7.逢えて嬉しかった
真帆とアレイシヤの前に現れた女性三人組の敵。そしてその者達の攻撃を引き受けているグラヴィストと黒衣の魔導士。
グラヴィスト達が敵を引きつけている間、真帆とアレイシヤは倒れている猿渡達の元へと駆け寄り無事を確認した。
「みんな……っ! 大丈夫――――……って」
身を案じ、慌てて駆け付けたのだが、横たわる猿渡達の表情を見た真帆は言葉を詰まらせた。
彼らは負傷していた訳でもなく、息の根が止まっていた訳でもない。
命に別状はなく、ホッと胸を撫で下ろす所なのだが、彼らの表情と呟くうわごとに問題があった。
「あぁ~、桃子ぉ~……。そんなに胸を上下させて……。いや……、オッパイは大好物だが……、それ以上は……」
「ア、アーシャさん……。スク水も良いですが……、私としてはブルマーを……」
「沢山……、スイーツ……、山盛り……、バイキング……」
何故だか沢山の甘いものに囲まれている夢を見ている犬飼はともかく、猿渡と雉岡の見ている夢は非常に問題がある。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら夢の中に居る二人に対し、アレイシヤは引き気味に。真帆はそれを通り越して怒りを覚えたようで、容赦なく目覚めさせることにした。
「あでで……っ!! おい! 何をするんだ――――……って、あれ?」
「ここは……。さ、先程の桃源郷は何処へ……っ!?」
真帆の手加減無しの往復ビンタによって目覚めた猿渡と雉岡。
彼らは夢から覚めたようだが、今自分達がどのような状況下にいるのかが簡単に飲み込めないでいる。
アレイシヤが揺すって目を覚まさせた犬飼と共に、三人組は辺りを見回して呆けていた。
「これは一体……。私達は何を……」
「今は説明している暇がないわ。貴方達、すぐに動ける!?」
「お、おう。身体は何ともないが……」
「……!! あれは、敵、なのか……?」
犬飼の声に反応し、猿渡と雉岡は離れた場所で戦っているグラヴィスト達に気付く。
今がどういう状況なのか、それで大体を理解したようで、彼らは立ち上がり武器を手にする。
彼らがどんな夢を見ていたのか、内容によっては問い質さなくてはいけないのだが、それら全てを置いておき、真帆も武器を手にしてグラヴィスト達の加勢に向かった。
過去と対峙する決意をした海人は、桃子と共に身を潜めていた物陰から出て広場へと向かう。
依然として変わらず、辺りは紫色の濃い霧に囲まれており、この中で人を探すのは困難かと思われたが、探し人は自ら海人達の前に現れた。
「レイア……! 君はレイア、なんだよな……?」
「……」
海人は懸命に呼び掛けるが、少女は無言を貫き通すだけでなく、その手を翳して攻撃を仕掛けてくる。
放たれる光弾は地面を抉る程の威力であったが、海人の身に纏う鎧は攻撃を受けとめきれるようだ。
敵意を向けられているという事実を前にして挫けそうになるも、海人は少女へと呼び掛け続け、一歩ずつ、攻撃を跳ね除けつつ歩みを進める。
「あの時は悪かったと今でも思っている。……でも、どうすれば償えるのか分からない。だから教えて欲しい……! 俺はどうすれば良いんだ……!?」
懸命に許しを請うが、攻撃の手が緩められることは無い。
寧ろ段々と威力が強く、身に受ける衝撃が強くなり、近づくのも困難になり始める。
「海人君……っ! これ以上はもう――――」
「いいや。まだ俺は大丈夫だ……っ!!」
攻撃を避け続ける事も可能である筈なのだが、海人は全ての攻撃を受けとめて前へと進む。
そうする事で少女の気持ちも受けとめようとしているのだが、ダメージは鎧を通り越して身体へと蓄積されている。
このままではいけないと、桃子は諦めるように呼びかけるが、海人は首を横に振っており、忠告を聞き入れるつもりはないようだ。
「……っ?! この光は――――」
ただひたすら真っ直ぐに、自身が傷つく事を厭わずに突き進む海人の周りに、温かく柔らかい光が降り注ぐ。
それは傷ついた身体を癒す魔術で、その術を行使したのは桃子であった。
「今私に出来るのはこれだけだから……。だから海人君……っ!」
「……ありがとう、桃子」
桃子の助けを借りながら一歩、また一歩と少女へと近づく海人。
攻撃も激しさを増すが何とか耐え抜き、あと少しで届きそうな距離まで詰める事が叶った。
「もう少しで……――――」
相手を倒すのではなく、ただ攻撃を封じる為に。
海人は少女のか細い腕を取ろうと手を伸ばすが、その手は何も掴めずに空を切った。
これまで絶えず攻撃を仕掛けてきたのだから、そう簡単に捕まる筈もないと、ここは避けて当然であると覚悟していたが、少女はただ後ろに飛び退くだけでなかった。
海人の手から逃れた少女はすぐさま攻撃を仕掛ける。
それはこれまでと同様の光弾による攻撃であったが、対象へは大きく外れて放たれた。
こちらから仕掛けた事で動揺し、目標に誤差が生じたのかとも思われたが、少女のコントロールは狂ってなどいなかった。
「――――……!!? 桃子……っ!!」
「え……?」
戦において真っ先に回復役狙うのは定石であるだろう。
少女はただひたすら憎んでいる海人だけに攻撃を仕掛けてくるだけかと思われたが、戦況を見極める余裕もあるようだ。
彼女の放った光弾は桃子に向けてのものであって、海人は反応が遅れて防ぎ切る事が叶わなかった。
「――――……油断し過ぎのようね」
「あ、アンタは……っ!」
海人が振り返った先に佇んでいた者。
桃子へと向かった光弾を長杖で弾き飛ばしたのは、黒衣を身に纏い白い仮面を身に着けた女性、レヂディーノであった。
危機的状況に駆けつけた彼女は続けて長杖を振るい、海人達に攻撃が及ばぬように見えない壁を、障壁の魔術を施す。
暫くは攻撃を受ける事が無いのだろう。
レヂディーノはツカツカと音を立てて海人の傍へと近づき、助言した。
「この霧は心の奥底で望む者を見せる幻術よ。幻相手に手加減する必要は無いわ」
「まぼろし……? あの子が……」
障壁を破ろうと光弾を放ち続ける少女。
レヂディーノの言葉を確かめようと、海人は少女の姿を視界に捉えるが、その姿が幻であるとは受け入れ難いようである。
戸惑っているのは桃子も同じようで、彼女はレヂディーノに問い掛けた。
「あの女の子が海人君の心の中に在る存在なら、どうして私にも同じ形で見えているの?」
「これは強い想いを映し出す幻術よ。貴女の中にはそれ程までに想う相手が居なかったのではないかしら」
「そんな……っ!」
自身の秘めた想いを否定されてしまった桃子はショックを受けたようで、愕然としながらレヂディーノの元へと詰め寄る。
彼女に対して色々と文句を付けたい所であるが、今この場で自分の中の想いを明かすなど、海人の前で言える筈もなく、ただ睨み付ける事しか出来なかった。
桃子の態度だけで大方を察したのか、レヂディーノは咳払いをしつつ先程の推察に付け加えた。
「この霧の中に突入した際、そこの彼と密着していたせいで想いの強い方が優先されたか、あるいは貴女が絶対に惑わされないような原因が……、例えば想い人が傍に居れば――――」
「わ、わかったわ!」
淡々と説明するレヂディーノによって桃子の想い人が明かされそうになり、桃子は慌てて止めに入る。
今の発言で気づかれてしまったかと思い、恐る恐る海人の様子を窺うが、彼はいまだに現実が受け入れられないようで、茫然としたままでいた。
「海人君……」
想いを悟られずに安堵する桃子であったが、今の海人の状況を見て複雑な心境のようだ。
強い後悔の念が生み出した幻。
ただの幻ならば振り払えば消えてなくなるのだが、いくらまやかしだとしても簡単には消せはしない。
それ程までに海人にとって少女との思い出は大切なものなのだろう。
手を出せずにいる海人へと桃子は声を掛けようとするも、彼へと掛けるべき言葉は見つからない。
二人共がどうするべきか躊躇していたが、レヂディーノは進み出でにべもなく告げる。
「貴方の生み出した幻なら、貴方が方を付けるべきかと思ったのだけれど、致し方ないようね……」
「ちょ、待ちなさいよ。どうするつもりなの!?」
「私が彼の代わりにあの幻を消し去るまでよ」
「……っ! 待ってくれ!!
海人には荷が重すぎたと判断し、レヂディーノは障壁を解除して攻撃に打って出ようとするも、寸での所で待ったが掛かった。
彼女を止めたのは海人で、彼は自分に任せて欲しいと頭を下げて頼み込む。
「覚悟を決めたのかしら?」
「……ああ。アンタの言う通り、アレは俺がどうにかしなければいけないと思うんだ」
「そう……」
「助けて貰った上に悪いんだが、桃子の事を頼めるか?」
「ええ。任せなさい」
「ありがとう」
光弾を防ぐ術の無い桃子をレヂディーノに任せ、海人は己の過去へと向き直り、歩みを進める。
残された桃子は不安そうであったが、遠ざかる海人の背中から彼の覚悟の度合いが計り知ることができ、彼を信じて待つことにした。
「――――ずっと、謝りたかったんだ」
レヂディーノが施した障壁を飛び出し、少女へと近づく海人。
光弾は容赦なく彼を目がけて降り注ぐが、篭手で弾き飛ばし、素早い身のこなしでかわし、着実に距離を縮めていく。
「君が幻だとしても、もう一度逢えて嬉しかった」
先程の、無力化させるために手を伸ばした時とは違い、今度は本気で。
これまで相手にしてきた敵と対峙する時のように、海人は拳を突き立てる。
真っ直ぐな思いを乗せた拳は少女の腹部へとめり込んだ。
「すまない……」
恐れが全くなかった訳ではない。
幼い少女に対して手加減したつもりでも、海人の纏う鎧で放つ拳撃はその身を壊しかねないだろう。
幸い、幻を打ち砕く為の拳には嫌な感触はなく、海人は目の前の状況に驚きつつも安堵の溜息を漏らした。
「お前達は――――」
少女の姿は霧に溶けるようにして消え去る。
これでひと段落したかと思いきや、気を緩める暇はないようだ。
幻が消え去った後に海人の前へ現れたのは、二人組の女性達であった。
「あら、とんだ邪魔が入ってしまったようね」
「ツバキ。今回は遊びが過ぎたようです」
長く美しい髪と美貌を備えた女性は落胆したように溜息を吐き、肩口に髪を切り揃えて眼鏡を掛けた女性はやれやれと肩を竦めさせる。
二人共、モデルのような体型であって、美しい容姿に目を引かれる所だが、彼女らの身に纏う衣服はこの世界のものとは違い、その事から敵であると即座に認識できた。
「お前達がこの霧を……っ」
「そうよ。フフ……、良い夢は見られたかしら?」
「……っ!!」
人の心を弄んで嘲笑う者達に海人は怒りを覚えて飛びかかろうとするも、彼よりも先に進み出る者が。
レヂディーノは言葉を交わすのも無駄だと言わんばかりに攻撃を仕掛ける。
彼女が振るった長杖からは雷が、紫電が敵を目がけて放たれるが、敵も棒立ちのままでいる訳ではない。
敵は網の目を潜り抜けるように雷撃を避け切り反撃を、無数の光弾を放つ。
「海人君……っ!!」
敵の攻撃にいち早く反応したのは海人で、彼は光弾を払いのけてレヂディーノを守る。
戦い慣れているレヂディーノならば海人の助けは必要なかったのかも知れないが、海人が彼女を守ったのを切っ掛けとして、二人は息を合わせて敵に向かうようになった。
「ツバキ。今回はここまでにしておきましょう」
「……そうね。もう少し遊んであげても良かったのだけれど、引き際を見誤ってはならないわ」
高位の術師であるレヂディーノと、高い防御力を誇る鎧を纏った海人。更には回復役の桃子という三人を相手にするのは分が悪いと悟ったのか。
敵は攻撃の手を止め、撤退を選択した。
「待て……っ!! 逃がすか――――」
「待って!! 海人君……っ!!」
「何を言って――――……っ!?」
霧の中へと消えていく敵の背を追いかけようとする海人だが、桃子に呼び止められて足を止める。
何事かと振り返った先には先程まで果敢に立ち向かっていた筈のレヂディーノが、よろめいて杖を地面について何とか立っていた。
たった一人で敵二人を追うのは危険であるだろうが、それよりも海人はレヂディーノの身を案じ、敵を追うのは止めて彼女の元へと駆け寄る。
「だ、大丈夫か……っ!?」
「……平気よ。少し立ちくらみがしただけだから……」
「いや、そうは言っても……」
仮面によって表情は窺えないが、両足に力が入っていない所や肩で息をしている所を見ると、ただの立ちくらみのようには思えない。
桃子は回復の魔術を施そうとするも、レジディーノは首を横に振って断った。
「とにかく、休める所に移動した方が良いだろう」
「そうだね。またあんなのが現れるかもしれないし……」
濃い紫色の霧はいまだに漂っている。
海人達が今いる場所は開けた通りであって、何処から敵が現れるか分からないのでは、身体を休めるのには向かないだろう。
一先ず建物の陰に、レヂディーノへと肩を貸して歩き出そうとするも、海人達の進行方向には複数の陰が浮かび上がった。




