5.舞台はミスキャストばかりに
老若男女が買い物や映画、ゲームセンターなどで楽しんだり、レストラン街で食事をするショッピングモール。
休日とあってどこもかしこも賑やかなもので、皆が思い思いに過ごしているようだが、三人組の男達はシケた面をしていた。
「――――ったく誰だよ、ショッピングモールならナンパが成功しやすいって言ったのは」
「いやいや、相手が悪かっただけっしょ。俺は最初っから駄目っぽいと思っていたし」
「そうだな……。あんなきっつい女よりも軽そうな子とか、……あそこに居る大人しそうな子とかさ」
男が顎を上げて指した先には一人の少女が歩いていた。
肩口まで切り揃えられた黒髪に地味な衣服、高校生くらいである少女は顔も平均的であって、これと言って特徴もなく、先程男達が声を掛けた少女とは正反対のタイプである。
よく目についたと感心するくらいで、雑踏の中で埋もれそうな存在で、そんな少女のどこが良いのかと一人が尋ねると、目を付けた男は「男を知らなさそうなところが良いんだ」と舌なめずりをした。
次のターゲットとなった少女は誰かを探しているようで、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いており、男達にとっては都合が良かった。
今度こそは上手く事を運ぼうと、男達は少女の背中を追いかけようとするも、一人の男がすれ違いざまに肩をぶつけてしまう。
何時もなら因縁を付けて締め上げたりもするところだが、今は標的を逃すまいという気持ちが強く、肩に触れた事は大目に見ると、悪いと軽く謝って済ましたが、どうやら相手が悪かったようだ。
「何それ? アンタ、それで謝っているつもりなの?」
「あぁン? なんだテメェ……! その言い草は……っ」
男達の一人が肩をぶつけた相手は病的な程に白い肌な上に小柄であって、顔立ちは幼く中性的で、一見すると女のようだが声は男のものであった。
ひ弱そうな外見とは裏腹に、吐く言葉は荒々しく、喧嘩を売っているようである。
ナンパ目的でここを訪れていた男達だが、コケにされてスルー出来る筈もなく、売られた喧嘩は進んで買った。
行き交う人が多い通路では人目につくからと、人通りが少ない端の方へ。ツラを貸せと凄んで見せ、階段の踊り場まで来るように指図すると、ひ弱そうな男は素直について来た。
睨まれて、凄まれて言いなりになったのではなく、文句を言わずにここまで来た事を不審に思うべきだったのだが、ガラの悪い連中はまだ気が付かないようだ。
相手との力量の差に……。
独断で異世界へと渡ったヴァルトハイン。
彼がこの地に降り立ってから数日経っているが、大きな動きを見せることは無かった。
「――――やっぱり、威勢の割には大したことないじゃん」
ヴァルトハインの足元にはガラの悪い三人組の男のうちの一人があり得ない方向に曲がった数本の指を震わせてのたうち回っている。
もう一人は壁際に。顔面を思い切りぶつけて鼻血で壁面に線を描いてうつ伏せで気を失っている。
そして最後の一人は腰を抜かし、尻餅をつきながらもこの場から逃げ出そうとし、足が絡まって転んでいた。
因縁をつけてきた相手を軽く捻り上げたヴァルトハインは落胆したように溜息を吐いた後、ニッコリと笑って催促を始めた。
「さてさて。授業料を貰おっか~」
「は、はぁ……?! お前、何を言って――――」
「俺様が分かり易く教えてやっただろう。喧嘩を売る前に相手の力量を見極めろってな」
「……っ!」
男達も見るからにヤバそうな相手には手を出さない。
ヴァルトハインの言う通り、見た目に騙されて返り討ちにあった訳だが、素直に金を差し出すまでは屈していないようで、未だ抵抗を続けている。
そんな彼らを見つめるヴァルトハインの瞳は酷く冷酷なもので、彼が下した裁量は残酷なものであった。
怯える者へとさらに追い打ちをかけるように、傷口を抉るように。ヴァルトハインは折れ曲がった指を踏みつけて笑いながら催促をした。
「――――それじゃ、バイバイ」
震える手で差し出された財布から札を抜いてポケットに入れ、空っぽになった財布を投げて返したヴァルトハイン。
彼はにこやかに、晴れやかな表情で手を振ってその場を立ち去り、雑踏に身を紛れさせて消えた。
「うーん……、小遣いは稼げたけど、やっぱりつまらないなぁ~」
当てもなくショッピングモールを歩くヴァルトハインは並ぶ店に興味を示している訳ではなく、すれ違う人々の事を観察していた。
先程のガラの悪い連中を含め、ここに居る者達は無防備でいて、身を守る術を有していない者ばかりである。
ヴァルトハインにとってはどの者も赤子同然でいて、わざわざ魔導装具を使う必要は無かった。
「これだけ人が居れば見つかるかと思ったが、それらしい反応もないしなぁ……」
侵略者であって、本来ならこの地に居る者達を全て斬り伏していっても良い筈なのだが、ヴァルトハインは無暗に手を出すことは無かった。
彼が相手にするのは先程返り討ちにしたようなガラの悪い連中だけであって、無抵抗な者へと刃を向ける事は今の所ないのである。
それは今現在この地に赴いている諜報部隊へと下された命が情報収集であって、やむを得ない場合を除いて攻撃に出ないようにという縛りがあるからではない。
わざわざ待機命令を無視してまでこの地に降り立ったのは目的があるからで、その為になるべく事を荒立てないように、彼なりに大人しくしているのであった。
「――――にしても、これだけ見つからないとなるとなぁ……」
いつでも殺せる者達を今は相手にすることは無いと思っていたようだが、お目当ての者が現れないとなると憂さ晴らしがしたくもなる。
うずうずとし始めるも、どうにか気持ちを抑え込むことが出来たヴァルトハイン。彼は当てもなく歩いて行き着いた先で目に入ったものをまじまじと見つめた。
ショッピングモールの出入り口付近であるエントランスホール。
そこには舞台が設置され、子ども向けのショーが公演されているようであった。
「おあつらえ向きな舞台もある事だし、ここはひとつ俺様が盛り上げてやろうか……!」
柱の陰に隠れたヴァルトハインは黒いジャケットの懐から小さなナイフを取り出して構えた。
買い物を終えて、ショッピングモールを出る前に真帆とアレイシヤはお手洗いへ、海人は荷物番という事で、エントランスホールの壁際にあるベンチに腰を下ろしていた。
どれだけ下手に出て機嫌を取ろうとしても真帆は腹を立てたままであって、それは今現在も続いている。
どうすれば機嫌が直るのか、サッパリ思いつかない海人はがっくりと肩を落として溜息を吐いた。
「……どうすりゃいいんだか」
原因は自分にあるのだとなんとなくは分かっていて、真帆が悪いとは微塵にも思っていない。それは過去にも似たような事が何度かあり、大抵自分が余計な事を言ったりやったりしたせいであって、今回も自分が何か仕出かしたのだと、海人は気付いていた。
「――――いつも通りなら、家に着くころには機嫌が直るか……。いや、でもなぁ……」
ほとぼりが冷めるのを待つという手もあるが、同じことの繰り返しでは良くないと思い至り、真帆が戻ってくるまでにどうにかせねばと考えるも、結局良い案は思い浮かばないでいた。
考えが煮詰まれば意識は現実から逃げるように、自然と視線は賑わいを見せる舞台へと向かう。
残念ながら海人がポスターを見て興味を示していた特撮もののヒーローショーは今の時間ではないらしく、現在は女の子向けのアニメのショーが公演されていた。
舞台に立つのはピンク色の複雑なツインテールの少女と、黄色くふわふわとした髪型の少女と、水色のショートカットの少女で、三人は戦闘コスチュームを纏っている。
アニメを忠実に再現する為か、顔は被り物であって、表情の変わらない所は不気味でもあるが、子ども達はまったく気にしていないようであった。
三人の少女と相対するのはクマの怪人で、頭が緑で身体は黒く、現れた途端子ども達へと威嚇をして怖がられている。
「へぇ……。敵も出て、アクションもあるのか……」
最初は興味なさげであったが、敵が現れた所で海人は見入ってしまい、すっかりと目を離せなくなってしまった。
現れた怪人は主人公達を倒し、司会進行役のお姉さんを配下達に捕えさせ、子ども達を大いに怖がらせていたが、これはお約束であって、ここから主人公達の反撃が始まる…………筈であった。
「…………あれ? 何かおかしくないか……?」
ある程度敵が主人公達を痛めつけると司会のお姉さんが子ども達に呼びかけて声援を貰い、それによって主人公達が力を得て敵を倒すというのがお決まりのパターンなのだが、どうにもおかしい。
倒れた主人公達は声援を浴びても起き上がることは無く、司会のお姉さんも何やら戸惑っているようにみえ、子ども達も不安そうにしている。
奇をてらってここで新キャラが颯爽と登場して助けるのかと思われたが、舞台袖から飛び出したのは想定外の人物であった。
「だ、誰か……っ、そ、そいつを止めてくれ……!!」
転がり込んでいくように舞台に上がったのは下半身だけの着ぐるみを着た中年男性で、彼は取り乱しながら叫んでいた。
子ども達も、付き添う大人達も皆驚いた様子であって、茫然と舞台を見つめていたのだが、皆の目を覚まさせるよう動いたのは怪人であった。
獣のような唸り声を上げ、倒れたままの主人公達へと襲い掛かろうとする怪人。
誰もが気を動転させて悲鳴を上げる事しか出来ずにいた中、海人は駆け出し、蒼い鎧を身に纏って舞台に降り立った。
「あの恰好……! どうして海人が舞台に……っ!?」
「マホさん……っ!! 微力ですが、あの獣から魔導装具の反応があります……!」
アレイシヤの言う獣とは舞台の上に居る怪人役の熊の着ぐるみで、彼女の鞄の中に仕舞われていた装飾の為された水晶は、怪人から魔導装具の反応があると示していた。
海人と相対している怪人はシュトラルヴェルトからの侵略者であると分かったが、何故怪人の着ぐるみを纏っているのかは分からない。
妙な敵に疑問を抱くところだが、ここは休日のショッピングモールであって客席には多くの子ども達と付き添いの大人達が残っている。
敵を倒すことは海人に任せて皆を避難させるべきだと考え、真帆とアレイシヤは動き出そうとするが、呼びかける前に足を止めた。
「いけー! そこだー!!」
「がんばれー!!」
怪人の攻撃を巧みにかわし、反撃を食らわせる海人は子ども達から声援を浴びていた。
今現在公演されていたのは女の子向けのアニメのショーであって、その場に全く縁もゆかりもない蒼い鎧の者が現れて戦っているのだが、子ども達は全く疑問に思っていないようで、付き添う大人達も演出なのだと納得してしまっている様子であった。
異常事態であると気が付いているのは戦う海人と真帆とアレイシヤ、そしてショーのスタッフだけである。
幸か不幸か、スタッフ達は自身の身を守る事が精いっぱいで、事を荒立ててはいないようだが、このままで良い筈がない。
「――――ど、どうすれば……。下手に動けば混乱を招くことになるし……」
「ここはカイトさんに任せましょう。私達は装者を探さないと……」
「装者……?」
「魔導装具を扱う者の事です。あの獣の着ぐるみは何者かに操られているようですので、元を……、装者を叩かない限り止まりません」
「分かったわ。でも――――」
海人のように戦う力が無い自分が敵と相対して何が出来るのかと、真帆は正直に不安を漏らすが、アレイシヤは首を横に振った後に大丈夫であると深く頷いた。
「いざという時の為の準備は怠っていませんので」
そう言ってアレイシヤが鞄から取り出したのは銀色の指輪で、赤い宝石が埋め込まれて装飾が為されたものであった。
その指輪もまた魔導装具であって、武器として扱えるらしく、アレイシヤはそれを身に着けて敵と戦うのだと言った。
「戦う手段があるのは分かったけど、無理はしないでね」
「はい……。では、行きましょう……!」
自分より遥かに小さなアレイシヤが頼もしくもあったが、微かに震えていた手に真帆は気付く。
力を持っていたとしても戦うのを恐れてしまうのは致し方ない事である。
アレイシヤは恐怖を抑え込んでまで戦おうとしているのだが、彼女と比べて何も出来ない真帆は自分の無力さを思い知らされた。
「……それでも、私は――――」
舞台の上で戦い続ける海人と、彼を助けようとするアレイシヤ。
何の力も持たない自分が何を出来るか分からないが、一人だけ安全な場所でじっとはしていられない。
何時もなら無謀な行動は諌める立場である真帆は自分も二人を助けたいと、僅かな可能性を信じて動き出した。




