2.出歯亀達のランチタイム
入場前から人の波に圧倒されてしまい、及び腰であった海人だが、何カ所かのアトラクションを巡ると徐々に気持ちも上向きに、今ではこの状況を楽しめるようになっていた。
「それで、次は何処に行くんだ?」
「ええっとね~。次は――――」
ガイドアプリを駆使し、効率よくアトラクションを回る海人と桃子。
ゴールデンウイーク最終日とあって来場客も多く、待ち時間もあるが、並んでいる間にも会話は途切れない。
二人は次にどこへ行くのが良いかと相談し合っていたが、時刻はお昼過ぎに。
海人の腹の音が鳴った事により、昼食をとる事となる。
お昼時とあってレストランはどこも込み合っていたが、テラスで何とか二人分の席を確保できた。
園内価格というものだろうか。外で食べるより明らかに高く、味はそれなりの料理ばかりであったが、文句は出てこない。
やはり場の空気というものは感覚を狂わせるらしく、けれどもそれが不快に感じず、寧ろその状況すらも今では楽しめるようであった。
特に桃子にとっては前々から望んでいた状況、海人と二人きりであって、彼となら何処でも良く、どんな料理を出されても構わないのだろう。
夢見心地に、楽しげに会話をしながら桃子は昼食を取っていたが、彼女は自身に向けられている視線に全く気が付いていなかった。
「畜生……っ! 二人きりでランチだなんて……っ!!」
「い、今、聖沢さんのフォークが海人の口に――――」
「流石桃子嬢。さり気無く一口交換をしていますね」
海人と桃子が昼食をとっているレストランのテラスから少しばかり離れた場所。植え込みに身を潜めているのは猿渡達三人組だ。
血涙を流す勢いの猿渡に、海人と桃子の様子に顔を赤らめる犬飼、そして雉岡は冷静に状況を述べている。
何時まで続けるつもりか。いまだに猿渡達は海人と桃子の尾行を続け、今は片手にペットボトルの飲み物を、もう片方の手にはサンドイッチやおにぎりを持ち、それらを頬張りながら監視をしている。
「アーシャちゃん、お昼がこんなのでごめんね」
「い、いいえ! マホさんのお弁当は凄く美味しいですよ……!」
猿渡達が潜んでいる植え込みから離れた所にあるベンチに腰掛けているのは真帆とアレイシヤで、二人は真帆の手製弁当を食していた。
定番の卵焼きや鶏のから揚げなどの摘まみやすいおかずに、色んな具入りのおにぎりやサンドイッチなどが詰め込まれた弁当箱は彩も良く、文句の付けどころは一つもない出来である。
竜堂家で真帆が用意するご飯もアレイシヤは絶賛しているが、今日のお弁当も彼女の口に合うらしく、美味しそうに食べている。
「ふぅ……。お腹いっぱいです。美味しいお弁当を御馳走様でした」
「お粗末様です。少し残っちゃったのは……、ねぇ貴方達、まだ食べられる?」
猿渡達が食していたものも真帆の手作りであったのだが、彼らはお弁当よりも桃子と海人の事が気になるようで全然味わっていないように見えた。
一応余っていると伝えてみると意外な事に、彼らは監視を止めて真帆の元へと戻ってくる。
どうやら口には合っていたらしく、彼らは弁当箱に残っていたおかずやおにぎりに手を伸ばしかけた。
「それじゃ、お言葉に甘えて頂き――――……ん? 今の音は――――」
ピタリと手を止めた猿渡。
彼が耳にしたのは低い唸り声のような音で、何処から聞こえてきたのかと辺りを見回す。
一方で真帆は深い溜息を。ジトッとした目を向けて呆れ返る。
「お腹が鳴ったような音だけれど。貴方達……、よほどお腹が空いているのね」
「いやいや、俺じゃねぇし。犬飼、どうせお前だろ?」
「お、俺じゃない。まだ食べられはするけど、今でも十分だ」
「言っておきますが、私でもありませんよ」
首を振り否定する三人。
真帆はまだ猿渡達を疑っているようだが、それならば丁度良いとお弁当の残りを差し出す。
疑いが晴れぬままで居心地が悪いのか、猿渡は否定しつつも手を伸ばすが、その瞬間声を上げる者が居てまたまた手を止める。
「そ、そこに居るのは誰ですか!?」
そう叫びながら立ち上がったのはアレイシヤで、彼女は青く生い茂った生垣をじっと睨みつけていた。
彼女の見当は外れていなかったのだろう。生垣に身を潜めていた何者かが驚き葉を揺らして音を立てる。
真帆達の様子を窺う者となると思い当たるのは一つしかない。
猿渡達は真帆とアレイシヤを下がらせ、いつでも武器を手に取れるように構えながら音のした茂みへと近づく。
隠れられるのは多くて三人くらいか。
少数ならば自分達だけで対処できると、猿渡達は囲い込むようにして距離を詰めた。
「姿を現しやがれ……!!」
相手はこれ以上隠れていられないと悟ったのか、転がり出るようにして茂みから姿を現す。
目にも留まらぬ素早い動きであったが、駆けだした先には大柄の犬飼が壁のように立ちはだかり、逃げる事が叶わなかった。
「残念だったな――――って、アンタは……!」
茂みに隠れてこちらの様子を窺っていた者。
全身黒ずくめで、肌は白く、スラっとした体型の男。
皆はその男に見覚えがあり、驚き声を上げる。
「あ、貴方は……、……え、遠藤、さん?」
「如何にも! 我が名はエンドー。その名は我の女神から賜りし高貴な名で――――」
恐る恐る声を掛けた真帆は、自分の名を名乗りながらキレッキレのポーズをとる遠藤の動きにたじろぐ。
触れてはいけないものに触れてしまったと、皆が引きつった表情で後退りする中、長い名乗りを終えた遠藤はポカンと呆けていたアレイシヤに近付く。
「……フム。どこからどう見ても奴に間違いないのだが……。こうして近づいてみると違いが分かるものだな。そう、強いてあげれば胸部の膨らみが――――」
舐め回すような視線を向けた後に何やら納得していた遠藤だが、彼の口から飛び出たのはセクハラ的な言葉である。
赤く頬を染め、涙目になって怯えるアレイシヤを庇うように割入ったのは真帆で、彼女はキッと睨み付けて問い質す。
「一体どういうつもりですか!? コソコソと後をつけてきて、その上失礼な事を言ってきて……!」
真帆の言う事は正論で、言い逃れは出来ないだろうと思われた。
彼女だけでなく、猿渡達からも睨まれて追い詰められる遠藤であったが、彼は臆する様子もなく、それどころか堂々と、自分は何一つ間違っていないといった風である。
「我が失言とな? それは一体何についてか、我には皆目見当もつかぬ」
「わ、分からないのですか!?」
「ウム」
「それは……、その……。そう! 女性に対して身体的特徴について指摘する事です!」
「そうか……。それはすまなかったな」
先程の不遜な態度から一変し、素直に謝罪をする遠藤。
分かってくれれば良いのだと、当事者であるアレイシヤも落ち着きを取り戻して彼の事を許したようだが、すぐさま彼の態度はコロッと変わる。
腕を組み、仁王立ちをした遠藤は鋭い目つきで問う。
「つい先程、君は我が人目につかぬよう追跡をしていたと糾弾したが、諸君も同様の事をしていたのではないのか?」
「そ、それは……っ」
痛い所をつかれて真帆はグッと言葉を飲み込む。
どう答えるべきか迷う彼女は原因を作り出した者達、猿渡達へと目配せをするが、彼らは皆目を逸らして説明しようとしない。
内輪揉め状態であるのを見抜いたのか、遠藤は高らかに笑った。
「諸君も我と変わらないではないか! 桃子嬢の事が気になって後を付けたのであろう?」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待って。貴方の目的はアーシャちゃんじゃなかったのですか!?」
「それは偶然だ。あの小僧が桃子嬢に手を出さないか監視しようとした所、たまたま諸君が、そこの小娘が居たのである。そして我はこれを好機と見定め、小娘の素性を探っていたのだ……!」
遠藤も猿渡達と同レベルであると分かった途端、真帆はどっと疲れを感じて肩を落とした。
彼女がバカバカしさに呆れ返っている一方で猿渡は遠藤の考えに共感したのか、一気に距離が縮まり、意気投合して海人の悪口を述べ、桃子を褒めちぎっている。
「……はぁ。何をやっているんだか……」
「ホントよね。こんな所で何をやっているんだか。……バッカじゃないの」
「そうよね。ホント馬鹿ばっか――――……って、え!!?」
一人で愚痴を漏らしていた真帆に同意する者が。
それは聞き覚えのある女性の声で、聞き間違いのない声であって、真帆は振り返らずともその者が誰であるかが分かり、愕然とする。
「ねぇみんな。ここで何をしているのかなぁ~?」
皆に問い掛けてきたのは笑みを浮かべた桃子である。
彼女はとてもにこやかな表情であったが、背後には怒りの炎がメラメラと燃え盛っていた。
桃子の尋問は猿渡達が素直に吐き出した事により、すぐに終わった。
反省の意味を込めてか、猿渡達は正座をし、膝に手を置いて俯いたまま小さくなっている。そんな彼らを見下ろす桃子の瞳は冷ややかなものであった。
「それで、貴方はここで何をしているのかしら。……まさか、猿渡君達と同じ理由じゃないでしょうね」
次に桃子が鋭い視線を向けたのは遠藤に対してであった。
彼は猿渡達とは違い、己の非を認めていないようで、それどころか自身の行いを正当化していた。
「我は桃子嬢の身を案じたまでの事。我が恩人たる桃子嬢の身を案じるのは当然と言えよう!」
「うっさい! あれ程ついて来るなって言っていたでしょう! 今朝言った事も覚えていない訳?」
「気丈に振る舞う姿も可憐だが、我の前では本音を曝け出せばよい。本当の所はあの小僧の事など、戯れに過ぎないのだろう?」
「な……っ!! そんな事は無いわ!!」
桃子の問いを華麗に受け流して彼女の本心を探ろうとする遠藤。
彼の言葉は桃子を煽ったようで、彼女は声を荒げて否定する。
そして自分がどれ程この日を楽しみにしていたか、桃子は熱弁するが、遠藤の耳には届いていない。
彼はのらりくらりとかわしており、反省をする気は全くないようである。
「貴方がその気なら……、いいわ」
「……む。何をしようとしているのだ」
「バイトがサボっているようだから、店主に報告するまでよ」
「なぬ……っ!!?」
深い溜息を吐いた後、桃子が鞄から取り出したのは携帯電話である。
そして彼女が連絡しようとしている先は彼女の実家である沢乃屋で、遠藤にとっては非常に困る相手のようだ。
これまでの態度は無かった事に、遠藤は店主である桃子の父親だけには知らせないで欲しいと五体投地で平謝りしていた。
「……全く。猿渡君達は物分かりが良いようだけれど、あの人には困ったものね」
今すぐ帰れという桃子の命令を素直に聞き入れた遠藤は回れ右に。
すごすごと帰って行った後は嵐が去ったかの静けさであった。
「さてと。私は戻るけど、この後は貴方達も楽しんだら? せっかく遊園地に来ているんだから」
一番厄介な者が立ち去り、後は問題ないと思ったのか、桃子は皆に好きにすれば良いと言う。但しそれは何をしても良いと言う訳ではなく、二人の邪魔をしないというのが条件のようだ。
桃子にしては寛大な処置を前にして猿渡達は互いに顔を見合わせていたが、すぐさま彼女を褒め称える言葉を述べ始める。
そのようなやり取りを前にして真帆は呆れ返り、肩を竦めさせていたところ、桃子が近づいて来て労をねぎらう。
「真帆ちゃんも大変だったわね。猿渡君達に振り回されて」
「別に。馬鹿馬鹿しいとは思うけど、彼らの気持ちが分からない訳でもないし」
「ふーん……」
真帆の返答が予想外のものであったのか、桃子は神妙な面持ちでいて、何やら考え込んでいる。
彼女は一体何を企んでいるのか。そう真帆が切り出そうとした瞬間、桃子はニッコリと笑みを浮かべて宣言をする。
「真帆ちゃんが素直に認めないなら、私が貰ってもいいんだよね」
「はぁ? 何を言って――――」
「私はただ待っているだけじゃないから」
「……」
これまでにからかってきた時とは違った真剣な表情。
それにより、如何に桃子が本気であるのかが窺い知れた。




