2.役割と覚悟
商業で栄えている都市で消耗品の補充等を済ませた海人達は再び列車に乗り、グランツドラッヘン王国の王都を目指す。
列車での旅は今日も順調で、滞りはない。
今のところの不安要素と言えば離れ離れになってしまった仲間の行方で。
これまで訪れた街のギルドに皆の安否情報は残されていなかった。
ルクレーノが協力者から得た情報の中に皆が捕らえられているなどの悪い知らせが無い事が不幸中の幸いといったところである。
「――――……ええっと、この二駅先では乗り換えが必要ですね」
「ああ、お昼時になるから昼食をとる為に降りよう」
「次の列車の時間はあまり余裕が無いようですが……」
「ああ、協力者と合う予定だから一本遅らせるつもりだ」
「そうですか。分かりま――――……きゃ……っ!」
ガタンと車両が揺れ、弾みでアレイシヤは前のめりに倒れかかった。
彼女はそのまま倒れ込めば向かい合って座る海人の元に飛び込んでいきそうであったが、彼よりも先に動く者が傍に居た。
「大丈夫? アーシャ」
「は、はい。ありがとう、ルーノ」
「いや、礼には及ばないよ。怪我が無くて良かった」
ルクレーノは海人よりも先にアレイシヤが倒れないように手を伸ばしていた。
彼がこうしてアレイシヤをスマートに気遣うのは初めてではない。
人混みでは自然に手を取り、段差につまずいた時には咄嗟に支えて。
食事中に酔っ払いに絡まれた際には相手を上手く言いくるめて追い払うなど、ルクレーノはあらゆる場面でアレイシヤを助けてきた。
紳士的な振る舞いは嫌味など感じられず、海人も学ぶところがあると思っているくらいで。
けれども海人はその振る舞いを直視できずにいた。
「列車が止まって……。また何かあったのでしょうか?」
「ああ。また現れたようだね。アーシャ達はここに居てくれ」
「は、はい。分かりました……!」
「それじゃ、行ってくるよ」
列車が急停止したのは故障や事故ではなく人為的なもの、強盗が現れたからであった。
海人達が列車の旅を始めて列車強盗に遭遇するのはこれで三度目である。
三度目ともなると海人は驚きも薄れてしまったが、何にせよ彼の出番は今回も無かった。
前の二件と同様に、強盗はルクレーノによって始末されて、事件はあっという間に終息した。
「ルーノ……! すみません、また任せきりで……」
「いや、構わないさ。それより、これでもう一本列車を遅らせないといけなくなるな」
「そ、そうですね……。で、ですか本日滞在予定の街には問題なく辿りつけそうです」
「そうか……、それは良かった」
汗ひとつ流さずに涼しい顔で戻って来たルクレーノ。
彼は立ち振る舞いが優雅なだけでなく、騎士団長を務めるだけあって強さも兼ね備えている。
一人で戦って、複数の強盗犯を倒せば目立ってしまう所であるが、彼は光を自在に操る剣の装具を用い、眩い光で目をくらませるなどして事態の収拾にあたり、彼が動いたという痕跡を残さなかった。
腕っぷしの強さだけでなく、優れた判断能力。
ルクレーノは海人にないものを多く持ち、それらを上手く使いこなしていた。
「――――……さん、……カイトさん?」
「……! わ、悪い。何か言っていたのか?」
「あ、いえ……。顔色が悪いようでしたから、気になってしまって……」
「……大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだから」
「そう、ですか……。でも、無理はなさらないで下さいね」
「ああ、分かっている。気に掛けさせてすまないな」
何もかもが完璧なルクレーノ。努力家で謙虚で、心優しいアレイシヤ。
幼馴染である二人は当然のように仲睦まじい様子で。
アレイシヤが小柄なせいか兄と妹のように見えなくもないが、会話や微笑みあう姿は家族とは別の空気を感じさせて。
離ればなれになっていた二人が再会出来て、それは喜ばしい事なのだが、海人は複雑な心境であった。
「――……俺、ここに居ていいのかな」
「カイトさん? 何か仰いましたか?」
「い、いいや、何でもないんだ」
それは決して嫉妬などでは無い。
海人は二人の空気を自分が壊しているのではと、自分は邪魔者ではないのかと気にしているようであった。
ポツリと呟いた問いは咄嗟に否定されて消えて。
モヤモヤとした気持ちは残されて暫く留まっていたが、それは目的地に辿り着く事で終わりを迎えた。
列車はついに目的地であるグランツドラッヘン王国の王都、ドラッヘベルクへと辿り着いた。
小高い丘の上にある都市は白亜の城を中心として城下町が広がっており、それらは城壁によって囲まれていた。
石が隙間なく積み上げられた壁は高く分厚いが、所々にひびが入り草も生えていたりと、かつて世界が魔王によって支配されていた際、抵抗し続けていた名残を感じさせた。
これまで訪れたどの街よりも大きく、人や物が溢れている都市。
海人達が降り立った駅も立派なもので、行き交う人の波を前にして海人は浮足立ってしまった。
「カイトさん、こちらです!」
「あ、ああ……。今行くよ」
駅の規模は大きいと言っても海人の世界のものとさほど変わらない。
人混みもかつて経験した事が無いくらいではない。
それでも海人が圧倒されてしまったのはここが異世界であるからだろう。
駅構内に居る人種は様々で、纏う衣服も民族様式なのか様々で。
これまでにもそういった人々を見かけたが、数が多ければ気圧されてしまうのは無理もない事で。
アレイシヤに声を掛けられて我を取り戻した海人は、肩をぶつけぬように気を付けながら先に進んだ。
「今日はここに泊まるのか……」
「はい。日も暮れてしまいましたし、取り敢えずここに宿泊して、明日からは情報収集と……――」
「作戦の確認もしなくてはならないね」
「そうです! ええっとそれからルート確認と……――」
海人達が駅を出て最初に向かったのは宿屋であった。
ルクレーノが選んだ宿は安過ぎず高くもない所で、それなりに設備の整った宿である。
借りる部屋はこれまで通り二部屋で、男女に別れて使用する。
この点も海人にとっては精神的に疲れる事であったが、十日も過ぎれば慣れてくるもので、今ではルクレーノと二人きりでも息が詰まるような思いはしなくなっていた。
「ルーノ。城下町の地図と城内の見取り図は……」
「ああ、これでどうかな」
「はい、全部揃いましたね」
「それでは、作戦の説明をさせていただきます」
王都に辿り着いて二日目の夜。海人達は海人とルクレーノが使用している部屋に集まり、状況の整理や今後の確認を行っていた。
今現在海人の父である譲司は城の地下牢に投獄されている。
父親の事を疎ましく思っており、普段からその気持ちを態度に表わしている海人でも父の安否は気掛かりなようで。
作戦と聞き譲司を救い出すのかと海人は思ったようだが、譲司の救出の優先度は高くないようであった。
「地下牢は城の地下深部にあり、現在の戦力で到達するのは不可能と思われます」
「そうか……」
「大丈夫です、カイトさん。ジョージ様ならきっと無事ですよ」
「ああ、あの親父なら大丈夫、だよな……」
「城内の内通者からの情報では今のところ存命であるとの事です。確実に救い出すには宰相を押さえるのが最良だと思われます」
城の守りは固く、少数では正面から突撃など出来るはずもない。
宰相は城に籠りきりで表に出ることも少なく、と言うより民衆の前に姿を現すのはほぼ無きに等しい。
ならば城には警備の目を掻い潜って侵入するより他は無い。
ルクレーノが立案する作戦は四班に分かれて行われる。
第一班は城下に潜む反王国組織で、作戦開始の合図と共に城下町の至る場所で陽動を行い、城内に居る兵士の注意を引く。
第二班は城内に潜む協力者で、彼らは城下での混乱に城内の兵士が割かれるのを機として動き出し、城内でも蜂起し宰相の守りを薄くさせる。
第三班はルクレーノが指揮する空戦部隊で、空から戦況を確認しつつ、第二騎士団の竜騎士を抑え込む。
残る第四班は海人とアレイシヤの二人で、最も重要な役割が与えられた。
「俺が宰相を……?」
「はい。この役割は貴方が適任です」
海人とアレイシヤは城下と城内の混乱に乗じて城内に侵入する。
その方法とは地下水路を利用する事で、完全に水に浸かる部分を通り抜けるには海人の持つ水神龍の鎧の力が必要であった。
「カイトさん。どうかされましたか? 何か分からない事があれば遠慮なく仰って下さい」
「いや、今のところは大丈夫だ」
「そう、ですか……。あ! 城内は私が案内しますので、安心してください」
「ああ、頼んだよ、アーシャ」
「はい……!」
これまで役に立てる場面が無かったと落ち込み、ひとり腐っていた海人。
ここに来て大役を任され、自分に任せろと言って張り切りたい所だが、内容が内容であって胸を張っては言い切れないようで。
複雑な表情をしていた海人はアレイシヤに声を掛けられてすぐさま取り繕い誤魔化した。
どうにか彼女には気づかれなかったようだが、もう一人、ルクレーノは見逃さずにいたようだ。
「もしかして、貴方は人を手にかけた事はないのですか?」
「……っ! そ、それは……」
「ルーノ……! それは仕方がない事です。カイトさんの世界では……――」
「ああ、分かっている。これまでそうやってきた事も、全部知っている。だからこそ、確認したい。覚悟はあるのかと」
「覚悟……」
海人達はこれまでなるべく相手を傷付けぬようにと戦ってきた。
この先もそのスタイルで。それで問題ないと思われたが、大陸に上陸寸前での出来事で思い知らされ、結果として海人は仲間と離ればなれになってしまった。
今回の作戦については甘い理想など言ってはいられない。
共闘する者達は命を懸けて戦い、敵も容赦なく迎え撃つだろう。
「まぁ、宰相ベルントは生かしておいた方が後の処理に役に立つでしょうから、手加減しても構いません」
「あ、ああ……」
「それから、彼自身に戦う力はありません」
「そうか……」
「ただ、彼の身を守る騎士は優秀な者達ばかりです」
「……」
本来の計画では海人達全員が潜入する事となっていた。
魔王という強力な力さえあれば潜入は容易く、宰相を追い詰めるのも容易であっただろう。
だが未だはぐれた仲間と連絡は取れず、行方すら分からない。
一応合流する事も見越して作戦決行までの日数はあるが、期待して待つのではなく覚悟は決めておかなければならない。
「……その役目、俺に任せて欲しい」
まだ迷いはあるが、ここで立ち止まっては居られない。
離れ離れになってしまった仲間の事だけでなく、海人は捕らえられている譲司を救い出し、行方不明になっているマルリースを探し出さなくてはならない。
やるべき事は山積し、どれも軽んじることは出来ない事ばかりで。
今の自分には目の前の出来る事をするしかなく、その為に躊躇いは切り捨てなければならない。
海人は自分に言い聞かせて、真っ直ぐな瞳を向けて頷いた。
「……そうですか。分かりました。私も出来る限り助力します」
「は、はい……。って、ルクレーノさんが相手にするのは第二騎士団のあの竜騎士では……」
「クラウディオの事ですか? 彼を相手にするのは問題ありません。前回は海上での戦いでしたが、今回は市街地の上空で刃を交えます。となれば相手の動きは制限がかかりますから」
「成程……。街をブレスで破壊する訳にはいかないからな……」
作戦の説明と確認は終わり、アレイシヤは自室へと戻り、海人とルクレーノはそれぞれ床に就いた。
明日はルート確認という事で海人はアレイシヤと共に城下町を巡る。
その後は決行日まで待機という形となっていたが、海人達には僅かな暇も与えられなかった。
「……二人に大事な話があります」
朝から情報収集の為外出していたルクレーノは夕刻に戻る筈が昼過ぎに戻って来た。
深刻な表情で彼が告げた内容は耳を疑いたくなるものであって、海人とアレイシヤは嘘ではないかと聞き返した。
「紛れもない事実です。城内の情報は密に得ていたつもりでしたが……。申し訳ありません……」
「ル、ルーノが謝る事ではありません……! そうですよね、カイトさん」
「あ、ああ……。そう、だな……」
ルクレーノが新たに得た情報。
それは明日の午後、罪人の公開処刑が行われるとの事で、その罪人とは海人の父、竜堂譲司であった。




