4.隠し切れない隠し事
舞い上がる埃にむせ返りつつ、突如出現したGと格闘しつつ、サボろうとしていた者達を叱りつけつつ汚部屋であった部室の掃除は進む。
海人達が部室に着いてから数時間後。床も棚も窓も綺麗に、ようやく普通に呼吸が出来る室内となった。
「やっと終わったわね~」
「――って、桃子。貴女はほとんど何もしていないじゃないの!」
「えぇ~? 私だって手伝ったわよ~!」
「一体どこをよ?!」
真帆に咎められた桃子は誇らしげに特撮モノのDVDが収められた棚を指で指す。
よくよく棚を見ると、DVDはタイトルの頭文字順に並んでいるようだが、シリーズやナンバリングはバラバラになっていた。
無駄な仕事に真帆は溜息を吐き、これ以上追及をするのも馬鹿らしく思えたようで、桃子へ小言を言うのは止めて掃除用具を片付け始めた。
「あれ? そう言えば海人君は?」
キョロキョロと辺りを見回して海人の姿を捜す桃子。
彼女の言う通り、海人はいつの間にか部室から姿を消していたが、それはサボっているからではない。
「海人ならアーシャちゃんと雑巾を洗いに行ったわよ」
「な……っ! いつの間に……っ」
こうしてはいられないと立ち上がった桃子は部室を後にし、海人が居ると思われる手洗い場に向かって行く。
彼女に続いて猿渡も部室を出て行ったが、掃除は既に終わっている為、真帆は二人を呼び止める事も無かった。
部室から少しばかり離れた手洗い場。
沢山の汚れを拭き取って汚れた雑巾を洗い、かっちりと絞った所で海人は一息を吐いた。
「まさか本当に掃除だけで一日が終わるとはな……」
窓からは夕日が差し込み、遠くでカラスの鳴き声も聞こえてくる。
身体を動かすことが得意な海人だが、掃除では普段使わないような筋肉を使うようで、更には気疲れもあって疲労困憊のようであった。
大きく伸びをして身体を解していた海人にアレイシヤは優しく労わりつつ声を掛ける。
「カイトさん、お疲れ様です」
「アーシャこそ、お疲れ。最初の部活がこんなので悪かったな」
「いえ……! お掃除も楽しかったですよ」
鍛冶師見習いであった彼女は仕事としてよく掃除をしていた為、特に苦ではないらしい。
それどころか今日に限っては真帆や海人達のやり取りが面白かったらしく、楽しみながら掃除が出来たそうだ。
色々と思い出して微笑んでいたアレイシヤだが、ふと思い出したかのように笑うのを止めて海人へと頭を下げた。
「謝らなければならないのは私の方です」
「ん? 何をだ?」
「あの……、急に転校してきた事、驚かれましたよね」
「それはもう。凄く驚いたさ」
「ですよね……」
驚かせてしまって、説明を出来なくて申し訳なかったと再度謝るアレイシヤ。
確かに驚いたと海人は認めたが、すぐさま頭を上げるように、謝る必要はないと言って謝罪を止めさせた。
「あれは爺ちゃんの悪い癖だからな。アーシャが気に病むことは無いぞ」
「で、でも……!」
「驚いたけど、どちらかというと俺は感謝しているんだ」
「え?! 私は喜んで頂けるような事は何もしていないと――――」
「いやホント、アーシャが入学してきてくれて、しかも俺の部に入部してくれて助かったよ。お蔭で部活が廃部にならずに済んだからな」
特撮研究部はアレイシヤのお蔭で廃部を免れたと、海人は礼をする。
入部したのは海人と同じであった方が良いからという理由であって、感謝されるまでもない事だと、寧ろ今後学校でも迷惑を掛けてしまうかもしれないとアレイシヤは気に掛けていたが、それも杞憂だと海人は言う。
「こうして一緒に居た方が安心だしな。それよりもアーシャ、こっちの勉強は大丈夫なのか?」
「あ、はい。向こうで習ったのと同じ内容も見受けられましたし、何とかついて行けそうです」
「そ、そうなのか? 向こうの世界は随分と進んでいるんだな」
どう見ても小学生にしか見えないアレイシヤが高校生レベルの授業について行けると言い、海人は驚きつつも感心している。その一方でアレイシヤは海人の反応に引っ掛かりを覚えたのか、おどおどしながらも確認を取ろうとする。
「あの、カイトさん? 前々から思っていましたが、私の事を何歳だと思って――――」
「ああ!! そう言えば……!」
アレイシヤの小さな声は突然何かを思い出した海人によって掻き消されてしまった。
「真帆にも言われたと思うが、皆の前では向こうでの話はしないように気を付けろよ」
「あ、はい……」
「それから、今後の部活動についてなんだが、パトロールをどうするか考えないとな……」
帰宅するまではうっかりと口を滑らせないようにと注意を促し、猿渡達に何か問われて困っていたら必ず助けると海人は約束をする。
そしてこれからの事も、突き詰めた話は今晩にするとしても、一応軽く話しておいた。
「よし、これで全部終わったな」
「はい。後は雑巾を干して、それから――――」
洗い終えた雑巾とバケツは海人が持ち、二人は部室へと向かった。
すぐ傍に、聞き耳を立てていた者達が居る事に全く気付かずに――――
部室へと戻ってきた海人とアレイシヤ。
綺麗になった室内で待っていたのは真帆と犬飼と雉岡で、犬飼と雉岡は掃除で疲れ果てたのか、椅子の背もたれに身体を預けて呆けていたり、机に突っ伏して休んでいた。
彼らへと労りの声を掛けつつ横を通り過ぎ、掃除用具をロッカーに仕舞い、雑巾を干していた海人とアレイシヤだが、真帆は二人の姿を見て不思議そうに首を傾げて問いかけた。
「あら? 海人とアーシャちゃんだけなの?」
「ん? そうだけど」
「そう……。桃子と猿渡君とはすれ違いになったのかしら」
海人達を追っかけて二人は出て行ったそうだが、戻ってくるまでに鉢合わせにはならなかった。
部室から洗い場まではそれほど複雑な道筋ではなく、すれ違う事も無いだろうと思われるのだが、海人とアレイシヤは二人を見かけてはいないと言う。
「どこかほっつき歩いているのか? 掃除はもう終わったから別に構いやしないが……」
時計の針はあと少しで下校時刻であると示しており、これから何かを始める時間の余裕も無く、掃除で消耗した為に体力も残っていない。
本日の部活動はこれで終わりにして下校しようと、部室の施錠を済ませて昇降口で落ち合う旨を連絡しようと携帯に手を伸ばすが、その瞬間にドアが音を立てて開かれた。
「みんな~。お待たせ」
「桃子、それに猿渡も。二人ともどこに行っていたんだ?」
「お疲れさまな皆にこれをと思って買いに行ってきたのよ」
そう言いつつ桃子が海人に手渡してきたのは炭酸飲料の缶ジュースで、彼女のもう片方の手にはミルクティーの缶が握られていた。
真帆達には猿渡からそれぞれの好みに合う飲み物が渡され、皆の手に行き届く。
「これを買いに行っていたのか。ありがとな、桃子」
「ううん、いいの。それよりもコレで良かった?」
「ああ。ちょうどスッキリとしたのが飲みたいと思っていたし、丁度良いよ。あ、コレっていくらだっけか」
「お金は気にしなくてもいいのよ」
全て桃子の奢りであるかと思われたが、どうやら金を出したのは猿渡らしい。
桃子の手前で言いだし辛いのかと思われたが、聞くところによると彼が奢ると言いだしたらしく、皆は猿渡に礼を言った。
「いや~、流石っスよね。桃子嬢は気が利いている!」
「そんなことは無いわよ。このくらい当然だわ」
猿渡に持ち上げられて気分を良くしている桃子。皆はそんな二人の姿を見て苦笑いを浮かべつつプルタブに指を引っ掛けて缶を開けた。
桃子と猿渡の差し入れで一息ついてから程なくして、校内にはチャイムが鳴り響き、下校時刻を告げる。
部室を施錠した海人は職員室へと鍵を届け、そののちに昇降口で待っていた皆と共に帰路に就いた。
「それじゃ、また明日な」
「おう。じゃあな」
夕日が沈みかけ、薄っすらとした月が空に浮かび、街灯が点き始める頃。
帰り道も襲撃が起きないか警戒していた海人だが、今の所は何事もなく、杞憂で済んでいた。
これまで共に下校していた海人達だが、ここから先は分かれ道となり、海人と真帆とアレイシヤは猿渡達と別の道を行く事となる。
海人は別れの挨拶を済ませて歩き出そうとするが、彼の制服の裾が掴まれてしまい、クイっと後ろに引かれてこの場に留まらざるを得なかった。
「桃子……? どうしたんだ?」
海人をこの場に留めさせたのは桃子であった。
誰かをからかう時も、怒っている時ですらニコニコと笑っている桃子だが、今の彼女は真面目な表情を、真剣な眼差しを海人へと向けていた。
「ねぇ、海人君。質問してもいいかな」
「ん? 別に構わないが、改まって一体何だ?」
「海人君は私に何か隠し事、していない?」
「……!」
全てを見透かしたような瞳で桃子は問いかけてきた。
彼女はまだ何について隠しているのかを深く追求した訳ではないが、海人はあからさまに動揺して言葉を詰まらせてしまう。
傍に居た真帆はやってしまったと思いつつも何とか顔に出さずにいて、桃子の動向を冷静に見守るが、アレイシヤも海人と同じくらい顔に焦りが滲んでいた。
「べ、別に隠し事なんてしていないぞ?」
声が上ずり、語尾に妙な力が入っていて、あからさまに怪しいのだが、海人は口を割ろうとしない。
本当は自発的に話して欲しかったのだろう。桃子は少しだけ悲しそうな、寂しそうな表情を見せてから疑問を抱いた理由を語り始めた。
「さっき、聞いちゃったんだ」
「な、何の事だ……?」
「手洗い場でアーシャちゃんと話していたでしょう。『向こうの世界』がどうのこうのって」
「……!!」
放課後であって、廊下を通る者はあまり居らず、周りに誰も居ないだろうと油断していて招いた結果、海人は窮地に立たされる。
直接的な言葉は避けていたが、それだけでも充分な程に海人とアレイシヤの会話は不審なものであって、桃子は当然として疑問に思ったようだ。
「二人が話していた事って私達には聞かせられない話なの?」
「それは……、えっと……」
当事者でもあるアレイシヤはオロオロとするばかりで頼りにはなりそうにない。
説明しても良いのかどうか悩んだ海人は真帆へと助けを求めて目配せをするが、彼女は肩を竦めさせて溜息を吐いていた。
真帆は投げ出したと言う訳ではなく、こうなってしまえば話をするなりなんなり海人の判断に任せるといった様子であった。
「――――事情を明かすだけなら構わない、と思う。だけど今日はもうこんな時間だし、明日じゃ駄目か」
海人の言う通り陽は沈みかけており、混み入った話をしている余裕はなさそうである。
辺りは徐々に暗くなっており、時刻を確認するまでもないのだが、桃子は携帯を制服のポケットから取り出した。
「だったら今日は私の家で御馳走するわ。晩御飯を食べながら話をしましょう」
そうあっさりと決めてしまった桃子は返事を待たずに携帯で自宅へと確認の連絡を入れてしまった。
海人達が止める間もなく話はどんどんと進んで行き、幸か不幸か、桃子の両親の了解も得られたようで、話は彼女の都合の良い方で纏まってしまう。
「それじゃ皆、私について来てね」
ここまで来れば逃れようにもないのだが、絶対に逃すまいと桃子は海人の腕に自分の腕を絡めて拘束して歩き出す。
猿渡達も海人の隠し事が気になるのか、はたまた桃子の勢いに乗せられてか、何一つ文句を付けずに彼女の後に続く。
いまいち流れに付いて行けずにいた真帆とアレイシヤだが、彼女らも当然として桃子達と共に彼女の自宅兼店舗へと向かった。
ぞろぞろと連れ立って歩く中、真帆はアレイシヤへとそっと耳打ちをした。
「本当に良いのかしら。桃子達に話しても……」
「それは……、聞かれてしまったようですし、ここまでされては致し方ないかと……」
「そうよね……。あの様子だと桃子はちゃんと話すまで海人を放しそうにないし……」
「い、一応眠りにつかせる魔導装具を持ってはいますが……」
「うーん……。それはそれで面倒になりそうだから却下で」
「わ、分かりました。申し訳ありません……、私が至らぬばかりに……」
「アーシャちゃんが謝る事じゃないわ。どうせ口を滑らせたのは海人でしょ」
もう諦めるしかないと、時折こちらへと助けを求める視線を送ってくる情けない海人の後ろ姿を見ていた真帆は腹を括った。
やはり彼女の助けは得られないと思い知った海人。彼は諦めがついたようで、何処から説明すればよいか、何処まで話すべきなのかを考え始めたが、考えが纏まる前に事態は一変した。
「――――……っ!!? 皆、下がってくれ!」
「な、何よ急に――――……って、これは――――」
少々乱暴にだが桃子の手を振り払い、海人は彼女の前に出て皆に呼びかけて注意を促す。
何事かと驚きつつ歩みを止めた皆だが、行く手を阻むよう立ちはだかった者達に対して目を見張った。
「こんなタイミングで現れるとはな……」
海人達の前に現れたのは鎧を纏い武器を手にする三人組で、彼らは明らかな殺意をこちらへと向けてきていた。




