6.立ちはだかる装者
休日のショッピングモール。
エントランスホールに設置された舞台では女の子向けのアニメのショーが公演されており、多くの子ども達と付き添う大人達で賑わいを見せていた。
お約束を守りつつ進んで行く舞台であったが、最高の盛り上がりを見せた所で異変が起き、海人は蒼い鎧を纏って舞台に降り立つ事となった。
「お前は何者だ……!!」
「……」
「何が目的で――――……っと!」
倒れた主人公達を守るように立ちはだかり、攻撃を受けとめた海人。
熊の怪人は海人の呼びかけに応じる様子はなく、絶えず攻撃を繰り返してきた。
一撃一撃は重くなく、寧ろ軽いくらいであって、ダメージが蓄積される事なく、まるで組み手のようである。
それは海人が身に着けた魔導装具の力によるものか、ただ単に敵の力が劣るだけなのかは分からない。
「――――おかしい……、殺気がまるで感じられない。それどころか――――」
敵の動きも気になる所であるが、漂う気配にも違和感があった。
これまでに相対した者達。アレイシヤに襲い掛かっていた剣士から感じられた殺意や、神社で遭遇した黒衣の者、グラヴィストから感じられた敵意などは無く、全く別の、背筋を這う様な嫌な感じを受ける。
「何なんだ……、この感じは……っ」
相手の正体を探りつつ戦う海人。
目の前の相手に集中し過ぎていたが、ここは舞台の上であって、すぐ傍には観客が居る。
自分が敵を引きつけている間にスタッフが避難誘導をしてくれないかと期待するが、周囲は予想外の展開になっていた。
「がんばれー!」「そこだー!!」
「――――は?」
横目に見えたのは必死に応援する子ども達で、付き添う大人達もまだショーは続いているのだと、どうやら現状を理解していないようであった。
頼みの綱であるスタッフもパニック状態で放心しており、当てになりはしない。
会場が混乱に陥るよりは良いのかも知れないが、この場を上手く収めるには海人が敵を倒すより他になくなってしまった。
「――――しっかし声援を浴びるってのは良いモンだな」
非常事態であるからして、余計な事を考えている暇はないのだが、子ども達の純粋な気持ちが込められた応援は戦う海人に届き、力と成る。
敵から繰り出される攻撃は一方的にで、海人は守り続けるばかりであったが、ようやく見えた隙を逃さず拳を腹部目がけて打ち込んだ。
「何だ……? これは――――」
確実に相手へと届いた筈だが、海人の拳は何の感触も得られなかった。
まるで霧のように、怪人の黒い身体は接触した部分が霧散し、ダメージを与える事が叶わないのである。
これでこの怪人がこの世界の者でないと確定した訳だが、こちらの攻撃が通らないとなると厄介であった。
「どうすれば――――」
敵の攻撃は軽く、押し負けることは無いが、何時までも戦い続ける訳にはいかない。
ここは舞台であって、海人の闘いはショーの一部であると思われていて、そうなると戦いを長引かせてはならなかった。
「――――そうだ、アーシャ達は……って、これは――――」
そろそろアレイシヤと真帆が戻って来てもおかしくはない頃で、こんな目立つ場所で戦っていれば気が付いてくれるだろうと、彼女らへと合図を送ろうと横目で探すも、二人の姿は見えなかった。
アレイシヤ達の代わりに海人の目に入ったのは白い霧のような雨で、霧は一気に辺りを包み込み、視界を遮った。
舞台の上で暴れている怪人。それを操るのは魔導装具を扱う者、装者であって、その者の居場所を突き止める為に真帆はアレイシヤと共に周辺を捜し始めた。
多くの買い物客に溢れている場で人を探すのは難しく、相手の顔も分からないのでは更に難易度が上がる。
相手はシュトラルヴェルトからの侵略者であって、この世界の者達とは違った格好をしていて見つけ易いかと思われもしたが、そのような目立つ格好ではないらしく、見た目だけで探すのには無理があった。
「一体どこに――――」
アレイシヤの持つ水晶も魔導装具の反応は拾えても、それを扱う者の場所までは特定できない。
段々と焦るアレイシヤは闇雲に駆けまわるが、真帆は努めて冷静に辺りを観察した。
「わざわざ目立つ舞台で騒ぎを起こしているのだから、この舞台が見える範囲に……。客席には怪しい者は居ない。他に立ち止まっている人で……、……!! もしかして……っ!」
辺りを見回して目に付いた一人の人物。
中性的な顔立ちでいて、女性のようにも見えるが、身に着けている衣服は黒を基調としたものであって、男性のようにも思われる。
その者は立ち止まって柱の陰に隠れて舞台を見つめており、口元には薄っすらと笑みを浮かべていて、他の買い物客とは違う印象を受けた。
「アーシャちゃん、あの人に見覚えは……?」
「……!! あれは――――」
真帆が指差した方を見たアレイシヤはハッとして目を見開き、息を呑む。
アレイシヤに心当たりがあるという事はシュトラルヴェルトからの侵略者で間違いない。
運良く見つけ出せたようだが、アレイシヤが動き出すことは無く、立ち止まったままで茫然としていた。
「どうしたの!? アイツで間違いないのよね?」
「そ、そうですが……、あの者は――――」
今は一刻を争う状況であって、躊躇っている場合ではない筈なのだが、アレイシヤは二の足を踏んでいる。
青ざめさせた表情から察するに、アレイシヤは恐怖心を抱いているようで、それほどまでに相手が悪いという事であった。
「もしかして、そんなにヤバい相手なの……?」
「……はい。とても厄介な相手ですが……、ここで立ち止まっている場合ではないですよね」
舞台の上では海人が戦い続けている。
戦況は押されている訳ではないが、何時までも戦い続けさせるわけにはいかない。
人の目があるという理由もあるが、魔導装具は装者の魔力を糧とする為、ずっと戦う事は出来ないのである。
魔力が尽きれば魔導装具は元の形状に、ただの腕輪となってしまい海人は戦う力を失ってしまう。
そうならないように動き出さなければと、自分自身に喝を入れて再び歩き出すアレイシヤ。
説明をしている時間はないと、一先ず真帆とは距離を取り単身でこの騒動を起こした者の傍へと近づく。
「――――クク……! 一人釣れたかと思えば、もう一人も釣れたか」
「……っ!!」
人波に紛れて、こっそりと背中から近づいたつもりだが、あと一歩という所で気づかれてしまった。
思わず間合いを取ろうとアレイシヤは後退るが、その者は不敵に笑うだけであって、いきなり手を出してくることは無かった。
「――――第七騎士団副団長、ヴァルトハイン・ベルスフォード……ですね」
「そうだけど? ははーん、お前が例の裏切り者って訳か……って、ん? お前の顔、何処かで見たような気が――――」
「こ、このような場でどういうつもりですか……!? 一体何が目的で――」
「あァ……? 目的だと? そんなもんは決まっているだろう」
そう言って取り出したのは数本のスローイングナイフで、両手に構えたヴァルトハインは躊躇う様子もなく放った。
「――――……っ!!? ……これは――――!?」
行き交う人々を巻き込んで攻撃を仕掛けてきたかと思われたが、ヴァルトハインが投げたナイフは全て人以外の物へと突き刺さる。
それは決してコントロールが悪い訳ではなく、全て彼の狙い通りであった。
「お前はコイツ等と戯れていな」
ナイフが突き刺さったのは雑貨屋の店頭に山積みにされていた縫いぐるみで、それらは一旦床に落ちるが程なくして黒い霧を纏い、蝙蝠のような羽を生やして空中を飛び交いだした。
「ま、待って下さ――――」
舞台へと向かって行くヴァルトハイン。
アレイシヤはどうにか引き留めようと呼びかけるが、彼が歩みを止めることは無く、追いかけようとするも、操られた縫いぐるみ達に行く手を阻まれてしまう。
体当たりを仕掛けてくる縫いぐるみ自体は大したダメージを与えられないが、この場を混乱に陥れるのは容易で、逃げ惑う人や泣き叫ぶ子ども達によってアレイシヤは足止めをされてしまった。
「――――できればこんな場所で使いたくはありませんが……っ」
ヴァルトハインの狙いは海人であると、彼の向かう方向で分かった訳だが、このまま見過ごせる筈が無く、アレイシヤは指輪をはめて天に手を翳す。
赤い光を放ってアレイシヤの手に収まったのは一尺の杖で、先端には赤い宝石が輝いている。
小さな杖から放たれる炎の矢は飛び交う縫いぐるみを貫き、次々と燃やし尽くす。
これで邪魔なものは無力化できたかと思われたが、ここは屋内であって、炎を使うのは愚策であったようだ。
「アーシャちゃん……! 何をやって――――」
「え……、わ、な、何ですか!? これ……っ」
けたたましく鳴り出すベルと天井から降り注ぐ霧雨。
アレイシヤの放った炎の魔法に火災報知器が反応し、スプリンクラーが作動されたのだが、それにより場は更に混沌に陥ってしまう。
事態が飲み込めないでいたアレイシヤだが、降り注いだ霧雨はヴァルトハインの歩みを止めさせたようで、その隙を彼女は見逃さなかった。
「――――……チッ! そんな生温い攻撃が当たるかよ!!」
「……っ?!」
降り続く霧雨の中でも炎の矢の勢いは止まらず、標的であるヴァルトハインへと目がけて真っ直ぐに突き進む。けれども相手にダメージを与えることは叶わず、ナイフ形の魔導装具で簡単に振り払われてしまった。
全く歯が立たない状態であるが、足止めには充分だと、絶えず攻撃を繰り返すアレイシヤだが、彼女の思惑に気付いたのか、ヴァルトハインは次の手を打って出る。
「大人しくしていやがれ!」
「……な……っ、何を――――きゃ……っ!」
再び投げられたナイフはアレイシヤの足元へ。
そこには操れるようなものはなく、床へと突き刺さっただけなのだが、次の瞬間、アレイシヤの落とした影から黒い腕が這い出で彼女の足を掴んだ。
「操れるのは物だけでなく影も……!? ……うぐっ!!」
影から伸びた黒い手はアレイシヤの両足だけでなく両手や腰にも回り、床に縫い付けるよう拘束する。
足掻けば足掻くほど拘束は強まり、全く身動きの取れない状態に。それどころか腕を締め付けられて手の力が緩み、握っていた杖を手放してしまった。
「アーシャちゃん……!」
「マ、マホさん……っ、来てはダメです……!! 早く逃げ――――」
「で、でも……っ!!」
駆け寄った真帆はアレイシヤの拘束を解こうと手を伸ばすが、アレイシヤは自分に構わず逃げるようにと叫ぶ。
そこで真帆が素直に従う筈もなく、どうにかしようとその場に留まるが、そんな彼女にヴァルトハインは目を付けてニヤッと笑った。
「そっちの女はこっち側の奴か? まぁ俺様の邪魔をした罰としては丁度いいか」
「な、何を――――」
懐から取り出したナイフを構えるヴァルトハイン。
彼は標的をアレイシヤから真帆へと変えてナイフを投げ放とうとしたが、彼が動く前に動き出した者が居た。
「……海人が使えるんだから、私だって――――」
杖の形状を保てなくなっていた指輪の魔導装具。
迷うことなくそれを手に取り指にはめた真帆は天へと手を翳す。
先程の、人々が慌てふためき、子ども達が泣いている混沌とした場所から景色は一転する。
銀色の、赤い宝石が填められた指輪型の魔導装具を手にした真帆は、一面が火の海のような、マグマの海に囲まれた足場に立っていた。
黒い地表はひび割れて赤々と光を放ち、マグマの池は沸々と湧き上がるが、不思議な事に全く暑さなど感じず、寧ろ心地よい温かさであった。
「ここは――――」
辺りを見回すが人は一人としておらず、唯一人、火山の洞窟で取り残されたようである。
「早く、早くあの場所に戻らなきゃ――――」
「グェ……!」
「きゃ…! な、何か踏んで――――」
ぐにゃとした感触を足元で感じて思わず飛び退く真帆だが、自身が踏んづけたものに対して更に驚き後退った。
「ととと、トカゲ……!? やだ、キモ……っ」
地面に伏していたのは猫くらいの大きさの蜥蜴であった。
周りの溶岩と同じような赤黒い肌でいるからうっかり踏んづけてしまったのだと、真帆は自分に言い聞かせつつ安否を確認しようとするが、やはり触れたくはないと鳥肌を立てさせて身を引いた。
「ま、まぁ仕方がないわよね。……足元に偶々いた訳だし」
「仕方がないワケあるかァ、このボケカス!!」
「……は? 今何処からか口の悪い台詞が――――」
「下だ下……っ! 何処に目ェ付けとんじゃワレェ!!」
「下……、って、きゃあああああ!!!」
悪態をついていたのは真帆が踏み殺してしまったかと思われた蜥蜴で、その蜥蜴は口から火を噴きつつ赤く鋭い瞳で睨み付けてきた。




