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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第2話 鍛冶師見習いの少女
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7.遠く離れた君を想う

 白亜の城の中の一室。宰相であるベルントが使用している執務室には獣の剥製や高価な壺などが飾られ、城内のどの部屋よりも豪奢であって、如何にベルントが権力を握っているのかが見て取れた。


「なに……? またしても転移装置が……?」


 手元の資料に目を通していたベルントは実に不機嫌そうに顔を上げ、どっしりとした執務机を挟んで向こう側に居る者を睨み付けた。

 騎士達のように力を持たぬベルントだが、彼は権力という強い力を持っており、彼に睨まれれば大抵の者は萎縮し、機嫌を取ろうと下手に出る。だが今回ベルントへと報告をしたのは一介の兵ではなく彼の側近であって、黒いローブを目深に被り表情は窺えないが、臆した様子はなく淡々と状況を述べていた。


「はい。しかし今回は兵が勝手に作動させた訳では無く、外的要因であると思われます」


 報告によると、今回は転移装置自体が破壊された訳でなく、異世界との繋がりである道が不安定になってしまったとの事である。

 今の所分かっているのはどこか別の場所で何者かが転移の術を行使した際、こちら側の用意していた道を勝手に使用し、その影響を受けたようだ。


「――――どいつもこいつも忌々しい……っ!!」


 机を握りしめた拳で叩き、その上山積していた書類を手で払いばら撒くベルント。

 はらはらと床に落ちた書類は傍に控えていたメイドたちが拾い上げ、整えて卓上に戻すが、集められた書類はベルントの手により握り潰され、あろうことかメイドたちに投げつけた。

 余裕のない醜態を晒すベルント。

 裏切り者による転移装置の破壊に次ぎ、兵士の勝手な行動により再度破壊され、そして今回の件となると流石に腹に据えかねたのか、みっともなく物に当たり散らすようである。

 実の所、裏切り者が現れた時点でベルントは相当怒りを覚えていたのだが、体裁を気に掛ける彼は怒り狂う所を他の者に見せる訳にもいかず、表では余裕を見せていたのであって、今の姿こそが本来の姿なのであった。


「――――次元を操る術を行使できるのは、我が国の王族でもごく一部と、魔王の一族ですが……」

「バカな……! 魔王は倒され、子孫も残されていない筈だ……!!」

「我々の与り知らぬ所で力を蓄え、機を窺っていたのかも知れません」

「何と……!」


 立ち上がり唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らしていたベルントは力が抜けきったようで、文字通りの重い腰をどっしりと椅子へと沈める。

 多少なりとも手こずる事は予想していたが、ここまでとなるとベルントも頭を抱えるようであって、彼は深い溜息を吐いた。


「……転移装置が使用できるまでどのくらいかかるのだ?」

「早ければ二十日後、遅くて三十日ほど掛かります」

「そうか……。ならばそれまでに部隊の再編と、引き続き内部の探りも進めておかねばならんな」


 異世界に逃亡した裏切り者の正体は宮廷に仕える鍛冶師見習いで、そのような者がたった一人で行動を起こしたとは考えにくい。

 二度目の件にしても素行の悪くない、寧ろ忠義心が高いグンターが軽率な行動に出たのも理解し難い。

 それらの事柄から内部に手引きする者が居て、その者が今も異世界侵攻の妨害工作を企て、暗躍していると考えられる。

 既に探りは入れてあるのだが、何分規模は大きく、直ぐには炙り出せずにいたのだが、その点もベルントは苦々しく思っていた。


「造反者の炙り出しは人員を増やしておきます」

「くれぐれも、気取られぬようにな」

「仰せのままに……。部隊の再編に関しましては、先程騎士団長達が集い、協議が執り行われたようでして……」

「そう言えば、そのような報告が上がっていたな」


 先程自身が丸めた書類が騎士団協議の報告書であったらしく、メイド達が皺を伸ばして整えたソレをベルントは実に不愉快そうな顔をして手に取る。

 異世界への侵攻に関する協議にベルントが列席しないのは、その場に集う者達と顔を突き合わせるのが煩わしいからであった。

 ベルント曰く、騎士達は皆、知力よりも筋力が発達しており、言葉よりも力でねじ伏せる様な野蛮な輩であって、自分のような弁が立つ者とはそりが合わないそうだ。

 実際は戦に関しての知識が乏しく、兵の扱いには慣れていないベルントを騎士達が小馬鹿にするのが我慢ならないのであるが、それ以上に騎士達自身にも問題があるのであった。

 ただひたすら己の力を高めてきた者達ばかりであって、とにかく我が強く、そのような者達が集えば話が纏まる筈もなく、実に無駄な時間を過ごすことになる。

 何度か無益で腹立たしい経験したベルントは大まかな方針を与え、騎士達に作戦を立案させ、後に目を通す形に変えたのであった。


「――――ふむ。まぁこれが妥当な案か」


 騎士達に任せておいてもロクな事にはならない。と、最初は決めてかかっており、実際の所長々と時間を掛けておきながら大した作戦ではないと鼻で笑っていたが、ここ数年はそれなりにベルントも納得するような報告が上がっていた。

 それは新設した第七騎士団の団長の力に依るところが大きいだろう。


「庶民の出であるが、使いどころはあるものだな」


 第七騎士団の団長、ルクレーノ・ファルステラは貴族でなく庶民の出であって、騎士学校を首席で卒業し、御前試合の新兵クラスで優勝した剣士であった。

 ベルントの息子、ヴァルトハインを下した点は気に食わないが、その実力は認めているようであって、他の騎士達とは違い、理知的である部分も評価していた。


「使えるものは出自を問わず……。流石、宰相閣下はお心が広い」

「なに、上に立つ者として当たり前の事をしているだけだ」


 褒められ、少しは機嫌が良くなったのか。ベルントは口角を上げ、手元の書類に承認の判を押し、傍に居たメイドに第七騎士団まで届けるよう遣わした。






 ベルントの元へと報告書が届く数刻前。

 各騎士団の団長達が集う協議会の場である一室は重苦しい空気に包まれて…いなかった。


「……紅茶か。スマンが酒は無いのか? ――――……このような場にだと? 酒でも飲まんとやっておられんだろうが」


 メイドへと無理難題を押し付けていたのはアウグスト・アルブレヒトで、彼は第六騎士団の団長である。

 隻眼で、厳つい顔の上に大柄であるアウグスト。歳を重ねているが未だ現役で、彼が属する第六騎士団は主に遠征を担い、陸地において第一線を駆ける一団であった。

 普段のアウグストは寡黙でいて、厳格であって、これぞ武人の鑑と言えるのだが、ここに来るまでに酒をあおっていたのだろう、今では赤ら顔でいて、酒は無いのかとメイドを困らせていた。


「……嫌だわ。これだからアル中親父は……。この豊かな香りを楽しむことが出来ないなんて……」


 アウグストへと難癖を付けたのは第四騎士団の団長、ルイーザ・フェアフューレンで、彼女は騎士団長達の中で唯一の女性騎士である。

 第四騎士団は女性のみで組織され、主に王族や貴族である女性の警護を担っている。

 団長という地位に上り詰めるからには、騎士としての力量は当然として備えているのだが、彼女の場合は美貌も誇りとしていた。

 緩いウエーブが掛かった黄金色の長い髪は美しく、腰はキュッと閉まり、豊満な胸元はブラウスのボタンが弾け飛びそうになる程であって、文句の付けどころは無い。

 唯一惜しい所と言えば真っ赤な口紅と濃いアイシャドウなどの厚めの化粧で、整った顔がけばけばしくなっている。


「まぁ確かに、姐さんの言う通りだが、オッサンの言う事も一理あるな」


 どっちつかずな返しをしているのは第三騎士団の団長、ローランド・マルフルーオで、彼の属する第三騎士団は海戦を得意とし、港の警備を主に担っている。

 逆立てた銀髪に小麦色の肌、衣服はラフな格好でいて、騎士というよりは海賊のような身なりであるが、彼は間違いなく騎士団の団長であった。

 彼は用意された飲み物より運んでいるメイドの方が気になっているようで、近づいたメイドの手を取ると腰を撫でてそのまま尻まで手を滑らせ、そしてキッと睨み付けられて逃げられてしまっていた。


「……」


 少人数ながらもやかましい室内。その中で一人どこ吹く風なのは、長身で長い黒髪を束ねた青年、クラウディオ・ブロヴェーゴで、彼は第二騎士団の団長である。

 第二騎士団は飛竜を飼いならし、竜騎士として空を駆ける空戦を得意としている。

 クラウディオも竜を従えているのだが、彼は竜と会話が出来るらしく、逆に人とは滅多に言葉を交わさない。

 協議の場には出てきてはいるものの、一言も発しないのは何時ものことであって、自身から何かを提案することは無く、問い掛けに対して頷くか首を振るかで返答するのみであった。


「……遅れて済まぬ」


 重い扉が開き、足を踏み入れた者は遅れた事を詫びて席に着く。

 アウグストよりも少しばかり年若いが、険しい顔つきであって、僅かな隙すらも見せないその者は第一騎士団の団長、ガイラルド・ヴァルムヴェントである。

 第一騎士団は王城の警備を主としているが、ガイラルドは全騎士団の総括もしており、多忙を極めていた。


「それでは、皆が揃いましたので、始めましょうか」


 そう告げたのは騎士団長達の中で一番年若い騎士。第七騎士団の団長、ルクレーノ・ファルステラであった。

 この場に居る他の男達と比べて細身であって、整った顔立ちで笑みを浮かべていて、見た目から騎士らしくは無いのだが、彼も一団を任される団長である。

 騎士としての実力は御前試合で証明しているが、彼はこの場においても臆すことは無く、ガイラルドの視線にも耐えうる豪胆さを持っていた。


「――――第五騎士団の団長の姿が無い様だが」

「エウゼビアス様からは体調が芳しくないとの事で、欠席の旨を伝え聞いております」

「ほう。後で酒でも見舞いに持って行ってやるか」

「アウグスト、エウゼビアスは何時ものアレ、でしてよ」

「まーた引きこもって何かやっているのか。よくも飽きもせずに……」


 エウゼビアス・テネブロが団長を務める第五騎士団は魔術を得意とする者が多く在籍し、エウゼビアス自身も剣技より魔術が優れている。

 第五騎士団は他の騎士団の補佐につくことが多いのだが、鍛冶師達とも関係が深く、魔導装具(ソルチ・キラーソ)の開発にも携わっており、エウゼビアスは研究の為に表に出ることは滅多にないのである。

 欠席者を除いた六名の騎士団団長。

 彼らが揃って議論するのは異世界侵攻についてであった。

 本来なら第六騎士団が部隊を整え、第一次侵攻を開始する予定であったが、それは副団長グンターの独断により転移装置が破壊された事で白紙となった。


「ならばこの俺様が、先陣を切ってやるか!」


 そう名乗りを上げたのはローランドで、彼は異世界侵攻について乗り気であるようだ。

 彼一人だけが名乗り出るのならば議論する必要は無い。ここで話はつくのかと思われたが、そう簡単にはいかないようだ。


「お待ちなさい。グンターが降り立った場は陸地だと聞いたわ。水が無ければ貴方の出番は無いのではなくて?」


 出る幕ではないと言い切ったのはルイーザで、彼女はクスクスと嘲笑う。

 小馬鹿にされたローランドは腹を立てた様子もなく、余裕を持ち合わせているようであって、陸上でも問題ないと、この場で実力の証明をしてやろうかと挑発をした。


「――――第四騎士団も名乗りを上げると言う訳か」


 ガイラルドの低い声はローランドとルイーザの睨み合いを一蹴する。

 第一騎士団を任されるだけあって、ガイラルドの騎士としての質は不動のものであって、気迫だけで他の騎士団長をねじ伏せてしまう。

 大げさに怯むわけではないが、やはり睨み付けられると居心地が悪いようであって、それでもこの場は譲れないとルイーザも名乗りを上げた。


「……では、第三騎士団と第四騎士団とで話をつけるがいい」


 ガイラルドは名乗りを上げなかったが、ローランドとルイーザに任せると言うよりも、好きにすれば良いと突き放すようであった。

 彼はこれで話は終わりだと言わんばかりに腰を上げ、続いてクラウディオも席を立とうとするも、彼らには待ったの声がかけられる。


「第七騎士団も名乗りを上げるのか?」

「はい。そして、皆さんにお願いがあります」


 席を立ち、発言をしたのはルクレーノで、彼は皆へと提案をした。






 協議の場はつつがなく終了した。

 結果として次に異界へと降り立つのは第七騎士団で、と言っても部隊長が第七騎士団に属する者で、第三と第四、そして第五騎士団からも部隊に加わる事となった。


「グンター殿の報告からすると、我々は異世界に対する認識が甘かったように思われます」


 これまで得ていた異世界に関する知識は勇者から伝え聞いたものであって、それから数百年は経過している。

 この世界においても技術は磨かれ、兵力も強まってはいるのだから、当然として異世界でも同様か、それ以上であるだろうと。その上、魔導装具(ソルチ・キラーソ)を纏える者と、グンターをこちらの世界に送り返した次元の魔術を行使できる者も居る。

 まずは異世界の現状を知る為に少人数の偵察隊を派遣すべきだと、ルクレーノは訴えた。


「……一先ず、衝突は避けられたか」


 その日の仕事終えたルクレーノは自室のバルコニーから夜空を見上げ、異界の地に降り立った者の事を想う。

 その者は小柄であって、華奢で、幼い姿なのだが誰よりも頑張り屋で、無益な争いを止めようとたった一人で異世界へと渡り、今も出来る限りの事を頑張っている。

 団長という立場故に大きく立ち回れはしないが、ルクレーノも同じ志であって、彼も出来る限り力を尽くしていた。


「……アーシャ。……無事でいてくれるといいが」


 ルクレーノは目を閉じ、瞼の裏に浮かぶ女性へと想いを馳せた。






「それじゃ、行ってくるぜ」

「はい、行ってらっしゃいませ。……あ、えっと、な、何かありましたら――――」

「分かっている。無茶はしないさ」

「は、はい……! それでも、お気をつけて」


 朝早く、竜堂家の玄関では海人が出掛けの挨拶をし、アレイシヤがそれに応える。

 ここの所、非日常的な事が続いたが、海人は何時もの日課、早朝パトロール兼体力作りのランニングを再開させた。

 何時も通りに戻ったとはいえ、パトロールは敵の襲来に備えるのもあって、警戒は怠ってはおらず、寧ろ以前より気を引き締めて海人は出掛ける。

 遠ざかる背中を見守るアレイシヤはふとその姿にある人物を重ね、遠い世界を想う。


「…………ルーノは無事でしょうか」


 自身をここまで送り出してくれた協力者であって、幼馴染でもある青年。

 その者は高い地位についておきながら、危険を冒して協力をしてくれている。

 もしかすると自分が転移した後に捕まってしまったかもとアレイシヤは不安をよぎらせるが、今の彼女には確かめる術はない。


「きっと、ルーノなら大丈夫……、ですよね」


 不安は拭えないが今は彼の想いを無駄にしないようにと、自分が出来る限りの事をしようとアレイシヤは再び誓いを立てるのであった。




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