7.荒波を越えた先で
異世界シュトラルヴェルトに渡り、迎えた五日目の朝。
海人達は魔族の領地である絶海の孤島から大陸へと向かう為、魔王城からとある場所へと竜車に乗って向かっていた。
異世界に降り立って、その場から竜車に乗って魔王城へと向かっていた際、皆は外の景色を興味深げに見て感想を述べていたが、今回は違う。
皆は視線を落とし、誰一人として声を発しておらず車内は静まり返っている。
どうやら昨晩は十分な睡眠をとれなかったようで、けれども皆は眠たそうな顔をしておらず、誰もが緊張した面持ちであった。
彼らがそうなってしまうのは無理もない。
いよいよこれから敵の本拠地に乗り込むという事で、どのようにして敵が現れるか分からない事から気を緩める訳にはいかなかった。
「一体どうした。揃いも揃ってシケた面をしおって」
皆が硬い表情の中、ただ一人、遠藤は普段と変わらぬ様子で。
寧ろ彼は普段よりもテンションが高いようで、騒がしくして沈んだ空気を変えていった。
「ハーハッハッハッ! 皆の者、案ずることは無いぞ。完全に力を取り戻した我が居るからには敗北などあり得ぬ。大船に乗ったつもりでいるが良い」
彼の言う通り、魔王は全盛期の力を、かつてこの世界を支配していた頃の力を取り戻している。
街一つ簡単に消し飛ばせる程の力があるならば怖いもの無しという事で、戦力については何も申し分が無いのだが、海人達には一抹の不安があった。
「あの、一つ質問があるのですが」
「ウム。何だ、眼鏡の小僧よ。遠慮などせずに何でも問うてみよ」
「そ、それでは、お言葉に甘えさせて頂きます……。その、先の大戦にて魔王様は配下を上手く使い侵略していたそうですが……」
「その通りだ。我の配下は優秀でな、我が出る幕は無きに等しかったぞ」
配下の優秀さを自慢げに話しているが、それは自身の無能さを表しているようで。
王は王らしく城の玉座でふんぞり返り配下に指示を出していた……という訳でもなく、彼の場合は配下が何から何まで行っていた為、魔王の真の力は未知数であった。
「我が戦場に出れば即座に戦は終わる。力を振るえば敵味方問わず消し飛ぶのでな。それ故に我の出番は限られていたのだ」
「……はやりMAP兵器のようなものでしたか」
「ん? なんだ、そのマップ兵器とは」
魔王の持つ力は絶大で、軍勢を相手にするなら心強い。
ただ今回は殺戮を目的とするのでなく、囚われている者を救出する事と敵の侵攻を止める事が重要なのである。
首謀者と目される宰相ベルント以外とは戦闘をなるべく避けて、やむを得ない場合は手加減をして。
そういった戦法を遠藤が取れるのか、彼のブレーンであるアルドアーズが不在でも大丈夫なのかと、海人達は己の力を過信しきっている遠藤を前にして不安を過らせていた。
「皆の者、どうしたのだ? 先程よりは固くない表情ではあるが、今度はその眼差し……。まさか我の力を疑っているのではなかろうか!?」
「あー……いや、遠藤さんの力は十分に理解しています」
「では何故そのような疑いの目をしておるのだ」
「アンタがちゃんと手加減出来るのか心配だって事よ」
「なぬ!?」
誰もが言い難い事を桃子はオブラートに包まず直球で投げつける。
慕う者から疑念の目を向けられ、疑いの言葉を投げかけられ、遠藤はまたしても落ち込むかと思われたが、彼は心外だと言いつつ熱弁を繰り広げた。
「以前にも我は争いを好まぬと申したであろう」
「確かに……、そうだけど……。でも、街一つ消すとか何とか言っていたじゃない」
「そ、それは言葉のアヤというものであって、我の力を示す為の目安であっただけだ」
「ふーん……」
「そもそも我ならばヒトに危害を加えず街を消し去る事くらい造作もないのだぞ」
「はぁ!?」
一体何を言いだすのかと皆は驚くが、遠藤は妄言を垂れ流している訳でもなく、彼の言う事は真実らしい。
長年と表現するよりも長く、遥か昔より彼に仕えてきたアルドアーズが保証するのだから間違いではないのだろう。
「皆様、魔王様は道化のような振る舞いをなさいますが、戦場においては優れた洞察力を発揮し、自軍を勝利に導くでしょう」
「アルドアーズよ、確かに我は鋭い洞察力を身に備えているが、道化というのは――」
「話に聞きましたが、皆様の世界でも犠牲を払わず、敵を追い返した事があるとか」
「え? 何のこと?」
それは海人が桃子とのデートで訪れた遊園地での事。
紫の霧によって幻覚を見せ、海人達を惑わせた敵は決着を付けぬまま去って行ったが、その者達は二度と姿を現さなかった。
その者達もまたレヂディーノ達によって片付けられたのだと考えていたが、アルドアーズの話によると遠藤が命を奪わずシュトラルヴェルトに送り返したそうだ。
人知れず戦っていた遠藤。
普段の言動からは想像がつかない行いに海人達は驚きつつも、疑ってかかったことを反省した。
「まぁ、アンタが力だけを振るう馬鹿じゃないってのは分かったけど、それならそうと普段からふざけた態度を取らなければいいのにね」
「桃子嬢。我はふざけてなどいない。この想いは真のもの、溢れ出る言の葉は――」
「あー……、はいはい。そういうのも暫くお預けにしてくれる?」
何にせよ桃子が居る限りは魔王が魔王らしくなることは無いだろう。
皆はこれで憂いも無くなったと安堵するが、桃子に何かあった場合はどうなるのだろうかと新たな不安を過らせた。
新たな疑問は解決されぬまま、海人達を乗せた竜車は目的地へと辿り着く。
島から出て海を渡り、大陸へと辿り着くならば訪れる場所は港で、そこには大きな船が用意されているのだろうと予測していたが、それらは全く見当たらない。
海人達の目の前にあるのは壁のような山々で、海すら無かった。
「皆様、こちらです。少々暗くなりますので、足元にお気を付けください」
アルドアーズによって案内されたのは山麓にある坑道であった。
入口や内部は木枠で組まれ、そこには蜘蛛の巣が張っており、うち捨てられた採掘道具などが散見され、いかにも廃坑といった所であったが、程なくして景色は変わる。
壁は土壁から煉瓦造りに、地面は石畳によって舗装されたものへと変わり、耳には波の音が届いた。
「これは……。洞窟に港があるのか……」
孤島の外周は山々に囲まれており断崖絶壁で、絶えず荒々しい波が打ち付けることから海岸沿いに港を置くことは困難であって、港は洞窟内に造られていた。
坑道とは違った開けた場所に開放感を感じ、港の造りに感心し、皆は一瞬目的を忘れかけていたが、あるものを目にして我に返った。
それは海に浮かぶもの。
想像していたよりも遥かに小さなそれを前に、海人達はまさかと驚き目を見開いた。
「ア、アルドアーズさん。ええっと、俺達が乗る船は……」
「……? 目の前に御座いますが」
「ああ、皆で一つにじゃなくて分かれて乗るという事ですね」
「いえ、皆様には同じ船に乗って頂きます」
海人達の目の前にあるのは小型な船で、そのサイズは荒波に簡単に飲まれて大破しそうなくらいであって、とても頼りないものであった。
帆を張る柱すら見当たらない船でどうやって漕ぎ出すのか。
見当がつかない海人達は疑問符を頭に浮かべるばかりであったが、船は準備段階な訳でもなく、これで荒れた海を越えるようだ。
「それでは皆様。皆様が無事にお戻りになられる事を心より願っております」
「は、はい……。お世話になりました……」
アルドアーズは魔王が不在であった時と同様に、この地に留まり僅かに残された魔族の領地を守護する。
衣食住といった身の回りだけでなく戦闘訓練など、異世界に降り立ってから彼には世話になりっぱなしで。
海人達は感謝の念に堪えない筈であったが、今はそれどころではないのだろう。
船に乗り込み船内の席に着いた所でもまだ不安そうな表情で、皆は顔を見合わせあっていた。
「いざ行かん、決戦の地へ……!」
一人だけ張り切っている遠藤は身に着けている黒いマントを翻して手を翳す。
船は彼が操舵するのだが、船内に舵らしい物は見当たらない。
遠藤が手を伸ばした先にあるのは球体のオブジェで、それは光を放ち幾何学的な文様を浮かべており、どうやらそれが舵になるようだ。
魔術が込められた道具、魔道具。
特殊な舵を目にしてこの船も魔道具と同じようなものなのだろうと海人達は納得しかけたが、次の瞬間目を疑うような出来事に見舞われた。
「この揺れ……、な、何だ!?」
「海人! あ、あれを見て……!」
「あ、あれは何なのよ……っ。て、敵なの!?」
船が大きく揺れたのは荒波に漕ぎ出したからではない。
そもそも小さな船は洞窟内の港から出航しておらず、船自体が動き出す様子も無かった。
波を立てて船を揺らしたのは大型の海洋生物で、突如として現れた鯨のようなそれは大口を開けて船を飲み込んだ。
「皆の者、そう騒ぐでない。万事つつがなく進んでいるぞ」
「これのどこが問題ないって言うのよ! 私達、鯨に丸呑みにされちゃったじゃない!」
「桃子嬢よ、これは鯨ではない。海竜であって、こやつも我の僕だ」
海竜は鯨のような形状であるが、頭部には鋭利な角があり、身体は鱗に覆われているなど、いくつかの違いがある。
何にせよその海竜は船を丸呑みに。
このまま噛み砕かれて胃の中で消化されてしまうかもしれないと海人達は焦るが、船は軋むことなく、形を保ったままであった。
「そう案ずるな。我らが餌になる事はない。こやつは我らを口内に収め、荒れた海を渡るのだ」
「そ、そうならそうと説明しなさいよ! 紛らわしい!」
孤島の周りの海域は常に荒れており、高波と渦潮により並の船ならば大破を免れない。
そこでアルドアーズが用意したのは海竜と海竜が口内に収められるサイズの船であって。
海を住処とする海竜ならば潮の流れを読むのは容易い事で、海竜は荒れた海を難なく泳いで海人達を大陸へと運んでいった。
海人達を乗せた船は海竜に守られ、無事に荒れ狂う海を越えた。
大陸が海の向こうに小さく見え始めた頃、海竜は海面に姿を現して口内に収めていた船を吐き出した。
陸地まで海竜に送り届けて貰えれば安全のように思えるが、陸地付近にはグランツドラッヘン王国の警戒網が張り巡らされており、警備に当たっている第三の騎士団から攻撃を受ける可能性が高いため、ここまでとなった。
船は帆柱を立て、帆を張り、風を受けて目的地へと進む。
甲板に出た海人達は暫くぶりに感じる青空を眺め、陽の光に目を細め、頬を撫でる潮風を心地よさげにしていた。
皆が開放感で気を緩める中、雉岡は何かに気が付いたようで遠藤に問い掛けた。
「そう言えばこの船の船籍は……。そういった事を海軍は把握していないのでしょうか」
「その点も無論問題ない。全て抜かりなく手筈は整っておる」
魔族の領土は絶海の孤島のみとなり、外界との交流を断っているように思われたが、実際はそうでもないようだ。
かつて世界を支配した魔族を人々は今も尚忌み嫌うようであるが、商魂逞しい商人は違うようで。
魔道具や魔導装具を作り出すのに不可欠な素材、魔力を含んだ魔石は孤島の中央にある鉱山から採掘されており、一部の商会と密かにに交易が行われていた。
「この船はとある商人が保有する船となっておる」
「商船にしては小さいのでは? 積み荷もありませんし……」
「その指摘通り、この船は商船ではない。闇交易で莫大な富を得た商家が個人的に保有している船なのだ」
それは海人達の世界で例えるならば、金持ちが所有するクルーザーのようなものである。
思い返せば船内の椅子は妙に座り心地が良く、船体をよくよく見れば細かな装飾が施されているのが分かり、それらの事からこの船がただの商船や客船ではないと理解できた。
「あれが大陸……。いよいよ敵地に入るのか……」
段々と近づく陸地。それに伴い緊張も高まる。
海人達は陸地に降り立つ前に気を引き締める所であったが、彼らの行く先に大きな影が落とされた。
その影は第三騎士団の巡視船ではない。
海竜のような大型の魔獣でもなく、それは空を羽ばたき陽の光を遮っていた。
「あ、あれはまさか――アーシャ……!」
「は、はい……っ。あの姿、あの鱗の色、間違いありません! あれは第二騎士団の――」
突如として空から現れたのは黒い飛竜が二頭。
飛竜の背には鎧を纏って槍を手にした騎士とフードを目深に被った術師と思しき者の姿が在った。
竜騎士の目的は言うまでもなく、眼下にある小さな船で。
耳をつんざくような鳴き声を上げた後、飛竜は急降下して船に接触し、船体を真っ二つに破壊した。




