1.初デートは遊園地で
廃部寸前であった特撮研究部は皆のお蔭で消滅を免れ、新たにヒーロー研究部として生まれ変わった。
桃子が多少強引に副部長の座に着くなど、この先の部活動は前途多難であるかと思われたが、その後は特に問題もなく活動を続けられた。
ヒーロー研究部において普段通りの活動とは町内の見回りで、困っている人を助けるなどが主である。
もう一つの活動。皆に知られぬようにシュトラルヴェルトからの侵略者を撃退するのは、ここ数日行われていなかった。
平穏を享受している間に月は跨ぎ、五月へ。
月初めに学生達に訪れるのは、自由に羽を伸ばせるゴールデンウイークであった。
「……うわっ」
海人は目の前に広がる光景に思わずげんなりとした態度を取ってしまった。
ゴールデンウイーク最終日。
休日であっても町内のパトロールを欠かさず行っていた海人だが、連休の最終日には人助けも町の防衛も休んでいた。
そんな彼が今現在居る場所。それは家族連れやカップルなどで大いに賑わっている遊園地のゲート前であった。
「もう、海人君ったら。開園前からそんな顔するなんてよくないよ」
そう注意してきたのは海人の隣にいる桃子であった。
彼女は動きやすさを考えつつも可愛らしさを取り入れた格好をしており、海人とは違って遊ぶ気満々なのが全身から表れていた。
「いや、流石にこの人混みはどうかと――――」
いくらなんでもこれは無いだろうと、開園前から並ぶ長蛇の列に率直な感想を述べたまでだと説明するも、桃子の耳には届いていない。
なぜならば海人が話している途中で開園のアナウンスが流れたからだ。
「さ、行きましょう!」
「おいおい。そんなに急がなくても大丈夫だろ」
「何を言っているの? 全制覇をするならもたもたしていられないよ!」
「ぜ、全制覇って……」
周りに居る子ども達と同じくらいはしゃいでいる桃子。
彼女がそこまで喜んでいる理由は遊園地にある数々のアトラクションではない。
一緒に居る者が海人だからこそ、ここまで機嫌をよくしているのだが、残念ながら当人にその気持ちは全く伝わっていないようであった。
自然に手を取られ、桃子に引かれてゲートをくぐる海人。
彼が何故ゴールデンウイークの最終日に桃子と二人きりで遊園地を訪れているのかというと、以前交わした約束を守る為であった。
「まずはこれに乗らなきゃ始まらないわよね」
「いきなりこれで大丈夫なのか?」
「え? もしかして海人君、高い所が怖いって訳じゃ……」
「いや、俺はなんともないけど、桃子は平気なのか?」
「もちろん、大丈夫だよ。……私の事、気に掛けてくれてありがとう」
二人の前にそびえ立つのはジェットコースターで、その高さと落差、曲がりくねったコースは乗る前から緊張感を抱かせる程であった。
絶叫系が苦手な訳でない海人も最初からこれかと二の足を踏んだが、桃子はむしろ最初だからこそ盛り上がるのをと踏み出した。
実際乗ってみるとどうなるのかと海人は心配するも、桃子は悲鳴を上げつつ楽しんでおり、降りてきてもフラフラにはならなった。
「本当に絶叫系でもいけるんだな」
「あと二回くらい乗っても大丈夫だよ」
次のアトラクションへ向かう途中、海人は桃子のタフさに感心し、昔の事を思い出していた。
それは海人が小学生だった頃。
お隣である真帆と真帆の両親と、海人と海人の両親とで休日に訪れた遊園地での出来事である。
そこで乗ったジェットコースターは先程乗ったものとは違い、一回転どころか急落する箇所もない子ども用だったのだが、真帆は乗り終えた後火が点いたように泣きじゃくったのであった。
怖がった彼女をあまり小馬鹿にしてはいけないと思いつつもその時の事を思い出した海人は微笑ましかったようで、本人には悪いがと言いながら笑みを溢す。
「まぁ小さい頃だったから仕方がないかもしれないけど、あの時は凄かったんだよ」
楽しそうに話す海人だが、桃子はムスッとして頬を膨らます。
彼女の表情と心情の変化に気付いていない海人はそのまま昔話を続けようとするが、彼女によって中断させられてしまった。
いきなり腕を組む桃子は慌てて身を引こうとする海人を逃さない。
「お、おい。どうしたんだ? 急に――――」
「今隣に居るのは私でしょ」
「ん? それはそうだが……。それとこれとはどういう関係が――――」
「デート中に他の女の子の話をするのはマナー違反だよ」
「デ、デート!? いや、ちょっと待ってくれ! 今日はただ遊びに来ただけで――――」
「年頃の男女が二人きりで遊びに出掛けるなら、それはもうデートとしか言えないでしょう?」
「そうなのか……っ?! いやいや、違うだろう!?」
桃子との約束とは、前々から断り続けていた放課後のお誘いで、本日はこれまでに断った分の埋め合わせである。
ここのところは放課後も部活で一緒だったせいか、桃子からのお誘いは止んでいたのだが、それは獲物を仕留める為の下準備に過ぎなかった。
ゴールデンウイークに突入しても有志で参加の部活動に積極的で、嫌な顔を一つもせずに人助けを進んで買って出た桃子。
彼女は最終日には流石に休んだ方が良いだろうと提案し、皆も納得をした上でデートの件を切り出す。
海人は皆が休んでも自分一人だけでパトロールをするつもりであった。
その為桃子の誘いを断ろうとしたのだが、そこで泣き落とされてしまったのである。
「そんなぁ……。この間だってまた今度って言っていたのに……。それに私、ここのところ一生懸命に部活動も人助けもしていたのに……、それなのに一日くらいダメなの?」
瞳を潤ませてのお願いから始まり、これまでアレイシヤの事などを隠していた件を持ち出されては海人も逃げきれなかったのだろう。
彼は結局押し切られてしまい、桃子と出掛ける事を了承し、そして今に至るのであった。
多少強引である桃子に引きずられるようになりながら園内を巡る海人。
一見すると学生のカップルで、周りに同じように遊園地デートを楽しむカップルも居て、海人と桃子だけが別段目立ちはしないのだが、彼らをじっと見つめる者達が居た。
その者達はじっくりと観察するように目を離すことは無く、対象に気付かれないように適度な距離を保ち、建物の陰や生垣に身を潜めている。
「おい、犬飼。頭が出ているぞ!」
「む。すまない……」
「そう言う猿渡氏も声が大き過ぎかと」
「お、おう。……雉岡の言う通りだ。ここは慎重に、気を付けねぇとな」
海人と桃子の様子を陰ながら見守って……、と言うよりも、監視していたのは猿渡達三人組であった。
彼らは昨日、桃子が海人をデートに誘った場に居たのだが、その場で異を唱える事はできなかった。
桃子のイエスマンである彼らが彼女の邪魔をする事など出来ないからである。
「あああ!! 海人のヤロー! 桃子嬢と腕を組みやがって……っ!!」
「良い雰囲気だな」
「そうですか? 私には桃子嬢の一方的なアプローチにしか見えませんが」
ギリギリと歯を鳴らして目を血走らせる猿渡。
素直に感想を述べて微笑ましく見守る犬飼。
冷静に状況を判断して猿渡を宥める雉岡。
彼らはコソコソとしながら海人と桃子の尾行を、出歯亀を続けていたが、背後から重苦しい溜息が聞こえて振り返る。
「貴方達。何がしたい訳?」
呆れ顔で問い掛けたのは真帆で、彼女の隣には苦笑いを浮かべているアレイシヤも居た。
彼女らは猿渡達のように海人と桃子の様子を熱心に観察はしてはいないようだが、ここに来ている辺り、多少は気になっているのだろう。
馬鹿な真似は止めるようにと言った真帆に対し、猿渡はならば何故ここに居るのかと問い掛けた。
「そ、それは――――」
「占部だって気になっているんだろう。だからこうやって――――」
「ち、違うわ。貴方達が尾行するから仕方なくついて来たのよ。……私とアーシャちゃんの二人だけでは何かあった時に対処できないでしょ」
真帆の言う事は尤もであり、猿渡はそれ以上追及しなかった。
それは彼女の言い分に納得したからではなく、先日の彼女の様子を思い出してしまったからで、内心は同情しているのである。
昨日、桃子が海人をデートに誘った際、真帆だけは海人の味方を、口を挟んでいた。
本人が乗り気でないのならしつこく誘うべきではない、今はいつ何時敵からの襲撃があるか分からないのだから暢気に遊んでいる場合ではないと言い、真帆は桃子の強引な誘いを止めようとしたのだが、上手くはいかなかった。
「そんなこと言って。真帆ちゃんは私と海人君がデートするのが気に食わないだけでしょ?」
「そ、そんなことは無いわ! 私は冷静に、現状を考えてから言ったまでで――――」
「本当に~? 私にはただ嫉妬心から妨害しているようにしか見えないけど?」
「ななな、何で貴女達に嫉妬なんかしなきゃならないのよ!」
安っぽい挑発をされて見事に乗せられてしまった真帆は自爆し、文句が言えない状況まで追い込まれてしまった。
上手く桃子に言いくるめられてしまった真帆だが、やはり海人の事が気になるようで、仕方なく猿渡達と行動を共にするという名目で遊園地を訪れているのであった。
「占部。お前も苦労しているんだな……」
「何よその同情の目は……。止めてよ。私は別にデートをするくらいで目くじらを立てたりなんか――――」
猿渡に憐れまれた真帆は彼の邪推を否定するが、反論している時点で認めてしまっているようで、余計に惨めな印象を与えた。
猿渡だけでなく、雉岡や犬飼までもが真帆に励ましの言葉をかけ始めるが、彼女は認めようとしない。
下らないやり取りをしている内に海人と桃子は先へ、距離が離れてしまう事に気付いたアレイシヤは慌てつつ皆へと知らせ、皆は我に返る。
「ごめんね、アーシャちゃん。せっかくのお休みに馬鹿馬鹿しい事に付き合わせて」
海人と桃子を尾行する猿渡達を追いつつ、真帆は隣に居るアレイシヤに謝る。
けれども彼女は首を横に振り、逆に真帆の事を気遣っていた。
「私なら大丈夫です。それよりもマホさんは……」
「私も平気よ。このくらいどうって事でもないし」
「そう……、ですか」
言葉では納得するもまだ心配をしているのか、アレイシヤの表情は曇ったままでいる。
そんな彼女に気にする事はないと、明るく振る舞おうとした真帆だが、二人の間に割入ってくる者が居た。
「確かに。占部氏の言う通り、我々の行動につき合わせたままでは良くありませんね」
「……雉岡君? 何をいきなり言って――――」
「ここはひとつ。我々も休日を楽しもうではありませんか……!」
せっかく遊園地に来て何もアトラクションに乗らないのでは勿体ないと雉岡は力説し、恐らく初めて遊園地を訪れたであろうアレイシヤへ案内をすると申し出た。
優しい気遣いに感謝しているアレイシヤだが、真帆は雉岡の下心を見抜いて指摘する。
「さ、アーシャさん。私が園内を案内しましょ――――」
「ちょっと待ちなさい」
「はて、何か問題でも?」
「二人きりでどこかに行こうなんて考えていないわよね」
「アトラクションは二人乗りが多いですから、奇数だと都合が悪いでしょう」
やはり雉岡の狙いはアレイシヤと二人で園内を巡る事のようで、真帆の予測は外れていなかった。
雉岡の考えを阻止しようとした真帆はアレイシヤの両肩を掴むと、自分側に引き寄せて彼から遠ざけさせて吠える。
「ダメ! 絶対に駄目よ!」
「む。何故にそこまで拒否を示されるのですか!?」
「貴方とアーシャちゃんじゃ通報されかねないわ」
「うぐ……っ!」
高校生にしては身長は高く、大学生か社会人にも見える雉岡の容姿に対し、アレイシヤは小学生かギリギリで中学生のような見た目である。
二人が並んで歩いている様は歳の離れた兄妹と称するには苦しく、下手をしたら通報されかねないと真帆は言う。
多少失礼な言い分ではあるが、雉岡にも理解できるようで、彼は怯んで言葉を飲み込むが、それは一時的なものですぐさま言い訳を考えて熱弁する。
「せっかく遊園地に来たのに楽しまないのは損でしょう?」
「だからといって貴方とアーシャちゃんを二人きりにはさせられないわ!」
「あ、あの……、私の事はお構いなく……」
当の本人が気にしなくても構わないと訴えていても真帆と雉岡の耳には届かない。
言い争いを続ける二人を止められはしないと悟ったアレイシヤは大人しく成り行きを見守っていたが、何かに気が付いたようで振り返る。
「――――……気のせい、かな」
突き刺さるような強い視線を感じ取り振り返ったアレイシヤだが、そこには誰も、こちらに視線を向けてくる者などいなかった。
勘違いであったと気に留めなかったアレイシヤはいつの間にか口論を終えていた真帆や猿渡達と共に再び海人と真帆の尾行に戻った。




