
最後は走るはめになったせいか、海人は疲れなど見せずに涼しい顔をしているが、真帆とアレイシヤは肩で息をしている。
「全く……っ。これなら大人しくしていてくれた方がマシだったかもしれないわね」
「マ、マホさん……。それはどうかと思いますが……」
「冗談よ、アーシャちゃん。それにしてもどうしてここまで変わったのかしら?」
部活内での問題であって、颯太と亮平の個人的な事である為、勝手に広めてはならないだろうという海人の判断で、真帆とアレイシヤには今朝あった事も話していない。
そのせいで真帆は突然気持ちを切り替えて以前のような海人に戻った事に首を傾げているのだが、落ち込んだままでいられるよりはマシだろうという事で当人に問い掛けはしなかった。
「――――何にせよ、何時もの海人に戻ったならば、私達がしっかりとしなくちゃね」
「そ、そうですね。私も微力ではありますが、お力になりたいと思います!」
前を歩く海人の後ろでこっそりと話し合っていた真帆とアレイシヤ。
彼女達は海人と共に教室へと向かうが、その途中で歩みを止めた。
それは前を歩く海人がピタリと足を止めた為であって、何かあったのかと疑問を抱いた真帆は問い掛けようとするも、海人の肩越しに見えた光景に大体の事情を察した。
決して狭くはない筈の廊下。
それを通行止めにしてしまう程の人だかり。
人だかりの中心に居るのは青年と妙齢の女性で、二人は周りからの黄色い声を浴びたり、熱い視線を向けられている。
「ローランド先生っ! あの、今日私、お弁当作り過ぎちゃって――――」
「ちょっと、抜け駆けしないでよ! 今日はあたしが――――」
「メシマズが弁当とかテロじゃん!? ウチのなら安心だから、先生これを――――」
互いの足を引っ張り合う女子達からの贈り物攻撃を受けているのは、ローランド・マルフルーオという名の男である。
彼は健康的な褐色肌に銀髪、整った容貌に長身であって、女子達が熱を上げるのも無理はない。
「ルイーザ先生……っ。俺、朝から具合が悪くて――――」
「ハァ? お前、仮病使ってんじゃねぇよ! 自分は本当に動悸が――――」
「恋の病ってか? テメェはすっこんでろよ。先生、俺の方が具合悪いんで――――」
女子達と同様に牽制し合う男子達に迫られているのは、ルイーザ・フェアフューレンという名の女性である。
彼女は緩いウェーブが掛かった金髪で、豊満な胸元はブラウスがはち切れそうで、グラビアアイドルのような身体つきであって男子生徒達の視線が注がれるのも当然と言える容姿であった。
二人はつい数日前、臨時職員として海人達の高校の教師となったのだが、そうなる前はガイラルドと共に海人達に襲撃を仕掛けてきた敵の一味だった。




