5.剣を捧げる者は
打放しのコンクリート壁と床で囲まれた室内。
そこにあるのは椅子と簡素なベッド、それから仕切りを設けたトイレとシャワーで、飾り気などは一切ない。
地下牢に捕らえられていたのは、昨日海人達が通う学校に襲撃を仕掛けた者のうちの一人、グランツドラッヘン王国の第一騎士団長であるガイラルド・ヴァルムヴェントであった。
ガイラルドの前に立った譲司は返事を得られぬと思ったようで、にやけた表情から一変して相手に負けぬような鋭い目つきで問い掛ける。
「――――だんまりを決め込む気か。散々暴れまくって屋敷まで破壊して……」
「譲司様。逃亡を企てたのは他の三名であって、彼は……」
「ん? そうなのか? そうは言うが、コイツは第一の騎士団長って事だから騎士団の頂点に立つのだろう? だとすれば他の奴らの失態もコイツが責任を取るべきであって――――」
難癖を付け、タチの悪い絡み方をしてくる譲司だが、ガイラルドは全く動じる様子もなく、牙を剥く事も無い。
ガイラルドが纏っていた鎧は魔導装具であって、今は武器共々取り上げられており、彼はシャツにズボンという無防備な姿である。
収監された身であって、枷の一つでもはめられていそうなものであるが、彼が身に着けているのは細やかな装飾が施された銀色の首輪だけであった。
武器や防具を失っても、ガイラルドはその拳だけで戦うことが出来る。
けれどもそうしないのは首にはめられた物に因るところが大きかった。
「――――流石、アイントールの技工による物だ」
ようやく口を開いたかと思えば、ガイラルドは己の首にはめられた物を褒め称えた。
彼がそう口にするのも無理はない。
その首輪は力を抑制する物であって、それにより彼は今、譲司達に危害を加えることが出来ないのであった。
「まさか歴史上の人物に会い見えようとは……。思いもしなかった事だ」
小さく乾いた笑い声を上げるガイラルドに対し、マルリースは首を傾げつつ問いかける。
「それは私の事を言っているのかしら?」
「ああ。貴女もそうだが、そこの者、……英雄の事もだ」
「俺様の事も知っているのか」
「無論。あの白銀竜の鎧に立ち回り、違えようもない」
ガイラルドは譲司とマルリースの事を知っているようで、それならば早いと、自己紹介を省いて譲司は話を進める。
「俺達の事を知っているのなら話は早い。お前達の目的も大体は把握しているが、詳しい説明をして貰おうか」
「フン……。……英雄が相手であっても、従順になると思うな」
かつてシュトラルヴェルトを救った英雄として認識されているならば話は進め易いと考えていた譲司だが、彼の考えは甘かったようだ。
ガイラルドは譲司やマルリースに敬意を払う気は一切ないように見受けられる。
「ほう……、良い度胸をしているな。もう一回ボコってやろうかクソ爺……!?」
「ジョージ、落ち着いて。こんな挑発に乗るなんて貴方らしくないわ」
「いいや、俺は最初から頭に来ていたんだぜ。……コイツは俺の息子を可愛がってくれたようだからな。親として礼はしないといけないだろう?」
「もう、ジョージったら……」
海人には知られたくないのか、譲司はマルリースと黒衣の女性に対して本人に絶対に話さないようにと釘を刺している。
父親が子を思う一面を見せたようだが、ガイラルドにとっては茶番劇を見せられている事に他ならないようで、彼は下らないと一蹴して嘲笑った。
「あの水神竜の鎧を纏った者が英雄の子息とはな……」
「あァ!? 俺の息子に何か文句でもあるのか?」
「あの者には英雄の血は受け継がれなかったようだな」
「おい、それはどういう意味だ……っ!!」
「鎧を纏う資格もない弱者であった事には違いないだろう?」
額に青筋を浮かばせた譲司はガイラルドに掴みかかろうとするも、マルリースによって腕を引かれて止められてしまった。
怒りを露わにする姿が滑稽に映るのか、ガイラルドはあざけ笑いながら話を続ける。
「貴公の存在は所詮過去の栄光に過ぎない」
「ああ、確かにそうだ。けどなぁ――――」
「シュトラルヴェルトでは250年も時が過ぎたのだ」
「それがどうした!? 自分で言うのもなんだが、偉人ってものは代々語り継がれていって敬われるものだろうが!」
「道半ばで投げ出した者が何を言う……!!」
「何だと……っ!?」
今にも掴みかからん勢いであった譲司を強硬手段で止めたのはマルリースで、彼女はどこからともなく取り出した杖で譲司の頭を殴りつけた。
マルリースは無表情で素早い動きであって、更には殴られた譲司が脱力して立ち上がれない所を目の当たりにし、黒衣の女性は後退っている。
彼女はそれが魔導装具の力によるものであると理解は出来たようだが、容赦ない扱いに引いてしまったようだ。
「……仕方ないわね。ここは貴女に頼めるかしら?」
「は、はい……」
譲司とガイラルドでは話が進まないと判断したマルリースは、引き気味になっていた黒衣の女性へと目配せをした。
深く頷いた黒衣の女性は素顔を隠していた仮面と頭を覆っていたフードへと手を掛ける。
はらりと流れる長く美しい髪。意志の強さを秘めた瞳。
それらの色にガイラルドは目を大きく見開いた。
「その髪と瞳の色は……。いや、他の者が同じような色を持っていてもおかしくはないが……。その容貌は――――」
明らかな動揺を見せるガイラルドに対し、いつの間にか起き上がっていた譲司が真剣な眼差しで問い掛ける。
「ガイラルド。お前が剣を捧げている者は……、仕えている者は誰だ?」
「我が剣は王に捧げたもの。仕えているのは正当な王家の血を引く姫殿下であって――――」
「宰相ベルントに、では無いんだな……」
「それはどういう意味だ?」
何も存ぜぬといった様子のガイラルドに譲司が説明をしようとするが、彼の前に進み出た黒衣の女性によって遮られてしまった。
彼女は自分の口から告げたいと、そういった視線を譲司に向け、彼は深く頷いた。
「私の名は――――」
その名を聞いたガイラルドは驚きのあまりに座っていた椅子を倒し、そしてそのまま足を折って黒衣の女性の前へと跪いた。
譲司との話が出来ぬまま、海人はアレイシヤと共に登校し、何事もなく校門をくぐった。
昨日ガイラルド達によって荒らされた校庭はすっかりと元通りに、何事もなかったようにすら思える程に見慣れた景色であった。
昨晩皆の前で醜態を晒したせいで海人は教室に入り辛かったようだが、彼の憂いは杞憂で済んだ。
「よう! 珍しく遅いじゃねぇか、海人」
「あ、ああ……。おはよう、猿渡」
猿渡達三人組は昨日の事など無かったように明るく接してきて、続いて桃子も海人達の輪に加わり、朝からベタベタと激しめのスキンシップを仕掛けてきた桃子を真帆が諌める。
皆の反応に拍子抜けするところであったが、海人が教室に入って間もなくチャイムが鳴り、話はそこそこに終わり席に着く事となった。
深く追求もされず、非難もされなくて安堵するところであるが、それは気を遣わせているだけであって、このままでは良くない。
授業の内容を聞き流しつつ、昼休憩までにどう話しを切り出そうかと海人は考えた。
普段は退屈で中々終わらないと思っていた授業が今日に限っては早く済み、海人達は昼食を取りに食堂へと向かう。
早く皆に謝りたい所だが、他の生徒が大勢いる中では話題に出来ない事もある。
取り敢えず昼食を済ませた後、海人は皆に提案をして部室へと移動した。
「昨日はすまなかった……!!」
部室に着くなり、海人は皆の前で深く頭を下げる。
その行動に皆は呆気にとられたようで、更には突然どうしたのだという声も上がった。
猿渡はとぼけた表情で問い掛ける。
「おいおい、海人。何を謝る事があるんだ?」
「昨日の晩、俺が話の途中であんな事をして迷惑を掛けただろう?」
「あー……、その事か」
バツが悪そうに後ろ頭を掻いていた猿渡は傍に居た真帆へと目配せをする。
すると真帆は小さな溜息を吐いて前に進み出て、事のあらましを説明した。
「その……。皆には私から海人とおじ様の仲がアレなのを説明しておいたの」
勝手に事情を明かした事に罪悪感があったのか、真帆は申し訳なかったと頭を下げる。
けれども海人にとってはどうでもよかったようで、真帆が謝る必要は無いと言い、自分に落ち度があったと主張する。
「何にせよ、皆に迷惑を掛けた事には変わりない。気遣ってくれるのは嬉しいが、何かこう……、責められてもおかしくはないかと――――」
「私達は海人君を責めたりなんかしないよ」
「桃子……?」
後ろめたいからか、少しばかり皆と距離を取っていた海人。
そんな彼を皆の輪に加えるように桃子は彼の腕に自分の腕を絡め、グイッと引っ張る。
「家族と仲が微妙って普通の事じゃない」
「そう……、なのか……?」
「そうよ。私だってよくお父さんと言い合いになるし」
桃子がそう述べると皆はうんうんと頷いて同意した。
よくある事だと言われて納得しかける海人だが、それとこれとでは話が違うと、皆の前で父親に喧嘩を売って投げ飛ばされ、その上大事な話をせずに席を立ったのは悪かったと言う。
常に正しくあろうとしているからか、海人はどうしても自分が許せないようで、その真面目さに皆は苦笑していた。
「そんな事よりも、海人君。私は気になる事があるんだけど」
「そんな事って……。それで、何が気になるんだ?」
「そのね……、えっと……」
これまでは積極的に迫っていた桃子だが、なにがあったのか、彼女は背を向けてもじもじとしながら言い難そうにしている。
何か気に障るような事をしてしまったかと海人が慌てていた所、桃子は首を横に振り、視線を外しながら問い掛けてきた。
「あ、あのね……。海人君のお義父様やお義母様は私の事を何か言っていなかったかなぁ~……って」
「桃子の事を……? いや、何も聞いていないが……」
「そっか……。そうだよね~……」
「いや、そもそも昨日の晩から話らしい話をしていないからな」
「そ、そうなの? それならこれから頑張れば良いわよね!」
「頑張る? 一体何を――――」
グッと拳を握りしめた桃子は何かしらの決意を固めている。
状況が全く読めないでいる海人は桃子に問おうとするも、今度は猿渡達が押し掛けてきて質問攻めをする。
「なぁ、海人! お前のお袋さんは一体幾つなんだ!?」
「は? 母さんの歳って……、何でそんな事を――――」
「いいから答えてくれ。これは重要な問題なんだ!」
「……確か、39歳だったような――――」
「アラフォーだとぉ……!!?」
目をカッと見開き口をポカンと開き驚愕を顔で表す猿渡達三人組。
何をそこまで驚くのかと海人は不思議であるようだが、猿渡達にとってはただ事ではないようだ。
「クソッ!! なんて事だ……っ!!」
「お、おい、どうしたんだよ猿渡。俺には意味がさっぱりだ。雉岡、説明してくれないか?」
「最早説明など必要ないでしょう。竜堂氏は自身が置かれた環境に感謝すべきです」
「悪い、意味が分からない……。犬飼……、お前なら――――」
どういう事だと犬飼に問い掛けるが、彼も神妙な面持ちで首を横に振るだけであって何も答えてはくれない。
何にせよ三人組からは羨望やら恨みやらが籠った目で見つめられ、居心地の悪くなった海人は真帆へと助けを求める。
呆れ返った真帆は状況を理解しているようで、大きな溜息を吐いて海人にも分かるように説明をした。
「要は海人に綺麗な母親が居て羨ましいのね」
「はぁ? なんだよそれは……」
「いや、あんな美人で若く見えるお袋さん、そうそう居ないだろう!?」
猿渡の主張通り、マルリースは年齢よりも若く見え、年齢を明かした際には驚かれる事が多い。
容姿も整ってはいるが、そこまで羨ましがられる程でもないだろうと、海人は猿渡達の気持ちが理解できなかった。
「お前のお袋さん美人で若々しくて、その上料理も上手いだなんて普通じゃあり得ないぞ!」
「そうなのか……?」
「更に言えばお前は恵まれ過ぎだ! 毎朝幼馴染の女の子が朝食を作ってくれるとか! クラスのアイドル的存在な女の子にベタ惚れされているとか! 挙句の果てに異世界から来た美少女と一つ屋根の下とか! それでお袋まで完璧とか恵まれ過ぎだろう!?」
猿渡の意見に激しく頷いている雉岡と犬飼。
真帆達女性陣はあまりの熱弁に引き気味になっているが、肝心の海人はというとピンとこないようだ。
それどころか彼は猿渡の主張を覆す言葉を持っていた。
「――――でも俺の親父はアレだぞ」
「…………お、おう」
「プラマイゼロどころか俺にとってはマイナスに振りきっているんだがな」
「……」
海人の一言で猿渡達は沈黙し、そして彼らは優しく肩に手を置いた。




