3.従者の裏切り
城内に潜み主の帰還を待ち構えていた暴徒は、アルドアーズによってあっという間に排除された。
エントランスから長い廊下に、客室から厨房に倉庫と、至る所を掃除し終えたアルドアーズは客間へと戻り、再び主である遠藤と客人である海人達に謝罪した。
これまで色々と世話になった事もあり、暴徒の狙いが遠藤である事から、海人達はアルドアーズを気に毒に思っていたが、遠藤は違った。
彼は眉間に皺を寄せており、配下の不手際に立腹しているように見えたが、どうやら真面目に考え込んでいるようだ。
アルドアーズが空になったティーカップに紅茶を注ごうとするが、遠藤はそれを掌で制して考えを口にした。
「アルドアーズよ。これ程までに鼠が入り込むのは妙ではないか?」
「はい。こうなるに至った原因は既に把握しております。……自ら名乗り出て反省をするかと思いましたが、その点もまた私めの判断が誤っていたようです」
そう言うや否やアルドアーズは指を弾き、足元の影を何処かへ遣わす。
音も無く伸びた影は扉の隙間を抜けて室外へ。
暫くして遠くから何者かの甲高い叫び声が聞こえ、それは段々と大きくなり、勢いよく扉が開かれたと思えば声を上げていた者が転がり込んできた。
アルドアーズの操る影に縛られて倒れ込んでいるのは少女で、彼女の頭には二本の角と背中には蝙蝠のような小さな翼があった。
「あばばばばば……っ!! ア、アルドアーズ様……っ」
「……ジゼラ、主と御客人に対する申し開きはありませんか」
「ええっとこれは……、そのその……っ、わ、私は何も……――」
クラシカルなスタイルのメイド服を着た少女はジゼラという名で、アルドアーズと同様にこの城で働く使用人であった。
城が暴徒に占拠されていた件について彼女は何か知っている、と言うよりも、彼女が原因のようであるが、叱られる事を恐れた彼女は震えているばかりで話にならない。
そしてこの城の主である遠藤は彼女と初対面らしく、彼は原因究明や謝罪よりも先にアルドアーズに説明を求めた。
「アルドアーズよ。その者は純粋な魔族ではないようだが?」
「魔王様の仰せの通り、ジゼラは魔族とヒトとの混血者であります。それ故に大陸では憂き目に遭っていたようでして……。半年ほど前よりこの屋敷にてメイドとして雇っておりました」
ジゼラの肌の色は白く、瞳も髪も赤紫色だが姿は魔族より人に近い。
違いと言えば羊のような角と背中にある小さな羽で、けれどもその二つの特徴が彼女を過酷な境遇に追いやっていたそうだ。
具体的にどのような目に遭っていたかをアルドアーズは口にしなかったが遠藤は想像につくようで、彼は拘束されたままのジゼラに歩み寄り優しく声を掛けた。
「……フム。この様に愛らしい娘を虐げるなど、ヒトとは愚かなものだ」
「ま……、魔王しゃまぁぁぁ……っ!」
「アルドアーズよ。そろそろこの娘の拘束を解いてやれ」
「畏まりました」
「ありがとうございます! ありがとうございますぅぅっ!!」
咎められるかと思いきや優しい言葉を主から賜り、更には拘束を解いて貰って手を差し伸べられて。
涙を流して喜ぶジゼラは何度も頭を下げて感謝の言葉を口にしていたが、遠藤と視線が合うと頬を赤く染めて俯いた。
遠藤の容姿は整っており、彼が働いていた沢乃屋でもご婦人方に好評であった。
どうやらこちらの世界でも彼の容姿の評価は高いようで、ジゼラはすっかりと見惚れてしまったようだ。
彼女は飼いならされた犬のようになり、見えない尾っぽを振るような勢いで受け答えを始めた。
「して、ジゼラよ。一体我とアルドアーズが不在の間に何が起きた」
「は、はい! それはですね……――」
魔王の帰還を察知したアルドアーズが城を出てから間を置かずして、留守を任されたジゼラの元に何組かの来客が現れた。
一組目の来客は女性ばかりで、過去に魔王が関係を持った女性達である。
その者達の対処はアルドアーズからの指示通りに。
魔王が城に到着次第、順番に訪ねるという約束でお帰り頂いた。
二組目の来客はつい先程アルドアーズが排除した暴徒で、彼らは魔王に恨みを持つ者、ただ単に力を比べたい者などで徒党を組んでいた。
彼らの対応もアルドアーズの言いつけの通りに。
城内には侵入させずに魔王の降り立った場所を伝え、入れ違いか道中で遭遇してアルドアーズが殲滅するのを狙った。
「そこまでは滞りなく、順調だったのですが……。その次に訪れた方に問題がありまして……」
ジゼラはアルドアーズの教えをしっかりと守り、主の帰りを大人しく待っていたが、そんな彼女の元に一人の男が訪ねてきた。
男は逞しい身体つきではなく脂肪を蓄えており、纏う衣服はそれなりに仕立てられた服であって。
商人と思しきその者は木箱を手に祝いの言葉を述べていた。
「いや~、おめでとうございます!」
「え!? い、一体何ですか……って、貴方は……。いつも食材を届けて下さるお店の店主さん?」
「はい、いつもお世話になっております」
「こ、こちらこそ。ええっと、どのようなご用件で? 本日分は今朝受け取りましたが……」
「魔王様がご帰還なさったとの事で、お祝いの品を手に参上したのですよ」
「あー……、成程。そういう事ですか。少しばかり待っていてください、今裏口の扉を開きますので――」
顔見知りという事で油断したジゼラは、何の疑いもせず商人を招き入れてしまった。
商人は先程この城を訪れて追い返された女達と暴徒の差し金であって、祝いの品を受け取ったジゼラは催眠ガスによって意識を失い、縛り上げられて竜車小屋にぶち込まれていたそうだ。
半分は魔族の血が入っているせいか、ジゼラは程なくして目を覚まし拘束も自分で何とか解いたが自由の身になった所で城内はどうしようもない状況で。
彼女は竜車小屋に隠れたまま出るタイミングを窺っていたようだが、どう弁明するか考えている内に主は帰還して、アルドアーズが敵を排除してしまい、今に至った訳だ。
「申し訳ありません……、魔王様、アルドアーズ様」
「そう何度も頭を下げることは無いのだぞ。過ぎた事は致し方ない事なのだ」
「ま、魔王しゃまぁぁ……っ! 何という寛大な御心を……っ。こんな私めにそのようなお優しい言葉を下さるなんて……っ。アルドアーズ様の仰っていた通りに、魔王様は高潔なお方なのですね」
「フフ……。そこまで褒め称える事でもあるまい」
ジゼラに尊敬されている遠藤は一応謙遜しているようだが、得意げに胸を張っているようでもあって。
彼は自身の偉大さを知らしめる事が出来たと思っていたが、アピールしたい相手に対しては全く伝わっていないようだ。
実の所その相手、桃子は話の途中から顔を顰め、不機嫌そうにしていた。
ようやくその姿に気が付いた遠藤は酷く驚き彼女の元へと駆けつける。
何か至らぬ点があったのか、茶や菓子のお代わりを用意すれば良いのかと焦る遠藤に対し、桃子は冷ややかな目を向けて言い放った。
「私は別に構わないから。アンタは早く待っている人達の所に行ったら?」
「な、何を言うのだ。我が会うべき者など――」
「居るんでしょう? アンタの帰りを待っていた女の人達が」
桃子の言うその者達とは、ジゼラが最初に応対した女性達である。
彼女達は今でも魔王の事を慕っているのか定かではないが、過去に関係を持っていた事から顔を見に来ただけとは考えにくい。
無論、今現在の魔王こと遠藤は桃子一筋のようで、けれどもそうなってしまった事を女性達は知る由もない。
桃子の言いたい事を理解した……と言うよりも、曲解した遠藤はニマニマと笑いながら返答を返した。
「……桃子嬢。桃子嬢は我がこれまでに愛でた者達の元へと戻るのを恐れたのだな」
「はぁ!? 何を寝ぼけた事を言って――」
「皆まで言わずとも良い。だが不安にさせた事を我は詫びよう」
「……だから私は全然! これっぽっちも! アンタの事なんてどうでも良いから!」
「ウム。それは照れ隠しというものだな。我は全て見抜いておるぞ」
「駄目だ……。ねぇ海人君、あのバカ何とかしてくれない?」
呆れ返る桃子は海人に助けを求めたが、我が道を進む遠藤をどうこう出来る筈もない。
下手に横槍を入れるより遠藤が大人しくなるのを待つ方が賢明だと悟っているようで、海人は皆と共に苦笑いを浮かべながら成り行きを見守っていた。
アルドアーズも長年仕えているだけあって扱いには慣れているのだろう。
客にはおもてなしを、部下には次の仕事の指示を出し、主の話には適当に相槌を打っていた。
茶と茶菓子を頂き、一息吐いた後に海人達はアルドアーズとジゼラによって客室へと案内される。
一人一人に宛がわれた部屋はそれなりに広く、大きなベッドが据えられており、鏡台やテーブルに椅子など、一通りの家具が揃えられていた。
「それでは皆様はご自由にお寛ぎ下さい。後ほど、ご夕食の準備が整いましたらお声を掛けさせて頂きます」
そう言ってアルドアーズとジゼラは下がろうとするが、彼らの主はその場から離れようとしない。
遠藤は何食わぬ顔で桃子の部屋に侵入しようとして彼女に鞄で殴られてしまい、廊下に転がって無様な姿を晒していた。
「まったく! 何を考えているのよ!!」
「わ、我はただ、ここに至るまでに疲労を蓄えたであろう桃子嬢にマッサージを施そうと……」
「そんなの必要ないから! アンタと一緒に居る方が疲れるのよ」
「なんと……!? では夕食までの時間に退屈せぬよう、我が城内を案内して――」
「だ~か~ら~!! ……ハァ。……なんだか頭が痛くなってきた」
「それは真か!? ならば我が傍に居て看病を――」
しつこく付き纏う主と絡まれて迷惑そうにしている桃子の姿を見兼ねたアルドアーズは、咳払いをして主に進言する。
「魔王様。魔王様には片付けて頂かなくてはならない案件が御座いますので……」
「何を言う。政務は全て任せている筈だ。我が執り行う事など――」
「いいえ、政務についてではありません。……おや、案件が自ら赴いてきたようですね」
アルドアーズの視線の先であって遠藤の背後。
長い廊下の向こう側から聞こえてきた複数の足音は徐々に近づいてきて、目当ての人物の前で止まった。
その者達の姿は皆艶めかしい身体つきであって、纏う衣服は際どいものばかりで。
肌を露出しているが恥じらう様子はなく、誰もが自身の美貌に自信があるようだ。
「お、お前達は――」
「もう! 待ちくたびれちゃったわよ」
「お帰りなさい、ダーリン」
「私との約束は覚えているのかしら?」
その者達は以前魔王が手を出して関係を持った女性達で、やはり彼女達は魔王の帰還を待ち望んでいたようだ。
彼女達も一度ジゼラに追い返されたが諦めきれず、暴徒と手を組んで商人を使い城に侵入を果たした。
暴徒はアルドアーズが全て片付けたが、彼女達には一切手を出さず魔王の私室にて待って貰っていたそうで、彼女達は魔王が戻るのをまだかまだかと待ちあぐねていたようだ。
「……ム。アルドアーズよ。屋敷に入り込んだ者共は皆片付けたのではないのか?」
「差し出がましいようですが魔王様。魔王様は常々仰っていたではありませんか。女性の扱いは最も気を付けなければならないと」
「……そ、それはそう……だが。しかし、今の我は――」
かつての魔王は複数の女性を侍らせていたが、今は違う。
女性を尊ぶのは今も昔も変わらないが、等しく愛するのではなく最も愛でる対象が存在する。
遠藤は桃子の肩を抱いてその点を過去の女性たちに伝えたが、彼の想いが伝わる筈もない。
桃子には拒否されて押しのけられて、女性達にはどういう事かと問い詰められ、どうにもならなくなった魔王は逃走を図った。
「フハハハ……! 愛とは不偏なるもの。しかし真実の愛に目覚めた我の心は桃子嬢だけのものなのだ! 皆には悪いが我は捕まる訳には――……ふごぁ!?」
逃げ出そうとした遠藤は何かに足を取られたようで盛大にこけた。
彼の足に絡みついているのは黒い影で、それはアルドアーズの足元から伸びたものである。
忠実な従者である筈のアルドアーズが何故主の逃走を手助けせず足を引っ張るような真似をしたのかというと、ひとえに主の事を思っての判断のようだ。
「アルドアーズ……っ! 貴様……っ!!」
「城内で暴れられては困ります。我が国の予算には城を修繕をする余裕などありませんので」
「んな!? そのようなしみったれた事を……っ! それに、城の修復なら魔術でどうにかなるだろう」
「ですが、根本的に解決なさらないと、お嬢様方は何度も魔王様の元へ足を運ぶこととなります」
「しかし我の心は変わらぬ。であるからして我はこれ以上どうする事も出来ぬのだ」
「ですから魔王様が誠心誠意説得をなされば良いのです」
いつまでも喚いている主を見限ったのか。
アルドアーズは影を操り遠藤を拘束して女性達に引き渡してしまった。
転移の際に大量の魔力を消費した遠藤はアルドアーズの術を破れないようで、何やら必死に喚いているが彼の姿は女性達と共に消えていった。




