4.魔王との交渉
自宅でも学校でも監視の目があるかもしれないという落ち着けない状況。
それを海人はアレイシヤの手助けによって何とか乗り切り、異世界へと渡る計画を進めた。
まず二人が取り掛かったのは共に敵と戦ってきた者達、ヒーロー研究部の皆に説明をする事であった。
生徒会長である玲緒奈の指示下に居る者は生徒会役員だけではない筈で、校内で監視の目が無い所を探すのはなかなか難しい。
普段通りではない行動も怪しまれるので皆に招集をかける訳にもいかず、どうすべきか悩んでいた海人とアレイシヤは文明の利器に頼る事にした。
「……よし、これで皆への説明は何とかなる……かな」
「はい。流石にここまで監視の目が行き届いているとは考えにくいですし、何度か試した後ですから、きっとこれで……」
「お! さっそく返信が……って、着信も! だから電話はダメだって書いていた筈なんだけどな……」
「い、一度に送信するべきでは無かったのかもしれませんね……」
海人が皆に説明するのに使ったのは携帯電話であった。
事前に海人はアレイシヤの持つ携帯に内密にしておかなければならない内容をメールで送信しており、その後に玲緒奈達の動きを窺ったが接触は一切無かった。
どうやら監視していると言っても盗聴や通信内容の傍受は行われていないようだ。
清廉な玲緒奈らしいと言えばらしいのだが、そのような彼女を騙すような形になり海人は心苦しいようで。
海人は自分の中のモヤモヤをどうにか誤魔化しつつ計画を進めて、皆と内密に情報を共有する術を得た。
「次は魔王との交渉……、ですよね」
「……ああ。その点はもう桃子に頼んであるけど……。ん? これはどういう――」
計画を伝えた時の桃子からの返事はやる気に溢れたものであって、彼女は自分に出来る事なら何でも言って欲しいとまで言っていた。
桃子に心底惚れ込んでいる遠藤は桃子の言う事なら何でも聞くだろう。
彼女に頼めば計画は滞りなく進むのだが、それは二人の純粋な気持ちを利用しているより他無い。
なるべく使いたくない手段を取った海人は桃子の言葉に甘えつつ頼んだが、彼女からの返答は想定外のものであった。
「……モモコさんでも駄目でしたか」
「まぁ仕方がないよな。相手は魔王なんだから、そう易々とは力を貸してくれはしないだろう」
「そう……、ですかね……」
アレイシヤは腑に落ちない様子であったが、その日はそこまでで。
やはりここは自ら頼みに行く方が相手に思いが伝わるだろうとの事で、自然に接触する機会を窺う事にしたが、それは程なくして訪れた。
皆にメールで計画を打ち明けて、一夜明けて。
異世界に渡るという突飛な提案について皆は色々と聞きたいようで、海人が教室に足を踏み入れた途端に目線が合う。
だがそこで皆は問い詰める事も無く、海人も話題に挙げたりはしない。
互いに言いたい事を飲み込み、海人達は普段通りに過ごした。
「か~いと君! ねぇねぇ、前から言っていたアレ、憶えてる?」
「アレ……? ええっと、それは……」
「デートの約束だよ! デートの!」
放課後になってから間を置かずに海人の元へとやって来たのは桃子だ。
桃子は海人の腕に自分の腕を絡ませて、甘えた声で約束とやらを持ち出してくる。
彼女の言うそれは海人が毎度何かしら理由を付けて断って、次の機会にと先延ばしにしてきた事なのだが、海人は先週に七夕祭りに付き合ったばかりである。
身を寄せられて迫られて、たじろいでいる海人に代わり真帆がお祭りデートの件を指摘すると、桃子は頬を膨らまして拗ねてしまった。
「だって二人きりの時間が短かったし! あの後あんな事になったんだし……」
一応二人きりになる時間はあったものの、それは僅かな間で。
敵の襲撃もあって桃子の言う通り七夕祭りはデートとは言えないものであった。
桃子は今度こそ二人きりでデートらしいデートをしたいと主張をしているが、そこで真帆が待ったを掛けた。
「待ちなさい。海人、貴方課題が溜まっているって言っていたわよね」
「え……!? あ、いや、それは……。今晩にでもやろうかと……」
「ふーん……。まさかアーシャちゃんのを写そうとなんて考えていないでしょうね」
「うぐ……っ!! そ、そんなまさか……」
断じて違うと否定する海人の額には汗が浮かび上がっている。
続いて真帆の疑いの眼差しはアレイシヤへと向けられて、真偽を問われたアレイシヤは視線を外して誤魔化し始めた。
ここの所海人から課題を手伝って欲しいと言われず、写させて欲しいとも言われなかった事を気にしていた真帆はここぞとばかりに海人とアレイシヤを責める。
その勢いは凄まじく、教師達より厄介な程であった。
「ま、まぁまぁ、落ち着けって、占部」
「そ、そうですよ。ここ最近は色々とありましたし」
「そうだな。こうなるのも致し方ないだろう」
猿渡達三人組は海人をフォローしようとするが真帆に睨まれてしまい、一瞬にして黙り込んで身を引いた。
ここからはいつも通りに、海人を挟んで真帆と桃子の睨み合い罵り合いに突入するかと思われたが、今日はいつもと違う趣のようだ。
責められた桃子は感情論を振りかざす事無く、胸を張って言い切った。
「それなら、今日はお家デートにしよ!」
「はぁ!? 何よそれ」
「お家で一緒に課題をするの。それなら文句は無いでしょう?」
「……そ、それはそうかもしれない、けど……」
桃子の提案に対して反論する余地は無いようで、真帆は納得がいっていない顔をしつつも引き下がり、それ以上文句を言うのを止めた。
代わりに彼女は表情を一変させて、とびっきりの笑顔を作ると当て付けと取れる言葉を海人へと投げかける。
「それじゃ、お二人仲良く頑張って課題を終わらせてね。私達は二人が居ない分も頑張って部活動に励むわ」
そう言うや否や真帆は猿渡達三人組とアレイシヤを連れて教室を出て行ってしまった。
残された海人はと言うと桃子にがっちりと腕を組まれたままであって、真帆を呼び止める事も追いかける事も叶わず桃子の提案に付き合う事となった。
「……それで、桃子。場所はどうするんだ?」
「もちろん! 私の家だよ。だって海人君のお家はあのおじさん達が居るかもでしょう? それに、夕方は真帆ちゃんが夕食を作りに来るだろうし」
「でも桃子の家だと遠藤さんに邪魔はされないか?」
「アイツは仕事しているから大丈夫だよ。それよりも海人君、時間がもったいないから早く行こう!」
「あ、ああ……」
普段の海人ならこの展開はあまり好ましくないものであって、どうにか回避したい所だが今日は違う。
昨晩のメールの件を詳しく聞くには良いタイミングで、更には遠藤との接触も叶うかもしれない。
思い通りに物事が運ぶが気を緩めぬようにして、海人はあくまでも付き合わされているという風に装い、桃子と共に彼女の家へと向かった。
教室から聖沢家まで腕を組んで歩いた海人と桃子。
桃子はこの上なく機嫌が良さそうだが、海人は違うようだ
校内ではすれ違う男子から睨みつけられて、舌打ちをされて、ヒソヒソと陰口を叩かれて。
商店街に入れば顔なじみの店主や客に冷やかされて。
突き刺さる視線と耳に届く罵詈雑言、恋人同士だというとんでもない誤解をされて目的地に着くまで穏やかではいられなかった。
「お、お邪魔します」
「どうぞどうぞ、適当に座ってて。あ! 私はお茶の準備をしてくるからちょっと待っててね」
目的地に着いたとしても海人は落ち着かなかった。
それは桃子に案内されて通された部屋が理由である。
以前に沢乃屋で晩御飯を御馳走になった時は店舗内の空いていた広間に通された。
だが今回は店の裏手から入って住居へ。しかも客間ではなく桃子の私室に案内されたのである。
海人は女の子の部屋に入るのが初めてではない。
幼馴染の真帆の部屋には何度か入った事があるが、それは小学生までの話で。
アレイシヤが私室としている客間には何度か入りもしたが、書物や工具、成分が分からない金属片や紙切れなどが転がっており、とても女の子の部屋とは思えない。
反して桃子の部屋はまさに女の子の部屋といった所で。
足元の絨毯からカーテンまで室内は柔らかい色と可愛らしい模様に溢れていて、小物も女の子が好みそうな物ばかり並んでいる。
見た目だけでも自身がこの場で浮いているような感覚を覚えるが、更に加えて室内の空気が海人にとってはまずかった。
「……なんだ。この匂いは……っ。女の子の部屋ってこんなに良い匂いだったのか?」
そこは海人にとっては異空間と呼べる場所で、そのような場に一人残されると時の流れが遅く感じるようで。
ソワソワして落ち着きが無い海人はまだかまだかと桃子が戻るのを待ち、暫くして戻って来た桃子に内心感謝した。
「――――さてと。お茶も用意出来た事だし、始めよっか」
「え? いや、ノートも教科書も何も出していないんだが……」
テーブルの上には紅茶が注がれた二人分のティーカップと茶菓子が盛られた器しかない。
桃子は課題に必要な物を何一つ用意せず、向かい合って座っていた所から動いて海人の傍へと身を寄せて、海人の手を取り両手で握った。
これから始めるのは溜まった課題であって、けれどもそれよりも大事な話があって。
只ならぬ雰囲気を漂わせる桃子に対して海人は元来の目的を思い出させなくてはならなかったが、息遣いが聞こえる程に迫られれば冷静な判断が下せない。
「も、桃子。取り敢えず落ち着け。今日は課題を……、いや、それよりも俺には聞きたい事が――」
「私ね、海人君の為に頑張ろうと思ったの」
「へ……? それはどういう……」
「でもでも無理なものは無理なの!」
「無理って、何が……」
桃子の訴えを理解できない海人は取り敢えず落ち着かせてから詳しく話を聞こうとするも、それはある者の登場で遮られた。
閉ざされていた扉をノックする事も無く勢いよく開いた男。
遠藤は部屋に立ち入るなり海人と桃子の間に物理的に割り入って来た。
「小僧、これはどういうつもりだ。まさか我の寵愛を受けし者に手を出そうなどと考えてはいまいな」
「え!? いや、俺はそんなつもりじゃ――」
「あーー、もう! 五月蠅いからアンタは黙っててよ!」
「桃子嬢、何を言う! 我は桃子嬢の操を守るべく馳せ参じたまでで……」
「それが余計なお世話だって言っているの!」
桃子に怒鳴られた遠藤は先程までの勢いを失ってしゅんと項垂れている。
二人のやり取りを見る限り、惚れ込んでしまった弱みからか遠藤は桃子に頭が上がらないようだ。
ならば何故桃子は昨晩断りのメールを入れてきたのか。
桃子が言いたい事を捲し立てた後に一息吐いて落ち着いた所で海人は問おうとしたが、彼よりも先に桃子自身が理由を述べ始めた。
「ごめんね、海人君。本当はどうにかしたかったんだけど、コイツがあり得ない条件を出してくるから……」
「条件……? 一体どんな内容を――」
海人に問われた桃子は忌々しそうにしながら遠藤を睨み付ける。
どうやら話は自体は済んでいるようだが、遠藤は協力するのに条件を出してきたようだ。
そしてそれは桃子にとっては耐え難いもので、その内容を聞いた海人は驚き目を見開いた。
「な……っ!? そんな事……、まさか……」
「驚くよね! あり得ないよね!」
遠藤が出してきた条件。それは桃子を彼の伴侶にする事であった。
人生において大きな節目となる結婚。
必ずしも愛し合っている者同士が婚姻を結ぶとは言えないが、年頃の少女ならばいつかは愛する者と一緒になりたいと願うのが普通だろう。
それを遠藤は条件として振りかざし、桃子へと突きつけた。
桃子が拒むのも無理はなく、海人も当然として認められない。
何か他の条件では駄目なのかと、互いに納得のできる着地点を探そうとするも、遠藤は首を横に振った。
「小僧。貴様は我の力を何だと思っている」
「……それは――」
「魔王たる我の力を何の犠牲も無しに借り受けようなどとは思ってはいまいな」
「……だけどっ、桃子が嫌がるような事は出来ない……!」
「……フン。そもそも貴様は桃子嬢を利用して我を篭絡しようとしたのではないのか」
「……っ!」
「やはりそうであったか。……ハッ! 貴様は魔王たる我より遥かに浅ましい輩だな」
遠藤の指摘は容赦ないが、彼の言い分は尤もで。海人は反論をせずに己の行いを恥じた。
佇まいを直した海人はまず桃子に謝り、それから改めて遠藤へと助力を願おうとするも、その機会は得られなかった。
シンと静まり返っていた室内に響いた小気味の良い音。
それは桃子が手にした丸めた雑誌によって出た音で、彼女が遠藤の頭を叩いた音であった。
「な……っ!? も、桃子、何をやって……」
「これで良いのよ、海人君。コイツは調子に乗り過ぎているから」
「も、桃子嬢! その小僧は桃子嬢の好意を利用して己の望みを叶えんとした外道で――」
「海人君は両親を心配しているだけなのよ! だから悪くなんて無いんだから!」
「いやしかし……、と、取り敢えず殴るのを止めるのだ!」
丸めた雑誌と桃子の腕力では大した威力は出ない。
相手も強靭な肉体を持つ魔王である故にこの程度の攻撃でどうにかなる筈もない。
それでも冷ややかな目で何度も殴りつける姿は恐ろしいもので、傍から見ていた海人は背筋を凍らせたのであった。




