7.どこまで行っても交わらない平行線
アレイシヤに諭され、父親と向き合う決意をした海人。
と言っても彼は何故嫌うのかと問われた際、怒りを露わにして欠点を捲し立てるくらいであって、いまだにこれまでの行いを許す気は無い様だ。
「カ、カイトさん……。大丈夫ですか……?」
放課後になってすぐ、海人はアレイシヤと共に帰路についた。
朝早くから出掛けた譲司が帰宅しているかは分からないが、一刻も早く話をしたいという気持ちから、寄り道などはできなかった。
気が逸るからか、海人は少しばかり早歩きになっており、隣を歩くアレイシヤは小柄なせいか小走りで付いて来る。
いつもならば誰か困っている人が居ないかと周囲を注意深く見渡して歩く海人だが、今ではわき目も振らずに真っ直ぐと前を見つめている。
そんな彼の様子から不安を覚えたのか、アレイシヤは心配そうな眼差しで問い掛けた。
「大丈夫だよ。朝みたいに勝負を挑んだりはしない。この間みたいに飛びかかったりもしない。今日こそは冷静に話す」
「そう……、ですか……。それならば良いのですが……」
アレイシヤは昼休憩中に見た海人の姿が頭から離れないのか、また諍いになってしまうと危惧していたが、その考えは見透かされてしまっているようだった。
「心配は要らないさ。昼間は熱が入り過ぎたけど、その分ガス抜きも出来たし、何よりこれ以上アーシャを困らせる訳にはいかないしな」
「カイトさん……」
「……っと、一応心には決めたつもりだが、実際親父を前にするとどうなるかは分からないな」
「カイトさん……っ!?」
「冗談だよ。まぁ、そうなった時はアーシャが俺をぶん殴ってでも止めてくれれば助かるな」
「そ、そんな事出来ませんよ……っ!」
「遠慮はしなくていいんだぞ。アーシャになら殴られても平気だろうし」
「えぇ……っ」
これまで強張っていた表情は柔らかに。
アレイシヤと話している内に緊張は解けたらしく、海人は冗談を口にできる程にまでなっていた。
彼の言動を真に受けて困惑するアレイシヤだったが、海人の口元が緩んでいる事に気が付き、彼女も自然と笑みを溢した。
「さて、ここまで来た訳だが」
玄関前まで辿り着いた海人は歩みを止めて一息つく。
覚悟は決めているつもりだったが、踏み出すにはまだ足りなかったのだろう。
扉を開いた先に居るとなるとどう反応すればいいのか分からないと、悪い想像ばかりで踏ん切りは中々つかない。
隣に居るアレイシヤは海人の顔色を窺っているようだが、ここは本人のタイミングに任せるべきだと思っているようで、背中を押す事も、声すらもかけずに大人しく待っていた。
「おい、お前達、玄関前で何をやっているんだ?」
「……っ!!?」
背後から声を掛けられ、驚き肩を大きく振るわせた海人。
大げさに驚いたのは戸を開くタイミングを計っていたからと、声に聞き覚えがあるからであった。
「親父……」
「学校はもう終わったのか? ご苦労さんだな」
どこかに買い物に行った帰りなのだろう。
譲司は買い物袋を両手に提げており、どうやら袋の中身はほとんどが食料のようである。
タイミングが悪いと顔をしかめる海人とは違い、譲司は相変わらず飄々としており、海人の気持ちを慮る事も無く、玄関でぼさっとしているんじゃないと注意しながらすぐ横を通り過ぎようとした。
「お、親父……っ!」
「ん? 俺に何か用か?」
「あ、いや……。そんなに買い込んでどうしたのかと思ってさ」
「ああ、これか」
話があると切り出そうとした海人は上手く言い出せず、彼はたまたま目に付いたものについて譲司に問いかける。
袋の中身はカップラーメンやおつまみなどで、小腹を満たす間食のようでもあるが、おやつとしては量が多く感じられた。
「ほら、海外に旅行に行くと故郷の食品が恋しくなるだろう? そう思って買い出しをしてきた」
「いや、今は調味料でもなんでも海外で手に入るんじゃないのか?」
「ああ、前よりは、な。でもこれから行くところはコンビニなんてものはないし」
「これからって――――」
何の気なしにサラリと告げられた重大事実。
またどこか遠くへ行ってしまうのかといつもの事のように思っていた海人だが、今回はこれまでとは違うと気付いて声を上げた。
「親父……っ。まさかシュトラルヴェルトに行くのかっ!?
「そうだが? 今更何をそこまで驚く」
アレイシヤがシュトラルヴェルトから単身渡って来たのは、かつて英雄であった譲司を探す為であって、それは彼の力で侵略を止めようという目論見であった。
いつの間に承諾したのか分からないが、譲司はアレイシヤの願いを聞き入れ、シュトラルヴェルトに赴くようだ。
これまでとは違い、戦う為に家を空けるというが、相手は一つの世界である。
ここまで面と向かい合って話してこなかったのは海人の落ち度であるが、命を賭した戦いになるであろう事を平然と言われ、驚かずにはいられなかった。
「何でそんな大事な事を簡単に――――」
「え……!? もしかして海人。俺の事を心配してくれているのか?」
わざとらしく驚いて見せた譲司は心配される事が嬉しいらしく、口元がニヤついている。
ただでさえ重大な事柄を明かされずにいて腹立たしく思っていた所で、小馬鹿にしたような態度を返され、海人は我慢がならなかったのだろう。
胸ぐらを掴むような勢いで海人は譲司に近づく。
また今朝のように一方的な戦いが繰り広げられてしまうかと思いきや、海人は意外な行動をとって譲司とアレイシヤを驚かせた。
「カ、カイトさん……?」
「おいおい、急にどうしたんだ? そんなに改まって」
怒りで眉間に深い皺を寄せていた海人だが、譲司の目の前に立つと大きく深呼吸をして平静を取り戻す。
そして彼は姿勢を正し、躊躇いもなく深く頭を下げた。
「親父……、頼む。俺も一緒に連れて行ってくれ。俺もアーシャの力になりたいんだ」
「…………カイトさん」
力不足であるのは自覚しており、断られるのは百も承知の事であるが、黙って見送る側には居られないようで、海人は共に戦いたいと願い出る。
敵の主力は討ち果たせたようだが、後どのくらいの戦力を残しているのかは分からない。
譲司がたった一人で本当にすべての敵を相手に出来るのかという不安もあり、少しでも戦力になればと、何よりもたった一人で助けを求めに来たアレイシヤを助けたいと、海人は強く願った。
その想いは強く、顔を上げて見せた真っ直ぐな瞳も力強い。
けれども海人の想いは譲司に届かなかったようだ。
「……海人。お前には留守を頼む」
「……っ!! どうして……っ! どうして俺じゃ駄目なんだ!?」
「どうしてって、聞くまでもねぇ事だろう? 俺に一撃でも当てられないような奴に背中は任せられん。荷物にしてはデカすぎだし、どうせ荷物にするなら食えるモンの方がマシだ」
断られることは覚悟していたようだが、ここまで辛辣な物言いであるとは思わなかったのだろう。
海人は茫然と立ち尽くしており、そんな彼の様子に譲司は溜息を吐く。
「そんなに協力したいのか?」
「……! あ、当たり前だ! 俺はそのつもりでこれまで――――」
「だったら、これ以上手間を掛けさせるな。家で大人しくしていろ」
突き放すような言葉でいて、実際に譲司は見切りをつけるように海人へ背を向ける。
それはとても親らしい行いと言えないものでいて、子である海人は納得がいく筈もなく、親子の衝突は免れない。
互いの気持ちを察しているのはアレイシヤだけであったが、彼女が二人の間に入る隙は与えられない。
言葉で想いが届かないのならば、と手を出す海人。
だが、その伸ばした手も簡単に避けられてしまった。
「どういうつもりだ、海人?」
「力で示すしかないんだろう!? だったらもう一度俺と勝負を――――」
「相手なら帰って来てから何時でもしてやるよ」
「そうじゃない! 今でなきゃ駄目なんだろうが!!」
勢いに任せて殴りかかる海人。
手が荷物で塞がっていた譲司は避けてこの場をやり過ごそうとしていたが、海人は中々諦めない。
やがて相手をするのに飽きたのか、譲司は舌打ちをしてから一歩踏み出した。
不意の反撃。譲司に蹴り飛ばされた海人の身体は植え込みによって受け止められた。
「カ、カイトさん……っ!!」
慌てて駆け寄ったアレイシヤは助け起こそうと手を差し伸べるが、海人は自力で立ち上がり再び譲司の元へと近づこうとする。
防ぐのが間に合わなかったせいか、受け身を取れなかったからか。
たった一撃だけで身体のそこかしこが悲鳴を上げているようで、海人は顔をしかめながらも前に進んだ。
「逃げるのか……っ!!」
「逃げるんじゃねぇよ。バカは相手にしたくないだけだ」
「……っ!!」
無情にも海人が玄関へと辿り着く前に扉はピシャリと音を立てて閉ざされ、挙句鍵まで掛けられてしまう。
自宅の鍵は海人も持ってはいるのだが、頭に血が上った状態では鞄の中から取り出す事を思いつかないのだろう。
無理やりに戸を開こうとするなど、正気ではない姿を晒していた。
「カイトさん……っ」
「あのクソ親父……! いい加減に――――」
認めて貰えない悔しさや、相手にされない悲しさ。
己の力不足に苛立ち、そこから目を逸らすように怒りをぶつける。
海人は激情に駆られて暴言を吐き、周りなど全く見えていないようであったが、背中に感じた温もりによって目を醒ます。
振り返ればそこには、必死にしがみ付いている小さな少女、アレイシヤが居た。
「――――アーシャ……」
「あ……っ。えっと、す、すみません……っ」
「いや……、別に構わないけど……」
アレイシヤの思わぬ行動に驚かされたからか、先程まで深い皺を刻んでいた眉間は元通りに、海人は落ち着きを取り戻したようだ。
これでこれ以上の諍いは免れたかと思いきや、それは一瞬の事であったようで、海人は鞄を拾い上げて鍵を取り出す。
「ごめん、アーシャ。やっぱり俺は親父と上手くやれそうにない」
「そんな……っ。落ち着いて話せばきっと――――」
「無理だ。親父の中で答えは出ているんだ……。俺は無力だって……」
怒りは収まったようだが、今の海人は別人のように、まるで憑き物が落ちたかのような顔をしている。
それは何もかもに絶望しきったようでいて、自暴自棄の成れの果てに他ならなかった。
帰宅してからの一件以来、海人は譲司と言葉を交わす事が無いまま時間が過ぎて行った。
今日も昨晩のように顔を合わせたくないという理由で夕飯を居間でとるのを断るかとも思われたが、意外な事に海人は何事もなかったかのように席に着いて黙々と食している。
まるで嵐の前の静けさのように感じられるが、海人が話を切り出す事は一切無く、結局彼は一言も話さないまま夕食を終える。
食事を終えた海人は早々に居間を立ち去り、そのまま戻ってくることは無かった。
「あの……、ジョージ様……」
「ん? 何だ?」
食後の片付けをしていたマルリース手伝い、全て終わらせた後にアレイシヤは、居間で横になりテレビを見ていた譲司へと恐る恐る声を掛ける。
譲司は上半身を起こしてあぐらをかき、背筋を伸ばして正座をしているアレイシヤへと向かい直った。
「あの……。差し出がましい事を承知で申し上げますが、本当にこのままで良いのでしょうか……?」
「このままって、一体何の事だ?」
「カ、カイトさんの事です……っ。家庭の事情に踏み込むのは不躾であると存じていますが、わ、私は……、このままでは良くないと思っています……」
海人の様子も充分おかしかったが、譲司も海人の父親としては違和感が残るような態度である。
晩御飯の間、沈黙を貫いていた海人とは違って譲司は良く喋り、マルリースの料理を褒めていたかと思うと、アレイシヤにセクハラ紛いの質問を投げかけてマルリースから鉄拳制裁をくらうなど、調子に乗っているようであった。
食卓の雰囲気を重くしないようにワザと明るく振る舞っているものだと思われたが、今の平然とした様子を見るからに、海人の事を全く気に留めていないようである。
アレイシヤが問いかけてもピンとこない様子の譲司に、彼女は再度確認を取った。
「これから赴く場所は死地に等しい場所です。助けを求めた身分で進言するのもおこがましいようですが、わだかまりを残したままでいるのは……」
「その事なら心配いらないさ。俺は必ず帰ってくる。この世界が俺の居場所だからな」
「そう……、ですか……」
「それに、俺が何を言っても理解はされないだろうからな。言うだけ無駄だ」
互いに想い、けれどもすれ違い、気持ちは行違う。
アレイシヤは二人の姿にもどかしく感じるようだが、互いにどう考えているのかを明かすのは憚られる。
それでもこのままでは良くないと、何か自分に出来る事はないかと模索していた所、譲司は彼女に望みを託した。
「面倒事に付き合ってくれるつもりなら、一つ頼みがあるんだが」
「は、はい……! 私に出来る事ならば何なりとお申し付けください!」
「はは、そこまで畏まらなくてもいいさ。それで、頼みって言うのはな、海人の事なんだが――――」
踏み込んではならないと己を戒めていたアレイシヤへ、譲司は自分の想いを明かし、彼女へと委ねた。




