2.明かされる過去
かつて魔王によって支配されていた異世界シュトラルヴェルト。
魔の軍勢を退け、魔王を討ち果たし平和をもたらしたのは、こちら側の世界からシュトラルヴェルトに召喚された勇者であった。
海人達の危機的状況に駆けつけ、たった一人で敵を全て倒した海人の父譲司は、自分がその勇者であると、誇らしげに告げた。
驚き、目を見開いて固まっていた海人だが、彼は数秒した後に盛大な溜息を吐いて疑わしげな視線を父親へと向ける。
「……親父」
「何だ? 我が息子よ。もしかして今までの生意気な態度を改めるどころか、俺の事を尊敬して敬う気にでもなったのか?」
「馬鹿な事は休み休み言ってくれ。と言うか、寝言は寝て言え。今日はエープリルフールでもないんだぞ。どうせ吐くならもう少しマシな嘘を――――」
「はぁ? 嘘なんかじゃねぇよ。俺がシュトラルヴェルトを救った勇者だよな、アーシャちゃん」
急に譲司に話を振られたアレイシヤは、オドオドしつつも深く頷く。
彼女に対して馬鹿げた冗談に付き合う必要は無いと言う海人だが、彼女の瞳が泳いでおらず、真剣な眼差しである事に気が付き言葉を失う。
「嘘……、だろ……?」
「う、嘘ではありません。ジョージ様はかつて魔王を討ち取った勇者で間違いありません……!」
「そそ。そーいう事。ところでアーシャちゃん」
「は、はい……っ! な、なんでしょうか……?」
「そのジョージ様ってのは止めてくれねぇか? どうにもこそばゆくて敵わない」
「え……!? で、ですが……」
「いいのいいの。どうせ様を付けるなら、おじ様とかの方が良いなぁ~」
「そ、それは……。そのような畏れ多い事は――――」
気など遣う必要ないと言いながら、アレイシヤの肩を抱く譲司。
アレイシヤの見た目が幼い事もあってか、傍から見ると犯罪的な光景であるのだが、海人達は茫然としていて割入る余裕もない。
結局、譲司の暴走を止めたのは、追加の料理を手にして大広間へと戻ってきたマルリースであった。
「……アナタ。何をしているのかしら?」
「うおっわ?! 急に背後に立つなんて、おどろかせるような真似はよせよ」
「それで、その手は何なの?」
マルリースから背筋が凍るような視線を向けられた譲司は、慌ててアレイシヤから離れて何でもない風を装うが、手遅れであったようだ。
彼はマルリースに耳を掴まれ捻り上げられ、大げさに痛がりながら反省の言葉を述べている。
お仕置きを受ける譲司は自業自得であるのだが、アレイシヤは彼の弁明をした。
「あ、あの……っ! 私は構いませんので……っ」
「いいえ。アーシャちゃんが構わなくとも、ここで〆ておかないと調子に乗るからこれで良いのよ」
「は、はぁ……」
アレイシヤの言葉は聞き入れられず、暫くマルリースによる譲司の躾が続くが、そろそろいいだろうと海人の祖父である重蔵が咳払いをして諌めた。
重蔵に対してはマルリースも頭が上がらないのか、素直に聞き入れて譲司の隣に座る。
「はぁ……。親父殿、助かったぜ」
「助けたつもりは無い。それよりも、じゃ。そろそろ本題に入ったらどうじゃろうか」
真帆はお隣であって、夕食を共にすることはよくあるが、桃子や猿渡達は違う。
今は夜であって、下らない話で長引かせるのも悪いだろうと重蔵は言い、簡潔に事情を明かすよう譲司に促した。
「ま、そうだな。……海人。納得いかねぇこともあるかもしれんが、取り敢えず黙って聞きな。俺様の英雄譚を――――」
それは25年前の夏の話。
当時、海人の父である竜堂譲司は今の海人と同じ高校二年生で、海人と同じように藍ヶ浜高校に通っていた。
彼は困っている人が居れば駆けつけ、誰かの為にと行動する癖もこれまた海人と同じであったが、その当時から女性関係はだらしがなく、幼子から老婆まで、女性とあらば口説かずにはいられないという厄介な性格でもあった。
軽薄さが服を歩いているような男であって、方々から恨みを買う事もあり、トラブルに巻き込まれない日は無いと言ってよい程ある。
けれども彼は人を惹きつける魅力があるのか、普段から誰かを助けていたからか。
周りに推された事もあって、生徒会長という役職に就いてもいた。
「いや、嘘だろ!? 親父のようないい加減な人間を生徒会長にするなんて、どうかしている……」
頭を抱える海人に対して首を横に振ったのは、譲司やマルリースではなく真帆であった。
「それは嘘じゃないわよ」
「ん? どうして真帆が知っているんだ?」
「昔、私のお父さんとお母さんが学生時代のアルバムを見せて貰ったの。そこに生徒会の写真があって――――」
「そうそう。真帆ちゃんの両親も同じ生徒会のメンバーだったんだぞ」
「……マジか」
真帆の両親も同じ学校で、同じ生徒会で活動をしていた。
譲司が生徒会長を務めるだけあって数々の騒動が起こりはしたが、真帆の両親や他のメンバーの助けで何とか大事にはならずに済んでいたそうだ。
それどころか、時折譲司が起こす行動によって事態が良い方へと転ぶこともあり、なんだかんだで学生生活は順風満帆であったようだ。
「俺の輝かしい学生生活は上手くいっているようであったが、ある日突然、とんでもないことに巻き込まれてしまったんだ」
高校二年の夏休み。
譲司達生徒会メンバーは夏合宿中のボランティアで、西水守神社を訪れていた。
「西水守神社と言えば、あのぼろっちい神社っスか?」
猿渡の言う通り、今の西水守神社は寂れた所で、石段は苔むし、社殿は朽ちかけた箇所もあり、境内も雑草がそこかしこに生えているなど、うち捨てられたようであった。
そのような場所でボランティア活動と聞き、てっきり清掃作業だと想像した海人達だが、25年前には違った光景が広がっていたそうだ。
「昔はあの神社で夏祭りをやっていたんだぞ」
「えぇ!? 嘘でしょ、義父様~」
桃子が驚くのも無理はない。
どちらかと言えば肝試しにピッタリなスポットであって、祭りで賑わいを見せていた様子など、今の廃れた姿からは全く想像がつかない。
「まぁ、訳あってお嬢さん方が生まれる前に祭りは無くなっちまったんだ」
「その訳というのも、御父上に関する事柄なのですね」
「ああ、そうだ。眼鏡君はカンが鋭いね」
雉岡の言葉に深く頷いた譲司。
これまでは面白おかしく自身の事を語っていたが、ここから空気が一変し、真剣な眼差しへと切り替わった。
彼のふざけた態度しか見た事の無かった桃子と猿渡達三人組は、その様子に息を呑んで話の続きを座して待つ。
「俺達生徒会のメンバーと顧問の教諭は、夏祭りの夜にシュトラルヴェルトに召喚されたんだ」
祭りでのボランティア活動を終えた譲司達。
片付けも済まし、後は帰るだけとなったのだが、彼らはふとした切っ掛けで社殿の裏手の奥、木々に囲まれた場に足を踏み入れた。
そこで譲司達は光に包まれ、次の瞬間目を開くと異世界の光景が、これまでに見た事の無い景色が広がっていたのであった。
それは魔王によって蹂躙されたシュトラルヴェルトの民が託した最期の希望であって、唯一抵抗を続けていた国、グランツドラッヘンの王が行使した勇者を異世界より呼び寄せる召喚術によるものであったのだ。
「それで、親父は勇者となって、向こうの世界を救ったのか……」
「まぁ、色々と苦労もしたけどな。目が覚めたら周りに誰も居なくて、かなり焦ったさ」
「誰も……!?」
「ああ。なんだかんだ旅を続けるうちに皆と再会できたが、俺達は運が良かったと思う」
「そうか……」
「ま、一番の幸運は、マリーと出会えたことだけどな」
「母さんと……?」
譲司の言葉にマルリースは微笑み、頬を薄っすらと赤く染めている。
異世界へと降り立った譲司はいきなり海へと投げ出され、その末に浜辺へと打ち上げられたらしい。
彼の危機を救ったのは浜辺近くの港町に住むマルリースで、彼女の助けがあったからこそ旅を続けられたのだと譲司は語った。
「鍛冶師見習いのマリーと俺は王都を目指して旅をし、途中ではぐれた生徒会の仲間と再会したり、魔王の手先と戦ったりしたんだ」
「私は足手まといになってばかりだったのだけれどね」
「そんな事はないさ。マリーが居てくれたからこそ、俺は数々の試練を乗り越えられたんだ」
「ジョージ……」
先程までの二人のやり取りが嘘のように仲睦まじくあるが、海人は散々見慣れている為特に意に介す事も無く、それよりもと口を挟む。
「もしかして母さんは――――」
「そうよ。私の生まれはシュトラルヴェルト。そして、家名はアイントールよ」
「アイントールって……っ! まさか――――」
聞き覚えのある苗字に海人は驚きつつ、アレイシヤへと視線を向ける。
すると彼女は困ったように笑いながら小さく頷いた。
「アーシャちゃんは私の兄の子孫だから、カイトとはかなり遠いけど親戚関係に当たるわね」
「そう……、なのです。えっと、カイトさん。言い出せなくてごめんなさい」
説明をせずにいた事を詫びて頭を下げるアレイシヤ。
彼女は心の底から申し訳なさそうに謝るが、海人は受け止めきれないでいる。
両親の急な帰省に続き、父親がかつて異世界を救った勇者であった事、更には母親が異世界の生まれであった事。
そして異世界からの侵攻を止めようと、単身こちらの世界へ渡ってきたアレイシヤが自分と血縁者であったと分かるなど、多くの驚く事実を前にして、海人は全てを受け入れる事は出来なかったようだ。
「カ、カイトさん……っ!!」
無言のまま立ち上がった海人は部屋を後にしようとする。
真帆達も明かされた事実に驚きはするが、海人とは比べるまでもない程度である。
海人の気持ちを察してか、真帆達は彼を引き留めはしなかったが、譲司は海人の気持ちなど慮りもせず、逆に挑発をするような言葉を投げかけた。
「何だァ? ビビッて何も言えなくなったってのか? ……ったく。男ならこれくらいドンと構えて受け止めろよな」
「……っ!!」
カッと顔を赤くして頭に血を上らせた海人は、譲司に近づき彼の胸ぐらを掴もうとする。
けれども掴みかかった海人の手は譲司まで届くことは無く、それどころか簡単に掴み返された挙句に投げ飛ばされる。
冷静でなかったせいか、受け身を取るのが遅れて海人の身体は障子へ。
派手な音を立てて障子は真っ二つに壊れてしまった。
あまりに突然の出来事で真帆達は茫然としていたが、重蔵の声でハッと現実に引き戻された。
「譲司……!! あれ程家の中では暴れるなと言うたのにまだ直らんのか!!」
「……悪い。親父殿、障子なら後で直すから勘弁してくれ」
「まったく……。いつまで経っても子どものように振る舞いおって……」
重蔵は譲司を叱りつけたが、海人に振るった暴力を諌めはしない。
マルリースは譲司に対して手加減が足りないと怒ってはいるが、投げ飛ばした事については咎めない。
猿渡達は呆気に取られていてただただ成り行きを見守るだけであったが、真帆と桃子は我に返り海人の元へと駆け寄る。
幸い怪我はしていないようだが、ゆっくりと起き上がった海人は何時もの彼らしからぬ表情をしていた。
「か、海人……っ! ちょっと待って――――」
「海人君……っ!!」
まるで敵か仇を見るような目を譲司に向けた海人は、真帆や桃子の呼びかけに応じず部屋を後にした。
自室に戻った海人は明かりも付けぬまま、敷いたままであった布団へと身を預ける。
いつもならば難しい考えはせず直感で、自分の思うように行動してきた海人だが、今の彼はそうはいかないようだ。
大広間から海人の自室は離れており、人の声は届かず室内は静寂を保っている。
障子を通した薄明かりで部屋は暗闇に包まれることは無く、手元が見えない事も無い。
誰かが後を追いかけてくるかと思い、襖を見てもいたが、足音が聞こえる事も無く、襖が開かれることは無かった。
今は頭の中が整理できず、誰が相手でも話す余裕ない為、そっとしておいてくれる事を有難くも思うようだが、その一方で一人きりでいる事に焦燥感を覚える。
眠ってしまえば明日になって気持ちも落ち着くだろうと考えるが、目は冴えていて直ぐには眠りに就くことはできないようだ。
「――――……九時過ぎ……か」
寝付けぬまま幾ばくかの時間が経った頃。
ふと目に入った時計を見ると、時計は午後九時過ぎを指していた。
流石に桃子や猿渡達は帰ってしまっただろうと、だとすると話を途中で抜け出して悪い事をしてしまったと罪悪感が募るが、皆がどうしているのかを確かめは出来ずにいる。
枕元にあった携帯電話で確認を取る事も可能だが、何故だか手は伸びなかった。
「考えるのはもう止めにしよう。……明日になれば――――」
いくら時が経っても気持ちの整理は一向につく気配を見せない。
ならば今度こそ眠りに就いてしまおうと。面倒事は全て明日の自分に押し付けようとするも、やはりそう簡単には眠れなかった。
「――――……カ、カイトさん。起きていらっしゃいますか?」
布団を被って無理やり暗闇に包まれていた所、襖の向こう側から声がした。
海人の部屋を訪れたのはアレイシヤで、彼女は返答が無いのを確認しておきながら再び声を掛けてきた。
「カイトさん……っ。その……、お話をしたいのですが、駄目……でしょうか……?」
言葉にはしなかったが、アレイシヤは返事をするまで居座りそうな気配であって、彼女の想いを感じ取った海人は身を起こして襖を開いた。
隙間から見えたのはアレイシヤの申し訳なさそうな表情であって、深く頭を下げる姿は直視できない程に痛ましい。
取り敢えず部屋に招き入れた海人は明かりを灯し、眩しさに目を細めつつ腰を下ろした。




