6.武器は己の拳ただ一つ
皆に頭を下げて昨晩の失態を謝罪した海人。
責められても呆れられても当然だと思い覚悟していた海人だが、皆の反応は予測していたものと違っていた。
昨晩の事はアッサリと水に流され、何故だか海人の置かれている環境を羨ましがられ、糾弾された後に同情され、結局のところ今度ジュースを奢るという安上がりな解決に至った。
「私はジュースよりも一日デートしてくれるのが良いんだけどなぁ~」
「桃子、貴女ねぇ……!」
「なぁに? 真帆ちゃん。私と海人君がデートをするのに文句があるの?」
「べ、別に……、私は……。ただ海人が迷惑するでしょうって話で――――」
話は上手く纏まったかと思いきや、桃子の思い付きで女同士の言い争いが始まる。
間に挟まった海人はどちらに付いてよいのか分からず、猿渡達に助けを求めるも手は差し伸べて貰えそうになかった。
「あ、あの……っ!」
誰もが避けて関わりたがらない真帆と桃子の口喧嘩に割入ったのは意外な者であって、真帆と桃子も驚き固まった。
「どうしたんだ、アーシャ」
「えっと、この様な時に何ですが、ずっと気になっていて……」
「遠慮せずに聞いてくれていいんだぞ」
「は、はい……。その、カイトさんは――――」
アレイシヤの疑問。それは海人と海人の父である譲司との関係についてで、何故ここまで海人が譲司を嫌っているのかという理由が知りたいそうだ。
シュトラルヴェルトから助けを求めてこの地へ降り立ったせいか、アレイシヤは常日頃控えめでいて、滅多に自己を主張しない。
そんな彼女は皆が避けていた話題を蒸し返してしまい、尋ねた当人と海人を除いた皆が驚く。
真帆は海人の感情を刺激するのを避けるためか、海人の代わりにアレイシヤの問いを有耶無耶にしてしまおうとするも、アレイシヤの真剣な表情にただの好奇心で知りたがっている訳ではないと分かり躊躇ってしまった。
アレイシヤにとって譲司は世界を救った英雄であって、いまだ彼を敬う気持ちはなくしていないのだろう。
いずれにせよ、真帆や桃子、猿渡達三人組がどうなるかと押し黙ったままでいた所、海人は真面目な表情で問いに答えた。
「言い出せばキリがないな……」
「そこまでジョージ様の事を……?」
「アーシャも実際会ってみて分かっただろう? 俺はあのクソ親父が英雄だなんて、いまだに信じられない」
「そ、そんな事は……」
腕を組んで具体例を挙げようと考えていた海人だが、ふと視界に入った者達に気が付き問いかけた。
「そういえば昨日の晩、あのスケベ親父は真帆や桃子に変な事はしなかったか?」
「……おじ様がああなのは何時もの事だし、私は別に大丈夫よ」
真帆は幼馴染だけあって昔から譲司の事を知っており、あしらい方も心得ている。
問題は桃子の方にあった。
「私も全然平気だよ! 将来のお義父様になる人だから、あのくらいのセクハラなんて――――」
「やっぱりやらかしていたのか!?」
「え!? あー……、セクハラって言っても、肩を抱かれたり胸のサイズを聞かれただけであって――――」
「充分セクハラだぞ、それは……!」
海人は父親の不始末を土下座せんばかりの勢いで謝り倒して周りを驚かせる。
訴えられかねない事をしでかしてしまったと海人は顔を青ざめさせているが、被害者である筈の桃子は平然としており、寧ろ海人の謝る勢いに気押されたようであった。
不条理なようであるが、セクハラとは受け取る側の気持ちに因るところがあって、桃子にとっては譲司の行いは不快に感じなかったようだ。
「うーん、海人君がそこまで言うのなら、今度デートをしてくれれば――――って、聞いているの? 海人君……っ!」
「これで分かっただろ、アーシャ。親父は息子の友人にセクハラを働くような変態野郎だって事が」
「そ、それは……。そうです! 英雄は色を好むと言いますし、シュトラルヴェルトでは一夫多妻制でもあって――――」
「この国では違う。親父はこの国の生まれだ。不貞行為を認められはしない」
そこから海人はこれまでいかに苦労したのかを語り出す。
譲司の不貞行為は海人が今まで目にしてきただけでも数多く、実際の件数は数え切れないほどである。
甘言に騙され、その気になった女が自宅を訪ねてきて修羅場になるなど、海人は幼い頃より苦労をしているようで、苦悶の表情で語る海人を皆は憐れんだ。
「妻子がいる身だというのに、あっちこっちで声を掛けまくっているなんておかしいだろう? いや、結婚していなくても大勢の女性に気を持たせるような言動は良くないと思う」
拳を握って正論を述べる海人だが、最後の主張には皆引っ掛かりを覚えるようで、特に猿渡達三人組はジトッとした目を向けている。
中でも猿渡はツッコミを入れたそうにしていたが、今の海人に言っても意味がないと犬飼や雉岡が窘めて大人しく黙っていた。
一方で海人はそんな彼らの様子が視界に入らない位に熱が入り、譲司に対する不満点を挙げていく。
「女性関係だけじゃない。親父はタチの悪い性格をしているんだ」
「わ、私が見る限りではそのような事は――――」
「アーシャだって見ただろう? 今朝の親父の態度を」
「そ、それは……」
譲司は常に不真面目な態度であって、海人が勝負を挑んでも真剣に取り合わず、本気を出したりしたことは一度もない。
それはアレイシヤも今朝方目にした事実であり、言い返せない所ではある。
けれどもその時彼女は譲司の父親らしい一面も見ており、海人に本当の想いを伝えたくもあったが、譲司が本人にはひた隠しにしている為、口をつぐむしかなかった。
「親父に敵わないのは分かっている。それでも俺は本気で相手をして欲しいと思うのに、あのクソ親父は舐めたような事ばかり言って、手も抜いて……っ!!」
手加減するだけではなく武器の使用を薦めるなど、馬鹿にしているとしか思えない態度であって、アレイシヤは海人の気持ちが分からなくもない。
今は口を挟まず、海人が溜め込んだ思いを受け止めるばかりのアレイシヤであったが、そこで彼女はある事を思い出した。
それはアレイシヤが海人と出会って間もない頃で、魔導装具について説明をしている時であった。
「カイトさんが契約した水神竜の鎧は身体能力を向上させる効果もありますが、防御力にも優れています。それから、水を操る事も可能ですが、それには精神力の負担が掛かり、鎧の形状を維持する時間が短くなるので徐々に馴らしていく方向で――――」
海人はアレイシヤの話を真面目な表情で真剣に聞いているようだが、頭に入っているかは疑わしい。
彼は魔導装具の構造や創りだされた背景などは興味ないようで、彼の視線はアレイシヤがシュトラルヴェルトからこちらの世界へと持ち込んだ大きな荷物に向けられている。
「なぁ、他にもこういうのがあるのか?」
「あ、は、はい……。同時に使う事も可能ですが、その分身体に負担は掛かりますので――――……」
「へぇ……。そうなのか~」
キラキラと目を輝かせて期待の眼差しを向けてくる海人に、アレイシヤは鞄の中に仕舞われていた数々の魔導装具を披露した。
「これは風の矢を放つクロスボウガンで、こちらは土を操るグローブ。それからこちらは――――」
アレイシヤは様々な色の宝石が填め込まれた指輪を付け替え、武器の形状にして説明をする。
その一つ一つに海人は感心しているようだが、手に取ろうとはしなかった。
「属性の相性もありますが、カイトさんも武器を手にされますか? 同時使用だと負荷が掛かりますが、攻撃の際には武器の魔導装具だけを使い、守りを固める時に鎧を纏うなど臨機応変に対応すれば――――」
「せっかくだけど、俺は遠慮しておくよ」
「そう……、ですか……。でも、いざという時の為に何か一つでも持っていた方が――――」
護身用のナイフを懐に仕舞うように、窮地に陥った時の武器をアレイシヤは薦めてみるも、海人は首を横に振るった。
「あの時も言っただろう。俺の武器はこの拳だって。だからこの鎧で十分だ」
そう言った海人は自分の腕に填められた腕輪を見つめ、グッと拳を握りしめる。
その時アレイシヤは海人が断った理由を武器よりも拳での攻撃が得意だからと考えていて、実際の所その身のこなしで危機を切り抜けてこられたのだが、今になって本当の理由が分かったのであった。
全ては譲司に対する反抗心であると気付いたアレイシヤ。
けれども彼女はその事を口にする事はなかった。
海人が譲司への恨みつらみを述べ、溜め込んでいた鬱憤を晴らしているうちに休憩時間は終わり、予鈴が鳴って皆は教室に戻った。
皆に謝罪をして許しを貰え、更には積年の恨みを吐き出せたからか、海人はスッキリとした表情でいる。
これで憂いもなくなり午後からは授業に集中するかと思いきや、不安材料がなくなって安堵したのだろう。
ものの数分も経たぬうちに海人は夢の世界へと旅立ち、いびきまでかいて怒った教師に吊し上げられていた。
教室は笑いに包まれて授業は一時中断されるも、その後は何時も通りに、午後のゆったりとした時間が過ぎて行く。
今日一日の授業が全て終わり、掃除も済ませてHRも終わった後、猿渡達は海人の席へと近づいた。
「それで、今日はどうするんだ、海人? テストの結果発表はまだだから部活動は再開できるぞ」
「悪い。今日は止めておくよ」
「マジかよ……っ!?」
部活動を断り、帰り支度をする海人の姿に猿渡達は目を丸くしている。
試験の前までは赤点を取って部活動が禁止されてしまうと絶望していた海人だが、今ではその姿が見る影もなく、猿渡達は雨や槍が降るのではと騒ぎ立てた。
正気かと疑う猿渡達に海人は理由を説明しようとするが、彼らの間には桃子が入り込み、彼女によって遮られてしまった。
「海人君は私とお詫びの放課後デートに行くんだよね!」
「え!? いや、そんな事は一言も――――」
「ダメなの?」
上目遣いにねだられた海人は無下にできないようで、それでもここはキチンと断らねばと桃子の両肩に手を置く。
真っ直ぐに見つめ、真面目な表情で誘いを断り本当の理由を話そうとするも、断られると察した桃子の瞳が潤んでいる事に気が付き、海人は喉まで出かかった言葉を押し込める。
「それじゃ、決まりね。今日はドーナツって気分かなぁ~。ポンデ食べたい!」
「ちょっと、桃子。待ちなさいよ」
「何よ、真帆ちゃんは文句でもある訳?」
腕を組まれて連行されそうであった海人を助けようとしたのは真帆であった。
彼女は海人が放課後に何をしようとしているのかを察しているらしく、彼の代わりに答える。
「海人。今日は早く家に帰るつもりなのよね」
「あ、ああ……。そうだけど……」
「えぇ、何で!? せっかくテストも終わって、敵の強い奴らもやっつけて、これで何も気にしなくて遊べるじゃない」
「桃子、昨日の話は聞いたでしょう。海人は両親と久しぶりに会ったのよ」
「あ……っ。そ、それはそう……、だけど……」
指摘されるまで気が付かなかったことが恥ずかしいのか、桃子は語尾を濁していたが、少しばかり間を置いて絡めていた腕を放して海人に謝った。
「ごめんなさい、気が付かなくて……」
「いや、謝るような事じゃないさ。それよりも付き合えなくて悪いな」
「ううん、良いの。また今度、付き合ってよね」
「ああ。分かった」
鞄を手にして教室を出る海人とアレイシヤ。
桃子は笑みを浮かべて彼らに手を振って見送る。
残された者達も海人が居なければ部活動は休みという事で、それぞれの席で帰り支度を始めた。
「桃子嬢! ドーナツが食べたいのなら俺達と一緒にどうだ?」
「ま、しょうがないかぁ~。あれ? そう言えば真帆ちゃんは海人君達と帰らないの?」
「私はただのお隣さんだし。家族間の事柄に首を突っ込んだりはしないわよ」
「ふーん……」
「それよりも桃子。私はてっきり家までついて行くと言い出すんじゃないかと思っていたわ」
「そ、そこまで空気読めない子じゃないし!」
ぷくっと頬を膨らませた桃子と薄く笑う真帆。
お馴染みの口論が始まるかと思いきや、そこは猿渡達が体を張って全力で止める。
喧嘩が始まればせっかく取り付けた桃子との約束が水の泡になる為、彼らは必死なのだろう。
「ど、どうせなら占部もどうだ? 俺達とドーナツ食いに行かないか?」
「はぁ? 何で真帆ちゃんまで――――」
「話の続きはそこでという訳ですよ。ね、犬飼君」
「そ、そうだ。雉岡の言う通りだ。それに甘い物を食べれば苛立ちも治ま――――」
「イラついてなんかないわよ!? 私はね!!」
やはり騒がしくなるのは避けられないのか。
猿渡達三人組は穏便に事を収めようとしており、それは空回りして火に油を注ぎ、そんな姿に真帆はクスッと笑った。
「私は良いわよ。フレンチクルーラーが食べたい気分だし」
「えぇ~?! ポンデの方が美味しいに決まっているでしょう!」
「別にポンデが嫌いとは一言も言っていないじゃない。押しつけがましいのは嫌われるわよ」
「むかっ!! 味の良し悪しが分からない人に言われたくないわ!」
鞄を肩に掛けた真帆と桃子は肩をぶつけあいながら教室を出て行く。
二人の勢いに圧倒された猿渡達三人組は暫し茫然としていたが、置いて行かれてしまった事に気が付き慌てて彼女達の後を追った。




