7.魔法少女の秘め事
自分にも何かが出来ると信じて真帆は手を伸ばし、落ちていた銀の指輪の魔導装具を拾い上げ、指にはめて天に手を翳した。
気が付けば景色は一転し、マグマが湧き立つ火山の洞窟へ。
そこで真帆は人の言葉を喋る蜥蜴と出会い、因縁を付けられていた。
「ピャーピャー五月蠅いんじゃ、ガキが!」
「ななな……、何でトカゲが喋って――――」
「んな事ぁはどうでもいい。それよりも言わなアカン事があるやろうが!!」
「な、何を――――」
「あァン?! おどれはワイに何をしくさったのかもう忘れたんかァ!!!」
ペシペシと前足で地面を叩き、口から炎を吹いて怒る蜥蜴。
そこで真帆は先程誤って踏んづけてしまった事を思い出すが、どうにも素直に謝る気にはなれなかった。
痛そうに、苦しんでいれば申し訳なく思い謝るだろうが、今目の前に居る蜥蜴はピンピンとしており、その上暴言まで吐いてくる。
更に付け加えると真帆は爬虫類を苦手としており、そのような相手に謝罪するのは釈然としなかった。
「燃やしたろか? この小娘がァ!!」
「……うっ!! あー、はいはい、すみませんでしたー」
「ちぃとも心がこもっとらんわ! もう一回やり直さんかい!!」
怒鳴り散らす蜥蜴の勢いに気圧されて渋々頭を下げる真帆。
なぜこんな得体の知れない爬虫類に謝らなくてはならないのかと虚しくなる所だが、ここに至った理由、これまでの事を思い起こした真帆はバッと頭を上げて蜥蜴へと問い掛ける。
「ねぇ、ここは何処なの!? 私は今すぐ元居た場所に戻らなくちゃいけないんだけど……っ」
「あァン? ここが何処かホンマに分からんのんか?」
「もったいぶってないで早く教えないさいよ! じゃなきゃ――――」
敵から向けられた刃。絶体絶命の場に戻って何が出来るのかは分からない。
それでもただ見ているだけでは、傍観者のままではいられないと思って力に手を伸ばしたのだと、真帆は思い起こして再度戦う力を望んだ。
「ほ~、成程な」
「……? 説明しなくても私の事が分かるの?」
「あったり前やろうが。その程度の事、ワイにかかれば朝飯前よ」
「……」
「なんだァ? その疑う様な目は」
「……すみません。で、結局ここは何処なのよ」
「ここか? ここは精霊界の火山洞窟や」
「精霊界……?」
そもそも喋る蜥蜴が居る時点でおかしいのだが、『精霊界』などというファンタジー的な説明をされて真帆は一瞬固まる。
けれども彼女は頭の回転は速い方であって、すぐさまここに至るまでの出来事、魔導装具に触れた事と異世界との事を結び付け、どうにか納得した。
「……そう。それで、ここに来た理由は?」
「そりゃあ、お前さんが力を望んだからやろ」
「やっぱり……! じゃ、じゃあ、貴方が力を貸してくれるのね……!」
生理的に受け付けない見た目であって、憎らしい相手ではあるが、力を与えてくれると言うならば話は違う。
逸る気持ちを抑えつつ、期待の眼差しを向ける真帆だが、目の前の蜥蜴からの返答は色好いものではなかった。
「はぁ~~~~? 何でワイがお前さんのような小娘に力を貸さなアカンのや」
「は……?」
「まぁた忘れたんか、さっきの事と態度をよぉ」
「そ、それは……。――――……いい加減しつこいわね」
「聞こえとんぞ!! このアマがァ!!」
「だからすみませんってば! この通り謝るから、早く力を貸してちょうだい……っ!!」
しゃがみ込んで手を合わせてペコペコと謝る真帆に対し、蜥蜴は半目で見つめて訝しげにしていた。
力を望む理由は決して私利私欲の為でなく、誰かを助けたいというものであって、それは相手にも伝わっている筈である。
その想いを汲んでくれたのか、ずっと頭を下げ続けてようやく許してくれたのか、蜥蜴は頭を上げるように言った。
「力を貸してくれるのね……! ありが――――」
「でもなぁ~~。次の契約者がコレとはなぁ~~」
「ん……?」
「前の嬢ちゃんはあのナリでバインバインやったのになぁ~~」
「……」
「どうせならもっとこう、ナイスなバディーのねぇちゃんが――――」
蜥蜴は短気で口が悪い上にスケベであって、更にはデリカシーが無いようで真帆の地雷を見事に踏んでしまった。
これまで下手に出ていた真帆はスクッと立ち上がり、冷たい視線を足元に向ける。
「――――蜥蜴の尻尾って生え変わるのよねぇ」
「な、何や……?」
「もう一回踏みつけなきゃ分からないのかしら?」
「何やて!? それが力を借りようってもんの言いぐさかァ?!」
「つべこべ言わず力を貸しなさい!!」
ダンッと足を踏み鳴らす真帆の目は怒気を含んでおり、眼力だけで殺せそうなほどに鋭く、蜥蜴はブルルと身震いをした。
真っ直ぐと、標的の心臓を狙って放たれたナイフ。それは標的に届く前に強力な炎の矢によって弾かれた。
先程アレイシヤが杖を用いて発動させた魔法よりも真帆が放った魔法の威力は高く、危機的状況を何とか乗り切った。
「マ、マホさん……!?」
「へぇ……。こっち側の人間は魔導装具を使えないって話だったけど、そうでもないんだなっ!」
感心するのも束の間。ヴァルトハインは笑顔で頷いていたが、すぐさま次のナイフを懐から取り出し、両手で構えて投げつける。
一本は真帆に対して、もう一本は身動きの取れないアレイシヤに対して投げられたナイフだが、両方とも真帆が放つ炎の矢によって届くことは無く、それどころか彼女は反撃の為の一手を打って出た。
「……チっ! 何時までもテメェの相手をしてはいられな――――……っ!?」
あくまでも目的は別にあると、ヴァルトハインは真帆の相手をしないよう彼女の攻撃は最小限の動きで防ぐ。
そしてアレイシヤと同じように拘束しようと目論むも、彼は攻撃の手を止めて振り返ってその場から飛び退く。
彼が先程まで居た場所に叩き込まれた拳。それは蒼い篭手であって、霧の中からその姿が徐々に鮮明に見えだした。
「無事か……っ!? 真帆、アレイシヤ……!!」
「海人……! 私ならこの通り、平気よ!」
「カイトさん……っ、気を付けて下さい!! その者は――――」
「ハハッ! 獲物がノコノコとしゃしゃり出て来るなんて好都合だ!!」
ヴァルトハインの標的は切り替えられ、殺意が海人へと向けられると同時に踏み出す。
これまでスローイングナイフによる攻撃を仕掛けてきたヴァルトハインだが、海人に対しては近接戦を、ナイフを両手に持って斬りつけてくる。
「――――……っと。……やっぱり並の武器じゃ歯が立たねぇか」
同じ魔道装具であるが、海人の身に纏う鎧の方が耐久力で勝っていたのだろう。ヴァルトハインの手にしたナイフでは小さな傷を付ける事すら叶わなかった。
無駄であると分かっている筈だが、ヴァルトハインは攻撃の手を休めるつもりは無く、続けて攻撃を仕掛けてくる。
口元に笑みを浮かべている辺り、どうやら彼はこの戦いを楽しんでいるようであった。
一方で海人はどうにか拳を叩き込もうとするも、上手くかわされたり武器で防がれたりと、決め手に欠けている。
戦い続ける二人から少し離れた場所で杖を手にしたまま佇む真帆は、息を呑みつつどう動くべきか決めかねていた。
「ど、どうすれば……」
ヴァルトハインは真帆達に背を向けてはいるが、海人との距離が近く、絶え間なく動いている為に真帆は攻撃できずにいた。
隙は無いか、目で追うのが困難な二人の戦いを見つめていた真帆だが、やはり自分には手が出せないと見切りをつけ、拘束されていたアレイシヤの傍でしゃがみ込んだ。
「――――……大丈夫!? アーシャちゃん」
「は、はい……! あ……っ! ナイフには直接手で触れないようにして下さい……!」
「わ、わかったわ」
アレイシヤの助言に従い、彼女を拘束していたナイフ型の魔導装具に対して真帆は炎の矢を放つ。ナイフを燃やして溶かすまでの火力は無いが、床に突き刺さっていたのが衝撃で外れ、するとアレイシヤを押さえつけていた黒い手は霧散した。
「マホさん、助けて頂きありがとうございます」
「ううんいいのよ。それよりも、海人が……っ。これ、返すからアーシャちゃんが――――」
「いえ、ここは別のもので――――」
拘束を解かれたアレイシヤは鞄の中から新たな魔導装具を取り出して海人に加勢しようとするが、その手は途中で止まってしまった。
「な、何……っ、これ……!?」
「これは……――――」
スプリンクラーによる霧雨で視界は煙っていたが、それは微々たるもので遮られるほどではなかった。
それが今では真っ白に。いつの間にか漂い始めた濃い霧により辺りは白一色に塗りつぶされ、海人達の姿も飲み込まれるようにして消えてしまった。
「海人……っ!! 何処なの……!?」
「マ、マホさん……! ここは無暗に動き出さない方が――――」
「……そうね。貴女達は此処でじっとしていて」
「え……?」「な……!?」
真帆達の背後から聞こえた女性の声。
二人は何者かと思い振り返るが、その瞬間眩い光で目が眩み、目を閉じてしまった。
霧雨を浴び続けた身体に吹き付けたのは風で、少し肌寒く感じた真帆は身を震わせる。
先程の、混迷した状況から一転し、周辺は驚くほど静かで、彼女は茫然としていた。
「ここは――――」
逃げまどう人の姿はなく、そこにあるのは車ばかりであって、天井が無い事から屋上駐車場に居るのだと分かった。
何故エントランスホールからここへと移動しているのかは分からないが、傍にはアレイシヤも海人も居て、真帆はホッと胸を撫で下ろす。
「二人とも、無事か……!?」
「え、ええ」
「はい、大丈夫です……」
互いの無事を確認し合って安堵する三人だが、皆の他に動く者が、足音が近づいてくることに気が付き音のした方へと振り返る。
「お前達は――――」
海人達から少し離れた場所に佇むのは黒衣を纏い黒い仮面を身に着けた三人で、彼らの内の一人、女性と思しき者は肩を竦めさせて忠告をした。
「衆目の集まる中で派手な行動は慎んで欲しいものね」
「……レヂディーノなのか!?」
「……」
「一体何が目的で――――」
「……今の自分達の生活を守りたいなら、尚の事。……以後、気を付けるようになさい」
言いたい事だけを言い、海人の呼びかけに応じる事も無く、レヂディーノ達は以前と同様に虹色の光に包まれて姿を消した。
どうやら彼女らによって海人達は転移をしたようだが、いまいち状況が掴めずにいる。
先程まで海人と戦っていたナイフ使いの男、ヴァルトハインはどうなったのか。舞台が無茶苦茶になったのは確かめるまでもないが、客は無事であったのか。
このまま立ち去る訳にはいかないと意見が纏まり、海人は元の姿へ、真帆は杖を元の形状である指輪へと戻し、皆でエントランスホールへと向かった。
「――――……取り敢えず何とかなったみたいだな」
海人達がエントランスホールへと戻った所、そこには警察が駆け付けており、ショーの関係者が事情聴取を受けていた。
幸い、現場に居合わせた客たちは避難中に転んだ等の軽い怪我で済み、重傷を負う者は居なかったものの、不審者による舞台の妨害と小火騒ぎは簡単に済まされる話ではなく、捜査されているようだ。
「何とかなったって言っても、肝心の犯人が行方知れずって話らしいじゃない」
舞台で暴れていた怪獣の着ぐるみはヴァルトハインが操っていたもので、スプリンクラーの水を含んだ途端に動きが鈍り、そのタイミングで頭部に海人が拳を叩きつけた事により、ナイフが抜けて動かなくなった。
事情を知らない者からすれば犯人は逃げてしまったように取られるが、ヴァルトハインが真犯人であるとは分からないままだろう。
現場に彼の姿はなく、あのような危険人物が行方知れずとなると不安に思う所であるが、アレイシヤは大丈夫であると言った。
「今回もあの方々、レヂディーノ達が現れたのですから、ヴァルトハインは元居た世界に還されたのだと思います」
「公園で襲撃を仕掛けてきたグンターって奴を送り返した時と同じって事か……」
レヂディーノと同様の格好をした者達は以前にも海人達の前に現れ、襲撃者が破壊した遊具を修復しただけでなく、襲撃者自身を元の世界に還している。
やはりレヂディーノ達には敵対する意志は無いのだと、今回に限っては手助けもしてくれたのだとすると、アレイシヤの言葉にも真実味があった。
「ま、何はともあれ、こうして無事だったんだし、良かったじゃないか」
買い物の荷物も無事に回収でき、帰路につく海人達。
騒動に巻き込まれた為、町の案内までは出来そうにないが、買い物は全て済ませ、敵と相対して皆無傷であったのは良い事だと海人は言う。
楽観的な海人に対し、アレイシヤは口にしないものの表情から先行きが不安そうに見て取れ、彼女に代わり真帆が海人を窘めた。
「確かに。今回は何とかなったけど、レヂディーノ達のお蔭でもあるんだし、調子に乗らな――――」
「そう言えば! 真帆。お前が使った魔法みたいなの凄かったな!」
「え……!?」
話の腰を折られてしまったが、海人に褒められて悪い気はしないようで、寧ろ嬉しく思っているのだろう。真帆は口元が緩んでいて、説教の続きが出来なくなっていた。
「あ、あれはアーシャちゃんから借りた魔導装具のお蔭だし……」
「でも、マホさんが発動した魔法は私よりも強い威力でしたよ」
「ア、アーシャちゃんまで……!」
「謙遜することは無いさ。どっちかっていうと真帆は剣とかより魔法使いの方が合っているし……。ほらアレだよ、日曜の朝にやっているアニメで……、『すとろが』だっけか? アレに出てくる子みたいで――――」
「それは初代! 魔法を題材としたのは8作目で『まじすと』よ!」
「え……?」
「あ……っ!!」
煽てられ、調子に乗った結果うっかりと口を滑らせてしまった真帆。
彼女は真っ赤になった頬を見られたくないのか、俯いて顔を両手で覆っていた。




