8.絶望の淵に立たされて
それは一瞬の出来事で、何が起きているのか理解するのに時間を要した。
ガイラルドが手にした黄金の刀身の剣が紫電を纏い、振り下ろされる所までは記憶に留まっている。
辺りが真っ白な光に塗りつぶされ、程なくして元の景色に戻った時。
海人は身体に違和感を覚え、己の拳を何度か握りしめようとした。
「身体が……、痺れ……? これは――――」
上からズンと重たい衝撃をくらい体勢を崩しかけるが、海人は何とか踏みとどまる。
身体に残るのはビリビリとする痺れであって、雷による攻撃を受けたのだと分かった。
これも鎧の力によるものか、海人はまともに電撃を浴びたようだが、致命傷には至らなかったようだ。
己の身の状態を確認した後、海人は周囲を見渡す。
先程の雷撃によってだろう。平たかった地面は所々が抉れ、砂埃で視界が煙っている。
「たった一撃でこれだけの威力……。――――み、皆は……っ!?」
振り返った先には絶望的な光景が広がっていたかと思われたが、何とか皆は耐えられたようだ。
レヂディーノは自身で障壁を展開し、グラヴィストは持ち前の素早さで見切って難を逃れている。
猿渡と雉岡は犬飼が作り出した土壁で電撃を防ぎ、真帆と桃子はアレイシヤが持つ魔導装具の力、障壁によって事なきを得た。
「良かった……。皆は無事で――――……っ!?」
敵は息を吐かせる暇も与えはしない。
ガイラルドは再び剣を振るい、海人達に雷撃を浴びせる。
先程と同様に、同じ要領で攻撃を防ぎ活路を見出そうとする海人達だが、その考えは甘かったようだ。
二度目の雷撃は一度目よりも威力が高まっていたのか、それとも二度続けて高威力の攻撃を受けたからか。
真っ先に膝を地に付けたのは犬飼で、続いてアレイシヤも力尽きてしまった。
盾としての力を維持するのは多くの精神力を消耗するようで、受けた攻撃の威力が強ければ強い程、削られる精神力も相当なものになるようだ。
守りが崩された事により、状況は一気に悪い方へと転がる。
「まったく……。いくらなんでもこれはやりすぎじゃねぇのか?」
「そうよねぇ。わたくし達がわざわざここまで来た意味がなくなってしまうじゃない」
ガイラルドの容赦のない攻撃に対して呆れた様子のローランドとルイーザであるが、彼らも手を抜く気はないようだ。
敵の視界を奪おうと雉岡が放った黒い霧はいとも容易く払われ、猿渡の風の矢による攻撃も全てかわされてしまう。
攻撃を全て見切っていたローランドは、ニヤリと笑いながら手にしたカットラスを振り上げる。
青白い光を帯びた刀身は水を自在に操る力を持っているようだ。
地を這う水が何処からともなく現れ、それは小さな波から始まり、やがて大波へと変わり皆に襲い掛かる。
犬飼とアレイシヤは残った力を振り絞り、岩壁や障壁を展開して皆を守ろうとするも、押し寄せる波に容易く飲み込まれてしまった。
「みんな……っ!!」
「貴様に余所見をしている余裕があるのか?」
「……クッ!!」
もがき苦しむ仲間を救い出そうとする海人だが、彼の前にはガイラルドが立ちはだかる。
彼の剣は雷撃を落とす為だけに振るわれているのかと思われたが、剣本来の役割も果たすようだ。
ガイラルドの剣撃は鮮やかな、剣舞のような剣捌きであるが、それは命を狙うものであって、容赦など一切ない。
一撃が重く、そして黄金の刀身に宿る紫電の力によって、海人は身体の自由が徐々に奪われていく。
「――――どうすれば……、どうすれば良い!? こいつに隙などありはしない。この鎧の力も何時までもつか分からない……っ」
これまでの海人は敵の攻撃を受け続け、よく観察をして隙が無いか窺い、敵の油断を見逃さずに反撃をしてきた。
けれども今現在この目の前に立ちはだかる敵には今までの戦い方では通用しないようだ。
ガイラルドは幾つの型を習得しているのか。一つとして同じ型は見せないようであって、同じ人物を相手にし続けているのが信じ難くなる。
「クソ……っ!! 俺は……、これまで……、なのか……」
攻撃を受け止めきれなかった海人は、その身を吹き飛ばされて無様に地面を転がる。
横たわったままでいる海人の視界に入ったのは、同じように倒れている仲間たちの姿であった。
皆は大量の水に呑まれて自由を奪われた後、身体を打ち付けたのだろう。
溺れはしなかったようで何とか息はあるようだが、皆が再び立ち上がって戦う事は叶わない。
自分が何とかしなければと、持てる力を出し切って立ち上がろうとする海人は、目を疑うような光景を目の当たりにする。
「……嘘……、だろ……?」
これまでどんな敵が相手であっても、決して屈しなかったレヂディーノ達。
何時も海人は彼女達に助けられる立場であって、彼女達が劣勢に追い込まれる場面など想像も出来なかった。
「レヂディーノ……っ!!」
ルイーザの手にした鞭は薔薇の棘のような形状で、捕えた獲物を逃さない。
一度は拘束から脱したものの、棘の鞭はルイーザが振るうものだけでなく地中からも這い出て、レヂディーノは足元を絡め取られ、自由を奪われた。
彼女は何も出来ぬまま拘束された訳ではない。
必死に抵抗を、杖を振るい、光弾を刃の形にして放つなどして切り払おうとしたが、全てが徒労に終わってしまう。
両足だけでなく両手も絡め取られてしまったレヂディーノは、ついに杖を手放すまで追い込まれ、完全に身動きを封じられてしまった。
「貴様ァ……っ!! よくも――――」
捕えられたレジディーノの元へと駆けつけようとしたのはグラヴィストで、彼は怒りに任せて叫び、なりふり構わず向かって行く。
常にレヂディーノの身を守るように立ち回っていた彼だが、立ちはだかる敵は厄介であるようだ。
彼の前に立つのは、身の丈程の大剣を手にしたアウグストであった。
年老いた身であるが、老いた様子が微塵にも感じられない程の剣捌きであって、重量のある剣を鈍器として扱い、盾としても扱うなど、全く隙を見せない動きである。
素早い身のこなしで相手の急所を狙い続けるグラヴィストだが、彼の攻撃は全く届かないようで、分厚い壁のような男を突破することはできない。
「……フム。この中ではマシな方だが、まだまだのようだな」
「大人しくそこを退けッ!!」
「儂にとっては久方ぶりの戦場だ。いくら相手が格下だからといって、そう簡単に退けるわけがなかろう」
言葉通り、アウグストはこの状況を楽しんでいるようで、まるで手合わせをするかのようであって、余裕の笑みを浮かべている辺り手加減をしているのが分かる。
グラヴィストは弄ばれているのに気が付いているようだが、冷静になれないでいる。
それは彼にとって最も大切である者、レヂディーノが捕らえられているからで、彼女が呻き声を上げる度に焦り、苛立ちが募るようだ。
持てる力全てを出し切り、敵を倒そうとするグラヴィスト。
必死なその姿をルイーザは嘲笑い、彼の精神を掻き乱すような真似をする
「そこの者はそれほどまでこの娘を好いているのかしら? これだけ想われるなら、さぞかし美しい容貌なのでしょうね」
ルイーザも状況を分かっていて楽しんでいるのだろう。
レヂディーノの拘束を強め、そして彼女の元へと近づき、彼女の素顔を隠している仮面へと手を伸ばそうとした。
「止めろ……っ!! 彼女に触れるな――――」
「小僧。よそ見をしている暇などあるのか?」
「……クッ!!」
気を取られたグラヴィストはアウグストの振るう大剣によって沈められてしまった。
強大な敵を前にしてなす術もなく倒れたグラヴィストと、敵の手で囚われたレヂディーノ。
目の前の光景は絶望を感じさせ、力が残っていようとも諦めてしまう場面であるが、海人は己を奮い立たせて立ち上がる。
彼の前に立ちはだかるのは黄金の刀身の剣を携えたガイラルドであった。
「まだ立ち上がるか……。ならば――――」
決して折れぬ心に敬意を表してか、はたまた折れぬ心を叩き潰す事に自信があるのか。
ガイラルドは口端を緩め、柄を握り直して剣を振るった。
圧倒的な力を前にし、気力だけで立ち上がっていた海人。
彼には経験も力もなく、結局誰一人守る事すらできなかった。
魔導装具の力も失い、無防備な姿で横たわる海人は、抵抗すらできないまま、その命を散らそうとしていた。
「――――……この気配は」
容赦なく振り下ろされかけた黄金の刀身の剣は、海人の喉元近くでピタリと止まる。
今更思い止まったのかと思われたが、ガイラルドは命を奪う事に躊躇いなどしない。
彼はある気配を察知し、手を止めたのであった。
「貴様は……っ!!」
カッと目を見開いて見つめる先。
そこは校舎の屋上で、そこには一人の人物が立っていた。
「まさかこの場で会い見えようとは……!」
空は黒く厚い雲で覆われていたが、僅かな隙間から一筋の光が差し込む。
その光が照らすのは銀色の全身鎧を纏った一人の人物であった。
龍の頭部をかたどった兜。華美過ぎない洗練されたレリーフの鎧と篭手とグリーブ。
背には青いマントが、吹き付けた風によってたなびいている。
「魔王を討ち滅ぼしたその力。見せて貰おうか――――……ムっ!!?」
ガイラルドは剣を構えて相手の出方を窺っていたが、銀の鎧の者は校舎から飛び降りると、彼を無視して横を通り過ぎた。
それは一瞬の出来事で、気が付けば銀の鎧の者はルイーザを一撃で沈め、拘束が解かれたレヂディーノの身体を受け止めている。
「オイオイ。マジかよ……」
「ローランド! 儂に続け……ッ!!」
「お、おい、オッサン。無理はすんなっての!」
すぐさま状況を理解したアウグストは大剣を手に銀の鎧の者へと襲い掛かるが、アッサリと攻撃を避けられ、懐に入るのを簡単に許してしまい、ルイーザと同様に地面へと叩きつけられた。
出遅れたローランドは目の前でアウグストが容易く倒されてしまった事で二の足を踏み、隙どころか相手の自由にさせてしまう。
「そう易々とやられてたまるか……っ!!」
カットラス型の魔導装具の力で波を起こしたローランド。
それは先程とは比べ物にならない大きさで、高く飛んでも避け切れない位の規模であったが、銀の鎧の者はその場を動くことは無く、拳一つで大波を真っ二つに割った。
「……流石だって言いたい所だが、伝説上の人物でも油断はするものなんだな」
ローランドは自身の力が通用しないことは承知の上であったのか。
銀の鎧の者が両断した波は水飛沫となり、雨のように降り注ぐ。
霧によって煙る視界で輝くのは黄金の刀身で、それはガイラルドが手にした剣であった。
「我が宝剣の錆となるが――――ぬぅ……っ!!」
目にも止まらぬ速さで振るわれた剣であって、刀身には紫電を帯びていた筈だが、銀の鎧の者は片手で刃を止めてしまった。
攻撃を受け止められてしまったガイラルドだが、ここで引く気にはなれないのだろう。
力で押し切ろうとするが、力だけでは敵わないようだ。
「馬鹿な……っ! フュルフュールの剣がこの程度で――――」
黄金色の刀身は握りつぶされるようにして砕かれ、輝きを失う。
大きく目を見開き、息を呑むガイラルドは手にした得物が破壊されたことにより戦意を喪失したかと思われた。
けれども彼は完全に屈した訳ではないようで、柄を投げ捨てると間髪入れずに己の拳を振るう。
武器を持たぬ戦いにも慣れているようだが、その拳は一度として届かず、たった一度の反撃をくらいガイラルドは足元から崩れた。
青い空を覆っていた雲は消え去り、光が差す校庭。
敵味方関係なく倒れている中で一人佇むのは銀色の鎧を纏った者であった。
「――――……あれは……、一体……、だ……れだ……?」
殺されかかった所で難を逃れた海人。
体に残るダメージのせいか、彼はまだ立ち上がれはしないようだ。
今の彼が唯一出来るのはぼやけた視界で成り行きを見届ける事だけである。
海人が見つめる先に居た銀の鎧の者は辺りを見回したのち、海人が倒れている方へと歩みを進めた。
「……!? こっちに……、来る……?」
海人が無事であったのは、銀の鎧の者が敵を全て倒したからであるが、その者が何を考えているのか、どういった目的でここに居るのかは分からない。
海人達を圧倒した敵達を容易く倒した相手に敵う筈もないのは理解している。
力の差は分かっていても、むざむざとやられはしたくないのだろう。
どうにか立ち上がろうと両手に力を込めた海人は、頭上から降ってきた声に耳を疑った。
「よう。久しぶりだな、海人」
「この声……。まさか――――」
「……ったく。俺が来なけりゃどうなっていたんだか……。おーい、聞いているのか?」
それは懐かしい声であって、けれども二度と聞きたくはない声であって。
海人はグッと拳を握りしめ、きつく歯を噛みしめた。




