夜の知恵者
瓦礫となった街には人の姿はどこにもない。
壊れた家を訪れ、崩れた教会を訪ねて。
生きている人間、死んでいる人間、生者も死者もここにはいない。
静まり返った闇の中、どこかで「ホー、ホー」と夜の鳥だけが鳴いていた。
そんな場所をシグたち一向は探索しながら話す。
「さて、ここで一つ問題があります。貴方はどうだか知りませんが、私たちとしては」人がいなくなった村」の噂を聞いたからやってきた次第でありまして」
「で?」
結果的に街は、シグの聞いたとおりの惨状で。
街の防壁も怪物の襲撃で壊れてしまっていた。
その為かつての街には様々な魔獣が徘徊するようになっており、全て排除するのはなかなか骨だった。
ついで、血につられてやって来た余計な魔獣の相手を延々する羽目になっている。
辺りはおびただしい魔獣の死骸で溢れていて、いい加減にウンザリしてきた所だ。
その血につられてまた魔獣が寄ってくる。
死体が死体を生む悪循環、正直ちょっとしたホラーな光景だ。
だがいい加減殺し過ぎたのか、今では遠巻きに窺うようになっている。
「問題なのはどっちが先なのかです」
人がいなくなったから、魔獣がいたのか。
魔獣が人を襲ったから、人がいないのか。
人がいない原因は魔獣に襲われたからとも限らないが、はてさて。
「いっその事、もうここいらで件の問題は解決したという事で良いんじゃないでしょうかね。十分に魔物は倒しましたし。どうでしょう?」
「良いわけあるか、ど阿呆」
「疲れを紛らわすちょっとした冗談です」
シグの提案をカイムはにべも無く却下する。
「あ? お前さっきからお手を抜いてただろうが。使えない」
カイムの言葉通りに此処いらに転がっている死体の山はほとんど全て彼一人で築いたものだ。
それだけやって彼は息一つ切らしてい。
「本命が見つかるまで暇かと思って譲ってあげたんです、楽でいいです」
「楽なのはお前だけだ。馬鹿が」
カイムが疲れたように息を吐く。肉体的には問題ないハズなので、それは精神的なものだろう。
シグの所為だけではない、きっと。
「誰か意見がある人はいますか? はい、リコリス。なんですか?」
元気良く手を挙げてアピールするリコリスをシグは指名した。
ぴょんぴょんと飛び跳ねている所為で長い髪がなびいてカイムに当たっている。
本人は気がついていないがカイムの米神が引きつっているが、特に何も言わないようだった。
それを見てシグは逆に良くカイムは彼女に付き合っていられるなと感心した。
やはりどっちもどっちなのだろう。
「えーと、私が思うにですね、待ち伏せです。こーゆー場合は罠を仕掛けて待ち伏せするといいんじゃないでしょうか」
「鋭い意見ですね」
ぱちぱちとシグは拍手を送る。
「あはははは。いやぁ、それほどでも」
最も、と彼は前言を覆すような事を言う。
「そもそもの問題が、誰をもしくは何を解決すればいいのか、我々の誰もが知らない事です。そちらは知っていますか?」
質問に「いいえ」と、リコリスが首を振って「知るか」とカイムがはき捨てる。
「例えば魔物を倒すといっても──もう結構な数を倒していますが──どんな魔物を倒せば解決といえるのですかね」
取りあえず近寄ってきた魔物は片端から倒すしかないのだが。
案外、もう原因は倒してしまっているかも知れない。
「さて一応全員の意見を聞きましょう。はいでは、関係無さそうにしているそこの黒いの。貴方の意見は?」
カイムはちっっと舌打ちしする。それはどっちの舌打ちなのだろうか。指名されたことか、それとも軽口に対してだろうか。あるいは単に何も考えていないだけか。
「誰が黒いのだ、ぶっ殺すぞ。オレが知るか。四の五の言ってないで、とりあえず目につくもん斬ってから考えりゃいいんだよ」
「脳筋ですねえ」
参考にならない意見である。
シグは肩をすくめた。
最後に彼は自分の従騎士に水を向ける。
「自分ですか? 自分はなんとも。そうですね、もう少し手がかりなどを探してみるべきでは? 何かはわかるのではないでしょうか」
「いいでしょう。ところで、話によると国境付近の魔物も流れてきているようですから。そっちの始末も必要でしょうね。関係あるのかないのか」
その魔物は移動を止め今は廃墟を根城にしているらしい。
なのに何故かその姿が見えない。
「え、国境の魔物ですか? 確か強いんですよね? それは影も形も見えないですねぇ」
きょろきょろとリコリスが辺りを見渡すが、それだけで見つかるのならとうに発見している。
「この場合、考えられる理由は三つあります。一つ、単に我々が発見できていないだけ。余程隠密性に優れた魔物なんですかねえ。二つ、既に再び移動してしまった。ちょっとあり得そうで嫌ですね。三つ、何らかの理由で既に死んでいる。此処まで来たのに残念ですね。楽でいいですが。あるいは誤報、もしくはデマ。そうじゃなければこの話自体、悪戯妖精の仕業ですかねえ」
「お言葉ですがマスター、自分が話を聞いた方は間違いなく人間でした」
「別に、ゼルル君が話を聞いた婦人を疑っているわけではありませんよ」
情報自体の信憑性の話である。
ともかく私としては最初の理由であるといいんですけどね、とシグは締めくくる。
此処まで来て何もなしなんて無駄足もいい所なのだが。
「こういう場合はですね、やはり聞き込みでもするのが手っ取り早くていいです」
ハテナとリコリスが首を傾げた。
「人がいないのに、ですか?」
「人でないのなら、いるでしょう。夜には夜の知恵者がいるものです」
言って、シグはカイムに視線を向ける。
彼は様々な言葉に通じているのである。それは例えば動物の言葉であっても、理解できるということだ。
「ホー、どなたか某を呼ばれ申しましたかな?」
だから、シグには聞こえなかった言葉はきっとそんな事を言っていたに違いない。
そう言って彼らの近くにある木に降り立ったのは一羽のフクロウだった。
「名は?」
「アルストロのクチナシと呼ばれておりまする」
「聞きたいことがある。近ごろ、騒ぎが起きているだろう。何か知っているか?」
「ホー、ホー。さようでございます。それが為に某の同胞も皆、冬に追われるよりも早く西へ渡って行きました。ええ、存じておりまする」
「そうか」
動物が相手だからか、カイムの態度は柔らかい。
「何故お前は仲間とともに渡らなかった?」
「某は、某の言葉が必要であろう方がきっとやってくると確信しておりましたゆえ、同胞を見送った次第でありまする」
ホー、ホーとクチナシが鳴いた。
よく見ると彼は傷を負っているようだった。
「貴方がたの問題は、この村の住人が消えたことと何か関係があるのでしょうか?」
とシグが聞いた。
それをカイムがクチナシに伝える。
「同じことでございます。どちらも同じこと。一方の問題が解決するのなら他方の問題も落着するでしょうな。しかし一方を治めずには他方も収拾することはないでしょう」
村の人間が消えたのもクチナシの同胞が逃げたのも国境から魔物が来たのも、それは一匹の名前のない魔物が引き起こした事だとクチナシは告げる。
「馬鹿騒ぎをどうにかしたいのなら、そうですな。もうしばらく待つのが肝要であると思われまする。かの魔物はことごとくを闇に飲み込んで、結末はご覧の有様。もし戦いを望むのなら今夜のような日は、特によろしいでしょう。魔物はツキのない夜に現われるのですから」
「それはどんな姿をしている?」
「さてさて、それは出会えば自ずとわかりまする。形を申すならばそれは不定でございまする。例えるならばアレは闇そのものなのでしょう。何にでもなれるが故に、己をもたず何にもなれない。言うなればただそこにある、自然災害のようなもの。本来であれば通り過ぎるのを待つのが賢明でございます」
クチナシの言葉が真実なら、消えた住人はすでに手遅れだろう。
「かの魔物と対峙したのなら決して傷を負ってはいけません。その魔物に傷を負わされたものは、呪いを受けるでしょう。それはやがて死に至る傷。決して、傷を負わされてはいけません」
「そうか。よくわかった」
「某が助けになったのなら何よりでございまする」
クチナシが木の上で大翼を広げた。
「それでは、某もそろそろ西へ渡りまする。運がよろしければ万事上手く運ぶでしょう。ホー」
そして最後に彼はそういい残して、空へと消えていった。
「さて、色々と興味深い話が聞けましたが………」
「結局はよくわかりませんでしたね」
「では一先ずは忠告どおりにもう少し待ってみましょうか」
と、シグは言った。
───そして夜は更ける。




