7.圧倒的な力
中間試験という名の敵と戦う為に勉強漬けの苦しい日々を送り、そしてどうにか乗り切った海人。
試験結果はまだ分からないが、これまで何もしなかった時よりは良いだろう。
不安が残りもするが結局の所どうしようもないわけであって、ならば追試が始まる前にこれまで自粛していた部活を再開させようという事となった。
今すぐにでも街を駆けまわりたいと、誰か困っている人が居ないかとそわそわする海人だが、腹が減っては人助けもままならない。
取り敢えず昼食を取ろうと、ヒーロー研究部の一行はファミレスに向かう事となったが、皆は途中で歩みを止めてしまった。
「皆さん……っ! 気を付けて下さい……っ!!」
アレイシヤが所持していた装飾が施された水晶は魔導装具の反応を知らせる。
「敵か……!!?」
「おい海人! あれを見ろ……っ!!」
猿渡が指を指したのは校門付近で、そこには明らかにこの世界の者達ではない四人組が佇んでいた。
一人は老齢の男性騎士。
隻眼で、厳つい顔であって大柄で、刻まれた皺から歳を感じさせるが、衰えた様子は全く無く、重そうな鎧を身に纏っていても涼しげな表情をしている。
二人目は年若い男性騎士。
逆立てた銀髪に小麦色の肌で、一見するとこの世界に居る軽薄な若者と違わないが、身に纏うのは軽装鎧で、瞳は獲物を探す獣のように鋭いものであった。
三人目は妙齢の女性騎士。
黄金のウェーブが掛かった長い髪が美しく、豊満な身体を惜しげもなく晒す女性であるが、彼女も先の二人と同様に軽装鎧を纏っている事から、騎士であると分かる。
四人目は中年の男性騎士。
老齢の騎士よりは若く、年若い騎士よりは歳を重ねているその者は、漆黒の鎧を身に纏い、他の者よりも圧倒的な威圧感を放っていた。
四人の騎士は周りの景色から浮いている事など全く気に留めていないようであって、静かに佇み時を待っている。
「お~。何だ、アレ?」
「もしかしてコスプレって奴~?」
校庭には下校途中であるだろうと思われる生徒達がおり、彼らは騎士達の姿を物珍しそうに見て、鞄から取り出した携帯で写真を撮り始めたりもしている。
騎士達の放つ威圧感からか、直接声を掛けたりはしていないようで、遠巻きに見ている者達ばかりだが、何時までもこのままとは限らない。
この状況は由々しい事態だと、海人達は他の生徒に危害が及ぶのを想像したが、敵は動く気配を見せないでいた。
どうやら標的以外には興味を示さないようだが、他の者の目があるのは厄介な状況に変わりなかった。
「アーシャ。確か、眠りにつかせる魔導装具を持っているんだったよな」
「――――は、はい……。持ってはいますが、この範囲と対象の数では無理です……っ」
「そうか……。だとすればここは俺が――――」
海人の持つ魔導装具は全身を覆う鎧で、他の者に正体を悟られる事はない。
ここは海人だけが身を引いて、鎧を纏って敵と相対するつもりであったようだが、アレイシヤは首を横に振って海人の袖を掴んで引き留めた。
「――――……ょう……」
「どうしたんだ、アーシャ。敵が何時までも待っている筈は――――」
「逃げましょう……っ!! ここからすぐに、みんな……っ、急いで――――」
アレイシヤは顔色を青ざめさせて叫んだ。
ふと海人が掴まれている袖を見ると、小さな手は小刻みに震えているのが分かる。
それが恐怖心によるものだとは簡単に理解できるが、アレイシヤの訴えをすんなりとは受け止められないようで、皆は戸惑いを見せる。
敵を前にして混乱しかける所だが、真帆はアレイシヤを落ち着かせるよう、優しく肩に手を置いてゆっくりと問い掛けた。
「アーシャちゃん。どういう事なの? 四人くらいならどうにかして私達が手助けをすれば――――」
「無理なんです!! だって相手は――――」
アレイシヤから告げられた敵の正体。
老齢の男性騎士の名はアウグスト・アルブレヒト。
彼は主に遠征を担い、陸地での戦闘に長けた者達の第六騎士団に属し、歳は重ねているがいまだ現役で、最前線を駆ける程の豪胆さを持っている。
年若い男性騎士の名はローランド・マルフルーオ。
彼は海戦を得意とし、港での警備を担う第三騎士団に属し、軽薄な見た目であるが荒くれ者を纏める実力を備え、海上では無敗を誇る。
妙齢の女性騎士の名はルイーザ・フェアフューレン。
彼女は女性のみで組織されており、王族や貴族の女性の警護に就く第四騎士団に属し、華美な見た目であるが、男共にも負けない強さを持っている。
中年の男性騎士の名はガイラルド・ヴァルムヴェント。
彼は王城の警備を担う第一騎士団に属し、全ての騎士団を総括する立場でもある。
そして彼ら四人すべてがそれぞれの騎士団を纏める団長であって、敵は最大の戦力を投じてきた事が分かった。
「そんな事がある訳――――」
これほどまでに早く敵が強力なカードを切るなど、普通に考えればあり得ない。
けれどもアレイシヤの怯えようを見るからに、間違いなどでは無いのだろう。
現実は物語のようにはならない。
早く決着を望むのならば、出し惜しみなどする必要もないのだ。
「お、おい。どうすんだよ!? どうすりゃいいんだ!!」
状況を理解した後に来るのは焦りと恐怖。
猿渡が取り乱して声を上げると、茫然としていた皆の中に動揺が広がる。
この場をどう切り抜けるのか。誰もが答えを求めて視線を彷徨わせているが、唯一人、海人だけは真っ直ぐな瞳でいた。
彼は既に決意を固めているようだ。
「……俺は戦う」
「カイトさん……っ!! いくらカイトさんが強くても、水神龍の鎧を纏っていたとしても、あの者達を相手にするのは無謀です……っ!!」
「ああ、分かっているよ。これだけ離れていても、圧倒的な力量差を感じる」
「でしたら――――」
「だとしても、逃げる訳にはいかない……!!」
無謀な事は承知である。
けれども何もしないで逃げたりは出来ないと、誰か一人でも救えるのならば囮でもなんでも構わないと。
自分が戦い僅かな時間でも稼げるなら、この身がどうなろうと構わない。
海人の決意は揺るぎないもので、アレイシヤの言葉は届かなかった。
「皆は逃げてくれ。俺が何とかして敵を引きつけて――――」
幸い校内に残っている者達は、校門付近に居る敵たちの姿に注目しているようだ。
ならばそこまで人の目を気に掛けず、大柄な犬飼の背にでも隠れるので十分だと判断して踏み出した海人だが、彼の前に一人の人物が現れた。
「貴方もその者達と共に逃げなさい」
「アンタは……っ」
何もない空間であった場所に姿を現したのは白い仮面に黒衣を纏った者、レヂディーノであった。
彼女が海人達に呼びかけたと同時に、周りの空気は一変する。
一見すると景色はどこも変わっていないようであるが、見渡せばこれまで騒いでいた他の生徒達や、下校途中であった者達の姿が忽然と消えてしまっていた。
「これは……、結界……でしょうか」
「そうよ。魔導装具を外せば貴方達も外へ出られるわ」
アレイシヤの言葉にレヂディーノは頷き、そして魔導装具を外すようにと促す。
仕組みは理解できないが何にせよ、これで人目を気にする事はなくなった。
海人がレヂディーノの言葉に従わないのは当然として、真帆達もここに残る選択をしたようだ。
「貴方達。この状況を理解しているの……!?」
「理解しているからこそ、ここから逃げ出す訳にはいかない。アンタだけでアイツらを相手に出来るのか?」
「戦うのは彼女だけではない」
「お前は……っ!!」
もう一人。海人達の前に現れたのは、グラヴィストである。
彼は自分一人で充分だと言わんばかりに、誰よりも先に地面を蹴り、敵の元へと向かって行った。
「ふむ……。話には聞いていたが、若い者にしては中々やるようだな」
単身敵の元へと向かったグラヴィストの攻撃を受けとめたのは、老齢の騎士、アウグストであった。
彼は大剣の刀身でグラヴィストの攻撃を防ぎ、そのまま軽々と振り回して薙ぎ払う。
敵の反撃をかわし、後ろに飛び退いて一旦距離を取ったグラヴィストは、すぐさま体勢を立て直して再度攻撃を仕掛けた。
「せっかくだから、わたくしの相手もして欲しいわね」
横槍を入れてきたのは女性の騎士、ルイーザで、彼女は鞭を巧みに扱い、グラヴィストの腕を絡め取って拘束する。
やはりひとりで四人を相手にするのは無謀であって、早くもグラヴィストの身が危機的状況に陥るかと思われたが、皆が黙って見過ごす筈もなかった。
レヂディーノは長杖を手に、ルイーザに向かって光弾を放つ。
「情報通りなら、あの女が次元の術の使い手か? それなら姐さんだけに任せるのはよくないな。ここは俺様が……っと」
若い男の騎士、ローランドは湾曲の剣、カットラスを手にして向かってくる。
彼は目を見張る速さで近づくが、攻撃対象であるレヂディーノの元へ辿り着くまでに歩みを止めた。
彼をその場に留めさせたのは魔導装具を手にした猿渡達である。
「ここは俺達が相手をするぜ! 犬飼、雉岡!!」
「援護は私に任せて下さい」
「守りは俺に任せろ!」
風の矢を放てるクロスボウを構え、遠距離攻撃で牽制する猿渡。
大地の力を宿した篭手で岩壁を作り出し、守りを固める犬飼。
手にした杖で闇を操り、相手の視界を奪う雉岡。
三人がかりでは敵も厄介に思ったのだろうか。
やれやれと肩を竦めさせた男は、一人愚痴を溢す。
「どうせなら可愛い女の子が相手の方が良いんだけどなぁ……」
桃子は何時でも回復が出来るよう杖をしっかりと握って戦況を見守り、真帆は敵から距離を取って炎の術で支援攻撃を放つ。
そして海人は蒼い鎧を纏い、いまだに動く気配を見せない男、ガイラルドの元へと向かった。
武器を構える様子もない敵を相手にして攻撃を加えるのは気が引ける所だが、躊躇っている余裕はない。
この中で一番の強さを誇るのであろうことは纏った空気から察していたが、海人の目算は見誤っていたようだ。
「カ、カイトさん……っ!! 駄目です……っ。その者だけは――――」
アレイシヤの叫ぶ声は届かず、海人は真っ直ぐ突き進む。
その結果、彼は地獄と言って違わない光景を目の当たりにする事となる。
「――――その鎧を纏う資格はないようだな」
決して手加減などはしていない。
それはガイラルドが海人の拳を受けとめた衝撃で辺りに暴風が巻き起こった事から分かる。
目の前を飛ぶ邪魔な羽虫を叩き落とすように振り払われ、海人の身体は宙を舞う。
どうにか着地はでき、ダメージも受けなかったようだが、次の瞬間、彼は目の前の光景を疑った。
「――――戯れはここまでだ」
ガイラルドが手にした黄金の刀身の剣を掲げると、先程まで澄み渡っていた空に暗雲が立ち込める。
轟く雷鳴。程なくして光の柱のような紫電はガイラルドの剣に吸い寄せられるようにして落ち、辺りは光に包まれた。
澄み渡っていた空は黒く厚い雲に覆われ、雷鳴が轟いている。
広く平らな地面は至るところが穿たれ、土埃で視界を煙らす。
つい先ほどまで下らないやり取りをしていた友たちは、地に伏してピクリとも動かない。
「どうして……、こんな……、事に……」
蒼い鎧を身に纏い、最後の一人になっても膝をつく事が無かった海人だが、既に限界を超えているのだろう。
何とか両足で立って構えを取っているが、肩は上下に揺れており息を切らしているのが分かる。
「――――それは偏に、うぬの力不足という事だ」
漆黒の鎧を身に纏ったガイラルドは、黄金の刀身の剣を手にして現実を突きつける。
彼は海人とは違い、傷を一つも負っておらず、呼吸も乱れる事はなく佇んでいた。
これまで海人が相対してきた者達と姿は変わらないようだが、身に纏っている空気は違っている。
圧倒的な威圧感を前にして怯むことなく立ち向かっていた海人。
けれどもその虚勢もここまでであるようだ。
「恨むなら、己を恨め……」
薙ぎ払うように振るわれた剣。
今の海人には避けられる余裕も受け止める為の力も残されてはおらず、その身で受けざるを得なかった。
小石が蹴り飛ばされるように軽く跳ねた身体は地面を転がる。
刃を通さなかった蒼い鎧は装着者が力尽きた事により、粒子となって消え失せた。
「報告で聞いてはいたが、この様な若造だとはな……」
ガイラルドは血も涙もないような武人であるようだが、子どもを手にかけるのは躊躇いがあるのだろう。
無様に横たわる海人の姿を前にしてガイラルドは目を細め、一呼吸置いて剣を握り直す。
そして彼はなるべく苦しまないよう、一撃で息の根を止められるように剣を振り下ろした。




