8.新たな契約
『すとろが』とは、日曜の朝に放送されている女児向けアニメで、正式タイトルは『すとろんぐ☆ガール』であって、10年以上も続いている人気シリーズである。
少女達が日常生活で友情を深めたり、変身して巨悪と戦うという流れは毎作変わらないが、一年ごとにキャラクターやメインモチーフが一新され、一年間でストーリーが完結する。
一応は女児向けであるのだが、長年続いているのとストーリーの奥深さ、キャラクターの魅力などで視聴者の年齢は多岐に渡り、異性にもファンが居るくらいである。
そしてどうやら海人の身近にも視聴者は居たようで、その者は俯いたまま押し黙っていた。
「もしかして、真帆は今も見ているのか?」
海人の間違いを指摘してしまった真帆。それにより視聴者であるとバレてしまったのだが、彼女はその事を恥ずかしく思っているのか、耳まで赤くしてキッと睨み付けつつ彼の問いに応える。
「な、何か文句があるの!?」
「いや、別に――――」
「良いわよね! 私が何を見ようが私の勝手だし……っ」
「そ、そうだな」
「そうよっ! ただ朝にやっているだけで朝食の時に流れているだけで他に良い番組も無いしたまたまテレビに映っていただけだから流し見しているだけであって別にそれほど好きって訳じゃないし――――」
真帆は吹っ切れているようであって事実を認めるも、知られてしまった恥ずかしさを誤魔化す為に早口で捲し立てる。
海人は別に囃し立てようとしておらず、特に思う所も無いのだが、真帆は彼を疑っているようで、馬鹿にされていると思い込んでいた。
言い訳の羅列は果てが無く、海人が幾ら声を掛けようが壊れたスピーカーのように止まらず、やれやれと肩を竦めさせた彼は一息つき、がしっと真帆の両肩を掴んで言い聞かせた。
「俺は馬鹿になんかしていないから」
「嘘……っ! 内心引いているんでしょ? こんな歳にもなってって――――」
「そんなことはないさ。そもそも俺だっていまだに戦隊モノと鉄面シリーズを見続けているし」
「それは……そう、だけど……」
「好きなものなんて人それぞれだし、反社会的な事以外の趣味にケチをつける方がどうかと思うぜ」
「……うん」
海人の言葉で少しは落ち着いたようで取り乱すことは無くなったが、まだ何かあるのか、真帆は俯いたままであった。
何かを言いたそうに口を開きかけるが言い難いようで、それでも伝えなければならないと思い立ち、少しの間の後に真帆は謝罪の言葉を述べる。
「――――ごめんなさい……」
「ん? 何で謝るんだよ。別に謝る事なんて――――」
「嘘……、吐いていたから……」
「嘘? 別にアニメを見ていたことは嘘って程でも、ましてや謝る事じゃないだろう?」
「違うの! そうじゃなくって――――」
「そうじゃない?」
「あ、いや、無関係って訳でもなくてね。その……、今朝もなんだけど――――」
毎日朝晩と竜堂家のご飯を用意していた真帆。
けれども彼女は日曜日の朝だけはゆっくりしたいという事で、今朝も朝食は用意しておらず、海人と重蔵が用意した。
実の所ゆっくりしたいというのはテレビを、アニメをリアルタイムにじっくり見たいからであって、それが真帆の吐いていた『嘘』なのである。
「……成程な」
「それから、今朝も電話に出た時に態度が悪かったでしょ」
「そういえば……、そうだっけか?」
「……。と、とにかく、ごめんなさい……っ!」
「いや、それを言うなら俺の方が謝らないといけないしな」
「え……?」
頭を下げて真帆は謝るが、海人は首を横に振ってその必要は無いと言う。
寧ろいつも美味しいご飯を用意してくれているのだから感謝していると、休みたい時は休んでいいと言い、気に病ませるようで悪かったと謝りもした。
「ううん。海人は悪くなんてないのよ……! いつも悪いのはちゃんと言えない私の方だし……。今朝だけでなく買い物中だって、ちゃんと話もせずに嫌な態度を取ったでしょ」
「それって俺が怒らせるような事をしたからだろ?」
「そ、それは……」
偶然出会ったという玲緒奈と一緒に居る姿を見てカチンときた訳で、それは嫉妬というものであって、そう説明すると真帆の気持ちまでも伝わってしまう。
何について怒っていたのかを説明し辛い真帆は、その辺りを有耶無耶に、強引に話を纏めて終わりにしようとした。
「と、とにかく! 今後は気を付けるから。そういう事でよろしく」
「ああ。遠慮せず思った事は言ってくれればいいから。と言うかハッキリ言ってくれた方が助かる」
「う、うん……!」
細かい事は気にせずおおらかであって、いくら理不尽に喚いたとしても海人は許してくれる。そうなると分かってはいたのだが、こうして笑顔を向けられて優しい言葉を掛けられてしまうとホッとし、真帆は嬉しさから笑みを溢した。
わだかまりも解けて、すっかり元通りに。いつも通りの二人となり、そんな姿にアレイシヤも嬉しいのか、柔く笑み、二人に並んで歩き出す。
町の案内は後日となってしまったが、帰る前に夕飯の買い物をする為に商店街に寄る事となる。
その道すがら、真帆は思い出したかのようにハッとしてアレイシヤに問い掛けた。
「あの、アーシャちゃん。さっきはコレを勝手に借りてごめんなさい」
そう言って真帆は指輪を外してアレイシヤに返そうとするも、彼女は首を横に振って受け取りを拒否した。
「その魔導装具も新たな契約を結んだようですし、マホさんが持っていた方が良いかと思います」
「そう……なの?」
「はい。それに、先程も申し上げた通り、マホさんは相性が属性的に良いようで、私が使用した時よりも真価を引き出せるようでしたし」
「相性……ね」
そこで真帆が思い起こしたのは火の海に囲まれた溶岩洞窟で出会った蜥蜴の事であった。
彼は力を貸してくれたものの、終始失礼な態度であって、真帆が気にしている部分も容赦なく指摘してきた。
そんな彼と相性が良いと言われても首を傾げる所であって、それどころか彼の口の悪さと言われた事を思い出して真帆はげんなりとしている。
傍から見て分かるように真帆は気を沈ませていたのだが、アレイシヤや海人は不思議そうにしており、何かあったのかと問い掛けた。
「――――どうかされたのですか?」
「あー、いや、ちょっと思い出しちゃってね――――」
魔導装具を手にした瞬間、己の身に起きた事を説明する真帆だが、アレイシヤはますます不思議そうに、小首を傾げていた。
「マホさんの魔杖型魔導装具には、火精霊サラマンダーの力が宿っているのですが……。という事は、マホさんはサラマンダーにお会いしたのですよね?」
「名前は聞かなかったけど、溶岩みたいな肌の蜥蜴よ」
「私が契約した時と同じ……ですね。私の時は特に会話が滞る事などありませんでしたが……」
「……そうでしょうね。あのクソトカゲ、アーシャちゃんの事はベタ褒めしていたもの」
「え? わ、私など褒められる所があるように思えませんが……?」
「それは……。うーん……。何というのか――――」
真帆はコソコソっとアレイシヤにだけ聞こえるように内容を教える。
サラマンダーの下種な発言をそのまま説明すると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめて戸惑っていた。
アレイシヤの契約時はどうであったのかと詳しく聞くと、サラマンダーは終始ご機嫌だったようで、アレイシヤの胸元に飛びかかり、彼女は抱き留めただけであったそうだ。
下心丸出しであったがアレイシヤは全く気が付いておらず、そんな彼女に対して堂々とセクハラを働いたサラマンダーに対して真帆は再び腹を立て、次に会った時は〆てやろうと心に決めるのであった。
「それにしても真帆もあの変な場所に飛ばされていたなんてな」
そう暢気に言ったのは海人で、彼もまた、真帆と同じような体験をしている。
と、言っても彼の場合は真帆よりも穏便に事が運んだようだが、気になる部分があったそうだ。
「俺の場合は海の底みたいなところで、でっかい竜が居たんだが……」
「カイトさんの魔導装具に宿る力は水神龍レヴィアタンによるものです」
「レヴィアタンっていうのか……。で、そのレヴィアタンなんだが、目が見えないらしくてな」
「それは……――――」
目が見えない為、匂いで海人の存在を確かめたレヴィアタン。
アレイシヤにも理由は分からないらしいが、レヴィアタンは遥か昔より存在する竜らしく、歳を重ねた故に視力が衰えたのではという推論を出した。
魔導装具にはそれぞれ精霊や神龍など人には扱えない力を持った者達が宿っている。
そして人にはそれぞれ属性があり、宿っている者達との相性が良ければ更なる力を得られるのだと、アレイシヤは説明した。
「つまり俺は水で、真帆は炎って訳か」
「何だか私と海人、イメージ的には逆みたいだね」
「そ、そうですか?」
「確かに、そうだな。俺もどっちかっていうと赤色の方が好きだし……」
「え……?」
「ほら、戦隊モノの主人公って赤色だろ? 青はキザなタイプとか、頭脳派ってイメージだし」
「確かにそうね。海人は熱血だから赤色の方が似合っているかも」
「……」
「そうだ、アーシャ。俺の鎧の色とか変えられないのか? アーシャも鍛冶師なら――――」
「か、鍛冶師見習いです……っ! それに、そんな滅相もない事、私には出来ません!」
アレイシヤに断られてガッカリとしていた海人だが、彼女から海人が持つ魔導装具がどれ程凄い代物なのかを力説され、その勢いにたじろいでいた。
説明しだすと止まらないのか、一向に終わる気配を見せないアレイシヤを止める為に口を挟んだのは海人で、彼は先程遭遇した者の事を尋ねた。
「ええっと、俺の持つモノについてはよーく分かったから。それよりもほら、さっき襲い掛かってきたアイツ。ええっと、ヴァル何だっけか?」
「……海人。ヴァルトハインよ」
「そう、ヴァルトハイン。そいつの持つ魔導装具はどんな力を持っているんだ? そもそも奴は一体何のつもりであんな事を――――」
ナイフ型の魔導装具を巧みに扱っていたヴァルトハイン。
彼についてはアレイシヤも思う所があるのか、ヒートアップしていたのが治まり、複雑そうな表情で語り出した。
「彼は、非常に危険な人物です」
影を操り無機物を自由自在に使役する術をもつ魔導装具。
ナイフ型のそれに宿るのは闇に潜み、死を招く神、チェルノボーグ。
死神の力を行使する男、ヴァルトハインはねぐらとしている廃屋で深い溜息を吐きつつ腰を下ろす。
場所は市街地の外れ。小さな山の麓にある古びた洋館で、館の壁面には蔦が這い、屋根瓦は何枚か剥がれ落ちており、床板も朽ちて所々穴が開いていた。
幽霊でも出そうな、実際そういった噂もあり、人が寄り付かない館にヴァルトハインはここ数日間潜伏しているのである。
シートの綻びが目立つ古いソファーに身を預けているヴァルトハインは、屋根の隙間から差し込む月の明かりが眩しいようで目を細める。
闇の属性と相性が良い彼は癒しの力を行使できる光属性とは対極であり、負った傷や消耗した体力に回復魔法を使う事は出来ず、薬に頼り身体を休めるしかなかった。
「やれやれ……。まさか邪魔が入るとはな……」
命に背き、味方を欺いてまでも単独行動を選んだヴァルトハイン。
彼の目的はグンターを倒したとされる蒼い鎧の魔導装具の使い手で、目論見通りにいぶり出す事に成功した。
待ち望んでいた標的と相対する前にも邪魔は入ったが、それ程厄介な相手ではなく、その者達をあしらっている途中で標的である者が割って入り、一対一に持ち込めもした。
問題はそのすぐ後。標的の力量を測っていた際に横槍を入れて来る者が現れたのだ。
「……あの蒼い奴よりも後に出てきた黒い奴。奴も裏切り者の一味……なのか」
濃い霧により視界が遮られ、標的を見失ったヴァルトハインの前に現れたのは黒衣を纏い仮面を着けた男であった。
本気を出さずとも相手に出来た標的とは違い、後から現れた黒衣の者は手練れであって、その者は腕輪型の魔導装具を装着していたにもかかわらず、武器として手に取ることは無かった。
素手のまま繰り出される拳撃は鋭く、的確に急所を狙うものであり、武器を手にしているヴァルトハインが押され気味になる程である。
「――――俺様相手に手を抜くとは良い度胸だぜ」
吐いた台詞は怒りを覚えているようだが、口端は上がっている辺り、どうやらこの状況を悪くはないと思っているようだ。
今回は不意を突かれてやむなく身を引いたが、次は同じようにはいかないと、ヴァルトハインは新たな標的を定めるのであった。




