4.紫の霧に沈む遊園地
ガラの悪い三人組の男達が出会いを求めて訪れたのは、ゴールデンウイーク最終日の遊園地である。
彼らの目論見通り若い女の子達だけのグループが園内に何組も見られたが、ナンパはことごとく失敗続きであった。
このまま何の成果も得られずに敗走かと思われたが、事態は一転し、彼らの前に救いの手を差し伸べる者が、女神達が現れる。
「お、お姉サマ。ドリンクでございます!」
「あら、気が利くわね。ありがとう」
「お荷物をお持ちするっス!」
「助かりますわ。それじゃ、これをよろしくお願いいたします」
「こ、これ。アンタが欲しいって言っていた縫いぐるみだ!」
「わ~い。ありがとね~!」
ショートカットの美女、アヤメは献上されたドリンクを受け取って爽やかな笑みを見せる。
金髪巻き毛でお嬢様風の女性、ユリは彼女の後ろを歩く男に沢山の買い物を持たせている。
そしてゆるふわウエーブの掛かった幼い顔立ちの女性、サクラは縫いぐるみを受け取りはしゃいでいた。
何時ものナンパならグイグイと強引にリードして女を良いように従わせるのだが、どうやら今日の三人組は違うようだ。
献身的であって、支払いは全て男達が払っている辺り、召使以下の扱いを受けているようなのだが、男達からは不満は全く出ていない。
寧ろ彼女らに尽くせることが喜びであるようで、すっかりと犬に成り下がっていた。
「そう言えば、貴方達。怪我が目立つようだけれど、何があったの?」
問い掛けてきたのは肩口に髪を切り揃えた眼鏡を掛けた美女、ナズナであった。
彼女の指摘した通り、ガラの悪い三人組は顔や手に傷を、包帯を巻いていたり差し歯をさしていたりと痛々しい部分がある。
その傷も彼らのガラの悪さを強調し、女の子から避けられる一因となっていたのだが、今現在彼らの目の前に居る女性達は全く動じないようだ。
「え、えっと、これはまぁ何と言うのか――――」
「お、男の勲章みたいなものっス」
怪我をした経緯について語りたくないのか、一人の男は言葉を濁していたが、別の男は誤魔化すように説明をする。
鼻で笑われかねない返答に対しても女性達は寛容で、五人の中で一番スタイルが良く、一番の美貌を持つ長髪の女性、ツバキは優しく微笑みながら頷いた。
「熾烈な戦いを切り抜けてきた男の証というものですわね」
「お、おう。そういうモンかもな」
美女達にチヤホヤされるなど、普段の男達では考えられない事だが、彼らは現実を忘れて夢にうつつを抜かしている。
たとえそれが一方的に尽くすばかりであっても、今の彼らには充分であるようで、鼻の下を伸ばしつつエスコートを続けた。
「――――っと、そろそろ陽が暮れてきたっスね。お姉さん方、この後は――――」
園内を巡り、アトラクションを楽しみ、売店でスイーツやジュースを味わったり、お土産を購入したりと、余すところなく楽しんだ頃。陽は傾き、空はオレンジ色に染まっていた。
散々尽くし、財布の中身が空っぽになるくらいまで貢いでいた男達だが、彼らもただ搾取される側になっていた訳ではない。
遊園地の後はこれまでの尽くした分を取り戻そうと、それ以上にその身を以って返して貰おうと舌なめずりをしていた。
これからの予定をさりげなく提案しようと男の一人が進み出るが、ツバキが先に口を開き、礼を述べる。
「ここまでご苦労でしたわ。あなた方のお蔭で充分に楽しむ事が出来ました」
「いやいや、俺達は別に~……、な?」
「そ、そうっス! これくらい大したことないっスよ」
「それよりもこれからじゃねぇか。俺達はまだ満足してな――――」
「ご苦労だったわね」
これから先は結構だと言わんばかりに、ナズナは男達の労をねぎらう。
すると彼女の言葉を合図にしたかのように他の者も、男達の前から去ろうと背を向けた。
「はぁ!? おい、ちょっと待てよ!! これで終わりにするつもりは――――」
「そうね。お前達は充分に楽しませてくれた」
「だったら――――って、その格好は!?」
これまでは流行の最先端の衣服を身に纏っていたツバキ達。その姿は男達の目の前で一瞬にして変わる。
胸当ての鎧に篭手。銀糸で縁取られたコートに際どい水着のような姿。
美女達の美しさを際立たせる衣装であったが、それはこの世界において異質な、ファンタジーな世界の衣服に思われた。
「礼として夢の続きを見させてあげるわ」
「な、何を――――」
ツバキがどこからともなく取り出した長杖を手にして振るうと、辺りは紫の濃い霧に覆われた。
陽が沈みかけた遊園地。
辺りは夕日の色に染まり始め、アトラクションはライトアップされて、園内は電飾で彩られている。
日中でもおとぎ話のような建物が非日常感を感じさせたが、イルミネーションが輝く情景は更に幻想的であって、見る者の心を奪う程であった。
現実から離れた場所であって、気持ちが浮つくところであるが、今の桃子には果たさなくてはならない事柄があり、どうにか気を引き締める。
「それにしてもこの時間の観覧車はカップルばかりだな」
「え!? あ、う、うん。そうだね~」
海人の言う通り、列に並ぶのはカップルばかりであって、よそよそしい男女も居れば、腕を組んでイチャイチャとしている男女も居る。
その点を指摘され、自分達も同じように思われるのが恥ずかしいから止そうと言われるかと桃子は内心気が気でなかったが、海人は特に気にしていないようだ。
計画通り観覧車に乗れるようだが、海人が意識などしていないのを目の当たりにし、桃子は少しばかり落ち込んでいた。
「おお。凄いな……! 確かに。桃子が言っていた通り、夕方の方が景色が良いんだな」
「そ、そうでしょ。やっぱりこの時間にしてよかったわね」
観覧車に乗って昇り始めはライトアップされた園内を、徐々に夕日に照らされた街並みが広がる。
ゆっくりと進む観覧車だが、桃子にとっては早く感じるようで、天頂はもうすぐであった。
どう切り出すか考えていた脳内シミュレートはまっさらに、どうすれば良いのか慌てふためき出した所で逆に海人から問われる。
「どうしたんだ、桃子?」
「え? な、何が?」
「いや、さっきから景色を見ずに俯いていて……。もしかして怖くなったのか?」
「そ、そんなことは無いわよ。ほら、ここに来るまで絶叫系を何カ所も乗ったじゃない」
「そう、だよな。……うん。まぁ無理はするなよ」
相も変わらず優しく気遣う海人。
桃子はその優しさが自分だけに向けられているのではないと自覚をしており、だからこそこの先は他の者よりも差を付けたいと、己を奮い立たせて言葉を発した。
「――――実はね。海人君に聞きたい事があって」
まだ天頂までは猶予がある。
いきなり想いを告げたのでは驚かせるだろうと、緊張する中でも冷静に判断し、話の流れを作り出す。
「ん? 聞きたい事ってなんだ? 遠慮なく聞いてくれていいんだぞ」
「う、うん。……ありがと。えっとね、前々から聞きたかったんだけど、海人君は好きな子が居るのかな~って」
「……好きな子?」
これまでの海人の様子を見るからに、朴念仁である彼にそのような相手がいるとは考えにくい。
周りの女の子を異性として意識などしている筈がないと分かってはいても、本人の口から聞き出すまでは安心できないのだろう。
そして「いる」と言われたら想いを伝えるのを止めておこうと、この問いは逃げ道を確保する意味でもあった。
「……好きな子、か」
しばらくの沈黙の後、海人はポツリと呟いて桃子の問いを復唱する。
直ぐにNOと答えるならばいないことが確定していたが、空白の時間があるという事は思い当たる節があるのだろう。
返答を待つ間に覚悟は決めていたようだが、続く言葉を聞きたくはないようで、桃子は膝に置かれた手をギュッと握りしめる。
「好きな子って言うのか何なのか……。自分でもよく分からないんだけど、気になる子はいる、かな」
「……!」
こうして二人きりの空間で、向かい合って座っている相手に話せるという事は、海人の気になる子は自分でないのだと桃子は思い知らされる。
喉が渇きを覚えて、声が震えそうになりながらもどうにか絞り出して、その子は誰なのかと桃子は問いかけた。
「……その子は私の知っている人?」
せめて違うと言って欲しいと。どうせなら自分が敵わないような素敵な相手なら諦められると思いながら海人の答えを待つが、彼からの返事は得られなかった。
それは海人が誤魔化したり、意図して話さなかった訳ではない。
彼はその人物について言及しようとするが、その瞬間に邪魔が入ったのだ。
「きゃ……っ!!」
「な、何だ!?」
ガタンと揺れたゴンドラ。
何事かと驚きつつも外を見ると違和感が、外の景色が全く変わらないと気が付き、観覧車が止まってしまっている事が分かった。
「停電か……? いや、あれは――――」
眼下に広がる景色。
これまでは園内の建物や人がミニチュアのように小さく見えていたが、今ではその姿が見当たらなくなってしまっている。
それは全てが消え去ったという訳ではなく、濃い紫の霧によって隠されているのであった。
「な、何なの……!? あの霧は――――」
「こんなことが出来るのは奴らに決まっているだろう」
「そ、そうよね。……って、海人君!? 何をしようとしているの!?」
異常事態を前にしてどうするべきか考えを巡らせていた桃子のすぐ横で、海人は何を思ったのか、魔導装具を、蒼い鎧を身に纏った。
「何をするって、こうするしかないだろう?」
そう言って海人は拳をゴンドラのドアへと打ち付ける。
鈍い音が響いた後に軋んだ音が響き、ゆっくりとドアが開いた。
数歩進めばそこには床が無く、地面は遥か彼方に感じるほど遠い。
ドアが開き、下を覗いていなくとも高さを感じて足が竦んでしまう桃子だが、海人はまったく気にしていないようで、今にでも飛び降りかねない勢いであった。
「ちょ、ま……っ! 待って、海人君!!」
「桃子はここで待っていてくれ。下で何が起こっているのか分からないから、とりあえずは俺が見てきて――――」
「だ、駄目だよ!」
「いや、でも、ここに居た方が安全だろうし……」
「一人で突っ走らない。……そう決めたでしょ?」
以前、敵からの襲撃を受けた後、海人は皆に約束をした。
これからは一人で戦おうとせず、皆の力を借りると。
桃子の言葉で約束を思い出した海人だが、やはり彼女の身を案じているようで、どうにか言いくるめようと理由を探していた。
「その気持ちは嬉しい。でも、この高さだと俺のように鎧を纏っていないと危険で――――」
「それならこうすればいいでしょ!」
「な……っ!?」
桃子はスクッと立ち上がると、大胆にも一歩踏み出してから海人の胸に飛び込む。
いきなりの行動に驚いたのか、海人はわたわたと両手を彷徨わせており、そんな彼の首に桃子は手を伸ばしてもっと身体を密着させた。
「むむー……。ごつごつしているけど、仕方がないわね」
「な、何がどうしてこうなって?! 一体何のつもりだ、桃子!?」
「何って、決まっているでしょ? ほら、早く足を抱えて!」
「まさか! 俺にしがみついて降りる気か!?」
「そのとーり! 早くしないと、敵に逃げられちゃうわよ!」
回された腕はしっかりと繋がれ、離れそうにない。
ここで説得を試みても徒労に終わると悟ったのか、海人は深い溜息を吐きつつも覚悟を決めた。
「離す気は絶対に無いが、しっかり掴まっていてくれ」
「うん! 大丈夫。海人君なら大丈夫だって信じているから」
両足を抱えて、しっかりと腕が回されている事も再度確認し、口を絶対に開かないよう注意してから、海人はゴンドラから飛び出た。
園内の殆どのアトラクションを楽しみ、休日の遊園地を満喫しきっていた真帆達。
陽が沈みかけた所でそろそろ帰ろうかと、後は売店で土産物を覗いて行こうかとしていたが、何かに気が付いたアレイシヤはピタリと歩みを止めた。
「どうしたの? アーシャちゃん」
「マ、マホさん……っ。これを――――」
アレイシヤが慌てつつ鞄から取り出したのは装飾された手のひらサイズの水晶で、それはこの付近で魔導装具の力が発せられたことを知らせた。
「こんな所にまで敵が現れるなんて……。猿渡君!」
「おう。ここは俺達に任せてくれ! 占部は海人に連絡をたのんだぜ」
「え……!?」
周囲に敵の姿が無いか身構える猿渡達。
真帆は猿渡に海人と連絡を取るように言われるが、電話を手にするのは躊躇われた。
敵が現れたという危機的状況であって、一番の戦力である海人と連携を取るのは当然であって、彼の居場所も大体は分かってはいるのだが、だからこそ連絡を入れられないのである。
今海人に連絡をすればこちらの居場所が知られてしまう。
どう説明するべきか迷いに迷ったが、考える悠長は残されていなかった。
「マホさん……っ!」
「う、うん。わかってる。……もうどうにでもなっちゃえ!!」
意を決して携帯に手を伸ばす真帆。
彼女が電話を掛けた瞬間、辺りは紫の濃い霧に包まれ、視界を奪われた。




