3.観覧車のジンクス
仲が良さげな親子に若い恋人同士、学生であるだろうと思われる女子グループなどで込み合った遊園地内のレストラン。
運よくテラス席を確保でき、昼食を終えて一息ついていた海人と桃子。
次に向かう場所、アトラクションは昼食を取りながら決めており、ドリンクを飲み終えたらすぐにでも向かうかと思いきや、桃子はお手洗いに行くから少しばかり時間が欲しいと席を立った。
それからしばらくして。
カップの底に残った氷によって薄まった炭酸飲料を飲んでいた海人の元へ、桃子が小走りで戻ってくる。
彼女は待たせてしまったと詫びながら、食べ終わった後の食器が乗るトレーを手にした。
「……桃子。お前もしかして、具合が悪いのか?」
「え?」
海人がそう切り出したのは次のアトラクションの順番待ちをしている時であった。
お手洗いから戻って来た桃子は行く前とは違う印象を、無理をして明るく振る舞っているように見えた。
それは体調が悪くなってしまったからであると海人は察した訳だが、桃子は首を横に振って否定する。
「いや、でも、結構時間かかっていたし……。しんどかったら無理をすることは無いんだぞ」
「……海人君。女の子に対してお手洗いの時間をどうこう言うのは良くないよ」
「あ、ああ。……悪かった」
「それから、私は全然大丈夫だから。……ちょっと考え事をしていただけなの」
「考え事?」
「そうそう、考え事。このペースで全部回れるかって不安になって、だとしたら外せないのはどこかな~ってね」
「そう……なのか」
残された時間にここだけは行きたいと提案する桃子。
どうにか上手く誤魔化せたようで、海人はそれ以上心配する素振を見せなくなった。
笑みを浮かべ、次のアトラクションに乗り込んではしゃいでいる桃子は嘘を吐いたままでいる。
彼女が考え事をしていたのは本当であるが、その内容は海人に説明したものとは全くの別物であった。
それは先程、海人の元へと戻ってくる前の事である。
昼食を終えた後、お手洗いから戻る途中。何やら騒がしい声が耳に届き、その声に聞き覚えがあった桃子は海人の元へと戻る前に声のした方へと歩みを進める。
そこに居たのは桃子もよく知る人物達で、この場に居て貰っては困る者達であったのだが、桃子は広い心で彼らを許し、関わらない事を条件に後は好きにすれば良いと言った。
「……幼馴染の余裕って奴なの? あんなに冷静でいちゃってさ……」
皆の前から立ち去る前、桃子は恋敵である真帆をからかっていたが、思ったような反応を得られなかった。
何時もの真帆ならばカッと頬を赤くして言い返してくるのだが、今日に限っては我関せずと言った様子である。
面と向かって宣戦布告までしたのだが、真帆からの返答は素っ気ないものであって、桃子はその点が今でも気に掛かっているようだ。
「抜け駆けだなんて思われたくないから一応宣言したのだけれど……。良いんだよね」
真帆の様子が気にもなるが、今はそれどころではないと桃子は自分に言い聞かせて思考を切り替える。
今日の桃子はある決意を胸に、ここに立っていた。
それは海人に想いを伝える事であって、この場所でなくてはならない理由があった。
「それで、次は何処に行くんだ? ここからだと観覧車が近いみたいだけど……」
「うーん……。観覧車は最後にしたいんだけど……。ほら、夕暮れ時だと景色が綺麗かな~って思うんだ」
「それもそうだな。それじゃ、次は――――」
うまく誘導できたと内心ガッツポーズを取る桃子。
彼女の狙いは先程話題に出た観覧車にあった。
園内の奥。小高い丘の上にある観覧車は街を一望できる場所で、景色を楽しむのに最適なアトラクションである。
日中でも眼下に広がる景色を楽しめるが、特に夕暮れから夜は絶景で、恋人達の人気が高く、クリスマスやバレンタインデーなどは長蛇の列ができる程であった。
二人きりの空間。外には夕日に染まる街並みや、宝石をちりばめたような夜景。
恋人達が殺到するのも当然と言えるが、人気の理由は景色だけでは無かった。
若者達の中での噂。それによるとこの遊園地の観覧車には色々とジンクスがあるらしく、恋人同士で乗って天頂でキスをすると永遠に結ばれるだとか、天頂で告白をすれば成功するなどという恋愛絡みの噂が絶えないのであった。
「……ジンクスに頼るなんて私らしくないけど、今はそうも言っていられないしね」
自分に自信がある桃子でも、海人を落とすのは至難の業である。
これまで幾度となくモーションを掛けており、周りにも分かるくらい積極的に迫ってみたものの、当の本人には全く気持ちが伝わっていなかった。
海人が恋愛方面には疎い事は覚悟していたが、もたもたしている内に彼の周りには恋敵となりそうな女の子が増えてしまい、桃子は焦りを感じ始めていたのである。
「今がそんな時じゃないって分かっているけど……。このままじゃ……」
いつ敵が現れるか分からない状況で、恋愛に現を抜かしている場合では無い事を自覚はしている。
けれども危険と隣り合わせだからこそ伝えられる時に想いは伝えておきたいと、そう考えもした桃子は今日という日に決着をつけようとしていた。
桃子と海人の尾行をしていた猿渡達三人組。そして彼らに付き合わされていた真帆とアレイシヤ。
昼食を終えた頃。尾行対象である桃子に見つかってしまい、それ以降尾行の続行は出来なくなった。
桃子が去った後に皆はどうするか話し合い、結果として桃子の言葉通り遊園地を満喫する事に決まり、今は桃子達と鉢合わせにならないようにアトラクションを楽しんでいる。
それ程乗り気でなかったが、楽しそうにしているアレイシヤの姿を見れば気持ちも切り替わるのだろう。
今ではすっかり、皆で遊園地を満喫していた。
「で、次は何処に行くの?」
「ふむ。私はお化け屋敷が良いと思います!」
「別にいいけど、入るのは私とアーシャちゃんで。雉岡君達は三人で入ってね」
「何ですと!? それでは暗闇でドッキリ急接近というシチュエーションにならないのでは……っ!?」
「やっぱり……。そんな事だろうと思ったわ」
雉岡の邪な計画を見破って阻止した真帆は盛大な溜息を吐く。
隙あらばアレイシヤに近付こうとする雉岡に、まだ桃子の事を気にしているだろうと思われる猿渡。
真帆は呆れつつも彼らを制御し、次々とアトラクションを巡っている。
この場に真帆が居なければどうなっていたかと考えた犬飼は、彼女が居る事に感謝をしていた。
「ここはやっぱり、アーシャちゃんに決めて貰うのが良いと思うわ。アーシャちゃん、何処か行きたい所はない?」
「あ……、えっと……」
「遠慮しなくていいのよ。あ、でも海人達が並んでいたら駄目だけど」
「その……」
「ん? なぁに?」
これまでとは違い、アレイシヤは頬を赤らめて俯いている。
恥ずかしがっているという事は、メリーゴーランドなどの乙女チックなアトラクションで言いだし辛いのかと思われたが、どうやら違うらしい。
クイっと真帆の衣服を掴んだアレイシヤは、彼女の耳元へコソコソと行きたい場所を告げる。
「あー…、ええっと。そうだ! ちょっと喉が渇いたし、あのチュロスを食べてみたいし、ここは休憩としましょう」
「お、おう。それなら俺達が買って来て――――」
「それじゃ、猿渡君達はドリンクを。私達はチュロスを買ってくるから。後であそこのベンチに集合ね」
飲みたい飲み物を素早く決めて立ち去る真帆とアレイシヤ。
猿渡達は首を傾げつつもジュースが販売されている屋台へと向かった。
チュロスを買いに向かった筈の真帆とアレイシヤは屋台の傍まで行くが、通り過ぎて別の建物へ。そこはお手洗いであった。
「す、すみませんでした……」
手を洗い終わったアレイシヤは真帆にぺこぺこと頭を下げるが、首を振ってその必要は無いと真帆は言う。
「私も丁度行きたかった所だし、気にしなくて良いわよ」
「そう……、なのですか?」
「ええ。それに、猿渡君達の手前では言い辛かったわよね」
「は、はい……」
「こちらこそ気づかなくてごめんなさい」
「いえ……っ! そんな事は――――」
お互い謝りあっては埒が明かないと、猿渡達を長く待たせるのも悪いと、キリの良い所で話を終えて真帆はお手洗いを後にしようとするが、アレイシヤは真帆の名を呼び引き留めた。
「どうしたの?」
「あ……、えっと……、その……」
「ん? 何かあったら遠慮なく言ってくれていいのよ」
「あの……っ! 先程の……。モモコさんの言葉が気になって……」
桃子が立ち去ってからの事。アレイシヤはアトラクションを楽しんでいるように見えたが、時折真帆の様子を窺っているようでもあった。
その理由に真帆は心当たりが無かった訳でもないが、あえて知らぬ素振をしていた。
けれどもこうして面と向かって問われれば返答せざるを得ないのだろう。
一息を吐いた後、先程の事についてどう思っているのか、真帆は正直に答えた。
「別に。どうって事も無いわよ」
それは虚勢ではない。
全く気にならないと言うのは嘘になるが、少なくとも桃子がしようとしている事がどんな結果を招くのか、大体の予想はついている為、慌てはしないようだ。
「それは……、どういった事で……」
「自信家の桃子にしては珍しいけど、たぶんこの遊園地のジンクスに頼ろうとしているのね」
「ジンクス……ですか?」
首を傾げるアレイシヤに、真帆はこの遊園地の観覧車にまつわるジンクスがどういった内容なのかを説明する。
するとアレイシヤは真帆よりも驚きを表し、大丈夫なのかと慌て出した。
「寧ろ告白をするなら、止めなかった私の方が性格悪いのかも」
「ど、どうしてそうなるんですか?」
「多分、だけどね。海人には――――」
真帆から告げられた言葉にアレイシヤは大きく目を見開いて驚いた。
ゴールデンウイークの最終日。
家族連れや恋人同士、仲良しグループで賑わいを見せている遊園地の一画。
フードコートのオープンテラスでけだるげに椅子に腰かけていたのは年若い三人組の男達で、いかにもガラが悪そうなせいか、彼らの周りの席は不自然に空いていた。
「チッ……! どいつもこいつもヘラヘラとしやがって……」
「いやいや、遊園地なんだから当たり前っしょ」
「不機嫌そうな面をしている方が珍しいってモンだよな」
舌打ちをした男は連れに宥められるが不機嫌なままでいるようで、ガンガンとテーブルの脚を蹴りつけている。
「まぁまぁ、せっかく遊園地に来たんだし、俺らも楽しめばいいんじゃね?」
「男三人でか? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。大体誰が言い出したんだ? 遊園地でなら手軽に遊べる女が見つかるって」
「女だけのグループも居るけど、避けられたりでどうしようもねぇからなぁ……」
見た目からして関わると面倒臭そうな風貌であって、大抵はすぐに逃げられてしまう。
少しばかりいい流れになりかけても、人数が合わないからと断られもする。
ナンパが連敗続きなのはロケーションが悪いのではなく、当人達に問題があるのだが、彼らに自覚は全くないようであった。
戦犯は誰であるのか。責任のなすりつけ合いを始めそうになった三人組だが、そのうちの一人がとある人物達を視界に捉えた為、醜い争いは起きなかった。
「うわ……っ、何だよアレ」
「何だァ? ……って、アレは……」
「図体がでかくてトロそうな奴と猿顔のチビとオタクみたいな眼鏡ガリ……」
「クソが……!! 何であんな冴えねぇ奴らに女の連れが居るんだァ!?」
パッとしない見た目の三人組は可愛らしい眼鏡女子と異国の美少女を連れて歩いている。
そのような光景を目の当たりにすれば怒りの矛先は分不相応だと思う者達へ。
ガラの悪い三人組は自分達こそリア充であるべきだと考えが纏まり、冴えない三人組のグループに絡もうと席を立った。
「……っと」
「あら、ごめんあそばせ」
「な、何だァ!?」
真っ直ぐにターゲットに向かって行ったガラの悪い三人組だが、彼らの行く手を遮るように前を横切る者達が現れ、ぶつかりそうになってしまった。
普段ならぶつかりそうになったり肩が触れると因縁を付け、男なら慰謝料名目で金を、女ならその身を要求するところであるが、今はそれどころでない。
先程見定めた標的を逃さないように向かって行くべきなのだが、ガラの悪い三人組は歩みを止めてしまう。
「……スゲーイイ女じゃんか」
「あら。わたくし達の事を褒めて下さるの?」
「え!? あ、そ、そうっスね」
「そう言って頂けるのは嬉しく思うわ」
三人組の前に現れたのは美女五人組で、その誰もがモデルのようなスタイルであって、容貌も華やかであった。
思わず漏れてしまった感想に対しても彼女達は気味悪がる事も無く、笑顔で礼を返す。
ガラの悪い男達とはまるで別世界の、芸能界に居るような人達であって、男達は先程までの勢いをなくし、標的の事をすっかりと忘れ去った。
男達の興味は目の前の美女達へ。
流石にこれ程までの相手となると自分達の身の丈を感じて及び腰にもなるが、反応が悪くない所を見て僅かな希望を見いだせたようだ。
男の一人が勇気を出して誘うと、美女達は互いに顔を見合わせる。
鼻で笑われる事も覚悟していたが、事態は予想外の展開へ。
「わたくし達、こういった場所は不慣れですの。あなた方が案内をして下さるのかしら?」
「ハイ! 喜んで……っ!!」
居酒屋の店員のように声を上げる男達。
これまでの連敗をチャラにする逆転ホームランに、男達はビールかけをする勢いで喜んでいるが、ここからが悪夢の始まりだと彼らは気付いていなかった。




