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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第14話 異世界シュトラルヴェルト
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8.見知らぬ街に一人きり

 気が付くとそこはこれまで居た場所とは全く違う場所で。

 船に乗り、陸地を目指していた筈の海人は見慣れぬ一室のベッドの上で目を覚ました。


「ここは……――」


 魔王城の物には劣るが寝心地の悪くないベッド。丸いテーブルと二脚の椅子。

 何一つ見覚えがない一室に至るまで一体何があったのか。

 海人は寝起きの冴えない頭で思い起こそうとしたが、そうする間は与えられなかった。


「――……気が付いたのですね」

「……っ!?」

「ああ、まだ無理はしないように。暫くは横になっていた方が良いと思います」

「だ……っ」

「……? どうかしましたか? どこか痛むとか……」

「だ、誰だ!?」


 ベッドの横に置かれた椅子に座り、海人に声を掛けてきたのは整った顔立ちの青年であった。

 身を案じていた様子に細身の身体つき、友好的な笑みを浮かべているなど、一見すると人畜無害そうで。

 けれども海人にとっては初対面の者であって、警戒をせざるを得なかった。


「ああ、名乗るのを忘れていましたね」

「いや、その姿、何処かで――」


 青年が名乗る前に海人はハッとして記憶を呼び覚ました。

 それは彼が意識を失う前の事。

 後僅かで敵地に踏み入るという所で敵の襲撃に遭った時の事である。






 海人達が乗っていた船は急降下してきた飛竜によって破壊され、反動で皆の身体は浮き上がり海に投げ出されてしまった。


「アーシャ……っ!!」

「カイトさん……っ!!」


 海人は咄嗟に水神龍の鎧を纏い、傍に居たアレイシヤを抱きかかえた。

 海上で船を失った際に鎧を身に着けるなど悪手であって、寧ろ早く脱がなければならない所であるが、海人の選択は間違っていなかった。

 彼が身に纏う鎧は水を自在に操る力を秘めており、その力で海人は水面に降り立つ事が出来たからだ。


「怪我はないか、アーシャ」

「は、はい、ありがとうございます」


 互いの無事を確認してホッと息を吐く暇は無い。

 敵である飛竜の狙いは海人達であって、攻撃を避けて無事であったことから再び攻撃対象と認識されてしまった。

 飛竜は一旦空に舞い上がると先程と同様に急降下し、鉤爪で攻撃を仕掛けてくる。

 人より遥かに大きな飛竜はその姿だけで恐れを抱かせるに至り、唸りながら襲い掛かってくるならば怯まずにはいられない。

 だが海人達は事前にアルドアーズとの特訓で飛竜と対峙していた為、その場で立ち竦むことは無かった。

 空を自在に舞う飛竜であっても海上を走り飛び回れる海人を上手く捉えられはしないようで。

 アレイシヤの指示を頼りに敵の攻撃を上手くかわしつつ、海人は状況を把握しようと船の残骸が広がる周囲を見回した。


「み、皆は……っ!?」

「あ、あちらに! 皆さんは無事のようです……!」


 アレイシヤが指差した先には他の者達の姿が。

 皆は遠藤の術によって船の残骸の上に立っており、海で溺れる事を免れていた。

 一先ず皆の無事は確認できたが、そこでまた気を緩められない。

 真帆や猿渡など、遠距離攻撃が出来る者がこの状況を打開しようと攻撃を仕掛けているが、それはもう一匹の飛竜に跨る術師によって打ち消されているようだ。


「カ、カイトさん! 私を皆さんの所へ――」

「ああ! 分かっている」


 武器を持たぬ海人はアレイシヤを抱えたままでは上手く立ち回れず逃げ回る事しか出来ない。

 アレイシヤが攻撃の術を使用するという手もあったが、放った術は槍を手にした竜騎士と飛竜の羽ばたきに全て掻き消されてしまった。

 状況を変える為、海人はアレイシヤを皆の元へと送り届けようと試みるが、竜騎士は合流をさせまいと立ちはだかる。


「……っ! 一体どうすれば……っ」

「カイトさん、お願いがあります」

「もしかして何か良い案が――」

「私を下ろしてください!」

「な……っ! 何を言って――」


 ここで手を離してしまっても構わないと言うアレイシヤ。

 驚く海人に対して彼女は泳ぐのは得意だからと、真剣な表情で訴える。

 当然として海人はアレイシヤの願い出を断り、自分が何とかすると言い張った。

 アレイシヤを危険な目には遭わせられない。

 だが、このままいけば海人の精神力は尽きてしまい、鎧を身に纏えなくなり、二人とも海に身を投げ出す事となる。

 飛竜が先に力尽きるとは考えにくく、持久戦は端から望めなかった。


「このままだと全滅してしまいます! わ、私ならきっと大丈夫、ですので!」


 そう言ったアレイシヤの手は微かに震えており、恐怖を感じていない訳ではないと分かる。

 己の犠牲を厭わないようであるが、それは恐れを無理やり抑え込んでいるだけであって。

 やはり海人は彼女を見捨てるという判断を下せなかった。


「カイトさん……っっ!!」

「……なっ!?」


 これまで敵は獲物を追い詰めて遊んでいるかのようであったが、ついに本性を表す。

 空に舞い上がり距離を取った飛竜は口内に溜め込んだエネルギーをブレスとして放ち、辺りに幾つもの水柱を立たせた。

 その威力は凄まじいもので、海上に残されていた船の残骸が綺麗に消し飛ぶくらいであって。

 直撃を免れなかったと、海人は己の判断を悔いかけていたが、身体に衝撃は無く、腕に抱いていた者も無傷であった。


「――――……間に合って良かった」


 水飛沫が雨のように降り注ぐ中、響いたのは聞き慣れない男の声。

 海人達の目の前にはいつの間にか一人の青年の姿が。

 その者は剣の切っ先を空へと向けており、その先に居る竜は唸り声を上げて身悶えていた。






 海人とアレイシヤの前に現れた青年は海人と同じように水面に立ち、手にした白銀の剣で竜騎士と互角に渡り合った。

 彼が何者なのか明らかではなかったが、竜騎士と対峙し、海人達を守ろうとして立ち回るならば敵ではないのだろう。

 何にせよ彼の登場により形勢は変わり、海人達はこの窮地を乗り越えられる。

 そう思われたが、事は上手く運ばれなかった。

 これまで遠藤達に攻撃を仕掛けていた飛竜と術師が竜騎士の援護に回り、青年は敵の攻撃を一手に引き受ける事となったからだ。


「――――……そうだ、あの時俺は……」


 状況が不利と見るや否や、青年は海人にアレイシヤを連れて逃げるようにと言った。

 陸地は見えているが遠くにあって、ここは海の上であって、逃れる先など無いように思われたが、青年は手段を用意していた。

 それは彼と共に現れた空を駆ける羽の生えた馬、天馬で。

 天馬の速さならば安全な場所まで逃れられるそうだが、海人は首を縦に振らなかった。

 遠藤達とは分断されたままであって、天馬にはせいぜい二人くらいしか乗れない。

 当然として海人は仲間を見捨ててはいけないと言い張り、アレイシヤだけを天馬に乗せて戦おうとしたが、彼の意識はそこでプツリと途絶えてしまった。


「み、皆はどうした!? どこに居るんだ!!」


 己の身に何が起きたのか、未だ分からぬ所が残るが何よりも気に掛かったのは仲間の安否で。

 海人は傍に居た青年を問い詰めるが、彼は落ち着くようにと言って宥めるばかりで話にならない。


「今は落ち着いて……――って、ど、何処に行くつもりですか!」


 言葉を濁す青年に埒が明かないと感じたのか。

 海人はベッドから勢いよく起き上がり、青年の静止の呼びかけを無視して部屋の外へと向かった。

 飛び出した所で海人に行く当てなどない。

 だが整理のつかぬ頭では冷静な判断が出来ないようで。

 皆の無事を確認したいという一心で海人は部屋を出て階段を駆け降り、荒々しく扉を開いて建物の外へ。

 目の前に広がる景色は賑やかな町並みで、当然として先程まで居た筈の海は広がっておらず、誰一人として仲間の姿も無く、飛竜の影さえも無い。

 先程の凄惨な光景が嘘であったかのような穏やかな様子。

 耳に届くのは行き交う人々や商人達の威勢の良い掛け声で、それらは海人に理解できない言葉であった。

 街並みに、言語に、鮮やかな髪色や獣の耳を生やした人種など、辺りは異彩を放つ物に溢れており、それらはますます孤独を際立たせて。

 茫然としていた海人は足元から崩れかかったが、彼は駆け寄ってきた者に支えられて転倒を免れた。


「カイトさん……っ! 目覚められたのですね」

「……アーシャ。アーシャは無事、だったんだな……」


 倒れかかった海人はアレイシヤに抱き留められた。

 仲間を全て失ってしまったと思い込み、絶望に打ちひしがれていた海人は彼女の姿を見て喜びを抑えきれなかったのだろう。

 思わず小さな身体を抱きしめ、そのまま崩れるようにして膝を地面に着けた。

 瞳を潤ませる彼の姿は情けなくもあるが、アレイシヤは馬鹿になどせずに。

 しっかりと抱き、頭を優しく撫でて、穏やかな声で無事であったと伝えた。


「私はこの通り、平気ですよ」

「そうか……。良かった……」

「はい……。カイトさんも無事で何よりです」


 暫くそのままに。伝わる温もりで互いの無事を肌身に感じていたが、海人はハッと我に返りアレイシヤの肩を掴む。

 彼がアレイシヤに問い掛けたのは他の者の安否で、僅かな希望を抱いていたが、待ち構えていたのは残酷な現実であった。


「皆さんの行方はまだ……」

「……っ」

「い、今のところ敵に捕えられたという情報もありませんし、遺体が見つかったという報告もないようですので……」

「どういう事だ!! あの時何が――」


 現実が受け入れられない海人は事実を否定する言葉しか吐けず、感情を目の前の者にぶつけてしまっただけでなく、力加減さえも誤ってしまう。

 彼に肩を掴まれていたアレイシヤは痛みからか表情を歪ませるが、決して振り払おうとはせず受け入れ、どうにか落ち着かせようとしていた。


「お、落ち着いて下さい、カイトさん。先程ギルドに行って伝言を――」

「ここは何処なんだ!? 俺達が居た場所はどっちの方角だ!?」

「カ、カイトさん……」

「アーシャ。彼に付き合うのはそこまでにしておいた方が良い」

「……!」


 我を見失っていた海人の手は割入って来た青年によって掴まれ、アレイシヤの肩から離された。

 茫然としている海人を見下ろす青年は先程の穏やかな笑みを浮かべておらず、憐れみの視線を向けている。

 気が付けばアレイシヤは青年の傍に寄り添い、表情を曇らせて戸惑った様子であった。


「貴方は……、少し頭を冷やすべきです」

「……ア、アンタに何が分かる! 俺は皆を……っ、今すぐ助けないと……」

「見知らぬ土地でどうやって仲間を見つけるつもりですか? そもそも貴方はこの世界の言語を理解しているのですか?」

「そ、それは……」

「アーシャは事前の決め事通りに、ギルドに赴いて伝言を残してきました。貴方は取り決めを忘れていたんじゃないですか?」

「……っ」

「ルーノ! もう良いんです! それ以上は――」

「…………ルーノ?」


 アレイシヤの呼んだ名は青年の名で、その名は彼女が最も信頼している者の愛称で。

 海人達の窮地に現れて海人とアレイシヤを救い、混乱していた海人を諌めたのは第七の騎士団長を務めるルクレーノ・ファルステラであった。






 二人に説得された海人は宿に戻り、借りていた一室でこれまでにあった事と現状を知らされた。

 予測していた通りに。と言うよりも予想より早く。

 第二の騎士団の団長クラウディオ・ブロヴェーゴは海人達の前に現れ、襲撃を仕掛けてきた。

 ルクレーノの話によるとグランツドラッヘン王国は次元の歪みを観測しているようで、転移の際に起きた歪みで海人達がシュトラルヴェルトに降り立った事を察知していたそうだ。

 第二の騎士団は王国の命で警戒に当たり、王国の脅威となる者達を排除しようとした。

 ルクレーノが駆け付けた事により海人とアレイシヤは何とか生き永らえたが、皆無事にとはいかなかった。


「その点については私の力が及ばず、申し訳ないと思っています」


 飛竜という巨大で凶悪な敵ともルクレーノは渡り合っていたが、程なくして空から増援が現れ、ルクレーノも退かざるを得ない状況に追い込まれた。

 海人が気を失ったのはそれより少し前で、ルクレーノの指示によりアレイシヤが眠りに落ちる術を行使したからである。

 一時はルクレーノの判断に憤りもしたが、彼でもその場では退くしかなかったと知り、更には力不足であったと謝られてしまい、海人の怒りは行き場を失ってしまった。


「カイトさん。きっと大丈夫です。皆さんの傍には魔王も居る事ですし、多分彼らは転移の術で何処か安全な場所に移動している筈です」


 無益な殺生はしないという方針で遠藤は力を抑えて対処していたのだろう。

 あの場で本気を出すようにと言えば散り散りにはならなかっただろうと後悔しかけるが、やはり人の命は奪えないと海人は思い直した。

 何にせよかつて世界を支配した魔王があの場で討たれたとは考えにくい。

 どこかで無事でいるという希望を胸に、海人は気持ちを切り替えこれからの事を考え始めた。


「敵は俺達の事を把握しているのか……」

「はい。そして私があの場でクラウディオに剣を向けた事により、私も貴方達と同様に追われる身となりました」

「そ、それは……。すみません……」

「いいえ。いつかはこうなる事も予測していましたし、王国には内通者が残っているので問題ありません」


 海人達が今現在身を寄せている港町の冒険者ギルドにはアレイシヤが伝言を残し、他の者に二人が無事である事が伝わるようになっている。

 ここは第二騎士団の襲撃があった海から近い場所であって、早々に離れなくては追手に嗅ぎつかれてしまうだろう。

 海人達は身支度を整えると宿屋を後にし、目的地に向かって歩き出す。

 目指す場所はグランツドラッヘン王国。

 それは万が一はぐれた際の取り決めと同じであって、そこで皆と落ち合えると信じて。

 海人達は止まる事無く前に進んだ。




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