5.黒衣の仮面男
かつて魔王により支配されていた世界、シュトラルヴェルト。
人々を救ったのは異世界の勇者で、その者は海人達が居る世界から召喚された。
魔王を倒し英雄となった者は元居たこの世界に戻り、アレイシヤの話によると子孫を残しているそうだ。
「……勇者の子孫……ね。当人なら凄い力を持っているのかもしれないのだけれど、子孫でも力を受け継いでいるのかしら」
異世界シュトラルヴェルトの中心国であるグランツドラッヘン。
かの国の王は病に伏しており、代わりに玉座に着いたのは姫であるレイゼリアであって、彼女を裏で操るベルント宰相は、かつて世界を救った勇者の居た世界、海人達が居る世界へと侵攻を目論んでいた。
事態を憂いた者達の協力を得てアレイシヤはこの地に降り立ち、侵攻を食い止める為に勇者の血族の力を借りると言うのだが、真帆は不安に思っているようだ。
「だ、大丈夫です……! その方は今現在も勇者としての力を失っていないそうですので」
この件についてはあまり探りを入れないで欲しいのか。アレイシヤの言葉には妙に力が入っていて、必死さが滲み出ている。
先程、堪え切れなくて泣いてしまった姿を見たせいか、海人と真帆はこれ以上追及すると追い詰めてしまうように感じ、この件に関してはアレイシヤの言葉を全面的に信じる事にした。
アレイシヤの事情と今現在の状況を知り、次に話すのは今後の事で、真帆はアレイシヤに問いかける。
「――――取り敢えず、事情も分かったのだけれど、その勇者の子孫が来るまで…ひと月だっけ。その間、どうするつもりなの?」
「そ、それについてですが――――」
海人と真帆が学校に行っている間、アレイシヤは海人の祖父である重蔵に事情を明かしたそうで、彼から滞在の許可を得ていたそうだ。
なんとなく予想はしていたものの、すんなりとは受け入れられないでいるのは真帆で、彼女は深刻そうな面持ちで不安を述べる。
「うーん……。重蔵さんはともかく、コイツと一緒の生活なんて大丈夫なのかしら?」
そう言って真帆が目線を向けたのは海人に向けてであって、どうやら女の子が男所帯の家で大丈夫なのかという心配であった。
「……? えっと、海人さんはお優しい方ですので大丈夫ですよ」
「うん。確かに海人は馬鹿が付くほどお人好しなんだけど、それとは別にね、ああ見えて彼も年頃の男子って言うのか……」
「おいおい真帆。何を言って――――」
「……私、見たんだけど」
「な、何を……?」
頬を赤く染めさせて、キッと睨み付けてくる真帆。
ハッキリとは言い辛いのか、ごにょごにょと誤魔化していて、それでもなかなか海人が気付かない為、彼女は意を決して指摘する。
「……海人の部屋のベッドの下の本」
「!!?」
「そ、掃除をしていたら偶々見つけたのよ! だ、だけど、あんなものを隠しているなんて……っ」
「ち、ちが……っ! アレは猿渡達が預かっていてくれって押し付けてきたものであって俺のじゃな――――」
真帆が海人の私室で見つけてしまったモノ。それは年頃の男の子なら興味を抱いてしまうのも仕方がないモノであって、隠し持っていてもおかしくはない。
海人は猿渡達からの預かりものだと必死に主張するも、中身を読んだのかという真帆の問いに対してあからさまな動揺を見せてしまい、結果として罵られる事となる。
「――――……と言う訳で、コイツも他の男と変わらないケダモノなのよ!」
「そ、そうなんですか……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 読んだからって実際にするとは限らないし、何より読んだら満足するっていうのか――――」
「……」「……変態……っ」
「そ、それに、いくらなんでもアーシャみたいな小さい子に手を出す筈がないだろう?」
ギリギリ中学生と言えるくらいか。アレイシヤは背も低く、幼い顔立ちであって、海人が持っていた本に載る女性達の体格とは明らかに違う。
いくら否定しても無駄であると諦めた海人だが、断じてロリコンではないと言い張る。追い詰められて咄嗟について出た言い訳であるが、それはますます真帆の視線を冷たいものへと変えさせた。
「……本の中には小さな子が表紙の漫画もあったんだけど?」
「それは雉岡の趣味だ……っ! 俺の趣味じゃな――――」
最低だの変態だのと非難する真帆と誤解だと弁明する海人。
またもや二人の口喧嘩が始まるのだが、アレイシヤが止めに入ることは無い。
彼女も彼女で海人の言葉に異を唱えたいようなのだが、ヒートアップする二人には届かないのであった。
「わ、私は子どもじゃ――――」
不毛な言い争いを収めたのは人ではなく、モノであった。
それはアレイシヤが先程海人達に見せた手のひらサイズの水晶で、彼女が肩からかけていた鞄の中から光を発し、キィンと高い音を鳴らした。
何事かと口論を止める海人と真帆。それと同時に彼らとさほど離れていない地面に現れる魔法陣。
虹色の光を放った魔法陣の上には一人の人が現れた。
「お前は……っ!?」
黒い外套に黒い衣服。黒衣に身を包んだ者は黒い仮面をつけてフードを被っており、表情は窺えない。体格は海人よりも少しばかり背が高いようで、肩幅から男性のように思われる。
得体の知れない者だが、この場に現れた様子から敵で間違いないだろうと、そう判断した海人は真帆とアレイシヤを守るよう前に出て問い掛ける。
「お前は一体何者だ……! シュトラ……何とかから来たのか!?」
「シュトラルヴェルトよ、海人」
冷静に突っ込みを入れている真帆だが、表情は強張っており、危機感は抱いているようだ。
一方でアレイシヤは海人達よりも状況を飲み込むのが遅かったようで暫く茫然としていたのだが、海人の言葉にハッとし、それからどうすべきか慌てふためいていた。
「おい、聞こえているんだろう?」
「……」
「……だんまりかよ」
武器を構える事も無く、こちらの様子を窺ってくる黒衣の男。
問答無用で殴り掛かるほど海人は浅はかではない。背後には守らなくてはならない者が二人いて、その存在が尚更海人を冷静にさせていた。
ここは慎重に、一先ず相手の出方を窺ってから対処しようとするも、相手が動かないのではどうしようもない。
時間はそれ程経っていない筈だが妙に長く感じられる時。
海人がしびれを切らす前に動きを見せたのは黒衣の男で、彼はあろうことか海人達に背を向けてこの場を立ち去ろうとした。
「待て……!!」
「カ、カイトさん……っ!」「海人……っ!」
こちらの力量を推し量って退却したとは考えにくい。とすると目的は何か。
黒衣の男が侵略者なら狙いはこの世界の人々を抹殺する事で、仕留め易い獲物を求めているのかと思われたが、そうでも無い様だ。
鳥居をくぐる前に海人の足で追いつくことが出来、この場に留まらせるよう肩を掴もうとしたが、伸ばした手は何も掴めず空を切った。
「……お前のような奴が……っ」
吐き捨てるように呟かれた言葉は海人の背後から聞こえた。
確かに目の前にあった姿が今では後ろに。いつの間にかバックを取られてしまった海人。
黒衣の男は邪魔な虫を叩き落とすかのように手刀を振り下ろすが、それは蒼い篭手によって防がれた。
「……あ、ぶね……っ! やっぱりアンタは敵か……っ!!」
「…………チッ!」
咄嗟に鎧を纏った海人に対し、黒衣の男は忌々しげに舌打ちをする。
攻撃の意志を感じられたなら容赦はしないと、今度は海人の方から打って出る所であるが、そう簡単にもいかない。相手は一歩先を行くように、こちらの手の内を読んでいるようで、伸ばした腕を容易く掴まれてしまった。
「……なっ?!」
一転する景色。気が付けば身体は宙を舞い、そして地面へと叩きつけられる。
身に纏っている鎧のお蔭か、ダメージは全くと言って良い程無かったのだが、敵の鮮やかな手並みに海人は目を見開いて口をポカンと開いて茫然としていた。
「やはりその程度か……」
「な、何だと……!?」
「貴様のような奴が……、何故だ……っ」
海人は無防備な状態でいて、止めを刺そうとすれば簡単に刺せる状態であったにも拘らず、黒衣の男は無様な姿を見下ろし詰るだけでいた。
男は尚も恨み言を呟くが、海人にとっては全く身に覚えのない事であって、男の正体すらわからない。けれども相手は海人の事を知っていたようで、強い恨みを抱いているようでもあった。
「……なんだか分からないが、言いたい事があるならハッキリと言ってくれ。それから、そろそろその仮面を取ったらどうだ? 顔も見せない奴とじゃ話にならないな」
「……っ」
こちらから手を出さなければ攻撃はしてこない。そう分かった海人は体勢を立て直し、飛び退いて距離を取って呼びかける。
ここまであからさまな敵意を向けられて腹が立たない事も無いが、そこまで不快にさせたのなら何か落ち度があったのだろうと、そう省みて理由を聞き出そうとした。
「……いい機会だ。お前がどのくらい愚かなのか思い知らせてやる」
歩み寄ったつもりの海人へと返される答えは拒絶であって、次の瞬間黒衣の男は地を蹴り出し向かってきた。
開いていた距離は一瞬にして詰められるが、油断していなかった海人は黒衣の男の拳を避けることが出来た。といってもほんの僅かにかわせただけであって、拳は海人の顔のすぐ傍を横切る。
海人が避け切れた事に驚きはせず、黒衣の男は容赦なく続けざまに攻撃を繰り出す。
続いた二発目も三発目も何とか避けられたが、四発目は篭手で防ぐしかなく、海人は段々と押されつつあった。
これまでに対峙した事の無い相手。
昨日相対した剣士ともまた違うその者は、誰よりも早く、その上相手の動きを読み切って攻め続ける。海人が鎧を身に纏っていなければアッサリと負けてしまっただろう。
避け続け、受け止め続けて海人が感じたのは殺意ではなく強い想いで、その男の拳には迷いが全くなかった。
「カ、カイトさん……っ! その方は――――」
アレイシヤが叫ぶ声が耳に届くが、落ち着いて聞く事は出来ない。
幸い敵の攻撃対象は海人だけであって、今の所アレイシヤや真帆に危害が及ぶことは無い。
だからといってこのまま攻撃を受け続け、ましてや敗北するなどあってはならない。
先程アレイシヤに安心して欲しいと、どんな奴が来ても追い返してやると宣言した手前、ここでむざむざと倒れる訳にはいかなかった。
「――――ここだ……っ!!」
「……っ?!」
攻撃を避けて、受け続けてやっと見えた一瞬の隙。
その瞬間を逃す事無く反撃に出るが、海人の拳は掌で受け止められてしまった。
先程と同じように、そのまま腕を掴まれて地に伏せさせられてしまうかと思いきや、同じ過ちは繰り返さない。
今度は海人が敵の腕を空いた手でしっかりと掴み、投げ飛ばそうとする。
「……そう簡単にもいかないか」
「…………フン」
柔道の一本背負いのように地面に叩きつけるのではなく、鎧の力により遠くに投げ飛ばす形となったが、黒衣の男はひらりと身を翻して着地する。
相手にダメージを与えることは出来なかったが、一方的にやられていた時よりは前進していた海人。その様子を目の当たりにし、少しばかり思う所があるのか、黒衣の男は仮面の下で笑っているようでもあった。
一方的でなくなった状況。
再び開いた距離を縮めるのは互いにで、海人と黒衣の男は同時に地面を蹴り出すが、二人の目の前に虹色の光を放つ魔法陣が現れ、足を止めた。
闘いに割って入ったのは魔法陣の上に立つ者で、その者は黒衣の男と同様の黒い外套に黒い衣服を身に付け、黒い仮面をつけている。
背の高さは海人よりも低く、身体のラインから女性のように思われた。
突如として目の前に現れた黒衣の女性は、黒衣の男に背を向け、そして海人の前に立ちはだかった。




