7.特撮研究部改め
陽が沈み、街灯が夜道を照らす頃。海人達は真帆の実家である沢乃屋に辿り着いた。
沢乃屋は商店街の一画にある老舗の寿司屋で、昼間のランチタイムにも繁盛しているが、夜も常連から口コミで訪れる客などで賑わっている。
佇まいは古き良き日本家屋であって、回る寿司屋ではなくカウンター越しに職人が握る事から気後れするところであるが、リーズナブルな値段の品もあり、家族連れで訪れる客もいた。
本日も平日だというのに席はほぼ埋まっており、繁盛しているようだ。
「あら、桃子。遅かったわね」
「ただいま、お母さん。ちょっと色々とあって遅くなっちゃったの」
店内に足を踏み入れてすぐ、出迎えてくれたのは桃子の母であった。
桃子の美貌は母親譲りなのか、見た目もそうだが雰囲気もゆったりとしており、和服が似合う女性である。
彼女から遅くなった理由を追及されてしまうかと思いきや、そんな事は一切なかった。
今は仕事中であって、客の手前という事もあるが、その前に割り込む者が居たからだ。
「おお、桃子嬢。遅かったではないか……!」
店の奥の席から駆け足で近づいて来たのは店の空気にそぐわない青年であった。
黒髪に色白の肌でいて不健康そうではあるが体つきはしっかりとしており、スラっと背も高くあるのだが、なによりも目を引くのは彼の容貌であった。
彼は所謂ヴィジュアル系バンドのような髪形と顔立ちで、寿司を始めとした和食を提供するこの店には不釣り合いな見た目である。
「フム。君達が桃子嬢の御学友か。桃子嬢と親しき仲なのなら我が直々にもてなしてしんぜよう……!」
見た目もさることながら、男の言動とポーズも異様なものであり、海人達は皆引き気味になっていたが、桃子は全く意に介せず皆を二階の個室へ案内しようとした。
まるで空気か何かのように男の言動を無視する桃子だが、それに負けまいと男は絡んで来ようとする。
あしらわれても懲りない彼を止めたのは桃子の父であった。
「おい新入り。無駄話をしていないで手を動かせ」
静かに叱りつけたのはカウンターの向こう側に居る桃子の父親で、彼はこの店の大将である。
手にしている刺身包丁と自身の瞳を鋭く光らせる彼は厳つい容姿であって、恰幅も良く、職人といった言葉が相応しい姿である。
しつこく付き纏っていた新入りも大将には頭が上がらないのか、渋々と自分の持ち場へ戻ろうとした。
「――――……ぬおっ!? き、貴様は……!!」
「え……?」
トボトボと、重い足取りで海人達とすれ違った新入りはある人物の姿を見て素っ頓狂な声を上げ、カッと目を見開き後退った。
彼を驚かせたのは犬飼の大きな背に隠れていたアレイシヤで、彼女は身に覚えが無いのか小首を傾げている。
「まさかこんな場所で会い見えようとは……っ! 今日こそ我の――――」
「はいはい。頭のおかしい人は無視して行きましょうね~」
「ぬぅ! 桃子嬢よ。いくら命の恩人と言えども、ここを退く訳には――――」
訳の分からない事を喚きながらアレイシヤへと因縁を付けてくる男に対し、桃子は無視を決め込んでいたが、あまりのしつこさに手が出る。
鳩尾に一発食らった男は足元から崩れるが、大将を始めとした店内に居る者は誰一人彼の身を案じていない。それどころか、大将は早く持ち場に戻れと叱りつけており、客も見慣れた光景なのか、クスクスと笑っていた。
「――――アーシャ、さっきの男は本当に初対面なのか?」
二階の個室へと通された海人達は大きなテーブルを囲んで座る。
桃子が皆の分の夕食の支度をする為に猿渡と雉岡を引き連れて階下に降りている間、海人は隣に居るアレイシヤへと先程の件を問い掛けた。
「は、はい……。見覚えはありませんね……」
当人も困惑しており、記憶を辿ってどうにか思い出そうとするも、該当はしないようだ。
誰かと間違えているのかとも思われるが、アレイシヤのような目立つ容姿の少女はこの辺りではそうそう見かけないだろう。
海人とアレイシヤは同じように首を傾げていたが、机を挟んで座っている真帆は難しい顔を、どうやら懸念しているようであった。
「アーシャちゃんの事を知っているなら、向こうの……、シュトラルヴェルトから来た人じゃないの?」
敵である可能性を疑ったが、アレイシヤは既にその点について調べていたようだ。
彼女が探りを入れる為に使用したのは掌に乗るくらいの大きさの装飾された水晶で、それは魔導装具の反応を確かめることが出来る。
謎の言動をする男からは反応が無く、敵であるとは考えにくいようだが、戻ってきた桃子の説明によって彼の正体が幾分か明らかになった。
「あの人の事なら気にしなくて良いのよ。と言うか気にしたら負けなのよ」
「負けって……。一体どういう事だ?」
桃子曰く、男の意味不明な言動は日常茶飯事らしい。
そもそも彼との出会いからして奇妙であったようで、配膳を終えた桃子はその時の事を呆れつつ語る。
「彼ね。店の裏口に倒れていたの」
「はぁ!?」
この場に居る誰もが桃子の言葉に驚いて声を上げた。
それは一週間くらい前の事。帰宅した桃子が裏口で見つけたのは行き倒れている一人の男であった。
彼は空腹のあまり倒れていたそうだが、自分がどこから来たのか、何者であるのかを全く憶えておらず、名前すらうろ覚えであったらしい。
「それでエンド……が『遠藤』って訳か」
彼が唯一憶えていたのは『エンド』という言葉で、そこから仮の名を名乗らせるようにしたそうだ。
「『エンド』ってEND……、終わりとも取れるけど、それ以前に何で警察や病院に連れて行かないのよ」
真帆が問い掛けた事は至極まっとうな意見である。
記憶喪失ならば病院に、そうなった原因に事件性があれば警察に。どちらかに連れて行くのが普通であるだろうが、聖沢家は別の方法を取っている。
何故そうなったのかというと、空腹で倒れていた遠藤へ食事を提供した所、彼が代金の代わりに働くことで礼をしたいと申し出たのが切っ掛けであった。
彼は教えた事はすぐに覚え、スポンジのように吸収して実行する。
皿洗いや掃除などの仕事を嫌な顔一つせずこなし、接客に関しても問題が無いどころか一部の客層に、奥様連中に大好評となっていたのである。
「今ではアイツ目当てで来る常連さんも出来ちゃってねぇ……」
「ふむ。確かに彼の見た目ならば客引きになるのかも知れませんね」
雉岡を始めとした皆は成程と感心しかけていたが、桃子はそれだけが理由でないと肩を落として言う。
彼女が理由として付け加えたのは彼女の父親である大将についてであった。
大将は取っ付きにくく気難しい性格であって、新しく入った従業員の何割かは直ぐに辞めてしまっていた。
今月の初めに入ってきた新人も一週間で音を上げてこなくなり、人手が不十分であって、桃子も手伝い以上の仕事をこなしていたのだが、そこに現れたのが遠藤なのである。
少々性格に難があるが大将の事を恐れない陽気さであって、仕事も人並み以上にこなすとなると、渡りに船であったようだ。
「まぁ本人がそれで良いって言っているなら問題は無いんじゃないのか?」
そう結論付けたのは猿渡で、真帆以外の皆は納得してしまっているようだ。
唯一人腑に落ちていない様子の真帆であったが、彼女も続けて桃子が語った内容には反論できないようであった。
「ここに住み込みで働いてくれているのも助かっているんだけどね、それ以外にも理由があって……」
少しためらった様子の桃子だが、言っておいた方が良いだろうと彼女は判断し、遠藤についての事情を明かす。
彼は従業員の制服である作務衣を身に着けているのだが、インナーは首まで覆う黒のタートルネックを着込んでいた。
桃子の話ではその首の部分に、隠れた所に問題があるらしい。
「首輪……? えっと、それはオシャレ的なものでしているんじゃ――――」
「違うの。あれはアクセサリーとかじゃなくて……」
遠藤の首に填められている銀色の首輪。
それには細やかな装飾が為されており、一見するとアクセサリーのようなのだが、繋目が無く、外すことが不可能であって、チョーカーとは言い難い代物であった。
「首輪に記憶喪失って……。だとすれば尚の事警察に届けた方が――――」
「でもね、元居た場所が酷い所で、そこにまた戻されたらと思うと、このままの方が良いかなって……」
真帆の意見に目線を落として答える桃子。
相手は大人の男であって、子どもとは違い虐待などにあっているとは想像しにくい。
けれども現実には新興宗教による洗脳など、大人だとしても誰かの支配下に置かれて虐げられていた事例もある。
「まぁ今の所は害もなさそうだし、桃子の両親も認めているなら良いんじゃないか」
「海人君……」
「でも一応。何か変だと思ったら必ず相談してくれよな」
「う、うん。……ありがとう、海人君」
流石海人は話が分かると桃子は喜びつつ褒め称える。それにより猿渡達も海人の言葉に乗っかり始めた。
こうなってしまえばこれ以上話を続けるのが馬鹿らしく感じたようで、真帆は口を挟むのを止めて深い溜息を吐いて話題を終わらせた。
聖沢家の居候の件についての話が終わり、続いて海人達の隠し事、アレイシヤの素性や事情などを明かす流れになるかと思いきや、皆の腹の虫が鳴り始めた為に先に夕食を済ませる事となった。
「どう? 海人君」
「ああ、美味しいよ。それにしてもこんなに豪華な食事を良いのか?」
皆の前に並べられたのは刺身に寿司にとかなりの値が張りそうな品々であった。
味は文句なしなのだが、やはり値が気になるようで海人は恐る恐る桃子に問い掛けるが、彼女は問題ないと言ってのけた。
「お金の事なら気にしなくて良いのよ。食材も今日は余っていたみたいだし、私のバイト代も溜まっていたし」
「桃子のバイト代を!? 奢りになるにしては高すぎるんじゃ……」
「いいのいいの。海人君なら毎日だって来てくれてもいいんだよ」
萎縮していた海人に対して積極的に迫る桃子。彼女は周りに人が居るのが見えていないかのように海人にアプローチをする。
猿渡達は海人に恨めしそうな目を向けるだけであって口出しはしない。彼らが横やりを入れられないのは桃子の機嫌を損ねたくないからだ。
アレイシヤは初めて食すのか、刺身の一切れ一切れに感動をしており海人の様子は視界に入っていない。
この中で桃子の攻めモードを止められるのは真帆しかいなかった。
「皆手を止めている場合じゃないでしょ。さっさと食べて話の続きをしましょう」
何の為にここに来たのかと問う真帆の目は冷ややかであって、有無を言わさぬ圧力がある。彼女の言う事は尤もであり、反論できないのか、皆は再び箸を手に取り食事を再開した。
食事を終えて皆が満腹になった所で海人はアレイシヤの事やこれまでにあった事を明かした。
異世界からの侵攻。亡命者であるアレイシヤ。魔法のような力を行使できる魔導装具。
簡単には受け入れられないであろうと思われる荒唐無稽な話であるが、ここに至るまでに襲撃者と刃を交えていた為、桃子達は理解が早かった。
「皆には悪いと思っている。危険な事に巻き込んでしまって……」
膝の上に置かれた手をグッと握りしめて頭を下げる海人。
謝った所でどうにかなる訳でもないが、彼は誠心誠意謝罪する。
許されなくても当然だと覚悟をしていたが、桃子達から返された言葉は全く見当違いのものであった。
「謝る理由が違うでしょ」
「え……? と言うと……」
「ちゃんと話してくれなかったのがいけないのよ」
桃子達は危険な目に遭わせてしまった事を咎める訳ではなく、事情を隠していた事について怒っているようだ。
包み隠さず話せば先程の襲撃も上手く対処できたと桃子は言い、猿渡達も彼女に同意して頷く。
「海人。まったくお前は……。相変わらず水臭いやつだな」
「面倒事を全て自分で解決しようとする。私達を気遣ってくれての事でしょうが、私達の気持ちはどうなりますか?」
「俺達も海人の事が心配だ。だからなんでも相談して欲しい」
「みんな……」
皆を巻き込んでしまった事を後悔する気持ちもあるが、皆の気持ちを受けとめた海人は胸を打たれたようである。
隠していた事について再度頭を下げた彼は、これからは皆を頼りにさせて貰うと言い、皆は了承の意味を込めて深く頷いた。
一夜明けた翌日。
退屈な授業も全て終わり、今日から本格的に部活動を始めようと、海人は部室を目指す。
掃除当番であった彼は皆より少し遅れて部室前に辿り着いたのだが、そこで妙な光景を目の当たりにした。
「ん? 何やっているんだ?」
「あ、海人君。遅いよ~」
まるで現場監督のように腕を組んで指示を出していたのは桃子で、彼女の監督下に居るのは猿渡達三人組である。
犬飼に肩車をされた猿渡は部室の扉の上にある室名札に手を伸ばしており、雉岡は猿渡から何かを受け取った後に別の何かを手渡していた。
「これで良いわね」
「こ、これは……」
桃子が猿渡達にさせていた事。それは室名札の取り換えであった。
これまではごくごく普通の文字で特撮研究部と記されていたのが、今ではヒーロー研究部と名前を変えられており、それどころかゴテゴテに、ラインストーンなどでデコレーションされていた。
「名前……!? 何で変わっているんだ?! と言うかあのキラキラしたのは一体何だ……っ!?」
何が何だか分からずにいる海人に状況を説明したのは桃子で、彼女は誇らしげに語った。
彼女の話では前の部活名が気に食わなかったらしく、新しく名前を変えてしまったと、そのついでに副部長も決めて書類を提出してきたそうだ。
ちなみに副部長の座についたのは誰かというのは語るまでもないが、提出してきた桃子である。
「これからよろしくね、海人君」
「いや、こういうのは部長を通してからで……と言うか、皆で決めるんじゃ――――」
有無を言わさぬ桃子の笑顔を前に海人は自分の意見をグッと飲み込む。
隠し事をしていて咎められた身としては強く出られないようで、尚且つあの時の桃子の様子を思い出した海人は従わざるを得ないようだ。
「全く。先が思いやられるわね」
桃子と海人のやり取りを見ていた真帆はやれやれと肩を落として深い溜息を吐いており、隣に居るアレイシヤに同意を求めたが、彼女は困ったように笑うだけであった。




