6.手にした力
桃子にとって下校時に不良に絡まれる事はこれまでに無かった訳ではない。
実際、高校一年生の時、放課後に繁華街でナンパをされ、断り相手を逆上させて暴力沙汰まで発展した事がある。その際に助けに入ったのが海人であったのだが、その話はさておき、桃子にとって男達に絡まれる事は珍しくもなかった。
ナイフを持った通り魔などはテレビのニュースで見かけるだけであったが、これまで手酷く男を振った経験のある桃子ならば、いつかはそんな変質者が目の前に現れてもおかしくはないと自惚れてもいた。
それだけ己の身に及ぶ危険について意識はしていたが、まさかこうなるとは思いもよらなかったようだ。
「い、犬飼君……っ。嘘でしょ……!?」
襲い掛かってきた三人組に対して暴言を吐いていた桃子だが、彼女を庇った犬飼の肩に赤く滲んだ血を目の当たりにし、これまでとは違う取り乱し方をした。
こんな事は冗談であって欲しいと、目を見開いて現実を否定する言葉を呟き、そして犬飼の身体を揺すっている。
「――――これでようやく理解できたか? 自分が置かれている立場ってモンがさ」
「お前……っ!!」
冷ややかに笑うカットラス使いの男。彼に対して怒りを抱いた海人は自身を足止めさせていた敵二人を強引に突破して殴り掛かる。
それこそが敵の狙いであったかのように、カットラス使いの男は余裕の立ち回りで海人の拳と刃を交えた。
激しくぶつかり合う二人を他所に、銃使いの女もナイフ使いの男も黙って見ている訳ではない。彼女らも狙いを定めた獲物に対して武器を突きつける。
「アーシャちゃん! 大丈夫!?」
「はい……っ! 私は何とか――――」
真帆とアレイシヤも桃子達を守ろうとするが、負傷した犬飼が気に掛かるようで集中力が欠けており、そんな彼女達の考えを知ってか、敵は容赦なく追い詰めるよう攻撃を加えた。
三対三であって、人数的には劣ってはいないが、経験と実力の差は明らかで、守りの壁も突破されるのは目に見えていた。
「わ……、私にも……っ!」
もう後が無い所まで後退したアレイシヤの耳に届いたのは力を望む声であった。
自分のせいで傷つけさせてしまったと後悔し、ただ現実を否定して涙を流していた桃子だが、彼女はそこで大人しくしているばかりではなかった。
こうなった責任を負うなどというたいそうな理由ではなく、ただ今自分に出来る事を、そう考えて立ち上がり力を欲して声を上げる。
「お、俺にも何かできないか……!?」
「微力ではありますが、私も加勢します……!」
桃子が声を上げたのに呼応し、猿渡と雉岡も力を望む。
皆にはアレイシヤの素性も事情も明かさず、シュトラルヴェルトからの侵略も伏せたままでいようと決めていた。
これ以上巻き込んではいけないという思いからであったが、現実は非情であって敵の手は既に及んでしまった。
追い詰められてしまった状況では致し方ないと、今のアレイシヤには選択肢が残されておらず、彼女は賭けに出るしかないのであった。
「皆さん……っ。これを……!!」
覚悟を決めたアレイシヤは自分の鞄のファスナーを開けて桃子達の元へと放り投げる。すると彼女達の足元には教科書や筆記用具に交じって銀色の指輪や腕輪の数々が散らばった。
銃使いの女の攻撃を防ぎながらではそれぞれに渡している暇は無い。
もしかすると契約を交わせず武器として扱えないかも知れないが、力を欲した理由からすると魔導装具なら応えてくれると信じられた。
「綺麗な指輪……。だけど、この温かな光――――」
まるで引き寄せられたかのように手を伸ばした桃子達。
桃子は乳白色の宝石が填め込まれた指輪を、猿渡は翠色の宝石が填め込まれた腕輪を、雉岡は紫色の宝石が填め込まれた指輪を拾い上げる。
「雑魚共が束になったってアタシらには敵わないよ!」
高をくくっていた銃使いの女だが、彼女はすぐさま考えを改める事となる。
余裕を見せていた彼女の頬には赤い切り傷が。それは猿渡の構えたクロスボウから放たれた矢によるものであった。
「仲間の借りは返させて貰うぜ!」
「テメェ!! このクソガキが! 姐さんの顔に傷を付けるとは良い度胸だ!!」
傷つけられた女よりも激高したのはナイフ使いの男で、彼は仕返しとばかりに一番近くに居た真帆の元へ一気に距離を詰めて斬りかかる。
間合いを詰められるのは一瞬で、思わず真帆も恐怖のあまり目を閉じるが、男の手にしたナイフは届く前に止まってしまった。
「な、なんだこりゃ……!? お、おい、前が見えねぇぞ!?」
男の視界を覆うのは真っ黒い霧で、どれだけ振り払おうとも纏わりつき、逃れる事は出来ないようであった。
敵を盲目にさせる術を放ったのは小さな魔杖を手にした雉岡で、彼は真帆に今こそが絶好のチャンスであると呼びかける。
驚き固まっていた真帆は雉岡の声で我を取り戻し、平静さを失った敵へと魔杖を向けた。
敵からの攻撃が無い今は集中することが出来、一撃に力を籠められる。それにより先程まで放っていた炎の矢とは比べ物にならない威力の攻撃が敵を一直線に貫いた。
「や、やったの……?」
敵の纏う鎧や衣服にも水の属性の加護があるのか、敵が寸前にナイフで庇ったからか、丸焼けにはならずに済んだようだが、真帆が放った炎の矢は敵を塀へと叩きつけた。
真帆がナイフ使いの男を倒すのとほぼ同時に、猿渡とアレイシヤも銃使いの女を封じ込め、そして気絶させる。
猿渡と雉岡の加勢であっという間に形勢は逆転へ。
海人が思い通りに動けない枷は無くなりつつあったが、最後の一つが外されようとしていた。
「桃子……? 貴女……その力は――――」
振り返った真帆が見たのは小さな魔杖を手にした桃子で、彼女の周りには温かく柔らかい光が溢れていた。
桃子が得た力は戦う為のものでなく癒す力で、彼女が振るう魔杖から放たれた光る球体は負傷した犬飼の元へ。彼の傷口に触れたかと思うと、みるみる内に塞がり、流れ出ていた血も止まった。
「大丈夫? 犬飼君」
「あ……、ああ。傷がなくなっているな……」
「もう……。二度とこんな無茶はしないでよ」
敵二人を倒し、負傷していた犬飼の手当ても済んだ。
真帆達の身に危険が及ぶことはもうないと、アレイシヤは海人に向かって叫ぶ。
「後ろは私達に任せて下さい! カイトさんは前だけを見て……!!」
「おう! 頼んだぜ!!」
これまでカットラス使いの水の刃を取りこぼさぬよう防いできた海人。
今はアレイシヤ達が何とかしてくれると、そう分かったからか、彼の動きが変わる。
守る為ではなく攻めの一手へ。最短距離を突き進み、敵の懐へと潜り込む。
当然として敵も簡単にはやられはしないとカットラスを振るうが、その刃先は海人の手に受けとめられてしまった。
「やれやれ、美しさの欠片もない姿だな――――」
海人は泥にまみれるように攻撃を浴び、それを厭わず殴りにかかる。
その拳は決してスマートでないが、確実に相手を倒して勝利をもたらした。
軽く吹き飛んだ男の身体は地面へと叩きつけられ、勢い余って転がる。
友人を傷付けられた身としては何発か殴りたい所であるだろうが、海人は敵が起き上がらない所だけを確認して皆の元へと戻った。
「皆、大丈夫か……!?」
「海人く~ん!! 怖かったよ~!!」
「あ!!? 桃子! どさくさに紛れて何をやっているのよ!?」
真っ先に海人の傍へ駆け寄ってきたのは桃子で、彼女は思い切り抱き着く。
あれだけの暴言を吐いておきながら今更怖がっているなど嘘であると真帆は指摘するが、どうやらそうでもないらしい。
海人が支えた桃子の足元は震えており、自分で立つのが難しい程であるようだ。
「何にせよ、皆が無事で良かった」
そう一息つき、海人は身に纏っていた鎧を消し去り、生身で桃子を支えてあげようとした。
「カイトさん……っ!! 後ろ――――」
全ての敵を倒したと皆は油断しきっていた。もう戦う必要はないと海人も鎧を脱ぎ去り、背を向けている。
異変にいち早く気が付いたのはアレイシヤで、彼女が叫んだ時には遅かった。
無防備な背中へと迫る水の刃。鎧を纏っていな状態の海人ならば無傷では済まされない。
誰もが間に合わないと思ったが、狙われた海人を守るように一人の人物が降り立った。
「泥臭い戦い方をしているのはどちらの方かしら」
長い魔杖を振るい攻撃を打ち消した女性。彼女は以前にも海人達の前に現れた黒衣を纏い白い仮面を着けた者であった。
彼女……、レヂディーノと思われる女性は海人達の前に現れ、海人の危機的状況を救った。
共に現れた者、グラヴィストと思われる黒衣の者はこちらに目もくれずカットラス使いの男の元へ。体勢を立て直しかけた所を叩き潰す様に容赦なく攻撃を加え、今度こそ完全に倒した。
「……あ、あの。助けて頂いてありがとうございます」
素直に感謝の言葉を述べて頭を下げた海人だが、レヂディーノからの返答はない。
彼女は仮面を着けているせいで表情は窺えないが、何処か悲しげな、落胆したかのような空気だけは読み取れた。
「自分の手に負えないのを周りにも押し付けるとは……。やはりお前にはその鎧を纏う資格が無いな」
レヂディーノに代わり、海人を非難したのはグラヴィストで、彼は沸々と湧く怒りを露わにしていた。
彼の言う通り、海人は敵の襲撃で危機に陥り、桃子達が力を得て加勢してくれなければ今頃はどうなっていたか分からない。
己の力不足を自覚している海人はグラヴィストに対して言い返すことが出来ず、ただ悔しさからか拳を握り締めるだけである。
黙っている海人にさらに追い打ちをかけるよう口を開こうとするグラヴィストだが、彼を止める者が。それはレヂディーノではなく、桃子達であった。
「いきなり現れて何なのよ! なんか勘違いしているようだけど、私達は望んで力を得たのよ。訳の分かんない人達にどうこう言われる筋合いじゃないわ!」
桃子の主張に猿渡と雉岡も同意している。
当人達にキッパリと言い切られてしまえばそれ以上口が出せないのか、グラヴィストは舌打ちをして口をつぐんだ。
押し黙る彼に代わり礼を欠いたと詫びるのはレヂディーノであったが、今回は彼女にとっても良くない結果であったようだ。
「……今回は皆が無事で済んだようだけれど、次はどうなるかわからないわ。その事をゆめゆめ忘れなきように」
強い口調ではなかったが突き刺さるような忠告を残したレヂディーノ。
彼女が長い魔杖を振るうと彼女自身とグラヴィスト、そして敵であった三名の姿が海人達の前から消え去った。
「き、消えた!? お、おい、海人。アイツらって――――」
虹色の光に包まれて消え去ったのを目の当たりにし、これまで不可解な事が立て続けに起きていたにもかかわらず驚いたようで、猿渡達は目を見開いて口を半開きにしていた。
レヂディーノ達の事もそうだが、敵の事も、アレイシヤの事も、皆は問いたい事が山ほどあるだろう。
気持ちは逸るようだがこの場で全ては答えられないと、海人達は当初の目的通りに真帆の実家へ向かう事となった。
とっぷりと日の暮れた空。薄っすらと見えていた月の姿もくっきりとなり始める頃。
学生達が帰宅した後の校舎屋上に黒衣の者達は気絶した三人組と共に降り立った。
「お、お疲れ様です……」
おたおたとしながら近づいて来たのは一人の女生徒で、彼女は黒衣の者達へとねぎらいの言葉を掛ける。
黒髪は肩口に切り揃えられ、制服を校則通りに身に纏う女生徒は容姿が平均的で、特に目立った特徴のない地味な少女であった。
黒衣の者達とは違い、何処か自分に自信が無さげでいる少女だが、彼女は怯えつつも倒れた三人組に近付き、彼らが身に着けている装飾品を外している。
「こ、これで全てだと思います……」
「わかったわ。ご苦労様」
地味な少女が目当ての装飾品を全て外し終えると黒衣を纏った女性は深く頷き前に進み出る。
倒れたままの三人組の前に立つ女性の手にあるのは長い魔杖で、彼女はそれを掲げて振るう。すると虹色の光が空から降り注ぎ、三人組の姿を消し去った。
「レヂディーノ……っ!!」
術を行使した女性はふらりと倒れかかり、駆けつけた黒衣の男に支えられる。
自分の足で立つ事がままならない程に疲弊しているようだが、レヂディーノは大丈夫であると、心配は要らないと言って離れようとした。
「――――グラヴィスト。貴方は竜堂君の事を咎めているようだけど、今の所は彼が……、彼らが居てくれて良かったと思うの」
「な、何を言っているのですか!? 奴のせいで貴女がどれ程気を揉んでいたか……っ」
「彼らが居なければ私は今以上に消耗していたかもしれないわ」
「そんな事は断じてあり得ません。あの程度の奴らなら自分一人で充分です」
あの者達になど頼るべきではないと、自分一人でどうにかなると主張するグラヴィスト。
彼はそれだけの実力を備えており、彼の言葉は過信などでは無いとレヂディーノも存じている。けれども今、力を使い果たしてしまった状態では不安にもなるのだろう。
弱音を吐ける立場ではないレヂディーノはグラヴィストに悟られぬよう、抱いた不安を封じ込め、彼の申し出には感謝を述べ、そして現実を口にする。
「彼らは力を手にしてしまった。それはもう変えられはしない事なのだから、今更どうこう言っても仕方がないわ」
「そう……、ですが……」
「彼らの事も心配だけれど、私は貴方の事も心配しているのよ」
「じ、自分の事は気になさる必要などありません。この身は貴女に捧げた剣なのですから、如何様にも使って頂ければ良いのです」
グラヴィストは自己の犠牲を省みない。
頼もしくもあるのだが、レヂディーノは使い捨ての駒のように扱えるくらい非情ではない為、彼の想いをそのままには汲めなかった。
「……そういう所は彼と、竜堂君と似ているのにね」
「は……? 奴と自分とが同じですと? 流石にそれは冗談でも止めて頂きたいです」
心底嫌そうな顔が仮面の下に見えるようで、クスクスとレヂディーノは笑った。
誰かの為に己が傷つく事を厭わない。それがたった一人か多くの人かの違いで、海人とグラヴィストは似ているのかも知れない。だからこそ反目してしまうのも頷ける。
同類と見て欲しくないと言っていたグラヴィストもレヂディーノが笑う姿に絆されたのか、それ以上強く否定することは無かった。




