2.地獄から天国へ
海人のクラスに転入してきた少女。
それは彼が良く知る人物というよりも、数刻前に自宅で見送りをしてくれた者であって、ここに居る筈の無い者、アレイシヤであった。
「ど、どうしてアーシャが……っ」
驚いて立ち上がってしまい、何故かと声を上げた海人だが、それによりクラス中の視線を集める事となり、教室内は一気にどよめき出す。
外国人の美少女と親しく愛称で呼ぶ仲であるとはどういう事なのか、口々に質問が飛び交うが、誰よりも必死だったのは雉岡であった。
「竜堂君。先程彼女は学校でもと仰いましたが、どういう事ですか……っ!?」
アレイシヤと一つ屋根の下で暮らしています……と簡単に言って良いのかと悩む海人。
真帆へと視線を送り、助けを求めようにも彼女も混乱しているようで頼りにはならない。
海人はどうにかあらぬ誤解を抱かれないよう状況を説明しようとするも、彼の発言は担任によって遮られた。
「アイントールさんは竜堂君の母方の親戚だそうで、今は一緒に暮らしているそうだ。……と言う訳で、何か困ったら竜堂君を頼りにしてくれ」
「は、はい。わかりました」
サラリと事情を述べる担任により海人とアレイシヤの関係が皆へと知れ渡った訳だが、同居しているという状況をすんなりと受け入れられはしないようだ。
誰もが詳しく知りたげな、興味津々といった目を向けてくるものの、今はHRであってこれ以上騒ぎ立てはしなかった。
とは言え海人が追及を免れていたのはHRが終わるまでであって、担任がドアを閉める音が合図となり、海人とアレイシヤの元へと皆が押し寄せた。
「どういう事だよ海人ォ!!? 俺はちっとも聞いてねェぞ……っ!!」
「お、落ち着けって、猿渡。これには深い事情ってものが――――」
「美少女と同居中という事はあれやこれやとラッキーな体験をされているのでは!? そこの所を詳しく聞かせて頂きましょうか」
「は……? お前は何を言っているんだ、雉岡」
海人は男子達からアレイシヤとの事を何故隠していたのかと責められ、一体どこまで進んだのかという下世話な探りを入れられる。
一方で女子達はアレイシヤの元へ。海人との関係を尋ねられもするが、背丈の小ささや出自が気になるようで、アレイシヤ自身の事を尋ねられていた。
いつも以上に騒がしい教室内であったが、HRと一限目の間は短く、直ぐに次の授業の担当教師が現れ、皆は渋々とだが席に着き騒ぎは一旦収まった。
「……一体何が何やら。こっちが聞きたいくらいだ」
皆が席に着いて前を向き、教師の言葉に耳を傾けている中、海人はチラリとアレイシヤの方へと目線を向けつつ内心愚痴をこぼす。
表情で察したのか、アレイシヤは申し訳なさそうに小さく頭を下げており、海人は彼女を責める気にはなれず、がっくりと肩を落とした。
チャイムが鳴り、一限目の終わりを告げた途端、海人は勢いよく立ち上がりアレイシヤの元へと駆けよろうとするも、人の壁によって阻まれてしまった。
「さぁ海人。洗いざらい吐いて貰おうじゃねぇか」
男子を代表して尋問を始めたのは猿渡で、海人は渋々席に着き、以前安居巡査に説明した時と同じように答えた。
付き合いの長い猿渡達は海人の母親が外国人である事を知っており、アレイシヤが従妹であるという説明はすんなりと受け入れられたようだ。
彼らが問題にしているのはその事実を、アレイシヤの事を今まで黙っていたということで、まるで裏切り者のように扱われている。
「あんなに可愛い従妹が居たなんて今まで聞いた事なかったぞ!」
「いや、俺自身も最近知ったと言うか、ウチに来るまで聞かされていなかったんだ」
自分もつい最近まで知らされていなかったのだという体で押し通す海人。
けれども男子生徒達からは恨みつらみの声が上がっており、それは簡単には収まりそうになかった。
何故ここまで海人が責められているのかというと、普段から海人は桃子や真帆からアプローチをされており、何気にモテいるからであって、更に可愛らしい従妹が加わるなど許されないようだ。
皆の非難を一身に受けとめ、どうにか怒りを宥めようとしていた海人だが、今度は雉岡が鬼気迫る表情で詰め寄る。
「それで、ア、アレイシヤさんとはどどどういう関係で……っ!!?」
「は……? だから従妹だってさっき言って――――」
「そうではなくて!! 恋愛感情があるのか否かという事ですよ!!」
「はぁ? 恋愛って――――」
チラリとアレイシヤの方へと視線を向ける海人。
女子達が囲っている中心でちょこんと席に座るアレイシヤは質問攻めに合っているようだが、傍に居る真帆のお蔭でボロを出さずにどうにかなっているようだ。
珍しい小動物のように構われていたが、アレイシヤ自身は決して嫌がってはおらず、寧ろ皆に声を掛けられて嬉しそうでもあった。
彼女は人形のように愛らしい容姿であって、それでいて性格も一人で抱え込む癖はあるが常に懸命でいて。可愛らしいと海人は思いもするも、愛とか恋とかとは違っていた。
「別に。アーシャはただの従妹だよ」
そうは言っても皆が簡単に信じてくれる筈はなく、ああだこうだと難癖を付けられて責められ続けた。
このまま耐え続けるしかないと、そう諦めて肩を落としていた海人だが、彼を救う一言が少し離れた場所から発せられ、男子達の詰問は止められた。
「ねぇ、アーシャちゃんは部活、どうするの?」
今の女子達の話題は部活動についてのようだ。
転校生は無所属であって、それならば部員確保の為にと躍起になる者もいて。なにが得意なのかという問いかけと、自分達の部活のアピールなどで盛り上がっている。
「と、特技ですか? えっと……、まだ見習いですが、鍛冶を――――」
「家事? だったら調理部か手芸部だけど。どっちが得意?」
「あ、いえ……っ! その家事ではなくて武器や防具を――――」
「あー! ええっと!! 文系だけでなく体育系もあるんだから、いろいろと見学してから決めた方が良いわよ!」
アレイシヤがうっかりとこちらの世界では常識的でない事を口にしかけたが、咄嗟に真帆が口を挟んで追及されはしなかった。
そしてそれは誤魔化しの為の提案であったが、真帆の言葉に皆は納得をし、放課後各部へと案内をする運びとなったのだが、そこでアレイシヤはおずおずとしながらも皆に問い掛ける。
「あ、あの……っ! 私、気になる部活動があるのですが」
「ん? 何々?」
「えっと、カイトさんの所属する部活が――――」
「えぇ……!!?」
アレイシヤの希望に周りに居た女子達は固まり、顔を引きつらせてしまった。
何か変な事を言ってしまったのだろうかと慌てるアレイシヤだが、女子達の内の一人は深刻そうな顔をしながら心配をしている。
「見知った人が居た方が安心するって気持ちはわからない訳でもないけど、奴のだけは止めておいた方が良いと思うよ」
「え……? ど、どうしてですか?」
「どうもこうも……。普通あんな部活に入りたいと思う人は居ないって」
ケラケラと笑う女子達。
口々にあり得ないと、海人が属する部活を馬鹿にしており、入部は止めておいた方が良いとアレイシヤにアドバイスをする。
酷い言われようだがこの件に関しては真帆も擁護し辛いようで、彼女は周りに合わせて苦笑いを浮かべるだけであった。
「どうしてそこまで言うのですか?」
「だって、あのコスプレをして町内を駆けまわるのはあり得ないでしょ?」
「でも、カイトさんは町の平和の為に頑張っているのですよね?」
「それは……、まぁそうだけれど……」
和気あいあいとしていた空気は一気に下降気味に。
皆は顔を合わせて困ったようにしていたが、彼女達に声を掛ける者が現れて事態は一変した。
「さっきの、聞こえてきたんだが。アーシャ。俺と同じ部活で本当に良いのか?」
女子達の壁を越えてやって来たのは海人で、彼は男子達の追及を逃れてアレイシヤの前へと辿り着き、確認を取った。
「はい。私にもお手伝いをさせて下さい」
「よし! 決まりだな」
大仰に、ガッツポーズをとって喜ぶ海人。
彼は先程の、机に突っ伏して絶望感を漂わせていた時や、男子達に責められて辟易としていた時の表情とはまるで違い、今では満面の笑みを浮かべている。
彼がこうなるのも当然と言えば当然で、彼を悩ませていた廃部危機にアレイシヤは救いの手を差し伸べてくれたわけで、海人にとって彼女は天使に見えていた。
周りは呆れ顔でいて、女子達はいまだに考え直した方が良いよと言うが、ここまで海人に喜ばれてしまえばアレイシヤは引き下がったりはしないだろう。
そもそも彼女には海人と同じ部活以外の選択肢はなかったようで、一切迷いはなく、一緒の部活動が出来ると嬉しそうにしている。
「これで俺含めて二人。部として認められるには後三人か……」
この勢いに乗って後三人くらいどうにかなるかと周りへ目配せをするが、皆は視線を合わせようとしない。
取り敢えず一人だけでも入ってくれて良かったと自分に言い聞かせていた海人だが、一人の少女が手を挙げて名乗りを上げた。
「はいは~い。じゃあ私も入部しよっかなぁ~」
「桃子?!」
次なる入部希望者は桃子であった。
彼女の申し出に驚いたのはクラスメイト達だけでなく部員を募集していた海人で、彼は本当に良いのかと確認を取った。
「いや、でも、桃子。お前って実家の手伝いがあるんじゃないのか?」
真帆の家は老舗の寿司屋で、定休日以外の放課後は手伝いをしている。
無理はする事ないと、手伝いの方が大事ではないのかと海人は問うが、桃子は大丈夫であると胸を張った。
彼女の話では最近住み込みで働く者が入ってきたらしく、人手が足りているそうで、彼女は手伝う必要が無くなったらしい。
「と、いう訳で。私もよろしくね」
「あ、ああ。そういう事ならよろしくな。それから、入ってくれてありがとう」
スススと傍に寄って海人の隣をキープする桃子。
残りは後二人だと喜んでいる海人の横で桃子も嬉しそうに、彼と同じ部活動が出来る事を喜びつつ、チラリと真帆の方へと目線を向けて勝ち誇った表情を見せた。
「……し、仕方がないわね。それなら私も――――」
桃子の挑発とも取れる態度にまんまと引っかかってしまった真帆は私もと言い掛けるが、彼女よりも大きな声を上げた者達によって掻き消されてしまった。
真帆よりも先に名乗りを上げ、皆の前に進み出て入部を希望したのは猿渡と雉岡である。
「それじゃ、俺も俺も。協力してやるよ」
「私も。入部しましょう」
「猿渡……。雉岡……。良いのか? お前達は別の部に入部しているのに」
猿渡と雉岡は漫画研究部に属しているのだが、退部して海人の部へと入部してくれると言った。
彼らが属する部に対して悪くないかと海人は心配するが、漫研は部員が充分に居て、一人や二人が抜けても大したことは無いらしく、特に未練もないそうだ。
「海人。俺達、友達だろ?」
「そうですよ。私達は友達ですからね」
「二人とも……っ。あ、ありがとう……!!」
涙ぐみながら感謝する海人は猿渡達と抱き合い、友の優しさを深く心に刻んでいた。
傍から見れば心温まる友情シーンなのだが、それに対して冷静な真帆は大きな溜息を吐き、猿渡達に問い掛ける。
「猿渡君。貴方、桃子が入部するから入る気になったんでしょ」
「は、はぁ?! 何を言って――――」
「で、雉岡君はアーシャちゃんが目当てなのね」
「ええそうですとも。それが何か?」
「雉岡っ! あっさり認めんなよ!」
真帆に内心をバラされ、友情は三文芝居であったと分かり、皆から白い眼を向けられる猿渡と雉岡。
雉岡は堂々と、アレイシヤと一緒の部活動がしたいと主張するが、猿渡は必死に隠そうと、あくまで海人の為だと言い張っている。
友の下心を目の当たりにして海人はショックを受けてしまったかと思われたが、まったく気にしていないようであった。
今の彼は五人揃った事に大喜びして、更には犬飼も入部を申し出たことで更に浮かれており、猿渡達の事は見えていないようで、彼らの本音も耳に入っていないようであった。
「これで俺を含めて六人。やったぜ! もう悩まなくて済むな」
「……」
地獄から天国へ。
沈んでいた時の姿が嘘のように、海人は晴れやかな表情でいるが、一方で真帆だけは複雑そうな表情でいる。
元々登校時に玲緒奈へと証言した時点で真帆は海人の力になろうと、入部する事を決めていたのだが、こうして部員が集まった事により言いそびれてしまった。
アレイシヤへ入部を考え直すように促していた女子達も、海人の事を僻んでいた男子達も、皆が部活存続に至った事には喜び、クラスはお祝いムードに包まれている。
結局、真帆は入部したいと言い出せず、チャイムが鳴って次の授業となり、話は終了となった。
「それじゃ、入部届を出してくる」
「おう。いってら~」
昼休み。学食で昼食を取り終えた海人は猿渡達に見送られて生徒会室へと向かう。
彼が手にしているのは五名分の入部届で、それは彼の足取りを軽くさせていた。
「ま、まって……!」
「ん?」
真っ直ぐに、生徒会室へと向かっていた海人は途中で呼び止められて立ち止まる。
彼が振り返った先に居たのは息せき切らす真帆であった。
ここまで急いで来たのか。真帆は乱れた呼吸を整えつつ言いそびれていた事をハッキリと口にした。
「わ、私も……!」
「私も?」
「私も入部するから!」
「え? いやでも、真帆は風紀委員だろ。そっちは良いのか?」
「委員は部活と兼任していたりもするでしょ? だから大丈夫よ」
「そうなのか……」
既に部活動として認められる人数は集まっており、今更増えた所で何も変わりはしないのだが、海人は真帆にも礼を言い、これからもよろしくと笑顔を見せた。
それは社交辞令なんかではなく、心の底から思っているのだと真帆には分かり、彼女も嬉しそうに微笑むが、少しして恥ずかしさを覚えたようで、色々と言い訳を付け始めた。
「だ、だって、海人とアーシャちゃんが一緒なら私だけ別行動を取るのもおかしいでしょ」
「ん? そうなのか?」
「そうよ! ほら、部活動として町内の見回りをするなら、私の力も貸せるかもだし」
「そっか! そういえばそうだな。全然頭に無かった……」
海人は人数を集める事ばかり考えていた為、活動内容については全く頭に無かったようだ。
それならば尚更真帆が入部してくれた方が良いと納得する海人だが、そこで一つの懸念が浮かび上がった。
「という事はつまり、部活動中に敵の襲撃があれば――――」
「あ……」
部活存続から一転。海人は新たな悩みを抱える事となるのであった。




