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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第13話 想いは波間に揺れて
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1.彼女の名は

 眩い光を放ちジリジリと照り付ける太陽。真っ青な空に響くのは寄せては返す波の音。

 砂浜を駈けるのは華やかな水着姿の少女達で、彼女達は太陽に負けないくらいの眩い笑顔を浮かべてはしゃいでいる。


「海人く~ん! 海人君も一緒に泳ごうよ!」


 水飛沫を上げながら飛び跳ねて手を振るのは桃子である。

 無邪気に誘う彼女の胸元は大きく上下に揺れており、面積の少ない水着からこぼれ出てしまわないか心配になる程であった。


「桃子。今の海人は疲れているみたいだから、そっとしておきなさい」

「えぇ~! でもでも~」

「まだ午前中ですし、お昼からでも……。そうです! 明日もありますよ」


 真帆とアレイシヤに説得された桃子は不満げに頬を膨らませていたが、広い海を前にして愚痴を言い続けるのは馬鹿らしくなったのだろう。

 彼女はすぐに気持ちを切り替えて、海人に軽く手を振った後に背を向けた。

 海人が居る場所は桃子達が居る波打ち際から少し離れた所で、彼はビーチパラソルの下に敷かれたレジャーシートの上に腰を下ろしている。

 彼が皆と共に海水浴を楽しまずに休んでいるのは、真帆とアレイシヤの言葉通りに体調が悪い訳でもなく、海が苦手、カナヅチという訳でもない。

 彼は夏休み前に起きた一件からずっとこの調子で。常に思い悩み、上の空であった。






 レヂディーノ達と対峙して、信じがたい事を目の当たりにしてから一晩明けて。

 仲間に言うべきか言わないでおくべきか悩んでいた海人は、昼休みに校内放送で呼び出されて一人で生徒会室を訪れた。

 閉ざされた扉の向こう側に居る者達は安易に想像がつく。

 その内の一人は常日頃から海人に対して辛辣であって、今日もまた同じようになるのではと、海人は対面する前から気が重くなった。

 意を決して開いた扉の向こう側。そこでは予想通りの人物が待ち構えていた。


「……遅い。会長を待たせるとは良い度胸だな」


 開口一番に非難してきたのは副会長の剣崎悠馬である。

 以前から彼は海人に対して厳しい態度を取っていたが、今日はいつもより険しい表情を、目線だけで相手を追い詰めるような鋭い視線を向けてきた。

 遅れた事を咎めているが、私怨が込められているのは明らかである。

 とは言え海人も緊張から戸を開くまで時間を掛けた為、素直に頭を下げて謝ろうとした。


「遅くなってすみません」

「いいえ、竜堂君は悪くないわ」

「会長。ですが――――」

「昼休憩中に急に呼び出してしまったのだもの。仕方がないわ」


 海人の謝罪を否定し、剣崎の反論を遮った姫条玲緒奈。

 彼女は貴重な休憩時間を割かせて申し訳ないと言い、海人が昼食を済ませているか気に掛けてもいた。

 謝られて恐縮する海人。そのような彼の姿を忌々しそうにしている剣崎。

 玲緒奈は一瞥する事で剣崎を黙らせ、海人を席に着かせた。


「ええっと……、それで、自分に何か用があるのでしょうか」


 何故呼び出されたのか、海人に心当たりはあった。

 けれどもそれはいまだに信じ難い事であって、自分から問い掛けるのは憚られるようだ。

 何も知らぬ素振で海人が問いかけると剣崎は眉間の皺を一層深め、玲緒奈は困ったように眉をハの字にしていた。


「貴方には正直に話して欲しいの」

「…………正直、に」

「見たのでしょう? 昨晩の……、私の……姿を」

「……っ」


 真っ直ぐに見つめられて、真剣な表情で問われて。

 玲緒奈の様子から海人は自分が見たものが見間違いで無かったと確信し、正直に見たままを明かした。


「――――……やはり、見ていたのですね」

「…………はい」


 否定される事も海人は覚悟していたが、その必要は無かったようだ。

 玲緒奈は白い仮面で素顔を隠し、黒い外套を身に纏い、レヂディーノという名で異世界からの襲撃者や装具に操られていた者達と戦っていたと認めた。

 確証を得た事で海人の悩みは一つ解決したわけだが、それにより新たな疑問が湧き上がる。

 彼女は何故戦うのか、転移魔法を使えるのは何故なのか、そもそも何者なのか。

 問いは次々と浮かぶが問いかける暇は与えられなかった。


「色々と聞きたい事があるのでしょうけど、まずは私の問いに答えて欲しいの」

「は、はい……。……何でしょうか」


 穏やかな表情であるが有無を言わせぬ迫力があるようで、海人は出掛かった疑問を飲み込み玲緒奈の問いに答える。

 何よりも優先して問いたい事と言われて海人は身構えるが、内容は想像していたものとは違った。


「……皆に? それは……」

「いつもつるんでいる連中がいるだろう。あの者共に話したのかと聞いているんだ」

「いや、その……。信じられない出来事だったので……」

「それはいい! 結果としてどうなんだ!?」

「は、話してはいません!」


 言いふらすような真似はしていないと海人は潔白を訴えたが、剣崎は不満があるようで舌打ちをした。

 彼の態度から何か不味い事をしてしまったと思い、言い訳を並べ立てようとする海人。

 けれども弁解はする必要は無いようだ。

 泳ぐ目線は正面に座る者へ。肩の力を抜き緩く微笑む玲緒奈の姿に海人は首を傾げた。


「あの……、自分は……」

「触れて回るような真似をしていないのなら良いの。貴方が賢明な判断をしてくれて助かったわ」

「は、はぁ……」


 玲緒奈は責める事も無くそれどころか黙っていた事を感謝した。

 いまいち状況が掴めずにいた海人はポカンと口を開けて茫然としていたが、室内に響いた咳払いにより我に返る。

 緩んだ空気を再び引き締めたのは剣崎で、彼は壁に掛けられた時計に目線を向けつつ進言をした。


「会長、そろそろ時間が……」

「ええ、そうね。竜堂君、引き続き話をしたい所だけど、休憩時間内に収まりそうもないから放課後に時間を頂けるかしら」

「は、はい……。あ、でも、それも一人でという事でしょうか?」


 海人の問いに深く頷く玲緒奈。

 仲間に話していなかった事を安堵する辺り、彼女は皆に知られる事を恐れているようだ。

 話を円滑に進める為には彼女の要望に応えた方が良いだろう。

 昨晩に一触即発という状況に陥った事を鑑みれば対立は避けたい所だ。

 とは言え昼休憩の呼び出しに続いて放課後もとなると仲間への誤魔化し方に悩むところで。

 どう説明すればよいか海人は思い悩んでおり、返答を濁らせていた。

 煮え切らない態度に腹を立てているのは剣崎で、彼は腕を組み鋭い視線を向けている。

 一方で玲緒奈は海人の立場を察したようで、一つ提案をしてきた。


「放課後に都合が悪いのなら、夜はどうかしら?」

「よ、夜に!? それは……」

「会長! 何を言って――」


 玲緒奈の言葉に驚いたのは海人だけでない。

 剣崎は驚きのあまり音を立てて立ちあがり、玲緒奈の発言に異を唱えた。

 周りに悟られぬようにと言っても、高校生が夜中に会うのは外聞が悪い。

 誰かに目撃されて変な噂を立てられる恐れもあると、剣崎は玲緒奈の考えを改めさせようとするが、彼女は聞く耳を持たなかった。


「それじゃ、今夜にでも。待ち合わせ場所には車を手配するからよろしくね」


 戸惑う海人と苛立つ剣崎を放置して話を纏めた玲緒奈。

 結果として海人は夜中に一人家を出て待ち合わせの場所へ。

 姫条家へと招かれる事となった。






 昼休憩中に呼び出された内容は部活動の提出物に不備があったという事で切り抜けて。

 放課後はいつも通りに部活動のパトロールに励んで。

 帰宅後に夕食と入浴を済ませた海人は真帆が帰宅したのを確認してから外出の支度を始めた。


「……カイトさん? どこかに出掛けられるのですか?」

「ア、アーシャ! ええっと、これは……――」


 ガイラルドとアウグストは今晩もどこかに出かけているようで、説明の手間が省けた。

 残りは重蔵とアレイシヤで、家を出る前に説明しようとした矢先にアレイシヤと廊下で鉢合わせとなり、海人は動揺する様を見せてしまった。


「ちょっとトレーニングに……、ランニングでもしようかと……」

「ランニング……ですか。いつもなら朝方にするのでは?」

「ああ! あとコンビニに行こうと思ってさ」

「それなら私も御一緒して良いですか?」

「ええ!? あ、いや、嫌という訳じゃないけど、夜も遅いし……」

「危険なのはカイトさんも同じことですよ。一人より二人の方が……――」


 簡単に誤魔化せる相手だと海人は思っていたが、アレイシヤは中々引かなかった。

 話している内にボロを出してしまいそうだと焦り出す海人は、彼女にだけなら明かしても良いのではと揺らぎかけてしまう。


「…………ごめん、アーシャ」

「カイトさん……?」


 昼間に見た玲緒奈の真剣な表情が脳裏に過り、喉元から出かかった言葉は発せられることなく押し込められた。

 急に頭を下げて謝る海人に驚き戸惑うアレイシヤ。

 事情は明かせないが一人で出かけたいと言う海人に対し、アレイシヤはそれ以上追及する事も無く頷いて見せた。


「分かりました。お気をつけて……。あ! 何かあれば必ず連絡を下さいね」

「ああ、分かった」

「それから、例の事も折を見て……」

「そうだな……。それは次の休みにでも打ち明けよう」

「はい……!」


 玲緒奈の件を一人で抱える海人はもう一つの悩みを抱えていた。

 それはグエンドヴェルクの行方を追っていた時にアレイシヤから明かされた事である。

 頭を使うよりも体を動かす方が性に合う海人は色々と抱えて潰れそうになっていたが、一つ一つ片を付けていこうと、まずは玲緒奈との話を進める為に待ち合わせ場所へと向かった。


「――――ここで良いんだよな。待ち合わせ時間は後十分か……」


 人目を避けてとの事で、待ち合わせ場所も目立たない場所に。

 コンビニや駅前などの夜でも人が居る場所ではなく、何かと訪れる機会がある西水守神社の入り口で待ち合わせとなっていた。

 海人が辿り着いて時間を確認して程なくして。

 一目で高級と分かる黒塗りの車が海人の傍に停まり、中から黒いスーツ姿の老紳士が降りてきた。

 姫条家の運転手と名乗る彼に乗車を勧められて海人は車に乗り込む。

 座り心地の良いふかふかのシートは逆に緊張感を煽るようで、車内で海人の心が休まるときは無かったが、向かった先は更なるプレッシャーを彼に与えた。

 門をくぐってから暫くして辿り着いた屋敷の玄関。

 車から降りた海人は大きな屋敷に圧倒されて言葉を失った。


「夜分に申し訳ないわね」

「い、いえ……っ、こちらこそ。この時間になったのは自分の都合に合わせて頂いたようですし……、先輩が頭を下げる事など……――」


 屋敷の中に通されて、外装だけでなく内装にも気圧されていた海人に声を掛けたのは玲緒奈である。

 この場に居るのが不相応だと感じ取っている海人はひたすら畏まっていたが、顔を上げて欲しいと願われて頭を上げて、目の前に立つ玲緒奈の姿に息を呑んだ。


「……? 私の顔に何か付いているのかしら」

「あ、いえ、何でもないです……」

「そう……」


 玲緒奈はいつもとは違う姿を、ゆったりとした黒いワンピースに白色のボレロカーディガンを羽織っている。

 持ち前の美貌から制服姿も見惚れるくらいであるが、普段着というのは希少価値があるようで、思わず海人は釘付けになってしまった。

 背筋を伸ばしどうにか誤魔化した海人は、玲緒奈に案内されて応接室と思しき部屋へ通されて。

 またもや座り心地の良い席を勧められて恐縮しつつ座ると、タイミングを見計らったかのようにメイド服の侍女が現れてテーブルに茶が用意された。


「まずは何から話せば良いのかしらね……」


 人払いを済ませて、互いが紅茶に口を付けてカップをソーサに戻して。

 玲緒奈が口を開き、順を追って話そうとしていたが、その前にと海人が問いかけた。


「あ、あの……。ここに剣崎先輩は居ないのですか?」


 海人の問い通りに。ここに剣崎の姿は無く、広い応接室に居るのは玲緒奈と海人の二人きりである。

 彼無しで話を進めて良いのか気になった海人は問いかけた訳だが、玲緒奈は肩を竦めさせて困り顔で事情を説明した。


「彼が居ると話がスムーズに進まないでしょう?」

「え……!? そ、それは……」

「それとも、竜堂君は私と二人きりじゃ不満かしら?」

「い、いえ! そんな事はありません!」

「そう……」

「その……、後が怖いなと思いまして……」


 海人の正直な言葉にクスクスと笑う玲緒奈。

 彼女は剣崎が失礼な事をしないようきつく言い聞かせると約束をした。

 海人の憂いが解消されたところで話は本題に。

 佇まいを直した玲緒奈は自身が何者であるのかを明かした。


「私の本当の名前はレオノワール・グランツドラッヘン・レイゲンハール。姫条玲緒奈というのはこちらの世界で過ごす為の仮の名よ」

「グランツ……、その名は何処かで……」

「異世界シュトラルヴェルトの話はある程度知っているのでしょう?」

「は、はい……」

「グランツドラッヘンはシュトラルヴェルトの中心国で、レイゲンハールは王家の名。……私は今のグランツドラッヘンを治める第一王女、レイゼリアの双子の姉よ」

「な……っ!? そんな……、まさか……」


 これまでに幾度となく配下を送り込み、こちらの世界に侵略を仕掛けてきた者。

 その侵略者と戦い、こちらの世界を守り続けていた者。

 二人が血を分けた姉妹だと明かされ、海人は驚きのあまり言葉を失った。




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