3.部活動再開!
勉学から解放され、伸び伸びと過ごせる昼休憩。
賑やかな食堂や教室内と違い、生徒会室はシンと静まり返っており、そこだけ別の時間が流れているような印象を受ける。
一枚一枚、流し見する事無く書類に目を通した玲緒奈はふっと柔らかな笑みを讃えて頷いた。
「確かに。これで特撮研究部は存続となるわ」
「ありがとうございます」
提出した届け出に不備もなく、無事に受理されて部活は存続となった。
当事者である海人が喜ぶのは当然であるが、部員が集まらなければ廃部になると宣告していた玲緒奈も喜んでいるようだ。
「大変遅くなって済みませんでした」
「こうして部も存続となった訳だし、問題はないわ」
待たせた事を謝罪する海人だが、玲緒奈はその必要がないと首を横に振る。
彼女は全く意に介していないようであったが、室内に居るもう一人の人物、副会長である剣崎は不服そうであった。
眉間に皺を寄せている彼は鋭い目つきで海人へ忠告をする。
「間に合ったとはいえ、本当にギリギリだな。もう少し余裕をもって行動できないのか」
「す、すみません……。以後気を付けます……」
「剣崎。前日とはいえちゃんと部員も集めたのだから良いでしょう? 一人で募集をするのも大変だったでしょうから、そこまで責める事も無いわ」
「……言葉が過ぎました」
悪かったと頭を下げる剣崎であるが、それは玲緒奈に対してのポーズであって、謝罪の気持ちは感じられない。
寧ろ彼は忌々しげに、眉間の皺を更に深くさせていた。
「――――良かったのですか? あのような者に好き勝手をさせて」
海人が去った後の生徒会室。
剣崎は書類整理や雑務をこなしつつ玲緒奈へと問い掛ける。
「彼の行動は校則に則ってのことだから咎める必要もないわ。……それに、彼は部活動に専念していた方が良いのよ。学生として本来あるべき姿なのだし」
「そうは言いますが、奴の部活動は校外に出てボランティア活動と明記されていますが……、実際の所危険な事に首を突っ込むようでとても普通の学生の部活とは言えません」
困っているお年寄りを助けたり、泣いている子どもの機嫌を取って宥めたりもするが、喧嘩の仲裁や悪人を撃退するなど荒々しい事もやってのける。
海人の活動は地域に受け入れられているのだが、このままで良いのかと剣崎は苦言を呈していた。
「以前の特撮研究部の面々は竜堂君だけ校外で活動をしていて、他の部員は部室で特撮モノのビデオ鑑賞などをしていたそうね」
「……そのようですが」
「今回、新しく入った部員達はそうもいかないでしょうね」
「……成程。奴の行動も制限されるかもしれないという訳ですか」
「ええ」
入部届を出してきた者達が籍だけ置いているのではないと察していた玲緒奈。
これで少しは大人しくなるだろうと思いたい所であるが、もしかするとさらに厄介な事になりかねないとも懸念はあった。
「彼のことだから無関係な者達を危険な事に巻き込んだりしないと思いたいのだけれど」
「そうであって欲しいものです。そうでなければ我々が――――」
深く頷き合う生徒会の面々。
どんな状況になろうとも彼女達がやるべき事は決まっていて、今更戸惑いはしない。
何かしら起こるのは最初から覚悟しており、その際の対処方法も既に決まっていた。
「出来る事なら、これ以上関わらせたくはないのだけれど……」
そう玲緒奈は願うが、その願いが叶う事はなかった。
生徒会室から出た海人はホッと肩で息を吐く。
何回か訪れた場所であって、玲緒奈と会話する回数も以前よりは増えてはいるが、やはりいつまでたっても彼女の前では緊張するようで、生徒会室から出た瞬間に一気に気が緩んだようだ。
「大丈夫だった?」
「ああ、問題なしだ」
出迎えてくれたのは真帆で、彼女は深く頷いた海人の晴れやかな表情を見てホッと息を吐く。
入部希望者も規定人数より集まり届け出も用意したが、受理されるまで安心はできなかったようで、ここでようやく安堵できたようだ。
「で、これからなのだけれど……」
「そうだな……」
部の存続は叶ったが、気を緩めっぱなしではいられない。
何故ならば、海人達には課題が残されているからであった。
「これまでと同様に見回りをするなら、チーム分けをするって方法はどうだ?」
彼らが頭を悩ませている事。それは部活動の内容についてで、海人がこれまで部活と称して行っていたのが町内の見回りである。
数週間前までは海人一人でも問題なく行われていた見回りだが、今はそう簡単にいかない。
シュトラルヴェルトから侵略を目的とした襲撃者が現れるかもしれないとなると、真帆とアレイシヤはともかく、桃子や猿渡達を見回りに連れ回す訳にはいかない。
そこで二班に別れて行動をと海人は提案するも、真帆は腕を組み、難しそうな顔をした。
「猿渡君は桃子と同じなら問題ないけど、桃子と雉岡君は納得しないでしょうね」
そもそも部活に入った理由は目当ての人物がいるからで、その者と共に行動できないとなると不満が出るのは目に見えている。
誰が誰を目当てでといった説明を詳しくはしないものの、真帆の言葉に海人は納得いったようで別の方法を取ろうと考えを巡らせた。
「いざとなれば俺一人で。鎧を纏えば正体は分からない筈だから、真帆達が皆を安全な場所に避難させて――――」
「一人で相手に出来る場合ならそれでもいいけど、そうとは限らないじゃない」
「そう……だな」
数日前のショッピングモールでの出来事を思い起こした海人。
襲撃者であったヴァルトハインは魔導装具によって複数の無機物を操り攻撃を仕掛けてきた。
そのような攻撃手段に海人一人で対応できる筈はなく、もっと厄介な攻撃を仕掛けてくる敵が現れないとも限らない。
どうするべきか。考えは再び振り出しに。
良い案がないかと必死に考えるも、昼休憩の終わりを告げるチャイムが、無情な音が辺りに鳴り響いた。
「休憩も終わりか……」
「取り敢えず今日は部室で過ごして、今後の事は今日の晩にでも考えましょう」
「分かった。そうしよう」
一先ず問題は先送りに。どうにか今日を乗り切ってから考えようと話は纏まり、海人達は教室へと急ぐ。
その道すがらにもどうしたらいいのか考えていた海人だが、ふとある事に気が付き真帆に問い掛けた。
「そういやアーシャは!? 食堂に置いてきて大丈夫なのか?」
クラスメイトに質問攻めにされた際、この世界にとっては常識的でない事を口走ろうとしたアレイシヤ。
そんな彼女を放っておいても大丈夫なのかと今更ながら気づく海人だが、真帆は安心しても良いと言った。
昼休憩前の四限目は体育であって、真帆にはアレイシヤとこっそりと話す機会があり、転入してきた理由や学生生活での注意点など色々と話を済ませたそうだ。
「――――爺ちゃんの仕業か。まったく、何を考えているやら……」
入学手続きや制服の用意などは海人の祖父である重蔵が全て行ったそうなのだが、そうなる運びとなったのはアレイシヤが捜していた勇者の子孫の提案らしい。
連絡を受け取った重蔵は海人や真帆に隠れて準備を進めていたらしいが、それはただ単に驚かせたかっただけだそうで、それを知った海人はがっくりと項垂れた。
「ま、まぁ……。アーシャちゃんが家でどうしているのか気にするよりも傍に居た方が安心できるじゃない」
「それはそうだけどな……」
「お爺さんのは今に始まった事じゃないでしょ」
「そうなんだよなぁ……」
だからこそ困っているんだと言いたげに海人は深い溜息を吐いた。
ポカポカと温かい日差しが差し込み、昼食後の満腹感もあって、更には年老いた男性教諭のゆったりとした説明は睡魔を誘うようで、生徒は一人、また一人と眠りに落ちていく。
皆が子守歌のような教諭の声で寝入っている中、アレイシヤはというとキッチリとノートを取り、授業を受けていた。
ウトウトとして勉学に身が入らない時間が過ぎ、午後のHRもつつがなく済み、これから放課後という所で新入部員達が海人の元へと集まる。
「さて、どうするんだ? 早速パトロールでもするのか?」
そう訊ねてきたのは猿渡で、彼は割と部活動に前向きであって、やる気はあるらしい。その一方で桃子はというと、部活よりもまずは親睦を深めようと、何処かでお茶をしようと提案している。
彼女はパトロールなどの活動内容に興味がないようで、早速部活動から脱線し、自分のしたい事を提案する。
こうなってしまうと桃子が目当ての猿渡は、先程までのやる気を無かった事にして桃子に同意しだした。
何がしたいと、これはダメだと意見を出す桃子と猿渡。それに雉岡も乗っかり、場は賑やかであって、楽しげではあるが、このまま教室でグダグダと話を続ける訳にはいかず、見兼ねた真帆が口を挟んだ。
「ちょっと、貴方達。部活動は遊びとは違うのよ。そんな適当な事言っていないで――――」
「えぇ~、私は真帆ちゃんに提案した訳じゃないよ。部長である海人君に言っているの」
「……むっ! 海人。ここはハッキリと言っておいた方が良いわ」
「ハッキリとって……」
押しには弱い海人。
彼は桃子からキラキラとした期待の眼差しを向けられてしまい、彼女の希望を断りにくそうであったが、真帆からの突き刺すような鋭い視線には耐えられなかったようだ。
両手を合わせて申し訳ないと謝ると、お茶はまた今度にしようと桃子の提案を却下した。
「も~! また今度なの? この間もそう言っていたよね」
「この間のも今日のも、いずれ必ずするからさ。取り敢えず今日は部室へ行こうかと思っているんだ」
「分かったわ! 部室でお茶っていうのも悪くないわね」
「え、あ、そ、そうか……。まぁそういうのもアリか……」
部室にポットはあるのかと問い、お菓子は今度作って持ってくると言い、ティーセットを用意しなくてはいけないなどと考えている桃子。
やはり彼女は海人の属する特撮研究部について何も分かっていないようで、別の方向で盛り上がっている。
けれどもそれは、部室まで辿り着き、ドアを開いた瞬間に終わってしまった。
「な……っ」
「何よコレ……!?」
「う……」
女子達が絶句した特撮研究部の部室。
開けた瞬間に空気の違いが分かる程に埃が漂い、むせ返って呼吸がしにくくなり、カビ臭さも鼻につく。
空気だけでも最悪な環境なのだが、机の上にはいつ開封したか分からない飲みかけのペットボトルや食べかけのお菓子が。天井には蜘蛛の巣が張り、椅子には恐らく洗っていないと思われるジャージが掛けられている。
汚部屋という表現が相応しい部室を前にして女子達は入室を躊躇うが、男子達はあまり気にしていないようで、次々と足を踏み入れようとした。
「ちょ、ちょっと待った!」
「どうしたんだ、真帆」
「どうもこうも……。この部室、いつから使っていないのよ」
「いつから……? ええっと、先輩達が受験とかであまり来なくなってからだから、まぁ半年くらいかな」
部室を使っていたのは先輩達だけで、普段海人は部室を訪れることは無く、いつも校外でヒーロー活動をしていた。
その先輩達も受験勉強などで暫く訪れなくなり、そのまま卒業し、こうして部室は荒れ放題になった訳だ。
聞かずとも現状で分かるのだが、改めて海人から事情を聞かされた女子達は大きな溜息を吐き、ササッと埃を払うだけでこのまま部活動を始めようとした海人を叱りつけた。
「それじゃ、最初に副部長を決めて――――」
「まずは掃除でしょう!」
「そうだよ、海人君」
「そうですよ、カイトさん……っ!」
「お、おう……」
女子達に押し切られて本日の部活動は掃除に。皆が箒やちり取りなどを手に清掃をすることとなる。
校外での活動をどうするべきかと悩んでいた海人と真帆だが、丁度良く今日は掃除で部活動の時間を潰せそうであった。
一先ず掃除をしていれば今日は問題ないと軽く見ていたが、海人は汚部屋の恐ろしさを目の当たりにするのである。
「ちょっと犬飼君、ペットボトルはラベルを剥がしてキャップを開けて、中身を流しに捨てて洗ってから捨ててよ」
「雉岡君。掃除は上から。床を掃く前に天井の蜘蛛の巣を取らなきゃ。それから本棚の上に、机に――――」
「ちょっと桃子、猿渡君。サボっていないでこっちを手伝って!」
テキパキと自ら動いて皆に的確な指示を出すのは真帆で、彼女の手腕によって汚部屋は徐々に普通の部室へと変わっていく。
ここまで順調に進んでおり、このまま掃除が終わるかと思いきや、そう簡単にはいかないのであった。
「それじゃ、これも燃えるゴミで――――」
「……って、真帆! 何をしているんだよ」
「何をって、ゴミの分別を――――」
「これはダメだ!」
処分されそうになったのは手作り感溢れる怪獣の着ぐるみで、海人はゴミ袋に入れかけられたところを阻止する。
部室の片隅にあったそれは汗を含んだ後ロクに手入れがされていなかったのか、独特の臭いを放っていたのだが、海人にとっては思い出の品らしい。
「これは俺が一年の時に文化祭でやったヒーローショーの怪獣で――――……って、だから捨てるなよ……っ!」
遠い目をして思い出を語る海人を無視し、真帆は異臭を放つ着ぐるみを捨てようとするが、またまた止めに入られてしまう。
こうして捨てるか捨てないかの攻防や、隙あらばサボろうとする者達との攻防など、特撮研究部員達の戦いはこれからであった。




