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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第14話 異世界シュトラルヴェルト
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1.転移後ティータイム

 長く、気が遠くなるような、それでいて一瞬のような。

 時の流れが曖昧になるような感覚を覚えて、頭が冴えないようで、身体に気怠さを感じて。

 意識を失ってからどのくらいの時間が経ったのかは定かでないが、目覚めた時の気分は最悪であると分かった。


「ここは……。ここが……、異世界なのか?」


 仰向けに倒れている海人の視界には遮蔽物など一切入らず、一面の空が広がっている。

 空と言っても清々しい青空ではなく、星が美しく輝く夜空でもない。

 今の空は分厚くて黒い雲に覆われており、気が滅入るような曇り空であった。


「ついに、来たんだな……。異世界に……」


 海人が目覚めた場所は柔らかい布団の上でなく、意識を失う前に居た砂浜の上でもない。

 そこはひび割れた石畳の上で、所々に小石が転がっており、寝心地は最低であった。

 体を起こした彼は辺りを見回し、改めてここが今まで居た場所と違うのだと気付いたが、周りに倒れている者達の姿を目にして驚いた。


「み、皆……っ、大丈夫か!?」

「――――……ん、……カイトさん……?」

「アーシャ! どこか怪我は無いか?」

「は、はい……。私は大丈夫です」

「そうか……、良かった」

「……ちょっと、海人。今は大きな声を出さないでくれる?」

「真帆も無事だったのか!?」

「だから……。無事と言えば無事だけど、頭がぐらぐらして大きな声が響くのよ」

「そ、そうか……。悪かった……」


 アレイシヤと真帆も海人と同じように気怠さを感じているようだが、怪我はないようだ。

 猿渡達三人組も同様に、身を起こして取り敢えずは平気だと言って手を振っていた。

 無事を確認していない者はあと二人。

 海人が振り返った所には遠藤の姿が在り、彼は他の者達とは違い平然としていた。

 術を行使した者であるせいか、魔王の力のせいか。

 彼は転移の影響を全く受けていなかったが、それを良い事に倒れていた桃子を抱き留めていたようで、意識を取り戻した彼女に殴られていた。


「何するのよこの変態っ! 寝込みを襲うなんてサイテーよ!!」

「ご、誤解だ、桃子嬢。我はかような場所に身を横たえさせておくべきでは無いと判断したまでで――」

「とか何とか言って、寝ている間に何かしなかったでしょうね!?」

「そのような真似、我がするとでも? ただ我は桃子嬢の寝顔を見つめ、花のように芳しい香りを堪能していただけであって――」

「や、やっぱり変態じゃない!!」


 喚きながら殴り掛かる姿を見る限り、桃子も問題は無いようだ。

 皆の無事が確認できてホッと胸を撫で下ろす所であるが、落ち着いたままではいられない。

 ここは未知の世界であって、何が起こるか分からない。

 海人は緩んだ気を引き締めて辺りを窺った。


「ここが魔族の領土、なんだよな……」


 海人達が異世界シュトラルヴェルトへと渡り、最初に降り立った場所は敵の本拠地であるグランツドラッヘン王国ではなく、最果ての地にある孤島であった。

 その島の周辺の海は常に荒れた波と渦巻く潮によって外海と隔たれており、空は常に分厚い雲に覆われ気流が乱れていて、海からも空からも辿り着くのが困難な土地である。

 そして大地はひび割れ草木がまともに育たない上に、瘴気が漂う毒の沼や毒ガスが噴き出る岩場などが点在している危険な場所でもあった。

 瘴気をものともせず、毒にも耐性がある魔族ならば問題ないが、そこは人々にとっては無価値な土地であって、その事から他の国々やグランツドラッヘン王国がこの島まで侵攻する事は無かった。

 海人達が異世界に渡り最初に降り立つ場所としてこの島を選んだ理由は敵との接触を避ける為なのだが、大地の荒れようは話に聞いて想像していた以上で、皆は動揺を隠せないでいた。


「ねぇ……。ここって人が住めないような場所なんだよね。本当に私達、ここに居て大丈夫なのかな」

「桃子嬢よ、案ずるな。桃子嬢の事は我が命に代えても守り通すぞ!」

「アンタに聞いてないわよ。それからアンタは死ぬのが嫌になったんでしょ?」

「も、桃子嬢……。まさか桃子嬢が我の身を案じてくれるとは……っ!」

「はぁ!? 何がどうしてそうなるのよ。私は別にアンタの事なんて――」

「あ、あの……っ。その点なら問題ありません。直接瘴気に触れたりガスを吸わなければ問題ありませんし、長期に渡って滞在しなければ身体に影響が出る事も無い筈です」

「それからアーシャた……アーシャさんの下さったこれがあれば問題ないでしょう」


 雉岡が言う物とはアレイシヤが皆に渡したブローチで、それは瘴気や毒などから身体を守る術が込められた護符である。

 アレイシヤと雉岡の言葉で桃子は一応納得したようだが、不安が完全に拭えたわけではないようで。

 枯れた草木に生命の息吹が感じられないひび割れた大地は不安を掻き立てるのに充分であった。

 空気まで今の空と同じようにどんよりとした所で声を上げたのは猿渡で、彼はここで立ち止まってはいられないと、これからの事を話題にした。


「それで、ここから敵の情報と海人の親父さん達の情報を探るとして、具体的にはどうするんだ?」

「ウム。それならば問題ない。もうすぐここに我の優秀な配下が――――……来たか」


 遠藤がそう告げて間を置かずして、海人達の目の前に黒い影が現れた。

 影はやがて人の形を、燕尾服を纏った老紳士の姿となる。

 細身の体は人と変わらない形をしているが、その者の耳は尖っており、肌は灰色で、眼球は黒色で瞳孔は赤色と、人とは異なる点が幾つか見受けられた。

 魔族の老紳士は恭しく礼をした後、遠藤の前で跪く。


「魔王様、よくぞご無事に帰還なされました」

「ウム。アルドアーズよ、貴公も変わりはないようだな」

「はい。私めとこの島に変わりはありません」


 アルドアーズと呼ばれた男は魔王グエンドヴェルクの一の配下であって、魔王の身の回りの世話から作戦の立案、軍勢を指揮とあらゆる事をこなす有能な執事であった。

 主への挨拶を済ませた彼は海人達へと頭を下げ、名を名乗り自身がどのような役目を担っているか簡単に説明した。

 その立ち振る舞いと言葉遣いから主人たる遠藤との差に皆は驚いていたが、驚きはそれだけで済まなかった。


「おや、皆様。お召し物が汚れているようで」

「あ……、はい。まぁこのくらい払えば何とか……」

「いえ、ここは私めにお任せください」

「え? 何を……」

「少しばかり目を閉じて頂けると幸いです」

「は、はい……」


 砂にまみれた石畳の上に倒れていた海人達の衣服は砂埃で汚れている。

 その点を指摘された海人達は叩いて払い落とそうとするが、それよりも先にアルドアーズが動いた。

 皆が目を閉じた事を確認したアルドアーズはパチンと指を弾く。

 すると海人達の周りに程よく風が吹き、汚れを吹き飛ばして落とした。

 絶妙な魔術のコントロールは感嘆に値するところだが、海人達は目を開いて更に驚き声を上げた。


「な……っ!? これは……」

「おいおい、いつの間にこんなものが……」

「どうやら人数分用意されているようですね」

「まるで手品のようだが……、本物、なのか?」


 海人達の目の前にあるのは真紅のカーペットにテーブルと、人数分の椅子とティーカップと茶菓子であった。

 今すぐにでもティータイムを楽しめそうなセットはアルドアーズが用意したもので、彼は戸惑う海人達をもてなし始めた。


「おおー、丁度喉が渇いていたんだよな。これは有難いぜ」

「さ、猿渡氏。少しは警戒をしたほうがよいのでは……」

「雉岡、茶も菓子も問題なく美味いぞ」

「犬飼氏まで……。竜堂氏、ここは――」

「遠慮なさらずに、ぜひ召し上がって下さい」

「は、はい……。それじゃ頂きます……」

「……竜堂氏まで流されているとは」

「もしや紅茶はお気に召さないのでしょうか? でしたら別の物を――」

「あ、いえ、そういう訳では……。そ、それでは私も頂きます」


 流されるままに茶と茶菓子に手を出した海人と猿渡達三人組。

 アッサリと堕ちた男性陣とは違い女性陣は警戒心を中々崩さなかったが、猿渡達三人組の好意的な反応とアルドアーズの極上のもてなしによって篭絡されていく。

 真帆は紅茶の味をすっかりと気に入ったようで、一口飲んだ後に感嘆の溜息を漏らしていた。


「……この紅茶、凄く美味しい。こんなのを飲んだら徳用パックに戻れないかもしれないわ」

「お褒めに預かり光栄です。もし宜しければ茶葉をお分けいたしますが」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。茶として楽しんでも良いですが、菓子に使用しても中々のものですよ」

「シフォンケーキにクッキーに、色々と楽しめそうですね」


 真帆が紅茶を堪能している一方、桃子は茶菓子に夢中になっているようで、あれもこれもと手を出していた。


「うん、コレもおいしい! それにしても見た目は普通に美味しそうだし、私達の世界と変わらないのね」

「この日の為に特別に用意させて頂きました。お口に合うようでしたら何よりです」


 一番身構えていたアレイシヤも皆が美味しそうに食している姿を見れば我慢できなかったのか、恐る恐る手を出して、その味に強張っていた顔を綻ばせている。

 紅茶片手に講釈を垂れる遠藤を無視してアルドアーズの用意した茶と茶菓子を楽しむ海人達。

 彼らはここが異世界で、魔族の領土であって、敵の動向が分からず譲司達の行方も知れないという事をすっかり忘れていたが、紅茶を飲みほした海人は我に返りハッとして声を上げた。


「――――……って、こんな事をしている場合じゃ……っ!」

「客人よ。落ち着いて下さい。敵勢力の情報は既に把握しております」

「ほ、本当ですか!? 親父達は――」


 情報を得てはいるがすぐに伝えなかったのは訳あっての事で。

 アルドアーズは主人である遠藤に目配せをし、了承を得てから話を切り出した。

 彼の口から語られた状況。

 それは最悪の状況を免れてはいるが、安堵の溜息を漏らす事は出来なかった。


「親父が……、拘束されて……。母さんが行方不明……?」


 今のところ二人が命を落としたという情報は入ってはいない。

 その点は喜ぶべきなのだが、海人の両親の置かれている状況から手放しでは喜べない。

 幾度となく海人を勝負で下し、騎士団長であるガイラルド達をたった一人で倒した譲司が敵に倒されたというのは信じ難い事で。

 それだけでも受け入れられずに茫然とする海人に、マルリースが行方不明であるという事実は追い打ちをかけるようであって。

 椅子を倒して立ち上がった海人は遠藤に詰め寄り、一刻も早く動き出すべきだと訴えた。


「小僧、一先ず落ち着くのだ。今は焦っていても仕方あるまい」

「こんな状況で落ち着いてなんかいられない! 今すぐに、俺だけでも――」

「一国を、それもこの世界を統べる王国にたった一人で挑むというのか? かつての英雄ですら為す術もなく敗れたのだ。小僧如きがどう足掻いてもむざむざと命を散らすより他はあるまい」

「……っ! だったら――」


 異世界へと渡る力を持つ魔王ならばどうにかできるかもしれないと頭に過り、海人はそれを口にしようとしたが、途中で思い止まって口をつぐむ。

 何もかも頼りきりというのは身勝手なことこの上ない。

 これは自分の家族の事情であって、何もかもを頼りにすべきでは無いと思い直した海人。

 これからどうするべきか彼は思考を巡らせていたが、遠藤は再度落ち着くようにと言った。


「桃子嬢の願いだからな、不本意ではあるが我も引き続き力を貸してやろう」

「ほ、本当……ですか……?」

「ああ。だがしかし、ここに辿り着くまでに我は多くの魔力を消費した。直ぐには転移の術を行使は出来ない上に、ヒトが住まう土地には対術式結界が至る所に張り巡らされている。故に転移術で降り立つのは困難という訳だ」

「……それじゃ、どうやって――」

「その点は私めにお任せを。大陸までの移動手段は既に手配しております」

「そう……、ですか……! それなら――」

「敵地に乗り込む前に万全の備えが必要であります。それは物資だけでなく、皆様の体調も含まれておりますので」

「……分かり……ました」


 遠藤とアルドアーズに諭されて、逸る気持ちをどうにか抑え込んだ海人。

 彼は仲間と共にアルドアーズが呼び寄せた地を駆ける竜が引く車へと乗り込み、魔王が居を構える城へと向かった。




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