1.ヒーローの在り方
陸地まであと僅かという所で飛竜を操る第二の騎士団長、クラウディオの襲撃を受けた海人達。
窮地は駆けつけた第七の騎士団長であるルクレーノによって脱することが出来たが、それは海人とアレイシヤだけであって。
二人は他の者達と離ればなれになってしまった。
仲間の安否を気遣う海人は一人で皆を探しに行こうとするも、ここは右も左も分からぬ土地であって、言葉も通じない事から断念せざるを得なかった。
第二の騎士団と接触し、面が割れてしまった海人とアレイシヤ、そして二人を救ったルクレーノ。
彼らは追っ手から逃れるよう港町を出て、仲間達と事前に決めていた通りにグランツドラッヘン王国を目指す。
王国への道のりは長く、一朝一夕では辿り着けない。
ルクレーノの天馬でならば鬱蒼と茂る森も険しい山々も越えて一直線に王国へ向かえそうだが、乗れるのはせいぜい二人までであった為、移動手段としては使えなかった。
天馬は先に王国へと戻るようルクレーノが指示を出し、空に舞い上がる。
翼をはためかせて山の向こうに消える姿を眺めていた海人は、これから長い旅路が始まるのかと表情を曇らせていた。
平坦な場所は馬車で、山は徒歩で越えなければならないとなるとかなりの日数がかかる。
一刻も早くと焦る海人は悪い想像ばかりしていたが、移動手段として選ばれたのは意外なものであった。
「人数分の切符は用意しました」
「ありがとう、ルーノ。さぁ、行きましょう、カイトさん」
「あ、ああ……」
ルクレーノの案内で向った場所。
そこは町と町とを繋ぐ乗り物が停留する所、駅であって、線路の上には箱状の乗り物が連なって停まっていた。
車両の見た目は海人達の世界にある列車と変わりないが、動力は電気や石炭ではなく魔力を含んだ鉱石を使うそうだ。
「――……カイトさん? どうかされましたか?」
「あ、いや……。何でもない……」
「そうですか? もしかして、列車の違いが気になりましたか?」
「え!? いや、その……」
「驚くのも無理はないですよね。カイトさんの世界ではぎゅうぎゅう詰めになって乗るんですから」
「あれは通学とか通勤のラッシュで、いつもって訳じゃ……」
車両の中には吊り革が無く、真ん中を通路としてその左右に座席が向かい合うようにして設けられている。
乗客も多くは無く、海人達も空いている場所を探し回る事無く腰を下ろせた。
アレイシヤは海人の世界の満員電車との違いを話題にしていたが、海人が気に掛かったのはそこではなく、彼はこの乗り物自体に驚いていた。
海人の頭の中では異世界シュトラルヴェルトは剣と魔法の世界であって、ここまで文明が進んでいるとは思わなかったようで。
それをそのまま口にするのは流石にマズいと判断したようで、誤魔化し複雑な表情をしていたという訳だ。
居心地悪そうにしていた海人を見兼ねてか、ルクレーノはアレイシヤの話に補足した。
「王国に近づけば乗客も増えますし、車両も等級が高い物へと変わり、座り心地が良くなりますよ」
「そ、そうですか……」
「まぁ貴方の居た世界の物に比べれば大した事はないでしょうけど」
「い、いや、そんな事はないですよ!」
謙遜しているようだが、それは嫌味とも取れる言葉であって。
海人は返答に困っていたが、相手の表情は爽やかなもので皮肉を言うようには見えない。
彼は恩人であって、アレイシヤが信頼している者であって、海人達の協力者でもある。
接し辛いと感じつつも疑うのは良くないと思い直し、海人は首を横に振って気持ちを切り替えた。
海人達は幾つかの町や村を経由して、グランツドラッヘン王国内の商業で栄えている都市を訪れていた。
先を急ぐなら列車が走らなくなる時刻まで乗れば良いのだが、ここでは海人達は昼間に宿を取り街に出ている。
町と町との間は列車で。今のところは野営をすることなく毎晩宿に泊まれていて不自由はないようだが、衣服を洗濯したり消耗品は補充しなくてはならない為、こうして日中の街を巡っていた。
「……これで全部、か」
「はい。ええっと、やはり私も幾つか持ちましょうか?」
「いや、このくらい大丈夫だ」
列車と同じく、この世界には海人達の世界にあるコインランドリーの様な店があり、洗濯が出来る魔道具設備がない安宿に泊まっていた海人達は店を利用していた。
ランドリー袋に詰められた衣類に、消耗品が入った紙袋。
それらを抱えて歩く海人は平気そうな顔をしているが、見ていて不安になるようで。
アレイシヤは海人ばかりに負担をかけて申し訳ないと頭を下げた。
「荷物持ちをさせてしまってすみません……」
「アーシャが気にする事じゃないよ。それに、俺にはこれくらいしか出来ないからな」
「カイトさん……」
異世界とあって、魔獣がそこかしこに蔓延っているかと思われたが、そのような事はなかった
魔王を討ち魔族との争いを終わらせた世界では人に害をなす魔獣は大方狩り尽くされ、人が立ち入らぬ場所にしか生息していないそうだ。
そもそも移動手段が列車という事で海人達が戦うとすれば追手が現れた時くらいである。
幸いにこれまで追っ手と遭遇はしなかったが、列車を止めて襲撃を仕掛けてきた山賊はいた。
そこでようやく自分の出番かと、海人は勇んで山賊と戦おうとした。
だが鎧を纏うのは目立ち過ぎるという事で。
山賊はルクレーノが一人で全て倒してしまい、海人は出る幕も無かったのである。
戦う場面が無く、ルートの選択や宿の手配なども地理に疎く言葉も通じない海人には無理なようで。
全く出番のない彼は自身の無力さに苛まれているようであった。
「カイトさん、少しだけ休んでいきませんか?」
「いや、でも。俺達はなるべく人目につかない方が……」
アレイシヤは海人を気遣い、優しく声を掛けた。
だが海人は彼女に甘えられないようで、けれどもそれを素直に口には出来ないようで。
それらしい言い訳を見つけて誘いを断った。
「あの手配書なら問題ありませんよ。カイトさんは鎧を纏っている姿ですし」
「確かに……、そうだな。アーシャなんか全然似ていないし」
「そうですか?」
「ああ、あんな酷い面に描くなんて絵心が無いんだろうな」
海人の視線の先にあるのはギルドで、建物の前には掲示板があり、そこにはお尋ね者の似顔絵が張り出されている。
殺人犯や強盗団の一味や詐欺師などの犯罪者が凶悪な面を並べる中、蒼い鎧を纏った者と銀髪の少女と整った顔の青年の似顔絵が。
それらは海人達で間違いないのだが、本人と似ても似つかない凶悪な面で描かれていたのである。
「手配書というのは凶悪犯を世に知らしめる物ですから、人相を悪く描くのはおかしくないのかも知れません」
「そうか……、成程。それにしてもアレは無いよ。本物は……――」
「……?」
「い、いや。何でもない。……そうだ、ここの広場で少し休もうか」
「は、はい。そうですね」
あのような姿に描かれているのが腑に落ちなかった海人は思わず妙な事を口走りそうになったが、直前で思い止まり話題を変えた。
アレイシヤは不思議そうに首を傾げていたが海人の提案に異論はないようで、二人は噴水の傍にあるベンチに腰を下ろした。
「……なんか、この世界が俺達の世界に侵攻してきているってのが信じられない光景だな」
先程訪れた市場は店主と客とのやり取りが盛んで活気に溢れており、今現在居る広場では子ども達が駆け回りはしゃいでいる。
街の中は平穏であって、それはこれまで訪れたどの村や町も同じ様子で。
戦時中であるというのが嘘かと思えるくらいに穏やかであった。
「それは……、次元を隔てているからだと思われます」
「この世界から攻め入る事は出来ても、俺達の世界からだと簡単に次元を越えられないから攻め入られる心配がないって事か」
「はい、そうです。加えて王国から民衆に知らされる情報は王国にとって都合の良いものばかりで……」
「情報統制ってやつか……」
手配書が出回っている海人達の情報も王国の兵士に危害を加えたという罪状で、海人が異世界の者である事は記されていないらしい。
徹底的な情報操作で成り立っている平穏。
侵略者側がこの様な平和を享受していて海人は快く思わなかったのではないのかと、アレイシヤは不安になり何も知らぬ者達に代わって謝ろうとしたが、海人は首を横に振った。
「アーシャが謝る必要は無いさ」
「で、ですが……」
「平和なら何よりだ。それはこっちの世界でも、向こうの世界でも変わらない」
「それは……。そうかもしれませんが……」
「ヒーローってのはそういうものだろう。人知れず戦って、皆を守って」
特撮モノのヒーローの大概は正体を隠して悪と戦う。
突然怪人が巨大化しても、そこに巨大ロボが現れて戦い始めても、程なくして民衆は何事も無かったかのように日常に戻る。
それはフィクションで、都合の良いものなのだが、海人はそれで良いと言い、自分もそのようなヒーローになりたいと願っていた。
「それに、侵攻してきているって言っても、皆がそれを望んでいる訳じゃないんだろう」
「そう……、ですね……。ですが……、加担していなければ良いという訳ではなくて、皆で異を唱えて蜂起していれば……。カイトさん達を巻き込まずに済んでいたのではと思うのです」
安寧の日々を過ごす民衆に思う所があったのは海人ではなくアレイシヤのようで。
彼女は自責の念に駆られ、過ぎてしまった事を後悔し、謝罪の言葉を述べている。
一人異世界に渡り、侵攻を止めようとしていた彼女が頭を下げる事など無い。
海人は俯いている彼女に気に病むことは無いのだと言った。
「アーシャが一人でそこまで背負うことは無いさ」
「カイトさん……」
「それから、間違っていると思っていても王に楯突くなんて、普通は出来ないだろう」
「……で、でも」
「皆が皆力を持っていて強い訳じゃない。身近に居る大切な人を守ろうと思えば無茶は出来ないだろうし」
「……」
「まぁとにかく、宰相をどうにかして侵略を止めれば万々歳って事だ」
「……はい」
スクっと立ち上がった海人は大きく身体を伸ばし、空を見上げる。
広がる青空は鬱屈としかけた気持ちを晴れやかにするようで。
海人につられて空を見上げたアレイシヤは眩い陽の光に目を細めつつ笑みを溢した。
「カイトさんはヒーローのようにではなくて、ヒーローそのものですね」
「え!? ほ、本当にそう思うのか?」
「は、はい……。敵味方関係なく弱い者は守るという心はヒーローである証拠だと思います」
「そ、そうか……。なんか、嬉しいけどそう言われると気恥ずかしさもあるな」
「それは褒められ慣れていないからではないでしょうか」
「確かに。だがヒーローってものは賞賛を浴びる為じゃなくて、皆を守る為に戦うのであって――」
アレイシヤにヒーローのようだと言われて喜びにやけていた海人だが、すぐさまヒーローの在り方について考え始めて。
コロコロと表情を変える姿がおかしかったのか。
先程まで暗い表情だったアレイシヤは控えめにだが声を出して笑っていた。
改めて海人のヒーローに対する想いを知り、アレイシヤはふとある事に気が付いたようでポツリと溢した。
「きっと、ジョージ様も同じような考えを持たれていたのですね」
「……ん? あの親父が? 俺と同じ……」
「そ、そのような露骨に嫌な顔をされなくても……」
「いや、やっぱり親父と同じというのはどうかと……」
譲司と同じであると言われて眉間に皺を寄せていた海人だが、何処が同じなのか気になるようで。
嫌な顔をしつつもどの辺が同じなのかとアレイシヤに問い掛けた。
「ジョージ様は魔王を倒した英雄として、この世界で永劫に称えられる筈でした」
「あの親父をなぁ……。未だに信じ難いが」
「え、ええっと……、その……。え、英雄には有り余る富だけでなく、一国も与えられ、グランツドラッヘン王国の姫が妃にという話もあったのですが、ジョージ様はそれらを全て断り、異世界に戻られたのです」
「称賛を欲しない……、富や名誉の為じゃないって事は同じか」
これまでの譲司の行いは目を覆いたくなるような事ばかりで。
女性関係がいい加減で、海人との稽古を真面目にしないなど、海人にとって譲司は良い印象が無かったが、アレイシヤの話で少しは見直したようだ。
人々を虐げていた魔王を討ち果たし、与えられる名誉に驕る事はなく、褒賞を手にして理性を失わず、そもそも受け取りすらもしなかった姿はまさに海人が憧れる英雄そのもので。
そのような人物が父であることが誇らしくも思い掛けたが、すぐにこれまでの行いと小馬鹿にしているようなにやけ顔を思い出し、海人は首を振った。
これ以上譲司の過去を褒め称えたくは無かったのか、海人は話題を逸らし始めた。
「それにしても、親父がその時にこの世界に残らなくて良かったな」
「……え?」
「だって、そうだろう。そうじゃなきゃ、俺はこっちの世界で生まれていて、アーシャや皆と会う事は出来なかったんだからな」
海人達の世界とシュトラルヴェルトとでは時の流れが違う。
魔王が討たれたのは数百年も前の事で、譲司が異世界シュトラルヴェルトから戻っていなければ、海人は数百年前に生まれてアレイシヤや皆と出会う事も無かっただろう。
「……カイトさんは本当にそれで良かったのですか」
「……? それはどういう意味で――」
「あ! えっと、その……、色々と危険な目に遭って、戦いに巻き込まれて……、それで良かったのかなと思いまして……」
「ああ。あの時ああすれば良かったという後悔もあるし、これから先もどうなるか分からない。だけど、皆やアーシャに出会えて良かったと思うし、今の自分を否定するなんて事は無いよ」
「そう……、ですか……。私も、カイトさん達に出会えて良かったと思います」
仲間とも合流できず、先行きは不透明で。
それでも海人はきっと大丈夫だと。己の力不足を時折感じつつも、根拠のない自信で前を向く事が出来た。




