8.禁忌の力を手にして
影や腐食という厄介な力を操るヴァルトハインでも、世界を混沌に陥れた魔王の前では赤子同然で。
魔王の力の前に屈したヴァルトハインは海人達に力を貸す事となった。
遠藤の召喚により海人達の前に降り立ったヴァルトハインは武器を手にしており、切っ先は海人達の行く手を阻もうとするレヂディーノ達へと向けられている。
彼は彼の役目を、レヂディーノ達の足止めをしようとしているが、それは彼の意思によるものではない。
力には屈したがひねくれた性格が良くなる筈もなく、最初は協力を頑なに拒まれた。
最終的には道具を使う事で。アレイシヤが作り出した首枷により、ヴァルトハインは従わざるを得ない状況に陥ったのだ。
「クソ……っ! この首輪さえなけりゃ、ここに居る奴全員八つ裂きに出来るってのになァ!!」
「はぁ? 貴方、何を言っているの。全員って貴方、遠藤さんに軽くあしらわれていたじゃない」
「だ、黙れクソ眼鏡女!! そいつは別に決まっているだろうが!」
これまでの恨みを晴らすようにヴァルトハインに対して辛辣な態度を取る真帆。
以前の二人の様子、拉致監禁した者とされた者の姿を知っている者達はこの状況で呆気に取られていたが、悠長に構えている場合では無かった。
ヴァルトハインが現れた所でレヂディーノ達が退く筈もなく、寧ろ好都合だとばかりに武器を構えて戦う意思を見せつける。
誰よりも先に踏み出し、敵意を露わにしているのはグラヴィストで、彼は後ろに控える者達へと指示を出した。
「お前達、己の役割は心得ているな」
「ハイハイ。分かっていますとも」
「あの坊やはわたくし達の担当、のようね」
グラヴィストに指図されて進み出る四人の黒衣の者達。
数では海人達が勝っているが、海人達はこれから先の事を考えてここで消耗する訳にはいかない。
戦うのはヴァルトハインただ一人。
僅かな間の足止めならばそれで十分かと思われるが、それを察したレヂディーノ達は様子見などせず全力で潰しにかかって来た。
「アーシャ! 頼む!」
「は、はい……っ!」
武器を手にして迫り来る者達は徐々に勢いを失い、やがてその場に留まる。
彼らは砂に足を取られた訳ではなく、戦う意思を削がれた訳でもなく、踏み出そうとしても踏み出せないのである。
それはアレイシヤが発動させた魔道具の効果で、全身を襲う脱力感によって彼らはその場に留まる事を余儀なくされたようだ。
「この術式は……、私達の力を吸収するつもりなのね。ソルチスト、頼めるかしら」
「わ、分かりました……っ! 直ぐに解呪を――――」
「ハッ! そうはさせるかよ!!」
レヂディーノは瞬時に状況を理解してソルチストに指示を出したが、それを阻む者が。
ヴァルトハインの放ったナイフは牽制の意味を込めてか、ソルチストの横っ面を掠めた。
相手の精神力を奪う魔道具は砂の下深くに埋められており、見つけ出して破壊することは困難である。
魔道具は発動時にほんの僅かな力を使うだけであって、後は効果範囲に居る者の精神力を糧にして作動し、吸い尽くすまでは止まらない。
解呪によって道具を無効化することは可能だが、それは遠距離攻撃を得意とするヴァルトハインによって阻まれる。
海人達の策は見事にはまったようで、レヂディーノ達は追い込まれた……かのように見えたが、そう簡単にはいかないようだ。
「ア、アーシャ。術は発動したんだよな?」
「は、はい……。確かに……。レヂディーノ達は身動きが取れないようですし……」
「だったら何でアイツは……」
レヂディーノ達は皆、膝をついて脱力感に耐えていたが、たった一人だけ平然とする者が。
その者、グラヴィストは周囲の変化に気を取られて歩みを止めていたようだが、状況を理解したようで海人達に殺意を向けてきた。
「貴様ら……ッ!! 卑劣な真似を……!!」
驚く海人に迫り攻撃を仕掛けようとするグラヴィスト。
彼の拳はヴァルトハインによって止められたが、海人達の策には綻びが見え始めた。
ヴァルトハインがグラヴィストの相手をする間にソルチストの解呪が進み、直にレヂディーノ達は自由を取り戻し動き出す。
上手く事が運んで少しばかりの余裕を得ていたが、こうなると海人達には一刻の猶予もなくなった。
「遠藤さん……っ!! 転移の術は……っ」
「ああ、後僅かだ! 暫し待たれよ」
「仕方がないわね。ここは私達が援護を――」
「クソ眼鏡女は黙ってすっこんでろ! ここは俺様一人で十分だ!!」
助力などいらないとヴァルトハインは叫んでおり、事実今のところ彼は善戦している。
武器を持たないグラヴィストが相手ならば、装具を手にしたヴァルトハインが優位に立てるのは当然と言えば当然だ。
これまで一人で戦ってきたヴァルトハインならば慣れない共闘よりも彼一人に任せた方が良いのだろう。
下手に手出しをすれば彼の足を引っ張る結果となる。
そう分かっていても海人はこの状況を受け入れられないようで、歯痒い思いで見守っていた。
「本当にこのままで良いのか……っ。俺は――」
「ここは抑えて下さい、カイトさん。私達にはやるべきことが……」
「だけど、このままだと――」
まだ状況は悪くない。そう思いたい所だが、戦況は徐々に傾き始めた。
今回は遊びで戦うのではなく、いかに複数の相手を抑え込み連携を取らせないかが重要であって、その点で言えばヴァルトハインに不利である。
相手に致命傷を負わせずねじ伏せるという手加減は難しいようで、段々と苛立ちがナイフ捌きに現れ始めた。
「チ……ッ! どいつもこいつもウザってェ……!!」
「どうした? 貴様は本気を出さないのか?」
「……ッ! 本気を出してないのはテメェの方だろうが!!」
ヴァルトハインを苛立たせるのは自身に課せられた制約だけでなく、目の前の者にも原因があった。
己の拳と両足で近接格闘術を仕掛けてくるグラヴィスト。
彼の腕には銀の腕輪が輝いており、それはただの装飾品では無いと分かる。
グラヴィストも魔導装具を所持しているが、追い込まれていても一向に使おうとしない。
その様子を舐められているのだと判断したヴァルトハインは苛立ちが限界まできたようで、一旦距離を取り数本の小型ナイフを手にした。
「スカシ野郎が! テメェにはこれをくれてやるぜ!!」
「……っ!?」
続けざまに放たれたナイフ。
迫り来る複数の鋭利な刃物を全て素手で受け止めたり払い落とせたりはしない。
避ける事ならグラヴィストにとって造作もないが、彼の背後には守るべき者、レヂディーノ達が居る。
残された選択肢は身を挺して、その身で攻撃を受け止めるか、これまで頑なに使おうとしなかった装具を手にするかであったが、グラヴィストに迷いは無かったようだ。
「駄目……っ、グラヴィスト!! その力は――――」
レヂディーノの悲痛な叫びが辺りに響くが、グラヴィストには届かない。
彼は彼の信念を貫き守るべき者の為に装具を手にする。
武器を手にしたグラヴィストは全ての攻撃を防ぎ、レヂディーノ達に傷一つ負わせずに守り切ることが出来た。
大切な者を守る為に振るわれた装具は役目を果たしたが、それだけで終わらない。
「へ、へぇ……。アンタ、面白い物を持っているな……」
これまで威勢よく振舞っていたヴァルトハインは、ゴクリと息を呑んで警戒心を露わにして武器を構え直した。
彼の態度を一変させた武器。
それは身の丈程の長さの柄の先端に湾曲した両刃の刃が備え付けられている大鎌であった。
死神が持つようなその大鎌は刈り取る事に特化しているようだが、素早く回転させることで攻撃を弾くことも出来るようだ。
形状が特殊で、剣技とは違う立ち回りに警戒する所ではあるが、ヴァルトハインが身構えたのはそれだけの理由ではない。
グラヴィストが手にする大鎌は柄から刃先まで黒一色に染まっており、禍々しい気を放っている。
相手を畏怖させる武器と言えばヴァルトハインが手にする装具も同じ系統だが、グラヴィストが手にする装具は比較にならないほどの物であった。
「アーシャ、あれは……。グラヴィストの周りに黒い靄が掛かって見えるのは……」
「あれは恐らく、冥府の女神、ヘルの力を宿す大鎌かと……」
「そ、それはどんな力なんだ!?」
「強大な闇の力が得られます。ですがそれと引き換えに身体と意識が蝕まれていく筈です……っ」
「な……っ!? どうしてそんな物を……っ!」
「わ、分かりません……っ。あれは確かに封印されていた筈ですが――」
「とにかく、アイツを止めないと――」
「カ、カイトさん!?」
ここで飛び出せば今までの苦労が水の泡になるかもしれない。
せっかく得たチャンスが駄目になるだけでなく、もう二度と機会が訪れないかも知れない。
そう分かっていても海人は見過ごせないようで、アレイシヤの静止の呼びかけを無視して飛び出そうとした。
「お、おい。落ち着けって、海人!」
「今は我々が動く場面ではありません」
「お、俺達の目的を思い出すんだ!」
海人は猿渡達によって力尽くで止められてしまった。
傍観者となった海人の目の前では熾烈な戦いが繰り広げられている。
戦う両者。ヴァルトハインもグラヴィストも海人達にとっては敵と言える者達であって、両者の争いに関わる利点は無い。
潰し合う方が海人達にとっては得でもあるのだが、海人は納得できなかった。
時間稼ぎの筈が命のやり取りにまでなっている。
命を奪う事だけは止めなければと、海人は皆を説得して踏み出そうとするが、その前に刻限が訪れた。
「――――小僧。異世界への扉は開かれたぞ」
「……っ!? ま、待ってくれ、今は――――」
準備は整ったという遠藤の言葉。それと同時に足元に広がる大型の魔法陣。
魔法陣から放たれた虹色の光は天を貫くように輝き、海人達の身体を包み込む。
光の向こう側には今も尚、ヴァルトハインが戦う姿が。
振り下ろされる大鎌をナイフで受け止め、どうにか持ちこたえている。
彼は彼の役目を果たした。
己の持つ力よりも強大な力を前にして一瞬怯みもしていたが、今ではこれこそが待ち望んでいた展開だといった様子で戦っている。
「すまない……! こんな事に巻き込んで……」
「ハ……ッ! とっとと失せやがれ。その方がヤリやすい!」
「……っ」
光はやがて視界を塗りつぶす。
身体は軽くなり、ふわりと浮かぶように、空を飛ぶような感覚に。
段々と意識が遠のく中、僅かに残された視界の端にはグラヴィストとレヂディーノの姿が映されていた。
小高い丘の上にある城塞都市。その中心に佇む荘厳な白亜の城。
城内の地下深く、螺旋階段を下りた先には強固な造りの牢屋がある。
大罪人を捕らえておく牢獄の壁には鎖によって一人の男が磔にされていた。
剥き出しになった上半身には鞭で打たれたような痣がいくつも見られ、その色は赤黒いものから鮮やかな赤色と、長い間拷問を受けていることが分かる。
無様な姿を晒すその者はかつてこの世界、シュトラルヴェルトを救った英雄であったが、今はその栄光を見る影も無くしていた。
この場所、最奥の地下牢には彼だけしか投獄されておらず、彼は一日の大半を孤独に過ごす。
陽の光も月の光も届かぬ牢獄は時間の感覚を狂わせて精神を蝕む筈だが、彼、竜堂譲司の瞳にはまだ光が宿っており、意識を保ち続けていた。
「異界の門が開かれたと報告が入りました。これでもうすぐ大切な息子さんに会えますよ」
「……あのバカがっ。相変わらず言いつけを守らなくて困ったもんだぜ」
牢獄を訪れていた一人の騎士は柵越しに譲司へ現状を伝えた。
どうやらそれは譲司にとって好ましくない内容のようで、彼は舌打ちをしながら悪態をつく。
大切な者が危地に立とうとしているにもかかわらず、譲司は狼狽える様子が無い。
それが面白くなかったのか、騎士は一瞬眉間に皺を寄せて、それから笑顔を浮かべて提案をした。
「一刻も早く家族の再会を果たしたいでしょうから、私が迎えに行こうかと思います」
「……っ! ……一体何を考えてやがる。アイツに何かするつもりか?」
「私があの者に何かするとでも? ……安心してください。丁重に迎えるつもりですよ」
「……そうか、と言いたい所だが、わざわざこんな所まで出向いて言うような事じゃないな」
「……察しが良いようで助かります。この城まで無傷で迎えるのは変わりませんが、その後は分かりますよね?」
「……」
「貴方の目の前で貴方と同じような目に合わせれば話は進むでしょうか?」
「……っ」
これまで大人しかった譲司は鎖の音を辺りに響かせながら暴れた。
彼がどれだけ暴れようとも拘束具は頑丈に出来ており、逃れられはしない。
これは無駄な抵抗であると理解しているが、譲司はこのまま黙って大人しくしていられないようだ。
「テメェ……! 覚えていろよ!! 絶対に後悔させてやるからな!!!」
「後悔? 後悔や己を省みるのは貴方の方じゃないですか? 全てを投げ捨てた元英雄さん」
そこにかつての英雄の姿は無い。
負け犬の遠吠えを見られたことに満足したのか、騎士は嘲笑いながら去って行った。




