5.魔王様の想い
菊代宅で夕飯を御馳走になった後、帰路に就く海人達ヒーロー研究部一行。
道すがら、桃子は皆にグエンドヴェルクから聞かされた身の上話を明かした。
彼が魔王という事、魔王の力は封じられている事、その力と魔王という責務から逃れるためにマルリースを探していた事。
それらは海人達を驚かせたが、彼らもまた桃子と同様に事実を受け入れた。
「――――それで、仲直りはできたんだよな?」
話を聞き終えた海人は隣を歩く桃子の顔色を窺いながら問い掛けてみる。
拗れてしまった仲は当人達に任せた方が良いのかもしれない。
だが夕食時や玄関での事が気に掛かり、海人は放っておけなかったようだ。
このままでは良くないと桃子の事を思って海人は声を掛けたが、彼の心配は必要ないと突っぱねられてしまった。
「海人君、それは勘違いだよ。そもそも私とアイツは喧嘩なんかしていないし」
「そう……、なのか?」
「そうだよ。アイツと口を利かない事なんて日常的にあった事だし、今更の話だよ」
しつこく言い寄られていた時も無視を決め込んでいたと、そう言って桃子は笑っているが、その笑顔は違和感を覚えるものである。
これ以上踏み込んでも彼女の本心を知り得る事ができないのかもしれない。
そう頭では分かっていたものの、海人は口を挟まずにいられなかった。
「だったらあの人はもう沢乃屋に戻ってこないのか?」
「……うん。そうみたいね」
「そうみたいって……。桃子は本当にいいのか? それで……」
「本人がそう言ったのだから良いんじゃない? ……私は別にどうでも良いし」
もう終わった事だと言って話を切り上げた桃子は、歩みを早めて皆より少しばかり先を歩く。
彼女の答えに納得がいかない海人は横に並ぶようにして再び声を掛けようとするが、真帆によって肩を掴まれて止められてしまった。
「海人。今は放っておきましょう」
「いやでも、このままにしておくのは……」
「ほとぼりが冷めるまで待つって事もあるでしょう。今は二人とも感情的になっているから、冷静になれる時間を置いて……」
「そうかもしれない……。だけど……」
困っている者や悩んでいる者を放っておけない海人。
彼の気遣いがお節介になりかねないのはいつもの事であるが、今日に限ってはいつもよりも熱心に思われる。
それは相手が仲間である桃子だからか。
一見すると仲間想いが強いようであるが、真帆は僅かな違和感を覚えていた。
「どうしたの、海人。なんだか焦っているようだけれど……」
「そ、そんな事はない。俺はただ、二人の事が心配で……」
「…………そう」
一瞬だが視線を外した仕草を真帆は見逃さなかった。
海人の様子に何かを察した彼女は溜息を一つ吐いた後に問い掛ける。
相手は妙な様子の海人ではなく、一人先を歩いている桃子であった。
「ねぇ、桃子。いつまでそうやって拗ねているつもり?」
「……はぁ?」
「いい加減迷惑なのだけれど。気遣う周りの者にも配慮してほしいものだわ」
「お、おい、真帆。そんな言い方は……」
いきなりの喧嘩腰に慌てるのは海人で、彼は真帆に言い過ぎだと言って止めようとする。
けれども彼は口で真帆に勝てない。
それ以前に口を挟む事すらままならぬようで、真帆にひと睨みされた海人はすごすごと引き下がった。
張り詰めた空気にハラハラとしているのは海人だけではない。
アレイシヤと猿渡達三人組も睨みあう二人を心配しているようだが、割り入る勇気は無いようで固唾を呑んで見守っている。
「拗ねてなんかないわよ」
「いいえ、思い通りにいかなかった子どもみたいに拗ねているじゃない」
「……違うって言っているでしょ! 何なの? いつもの仕返しのつもり?」
「そんなんじゃないわ。ただハッキリとして欲しいだけ」
「訳が分からない! 何が言いたいのよ!」
「本当はこのままで良いなんて思っていないんでしょう。……桃子、結局貴女はどうしたいの?」
真帆に問われて押し黙る桃子。
今更否定しようとも桃子の本心は隠しようがないようで、取り繕おうとしても遅かった。
真帆の何もかも見透かしたような目は腹立たしいものであって、けれども胸につっかえたものをそのままにしておく方が桃子には耐えられなかったらしく、彼女は胸の内の全てを吐き出した。
「……だって、仕方がないじゃない」
「何が?」
「アイツが帰らないって言ったんだもの!」
「……それってつまり、貴女は戻ってきて欲しいって事なのよね?」
「ち、違うわ!」
真帆の問いに対して間髪入れずに桃子は否定する。
彼女は苛立ちからか、眉間に皺を寄せて目を吊り上げて、愛らしい顔を台無しにして溜め込んでいた不満を並べ立てた。
「だいたい意味が分からないわ! あれだけ好き好き言っていたのに、記憶喪失とか言って全部嘘ついていたなんて! 私だけでなくお父さんやお母さん、皆も騙していたのよ。簡単に許せるわけないし、許すべきじゃない!」
桃子の主張は間違ってなどいない。
一番傍に居た者だからこそ騙されていたと強く感じるは当然である。
彼女の想いを知った海人達はどう声を掛けて良いか戸惑っていたが、真帆だけは冷静に指摘した。
「騙されていたって……。だったら私達も同じでしょう?」
「同じ……? どういう意味よ、それ」
「私達だって、彼に全てを話していた訳ではない。シュトラルヴェルトからの侵略者の事、襲撃者と戦っていた事、装具の事、海人の両親の事。全部隠して話してなどいなかったわ」
「……っ」
海人の母、マルリースの事に関しては話さなくて良かったと真帆は言うが、彼女の言葉は桃子に深く突き刺さったようだ。
怒りに満ちていた瞳は一変して泳ぐようにして彷徨い、明らかな動揺を見せている。
「で、でも、私達はこの世界の平和を守る為に頑張っていた訳で、それに巻き込むわけには――」
「もし彼が私達のやっていることに気が付いていたならば、言い出せるわけないわよね。彼はシュトラルヴェルトの魔王なのだから」
「た、確かにそう……かもだけど、だとすれば先に嘘を吐いたのはアイツだし! 私は悪くなんて――」
「先とか後とか、ホント子どもじみた言い訳ね」
子どものように喚く桃子と容赦なく指摘する真帆。
度々口喧嘩を繰り広げている二人だが、今日はいつもと様子が違う。
二人の間の空気はいつも以上に冷え切っており、言葉に含まれる棘はいつも以上に鋭いものに。
かつて無い程に険悪な雰囲気に海人や猿渡達男性陣はたじろいでいたが、一人勇気がある少女、アレイシヤが見るに見兼ねて二人の間に入った。
「モ、モモコさん、マホさん、落ち着いて下さい……!」
「私は別に。真帆ちゃんが突っかかってくるだけだし」
「私も落ち着いているわ。桃子のあんまりな態度が目に余るだけよ」
「え、ええっと……。その、マホさん。少しいいですか?」
「……? どうしたの。私に何かある? それとも桃子に?」
「わ、私はモモコさんに言いたい事があるのです……!」
いがみ合っていた二人を少しばかり驚かせるアレイシヤ。
何を言われるのかと構える桃子に対して彼女と向かい合うように振り返ったアレイシヤは、胸の前で手を握りしめて切実な眼差しで想いを語った。
「これは私の想像ですが、きっと彼……、魔王グエンドヴェルクは事情を明かしたくても明かせなかったのではないでしょうか」
「……何でそう思うのよ?」
「それは……、本当にモモコさんの事を愛していたからだと思うのです」
「はぁ!? それとこれとがどうして――」
「好き、だからこそ、大切な相手だからこそ、事情を明かせなかったのだと思うのです」
「……」
海人達はこれまでシュトラルヴェルトからこの世界に降り立った襲撃者達と戦ってきた。
グエンドヴェルクも異世界シュトラルヴェルトの者であって、戦う意思がなくともそれを示すのはなかなか難しいだろう。
更に言えば彼はかつて世界を支配した魔王で、その存在は恐怖を抱かせるに十分だ。
愛しく思う者に嫌われたくはない、いつまでも変わらず傍に居たい。
そういった気持ちが分からなくもない桃子は言葉を失っていたが、絞り出したような小さな声で呟いた。
「…………だとしても、私は……、本当の事を言って欲しかった」
一方的な愛情は迷惑な事この上なくて。
けれども彼が居なくなった家は明かりが消えてしまったようで。
どうでもよい筈の存在だが、どうでもよくないようで。
それらを認められない桃子は周りに当たり散らしていたようだが、居なくなった者の事を考え、自分の行いを少しばかり後悔したようだ。
「モモコさん……」
俯いて押し黙ってしまった桃子。
これからどうすれば良いのか迷っている彼女は暫く考え込んだ後、声を上げて開き直って見せた。
「あ~~~~! もう!」
「モ、モモコさん? ええっと……」
「…………私も、悪かったわ」
自分だけが悪い訳ではないと言い張る桃子に対し、真帆は肩を竦めさせて溜息を吐く。
桃子がそういった答えを出すのは当然と言えば当然なのだが、周りの者はその様子に呆気に取られている。
何にせよ、らしさを取り戻した桃子は悩んでいても仕方が無いと気持ちを切り替えたようだ。
「私もって……。全然反省していないじゃない」
「まぁ、アイツが謝るなら私も謝ってあげていいわよ」
「……桃子、貴女ねぇ……! ……って、待って」
「何? どうしたのよ」
桃子に振り回された真帆はこれ以上付き合い切れないと言って見切りを付けようとするが、はたとある事に気が付き問いかけた。
その問いは頑なな桃子を動かすには十分な動機であったようで、彼女は考えを改めざるを得ない状況に追い込まれた。
「そ、それは……」
「いいの? このままで。私は別にいいんだけどね」
「うぐぐ……っ! ひ、卑怯よ!」
「何が卑怯よ。これは自業自得って奴でしょう」
一旦収まった言い争いが再度熱を帯びて。
桃子と真帆の口論が繰り広げられるが、それは先程のような重苦しいものではない。
二人がいつも通りになり海人達は胸を撫で下ろすが、いつまでもこのままにという訳にはいかない。
時間も時間だからそろそろ止めておけと言って海人は間に入ろうとしたが、彼が止めに入る前に待ったが掛かった。
キィンと高く鳴り響いた音。それはアレイシヤが所持している手のひらサイズの水晶から発せられたもので、魔道装具を感知する道具である。
「……っ!? これは……」
「反応が……!? 装具に操られた奴はこれに反応しないんじゃなかったのか!?」
「え、ええ、そうです……! つまりこれは――――」
再びシュトラルヴェルトからの襲撃者が現れたのか、それとも別の者か。
現時点で判断は出来ないが見過ごせる筈もなく、海人達は水晶の指示す場所へと急いだ。
互いの為に身を引こうと、愛しき者の傍に居る事を諦めたグエンドヴェルク。
彼は愛する者の幸せを願い決意を固めたが、菊代に背中を押されて自身の想いに正直になろうと踏み出した。
魔王たる彼ならば、姿を見失ってもすぐさま愛しき者の元へと駆けつける事ができる。
けれども彼はそうしなかった。正確に言えばそう出来なかったのだ。
彼はなるべく距離を取るように、桃子が進む方向とは真逆に歩みを進めた。
「やれやれ……。愛しき者との再会を邪魔立てしようとは。……不粋な輩だ」
彼の行く手に立つ者。それは白い仮面を身に着け、黒い外套を纏った者達。
それは以前グエンドヴェルクを捕えて監禁したレヂディーノ達であった。
長杖を手にしたレヂディーノの傍には仮面の男が二人控え、グエンドヴェルクの背後には同じような仮面の男と女の姿が。
左右は民家の壁となっているが、その向こうの家屋の屋根には仮面の男と女の姿が在る。
「無駄な抵抗は止めて大人しくしなさい」
「フ……。そう言われて誰が大人しく従おうとするものか」
「そう、でしょうね……」
「貴様らのもてなしは三流以下だ。あのような場所に誰が好き好んで戻る」
「貴方の意思は確認できたわ。ならば武力を以って制するしかないのでしょうね」
従う意思は無いと判断した仮面の者達はそれぞれ武器を手にし、いつでも踏み込めるよう体勢を整えた。
一触触発という状況下で先に動き出したのは包囲された側のグエンドヴェルクである。
彼は高らかな笑い声と共に高く飛び上がり、驚くレヂディーノ達を高所より見下ろしながら言った。
「我は貴様らと戯れる気はない。だが、振りかかる火の粉を払わずにはいられないようだな」
一対七。いくら魔王といえども、力を封じられた身でこの数を相手にするのは酷だろう。
それに彼は一度戦いに敗れて拘束されている。
戦う前から戦力差はハッキリとしていたが、グエンドヴェルクは不敵な笑みを浮かべたまま追跡者と対峙した。




