4.ギクシャクショッピング
休日にショッピングモールを訪れた海人は、ふとした事が切っ掛けで高嶺の花である姫条玲緒奈と出会い、いつもとは違った彼女の姿を見る事となった。
学校での玲緒奈の傍らには副会長である剣崎が常に目を光らせている為、簡単には近づけない。その事を考えると、番犬である剣崎が居ない今の状況は奇跡みたいなもので、またとない機会であった。
「――え、えっと、会長はショッピングですか?」
玲緒奈は皆が焦がれる存在であって、海人も例外ではなく彼女に対して憧れというのか、特別な感情を抱いている。
そのような者を前にして、何とか絞り出した言葉は差し当たりのないものであるかと思われたが、玲緒奈の表情は複雑そうであった。
「ええ。……そう、だけれど」
一人きりでショッピングを楽しむのは別段不思議な事ではない。
一人の方が選ぶ時間も自由で、気を遣わなくて良いなど利点がある。
けれども玲緒奈は此処に一人で買い物に来ている事が知られて都合が悪いのか、視線が逸らされ、言葉尻が弱くなっていた。
「竜堂君は? 一人で買い物に来たの?」
自分の事から意識を離すように玲緒奈は海人に問い掛ける。
彼女の様子に違和感を覚えつつも、問いに応えない訳にもいかず、海人はここに居る理由を述べようとするも、今度は海人が言葉を詰まらせた。
本日はアレイシヤの身の回りの物を揃える為にショッピングセンターを訪れたのだが、それを馬鹿正直に伝える訳にはいかない。
なるべくアレイシヤの存在は隠しておくべきだろうというのは真帆達と決めた事であって、無用なトラブルを避けるためには致し方なかった。
真帆と来ている事も話しても良かったが、以前真帆との仲を勘ぐられてしまったのを思い出してしまい、これ以上誤解されるのは避けたかった。
どうすべきか返答を考えあぐねていたが、それはさほど時間を掛けずに解消されてしまう。
「――あら、そういう事なのね」
玲緒奈は海人の背後に目を向けると、納得がいったようで柔く笑む。
彼女の視線の先に何があるのか。嫌な予感を過らせつつ海人は振り返るが、そこには予想した通りの人物が立っており、その者の表情で状況を察して彼は顔を引きつらせた。
「あーら、お邪魔だったかしら?」
「真帆……!? あ、いや、これは別に――――」
真帆から向けられたのは侮蔑の眼差しで、明らかに誤解をしているようであった。
偶然出会って、ちょっとしたトラブルに見舞われただけであって、玲緒奈とは別にやましい事はないと、当初の目的は決して忘れていないと、海人は取り繕うとする。
「お邪魔したのは私のようね。ごめんなさい、竜堂君、占部さん」
「いえ! 俺と真帆とは決してそのような関係じゃ……っ!」
妙な気遣いをしてくれたのは玲緒奈で、やはり彼女は海人と真帆の関係を勘ぐっているようだ。
そこはハッキリと否定をして、海人は事実を伝えようとするも、事態は一層ややこしくなっていく。
「そうですよ、会長。私と海人とはただの幼馴染ですので」
「そうなの? 私はてっきり二人はデートに来ていたのだと思って……」
「いいえ、ただの買い物に付き合って貰っていただけですから」
真帆も海人の弁明に同調しているようだが、幼馴染である部分を強く言って強調し、言葉に刺々しさを感じる。
事実、笑顔は浮かべているものの、真帆は苛立ちを隠せないようであって、目じりがピクピクと痙攣し、口端も歪んでいた。
露骨な態度の一歩手前といった様子で察したのか、状況は理解できたと、自分には用事があると玲緒奈は言い、その場を去って行ってしまった。
「……あのー、真帆さん……?」
「……」
玲緒奈が去った後も真帆の機嫌は直らないようで、海人が声を掛けても返事はせず、彼女は一人でスタスタと歩いて行ってしまった。
遠慮がちなアレイシヤをどうにか言いくるめて下着を購入し終えた後、真帆はアレイシヤと共に店を出て外で待っていた海人と合流しようとベンチに向かう。
それ程待たせてはいないと思っていたが、海人が待っていると言っていたベンチに彼はおらず、真帆は呆れつつ周辺を見渡す。
視界が捉えたのは雑踏の中でも目を引く赤毛で、その者の傍には鼻の下を伸ばした海人が居た。
「……アーシャちゃん、ここで待っていてくれる?」
「は、はい」
平常心を保とうとしていたが、自分との関係を必死に否定しようとする海人の姿を前にして、真帆は我慢ならなかったようで刺々しい言葉を吐いた。
玲緒奈が海人を異性として意識する筈がないと頭の中で分かっていても、海人がデレデレしている所や、幼馴染であることを強調する姿を目の当たりにすれば腹が立つようで、真帆は玲緒奈に対してもつんけんとした態度を取ってしまった。
失礼な物言いであったにもかかわらず、玲緒奈は全く意に介した様子は無く、寧ろ自分がお邪魔をしてしまったと気を遣い、その場を去って行った。
残された二人だが、海人は真帆の機嫌の悪さに気が付いているようだが、怒っている理由は理解していないようであった。
恐る恐る顔色を窺ってくる海人をその場に残して真帆はアレイシヤが待つ場所まで戻る。
苛立ちからピリピリとした空気が漂っており、何かあったのだとアレイシヤは気付くも、真帆が笑顔で何でもないと返すせいで事態は変わる事無く今に至った。
「いや~、混んでいるようだけど、席が取れて良かったな」
「……」
時刻はお昼過ぎ。
昼食をとろうという事になり、訪れたのは多くの店舗が並ぶフードコートで、真帆とアレイシヤは席に着いて待ち、海人が注文した料理が乗せられたトレーを運んできた。
いまだに不機嫌な真帆のご機嫌を取ろうとしたのか、最初に海人はお昼に何でも奢ると言いだすも、財布を開けて絶句し、涙目を向けてきて、結局は重蔵からの軍資金で賄う事となった。
情けない姿に呆れる所だが、それとこれとは話が別で、真帆は簡単には許せないようである。
今も海人は必死に機嫌取りに勤しんでいるが、効果は無い様だ。
お昼時であって、周りは騒がしいのだが、真帆達が居る席は静かであって、お通夜のようなのだが、そのような空気に耐えられなかったのか、海人は真帆の機嫌を取る事を諦め、アレイシヤへと声を掛ける。
「しっかし、アーシャ。本当にそれでよかったのか?」
「は、はい。これ、凄く美味しいですよ」
「そっか、それならいいんだけれど……」
アレイシヤが選んだのはファストフードの代表であって、ジャンクフードであるハンバーガーで、海人達学生にとっては日常的に口にするものであった。
素早く提供され、値段も安く、味はそれなりになのだが、向こうの世界には無い味らしく、アレイシヤは一口食べて驚いたようで、二口三口と続いてあっという間に食べ終わった。
美味しそうに食べる姿は微笑ましく思え、真帆のつり上がっていた眉も元通りになり、アレイシヤと二人、こっちもお薦めなどと言って昼食を楽しんでいる。
張りつめた空気が緩みかけたのだが、海人が口を挟むのに対して無視を続けている辺り、真帆はまだ彼を許す気は無い様だ。
昼食を終えてからは買い物の続きへ。
今度は海人も離れることなく店に入り、一緒に選んだりもしたが、真帆の機嫌が直る様子は一向に見えてこなかった。
必要な物は買い揃えて買い物を終えた所で、一旦荷物を自宅まで持ち帰ろうという事になったのだが、ショッピングモールを後にする前にお手洗いへと真帆とアレイシヤは向かい、海人は外で荷物番をしていた。
鏡の前に立ち、自分の表情を見ていた真帆は不機嫌な面に自分でも辟易としているのだが、今はまだ、いつも通りに戻せそうになかった。
「あの……、マホさん……っ」
「ん……? 何かしら?」
恐る恐るといった様子で問い掛けてきたのはアレイシヤで、彼女は真帆と海人との事を気に掛けているようであった。
いくら腹が立っていても、アレイシヤにとっては無関係の話で、とばっちり以外の何物でもない。時間が経って少しは冷静になれたのか、真帆はアレイシヤにこれまでの態度を謝罪した。
「ごめんね、アーシャちゃん。こんな態度じゃ、気分は良くないよね」
「いえ……! 私はいいんです。それよりも、海人さんが……。海人さんが何かしてしまったのですか?」
「ううん。海人は何もしていないの。……私がただ、大人げないだけなんだよね」
そう自覚していても上手くいかなくて、もどかしくて、自分自身が嫌になっていくばかりで……。
近づいてくる女性に対して嫉妬をして、そんな気持ちを察してくれない海人に苛立ちを覚えて……。
これまで何度もぶつかった壁に対して、諦めるしかないと、自分が大人になるしかないのだと真帆は思い込んでいた。
「違っていたらすみませんが、マホさんはカイトさんの事が好き、なのですか?」
「え゛……っ!?」
アレイシヤの突然の問い掛けに真帆は思わず変な声を出してしまう。
これまでの態度から気が付かないのはせいぜい海人くらいで、気付かれていないと思っているのは真帆だけであった。
あからさまに動揺をして、取り繕う余裕すらなかったのだが、問い掛けてきたのはアレイシヤで、彼女は真帆よりずっと幼い子どもである。
真面目に答えず誤魔化してしまってもよいのだが、アレイシヤの眼差しは真剣そのもので、決して冷やかしだとか、興味本位で問い掛けてきたようには思えない。
手にしていたハンカチをぎゅと握りしめた真帆は、躊躇いつつもアレイシヤへと思いの内を明かした。
「…………うん、……そう、だけど。……おかしいよね、私がだなんて」
「おかしい……? 何故、ですか?」
「だってそうじゃない。いっつも口喧しくしちゃうし……、今だって嫌な態度ばかり取っているし……」
「色々と言ってしまうのはそれだけ心配しているって事ですし、今の事でも、何かあったからそういった態度になってしまったんですよね」
「それは……」
「カイトさんは優しくって、とても素敵な方だと思いますが、何と言うのか……、そういった方面には疎いみたいですからね。マホさんがやきもきする気持ちが分かります」
「そう、そうなのよ……!」
初めての理解者であると分かった真帆は驚きつつも嬉しいようで、アレイシヤの言葉に何度も頷く。
今まで溜まっていた鬱憤を、それこそ十年分くらいの気持ちを吐き出すように海人に対しての文句を並べる真帆だが、全てをぶちまける前に我に返り、また反省をした。
「――――こんなだからダメなんだよね」
「そ、そんなことは無いですよ! これまでずっと我慢していたのですから、言いたいことは沢山あるでしょうし」
「……ありがとう、アーシャちゃん」
「いえ、私は何も……。あの……、もう大丈夫ですか?」
「……うん。沢山吐き出せて、スッキリしたから今はもう大丈夫……かな。これからもつまらない事で腹を立てちゃうかもしれないけど……」
「その時はハッキリと言った方が良いと思います。カイトさんは言わないと分からないでしょうし」
「そうなんだけどね……。直接文句を言うのもなんだかなぁ~って」
取り敢えず、これからはいくら腹が立っても嫌な態度は取らないよう気を付けると真帆は誓い、外で待つ海人の元へと戻ったら、先程までの事をキチンと謝るとも決めた。
もう一度、お手洗いから出る前に真帆は鏡で自分の姿を確認する。
先程の酷い表情はそこに無く、元通りとまではいかないが、幾分かマシになったようであった。
まだ素直になるのには勇気が足りないのか、自身を奮い立たせるよう両頬を両手で叩いて気合を入れた真帆は一歩踏み出す。
「あの……、カイトさんへ想いは告げられないのですか?」
「へ……?」
ようやく平静を保てるようになり、いざ謝りに行こうとした矢先に背中から掛けられた言葉に真帆は驚き、つまずきそうになるのを何とか踏みとどまった。
「いやいやいや。私が気持ちを伝えても、困っちゃうだろうし……」
「そんなことは無いと思いますが……」
「だって、私はこんな性格だし、スタイルだって……」
余程自分に自信が無いのか、真帆はがっくりと項垂れてブツブツと自身の悪い点を述べている。
きっと大丈夫だと、海人ならそんな外見だけで判断したり、表面的な態度だけで断るような人じゃないとアレイシヤが言うと、真帆は藁にも縋るように彼女の言葉を信じ、小さく頷いた。
「でもね……。隠し事をしているようじゃ、やっぱり駄目なんだと思うの」
「隠し事……?」
「あ、いや、今のは何でもないの! それよりも、これ以上待たせたら悪いわよね。さ、行きましょう」
「あ、は、はい……!」
お手洗いを出て通路を歩いた先。壁際のベンチで海人は待っていた筈だが、そこに彼の姿は無い。
「……ねぇ、流石にこれは怒っても良いわよね」
「え、えっと、何かあったのでは……?」
ベンチには海人の姿だけが無く、買い物をした荷物はそのまま置かれていた。
幸い無くなった物はないようだが、不用心なことこの上なく、怒られても致し方ない。
荷物をほったらかして海人は何処へ行ったのか。それは間を置かずしてわかったが、海人はとんでもない場所であり得ない行動をとっていた。
「海人……っ?! 何をやって――――」
「カイトさん……!?」
吹き抜けで、広く解放的なエントランス付近にはステージが設置され、客席には多くの親子が座っており、ショーを観覧している。
今は女の子向けのアニメのキャラクターショーが上演されているようであるが、ステージ上では妙な展開になっているようだ。
敵である緑色の熊の頭と真っ黒い身体の着ぐるみは威嚇するように両手を上げ、ピンク色の髪の主人公は膝を着いて倒れている。
そして敵に屈した主人公を守るように立ちはだかるのは竜の頭部のような形をした兜と蒼い全身鎧を纏った者、海人であった。




