2.ラブコメ主人公の条件
子ども達を連れた夫婦に、学生位の女の子達、孫と祖母など、様々な人々が行き交うショッピングモール。
休日であって、人通りも多く、ぼうっと突っ立っていれば人波に押されそうであって、そのような光景にアレイシヤは圧倒されたようだ。
「今日はお祭りでもあるのですか?」
「いや、休日は大体こんなもんだ」
「あそこに舞台がありますけど……」
「ああ、あれは歌手のミニライブとか、お笑い芸人がコントをやるんだが……、今日はヒーローショーをやるみたいだな」
今朝方テレビで放映されていたヒーローのショーがあるとの事で、海人とアレイシヤはポスターを見て興味深げにしていたが、背後から咳払いが聞こえてきて振り返る。
腕組みをしてジトッとした視線を向けてくるのは真帆で、彼女は海人達を問い質した。
「二人とも、ここに来た目的を忘れていないわよね」
「「……はい」」
「よろしい。じゃ、まずは――――」
日曜日。重蔵の提案でアレイシヤに町の案内と身の回りの物を買い揃えるため、海人は彼女と真帆との三人で出掛けていた。
当初は先に買い物をすれば荷物になるからと、まずは町を案内しようとしたのだが、出掛けて早々につまずいてしまった結果、予定は変更となったのである。
「さて、どっから案内するかな~」
真帆の支度も整い、竜堂家を出た三人。
何処から行くべきかと考えている海人にフラフラと歩きまわるよりも目的に沿った案内が良いだろうと、真帆は提案をした。
「何かあった時の事を考えて、学校へと向かうルートでいいんじゃないかしら」
「そう……、だな」
有事の際に直ぐに落ちあえるよう、目印になるような施設を重点的に案内していこうという話になり、歩き出した海人達。
状況が状況であるからして、呑気にしていられないのは理解しているが、町の案内ひとつでも危機的状況を想定してでの事となり、海人は申し訳なく感じる所であるが、アレイシヤは全く気にしていないようであった。
「あそこは交番で、俺が間に合わない時はあそこに頼るしかないな」
「そう……ですか」
何かあれば一般人よりは警察官の方が頼りになるだろうと、交番を案内する。
一応アレイシヤの事を問われないようにと遠巻きに見ていたのだが、次の目的地に行く前に海人達は背後から声を掛けられてしまった。
「あれ? 君は確か――――」
自転車を降りた若い警察官、安居康彦は人懐っこい笑みを浮かべながら海人の傍へと近づき、フレンドリーに話しかけてきた。
「海人君だよね。今日はヒーローごっこはやってないのかい?」
「ヒーローごっこって……。俺がやっているのは人助けであって、ごっこ遊びでは無いです。と言うかそもそも俺とビクトリーレッドとは何の関係もな――――」
「あれれ? 君達は……。……休日に女の子達を侍らせるなんて、海人君も隅に置けないなぁ~。何だかんだと言って、やる事はやっているんじゃないか」
「は? いやいや、二人は――――」
つい最近赴任してきたせいか、安居は真帆と初対面であったようで、下世話な想像をしているようだった。
取り敢えず誤解を解こうと、真帆は幼馴染だと簡単に紹介できるのだが、問題はアレイシヤである。
一応こういった時の事も考え、説明も用意していたが、海人が紹介すると安居は首を傾げた。
「――――海人君の従妹? この子が……?」
顔からつま先までまじまじとアレイシヤの姿を見る安居。
アレイシヤは銀髪に翠眼と、日本人離れした容姿であって、海人の親戚かどうか疑われるのは当然である。
けれども海人達には上手く理由づける言い訳が用意されていた。
「俺の母はドイツ人で、アレイシヤは母の妹の娘なんです」
「母親がドイツ人……? そういや海人君の目は碧眼だけど……。へぇ~、僕はてっきりカラコンかと思ったよ」
「コ、コンタクトなんてしていませんよ……」
「そっかそっか~。で、海人君のお母さんは今何処に?」
「仕事で海外に居ますけど」
「え……? お父さんは?」
「…………母と一緒に」
アレイシヤの姿を見て、海人の母親の姿も気になったのか、安居は軽い気持ちで根掘り葉掘り聞いてきて、その上で訝しんだ。
「両親が海外出張で、美人な幼馴染が居て、その上こんなに可愛い従妹と一つ屋根の下だなんて……。…………そんなのラブコメ物の主人公みたいじゃないか!」
「はぁ……?」
「あり得ないだろ!? 現実的に考えて!」
カッと目を見開き大声を上げて否定する安居は、何とも言えない哀愁を漂わせている。
誰が何と言おうとも、海人の両親が仕事で海外に居るのは事実であって、真帆はお隣に住んでいる。アレイシヤの件については嘘を吐いているが、現実的にというと彼女にはもっと非現実的な部分があり、安居の言い分は大したことでは無いように思える。
言いがかりをつけられて、絡まれていて、どう答えたらいいのか海人達が戸惑っていた所、彼らの元に助け船が現れた。
「安居君」
「よ、横峰部長!?」
「若い子達に絡んで、君は何をやっているんだい……」
「いやいや、自分は悪く無いっスよ。この子が妙な事を言うもんで――――」
「海人君が?」
事情を聴き、やれやれと呆れた横峰は安居に言って聞かせる。
長年交番に勤めている横峰は海人の事を小さな頃から知っており、両親の事も存じていた為、説明するのに海人達は口を挟む事も無かった。
海人達の言葉は全く信用しなかった安居だが、横峰の言葉はアッサリと信じてしまうようであって、それでも疑ってかかるのが警察の仕事ですからと全く悪びれた様子が無く、結果横峰にこっぴどく叱られていた。
「――――……はぁ。どうなる事かと思ったわ」
横峰達に見送られて進んだ先はコンビニの前で、飲み物を購入した海人達は店の前で一息ついた。
緊張からカラカラになった喉をペットボトルの紅茶で潤した真帆はホッと胸を撫で下ろし、先程の出来事を愚痴った。
「横峰さんが居て助かったよなー」
「ホントそれ。逆に何?あの安居って人。一応は謝っていたけど、反省していないみたいだし……」
「その点は……まぁ、そうかもしれないけど、悪気はなかったみたいだぞ」
「そうかしら? ……変なやっかみで絡んできていたように思えるのだけれど……」
ヘラヘラとした態度が気に食わなかったのか、真帆は安居に対しての愚痴をこぼしており、海人も流石に思う所があったのか、彼女と同調とまではいかないが、安居の擁護は程々にしかしなかった。
出掛けて早々肝を冷やし、安居の態度に呆れ、横峰に感謝をしていたが、ここで気持ちを切り替えようと、本来の目的である町案内に戻ろうとするも、アレイシヤの表情が浮かないでいることに気付き、海人は踏み出さずにその場へ留まった。
「アーシャ? どうかしたのか……?」
「あ、いいえ……。何でもないです」
フルフルと首を横に振るうが、視線は落ちていて、なにか思い悩んでいるようである。
安居の態度が不快であったのかと問うも、どうやら違うらしく、アレイシヤは自分に責があると頭を下げた。
「私の見た目のせいでご迷惑を掛けて、申し訳ありません……」
「そんな……! アーシャちゃんのせいじゃないのよ。さっきのはあの安居って人が疑り深いだけであって――――」
異質なものを見る目というのは心地よいものではない。
安居がアレイシヤに向けた視線は決して排他的なものではなく、寧ろ好意的なものであるが、他の者と違うものとして見られている事には間違いなく、その結果ああなった訳で、それは自分のせいであると彼女は自身を責めているのであった。
「俺達なら気にしていないから。寧ろ俺の方が普段変な目で見られることが多いし」
「え……? カイトさんが……?」
「そう言えばそうよね……。アーシャちゃんは見たことある? 海人のあの恰好」
「あの恰好……?」
二人が例に出したのは、海人がヒーローとして活躍する際に身に付ける手作りヒーロースーツの事である。
今でこそこの町ではご当地ヒーローとして認識されているが、この町の者でない人が初めて海人のヒ-ロースーツ姿を見ると、十中八九奇異の目を向けるのであった。
「海人の場合は自業自得だけど、アーシャちゃんの場合は自分じゃどうしようもならないでしょ? ……と言うか、変な目で見てくる方が悪いんだし」
「……そうだな。だけど、さっきの安居ってお巡りさんはアーシャの事を可愛いって言っていたし、決して悪い意味では無かったんだと思うぞ」
「そう……ですか……?」
「ああ。まぁ、これからも視線は気になるかもしれないけどこればっかりはどうにもな……」
「逆にアーシャちゃんに嫌な思いをさせ続けるかもしれないわね。……ごめんね」
「そんな……っ。マホさんが謝られる事なんて……」
結局の所、他人にどうみられるのかを変える手立てはなく、アレイシヤに苦労を強いる事になると、その事で彼女が気負いすることは無いのだと海人と真帆は言う。
春の陽気に相応しくないどんよりとした空気が漂うが、このままでは駄目だと思い立ったようで、海人は気持ちを切り替えて明るく振る舞い提案をした。
「やっぱ服を先に揃えた方が良かったかもな。それから、帽子をかぶるとか……」
「確かに。その格好も人目を引いちゃうかもしれないわね」
「や、やはりそうなのですか……?」
「あ、変って意味じゃないんだけどね。ただ……、ちょっと浮いちゃっているかも」
「そう……なんですね」
服装を指摘されて落ち込んでいるというより、またまた迷惑を掛けているとアレイシヤは気に病んでいるようだが、気にすることは無いと海人と真帆は言い、一先ず服装を変えてみよう という事となった。
海人達は町の案内を切り上げて一旦真帆の家へ。
真帆の服はアレイシヤが着ると少し丈が長いが、ゆったりと着る服のようであって、キャスケット帽は目立つ銀髪を違和感なく覆い隠せた。
「……服装だけでも、変わるものですね」
「まぁそれもあるが、ここではそんなに気にする事も無かったのかもな」
町の案内は後回しにして先に買い物をと訪れたショッピングモール。
多くの人が行き交う中では外国人の姿は珍しくなく、服装もこちら側に合わせたアレイシヤの姿はさほど目立たないようであった。
「それでも、やっぱり服装は大事なんだと思います。……私が着ていたような服を身に付けている方は居なさそうですし……」
人目を気にせず歩けるのは嬉しいようであって、今では興味深げにお店を見ているアレイシヤ。
彼女は改めて服を貸してくれた真帆に礼を言い、買い物に付き合ってくれている事に感謝した。
「私は良いのよ。こうやって買い物に来るのも好きだし、これからアーシャちゃんを着せ替え出来るんだし」
「着せ替え……!? え、えっと、私は安くて機能性重視で良いので……っ」
「えぇ~、それじゃつまらないじゃない。重蔵さんからはたっぷり軍資金を貰っているんだし、お金の事は気にしなくても良いんじゃない?」
真帆も楽しんでいるようで、アレイシヤと並んで歩く姿は仲の良い姉と妹のようであって微笑ましい。
女性のショッピングに付き合うのは海人にとっては退屈な事であるが、気に病んでばかりのアレイシヤの表情が明るくなっているのは嬉しい事であって、今日ばかりは来て良かったと思っていた。
「まずは此処ね」
「こ、ここは……!」
「な……っ!?」
真帆が歩みを止めた場所。その店を前にして海人はいかに自分が楽観的であったのかを思い知らされる事となった。




