1.謎の転校生
敵の襲撃があったとしても海人達の日常が変わることは無く、休日が終われば普通の学生として学校へと通う。
本日も何時も通り真帆が用意した朝食を食べ、支度を済ませた海人は玄関へと向かい、アレイシヤは見送りをしていた。
「それじゃ、行ってくる。何かあったら――――」
「大丈夫です! 今度は一人で向かったりしません。必ず連絡を入れますから」
何か異変が起きたら必ず連絡を入れるようにと念を押す海人と、次こそは必ず知らせると約束するアレイシヤ。
そこまではいいとして、真帆は気になる事があるらしく、口を挟んだ。
「今更なんだけど、授業中に襲撃があったらどうするのよ」
「そういう時はほら、体調が悪いって手を挙げて……」
「それで学校を抜け出すって? そう簡単にいくのかしら」
「真帆も協力してくれるよな? だとしたら大丈夫、だろ?」
「それはまぁ……。……仕方がないわね」
いざとなれば協力すると、学業を疎かにする点は納得できていないようだが、戦える力を持つ者として見過ごせないと。何よりもアレイシヤの力になると約束したのだからと真帆は言い、改めてアレイシヤへと有事の際の連絡事項を事細かく説明していた。
「それじゃ、行ってくるわね」
「はい。お二人とも、くれぐれもお気をつけて」
「おう。アーシャもな」
「はい……!」
アレイシヤが海人達を見送るのも何度目かになるのだが、やはり一人だけ置いて行かれるように思えるらしく、戸が閉められた後は寂しそうな表情であった。
気持ちは沈み、俯きがちになるがそうもしてはいられないと、フルフルと首を振るって気持ちを切り替えたアレイシヤは居間へと戻る。
今は自分に出来る事を、竜堂家で家事を手伝おうとするも、卓に着いていた重蔵は必要ないと言った。
「で、でも……。確かに、マホさんみたいに美味しいお料理は作れませんが、お掃除なら……!」
「いやいや、そうじゃなくてな。お前さんにはこれをと思って言っておるんじゃ」
重蔵が示したのは居間のテーブルの上に置かれた物で、それは紙で出来た長方形の薄い箱であった。
彼に促されるまま中身を開けてみるとそこには見慣れたものが入っており、アレイシヤは大きく目を見開いて驚く。
何故自分へとそれが渡されたのか全く見当がつかないでいる彼女に対し、重蔵はニカっと笑って立ち上がる。
「さて。支度をして出かけるとするか」
「え、で、でも……っ!」
「早う着替えんと遅れるぞ」
「……わ、分かりました……っ」
大きな箱を抱えたアレイシヤは自室として宛がわれた客間へと戻り、急いで支度を済ませて重蔵と共に竜堂家を後にした。
澄み渡る空。季節は春であるが朝方はまだ肌寒く感じる空気。
気持ちの良い朝であるが、敵の襲撃はいつ何時起きるか分からない。
ショッピングモールの一件から数日経ち、至って平穏なようであるが油断はできないと、気を引き締めて警戒しつつ通学路を進む海人と真帆だが、何事もなく校門前へと辿り着いた。
「はぁ……。何だか朝から気疲れするわね……」
「真帆はいつも通りでもいいんだぞ。辺りに気を配るのは俺に任せてくれればいいから」
「……ありがとう。でも海人だって背中に目がある訳じゃないんだし、一人よりは二人の方が良いでしょ」
「それはまぁ……、そうだな」
「私が愚痴っちゃったのが悪かったわね。あーもう、ダメだな。直ぐに泣き言を言っちゃうのも直さないと……」
ネガティブな発言では場が暗くなってしまうと、そうならない為に弱音は吐かないようにと誓う真帆だが、海人はその必要はないと首を横に振った。
「この間に言っただろう。思ったことは何でも言ってくれって」
「そう……、だけど――――」
「辛い時は言ってくれればいいから。戦う力があるとはいえ、真帆も女の子なんだからさ」
「う、うん……。ありがとう……」
特別だと言われた訳ではないが、海人が女の子として見てくれていると分かり、真帆は嬉しさを隠すように顔を逸らしてにやけるのを我慢していた。
敵の襲撃もなく、二人並んで登校でき、朝から気分が良かった真帆だが、彼女のささやかな幸福はとある人物によって早速に打ち砕かれてしまう。
皆が登校する時間帯であって、昇降口までは生徒で溢れていたのが、一人の女生徒が現れた事によりモーゼの奇跡のように一筋の道が開かれた。
「……会長!?」
「おはよう。竜堂君」
ただ登校しているだけでも人目を惹きつける玲緒奈は海人の傍で歩みを止め、あろうことか名前まで呼んで挨拶をしてきた。
他の者から生徒会長へと挨拶をして返される事や彼女から挨拶をする事はあっても、彼女が名前を呼んで挨拶をするというのは珍しい事であって、周囲に居た生徒たちは何事かと驚いてざわつく。
「お、おはようございます」
神経は図太い海人であっても流石に驚いたらしく、慌てて挨拶をして深々と頭を下げてしまった。
玲緒奈の前で挙動不審な姿を晒したが、彼女は意に介すことは無く、寧ろ微笑ましく思っているようでクスッと笑みを溢す。
親しげな雰囲気を漂わせる二人にギャラリーの悲鳴やら怨嗟の声が上がるが、玲緒奈はそれらも全く気に留めていないようで涼しい顔をしている。
一方で海人は周りの目と声が気になる所だが、何よりも彼を居心地悪くさせているのは玲緒奈のすぐ傍に控えている剣崎の鋭い視線であった。
本日も殺意が込められているような鋭い視線に耐えていた海人だが、玲緒奈から切り出した話は彼をどん底に叩き落とす事となった。
「四月ももう終わりになりそうだけど、どうなのかしら?」
「え……? ど、どうって……」
「……まさか、忘れてはいないでしょうね?」
「ええっと、何のことかさっぱりなのですが」
「……」
肩を竦ませ、困った様子の玲緒奈。そんな彼女に代わって発言するのは剣崎で、彼は呆れからか、溜息を吐きつつ問い掛けた。
「部活動の件だ。あれから部員は集まったのか?」
「うっ……!!」
「やはり忘れていたのか」
「わ、忘れてなんかいませんよ? ここの所色々と立て込んでいて……」
咄嗟に出てきた言い訳。
実際にここ数日間、アレイシヤの事や敵の襲撃など、海人はいつも以上に忙しなかった。
とは言え忙しいから忘れていたというのは言い訳であって、けれども何故忙しかったのか説明する訳にもいかず、海人は余計に自身の首を絞める事となった。
この場をどう切り抜けようかと海人は懸命に考えていたが、彼が口を開く前に話に割って入る者が居た。
「まだ、今日明日とありますよね」
そう剣崎に問い掛けたのは真帆である。
これまで海人の部活動に関しては首を突っ込まないでいた彼女だが、この場は味方に付いてくれるようであった。
「明日までには人数分の入部届を用意しますから。……そうよね、海人」
「あ、ああ。明日には必ず」
「フン……。明日までに用意できるとは到底思えんがな」
「剣崎。彼がそう言うのだから信じてあげましょう」
「は、はい……。……会長の寛大な心遣いに感謝するんだな」
伝える事は伝え終えたと、話を終わらせた剣崎は玲緒奈と共に昇降口へと向かう。
二人の背中が見えなくなってようやく気が抜けたのか、海人はホッと息を吐き真帆へと礼を述べた。
「助かったよ。ありがとうな、真帆」
「……で、本当の所はどうなの?」
「……」
ズンと重い影を背負っている辺りで語らずとも分かるようで、真帆はそれ以上追及せず、優しい目を向けて軽く肩を叩いた。
現実を突き付けられた海人はがっくりと肩を落としたままでいて、そのまま教室に入り机に突っ伏したままでいた。
彼の様子をどうしたのかと気に掛けるクラスメイト達には真帆が説明をするが、理由を聞くと皆手を差し伸べようとはせず、軽く励ましの言葉を掛けるばかりである。
誰もが心中を察していながらも苦笑いを浮かべて軽く流す中、教室に駆け込んできた一人の男子生徒、猿渡は歓喜の声を上げていた。
「ニュースだ! ビッグニュースだ!! ――――って、どうしたんだ? 海人」
嬉々とした様子で駆け寄ってきた猿渡だが、項垂れたままの海人を見て首を傾げる。
呼びかけに応えられない状態の海人に代わって話を聞くのは真帆で、彼女は何が起きたのかを猿渡に問い掛けた。
「今はそっとしておいてあげて。……で、朝早くから喧しいのは何があったからなの?」
「お、おう。そうだった……! ニュースがあるんだよ、とっておきのな!」
「それはさっき聞いたわ。勿体ぶっていないで内容を教えないさいよ」
「まぁまぁ、そう急かすなっての」
皆に聞こえるよう教卓前にわざわざ移動し、ワザとらしい咳払いをした後にやける顔をどうにか真面目な表情に取り繕って猿渡が発表した事。それはこのクラスに今日から転校生が来るとの事であった。
転校生と聞いて騒めく教室内。
皆それぞれ女か男か、どんな子なのか予想を述べるが、代表して猿渡に事実確認を行ったのは雉岡で、彼は手を挙げて問い掛けた。
「それで、君がそこまで嬉しそうに語るという事は、転校生は女性なのですね」
「おうとも!」
猿渡が深く頷いた途端に海人を除いたクラス中の男子がガッツポーズを取って歓喜の声を上げる。そしてそれを見た女子達は癇に障ったらしく、しらけた目を男子達へと向けてきた。
盛り下がる女子達とは対照的に賑わう男子達だが、冷静な雉岡は続けて質問をする。
「それで、どんな子なのかは確認済みで?」
「当たり前だろう。それが何とだな――――」
転校生が美少女。なんてことは二次元やドラマなどの物語によくあるパターンであって、ましてやその少女が外国人など現実的ではない。
男子達は盛り上がる所か一気に懐疑的に、猿渡の情報を訝しんだ。
「いやいや、ホントだってば。見間違いでもなければ嘘でもねぇって!」
「……転校生というフィルターが掛かっていて何割か増した感じでは?」
「違ぇよ! この目で確かに見たんだっつーの。どっちかっていうと雉岡、お前好みの女の子だぜ」
「何ですと? この私好みというと二次元か、それに準じたJし――――」
雉岡は猿渡の言葉に乗っかり興奮しているようだが、真帆は二人の様子に呆れているようで、やれやれと溜息を吐いていた。
雉岡しか話に乗らないのはつまらないらしく、猿渡は犬飼にも話を振るが思ったような返事は貰えず、海人の元へと戻って来て愚痴をこぼす。
「なぁ海人。お前なら信じてくれるよな、俺の事」
「何を……?」
「何をって、俺の話を聞いていなかったのかよ」
「あら? 何の話なの~」
「だから何の話って、転校生がな――――って、うわっお?!」
猿渡の背後に立っていたのは桃子で、彼女はたった今教室に着いたようで、先程の話を聞いていなかったようだ。
別に隠し立てするような内容ではないのだが、猿渡は桃子に好意を抱いており、そのような相手の前で喜び勇んで話せないようであった。
猿渡は努めて平静に状況を述べるが、所々言葉を詰まらせており、そんな彼の様子で大体を察した真帆は笑顔で追及した。
「で、その転校生は可愛いの?」
「そ、それはまぁ……、可愛い方かと」
「私と比べると?」
「そりゃあ桃子さんの方が数倍可愛く美しく素晴らしいっス!」
「えぇ?! そんなぁ~。私なんか大したことは無いよ~」
自分自身の魅力を自覚しており、それに伴ったスタイルと美貌を持つ桃子。
彼女は誘導尋問のように猿渡から言葉を引き出しており、本人は満足しているようだが周りは呆れて引きつった笑みを浮かべている。
結局猿渡の情報の真偽はどうなのか。
それは皆が呆れムードに包まれ、猿渡が桃子を持ち上げて彼女が気分を良くし、海人が放心したままであった教室に担任が入ってきた事により明かされた。
まだ期待を抱いている者も多いのか、担任が席に着くようにと言われて皆はいつもより素早く行動する。
「あー、その顔はもう聞いている感じか。それじゃまぁ、早速紹介するか」
皆が固唾を飲んで見守る中、少女はドアを開いて教室に足を踏み入れる。
彼女の姿を目にした者達は皆驚き口を半開きに、猿渡はどうだと言わんばかりにふんぞり返っていた。
銀色の美しい髪は両サイドで三つ編みにして後ろで纏め、瞳はエメラルドグリーンの翠眼で、人形のような愛らしい容姿も目を見張るが、皆が何より驚いたのは彼女の背丈であった。
小学生の高学年くらいの背丈である少女は担任の紹介を受けて自身の名を名乗る。
「ね、ねぇ、海人! コレってどういう事なのよ!?」
「ん……?」
「前っ、前を見て……っ!!」
未だに心ここに在らずといった様子の海人は後ろの席である真帆にせっつかれて正面を向く。
彼は担任の隣に居た者にこの教室に居る誰よりも驚いて立ち上がり、勢い余って派手な音を立てて椅子を倒した。
「ア、アーシャ……!!?」
「はい。えっと、本日より学校でもよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたのは竜堂家に入る筈のアレイシヤであった。




