顔合わせとそれから
不安定な月明かりしかない夜。
二人の騎士は対峙する。
しばしにらみ合いの後に、先に口を開いたのはシグの方だった。
「それで貴方、どうしてこんな所にいるんですか?」
と、シグは目の前の男に問いかける。
男ことカイムは不機嫌そうに顔を歪めているが、本当に機嫌が悪いかはわからない。
大体いつでもそんな顔をしているからだ。
ただ、神経質で気難しく口数が少ない上に口が悪い男なだけで決して性根が悪いやつではない、とシグは考えている。
本当だ。
でも彼の性根が悪くないからって、彼らの仲がいいとも限らない。
大体、自分の事を嫌うヤツを好きになる人間がいるだろうか。
いやない。
茶色がかった黒髪を手で掻きあげて彼は翡翠色の瞳をシグに向けてくる。
彼は幻を使う術を得意としていて、また剣の腕前もかなりのものである。
彼と真正面から闘って勝てる人間はほとんどいないと言えるだろう。
何時も黒い服を身にまとい、影法師のような男だった。
「ふん、何だってオレがお前にそんなこと言う必要がある」
しかし問いかけに、にべもない。
無愛想すぎる無愛想な彼の態度にシグはむっとする。
「なんですか、会話をはずまそうと話題提供しただけじゃないですか、本当に愛想のない人ですね。そんなでは、いつか後ろから刺されても私は知りませんよ」
「黙れド阿呆。お前に心配される筋合いはない」
バチリ、と彼らの間に火花が散る。
「あの、とりあえず剣を降ろしたらどうですか、ご両人。ほら、敵ではないとわかったじゃないですか。いつまでも武器を構えているのもどうかと思いますよ」
それにゼルルが果敢にも割り込む。
言いつくろってどうにか諌めようとしているものの、それはどこか若干の呆れを含んでいるようにも思われた。
二人が同時に視線を彼に向けたので、ゼルルがちょっとたじろぐ。
「ま、それもそうですね。「一応」、確かに敵ではないですからね」
シグは取り成しで、一応、という部分を強調しつつも納得することにした。
だからその場は両者共に剣を収めて、それでお終い。
それで。
「先生! こんな真っ暗闇の中、とつぜん置いていくなんてヒドイです! 私を殺す気ですか!?」
との少女の叫び声は、カイムの背後で上げられたものだった。
それから勢いよく現れたのはやはり少女だった。
年のころはきっと九、十歳くらいだろうな、とシグは思った。かなり幼い。
「知らないんですか? 急に放り出されると私は寂しいんですよ!」
「チッ。知るか、阿呆め」
「あれ? 誰ですか! この人たち!」
随分と失礼なことに少女はシグとゼルルの事を指差して、大げさなくらいに驚いていた。
「シグです。どうぞよろしく、可愛らしい御嬢さん。お名前をお聞きしても?」
「いやあ、褒められると照れますね」
えへへ、と少女は照れてみせる。
「真に受けるな、馬鹿め。「可愛らしい」とか「世界で一番美しい」なんて言葉はな、脳みそが溶けた常春野郎の常套文句に決まってる。男が口にする美辞麗句なんぞ話半分で聞いときゃいいんだよ。痛い目を見たくなければな」
「失敬な、本心ですよ。いちいち突っかかってこないでくださいな。言っておきますが、私は天地神明にかけて偽りの言葉は口にしませんよ?」
「ふん、どうだか」
心外だ、と文句を言うシグにカイムは疑わしげに鼻を鳴らす。
「ゼルルです。お見知りおきを。所で、「先生」ですか?」
「こいつはオレの弟子だからな」
カイムがぼそりと説明する。
「あ、どうも。騎士見習いのリコリスですよ。よろしくです。あはははは」
少女はリコリスと名乗った。
淡い焔のような金色のツインテールがゆれて愉快そうに彼女は笑う。
黄金の瞳に、犬歯を覗かせている。
「ほう、従騎士ですか」
「何だ」
「いいえ、別に。何も含むところなんて、一切合切ありはしませんよ? ただ、貴方に弟子なんぞ初耳だなあと。よくこんな陰険人でなし野郎のもとにいられますねと、ちょっとこの娘のことを尊敬したところです。それだけです。ほら他意なんてないでしょう?」
「………他人の神経を逆なでする天才だな、お前は。いっぺん死ねばいいのにな」
こんな一日中機嫌が悪そうな男の世話をするなんて、頼まれたってシグにはご免だ。
「弟子の面倒もロクに見ないようなお前と、オレを一緒にするな。馬鹿めが」
「そんな事ありませんよね?」
シグは己の従騎士に問いかけた。
「すみません、マスター。今の言葉は自分にはよく聞こえませんでした。何ですか?」
「正直者ですね、ゼルル君」
ハッ、カイムが馬鹿にしたように笑う。
「いやしかし本当に珍しい。貴方が誰かの面倒を見るなんてね。人間嫌いなくせに」
ボソリと呟く。
それを耳ざとく聞きつけられ、シグはカイムに睨まれる。
「悪いか」
「いいえ。別に全く」
「ただの気まぐれだ。他意はない。でなきゃ、こんなガキ連れて歩くか」
「そうですか。まあ、そういう事にしておきましょうか」
カイムが話す気はなさそうなので、シグは無理に聞こうとはしなかった。
しかし当のリコリスが彼の良いざまに反発した。
「むむ、ヒドイです! これでも結構凄いんですから私ってば。正体不明の、何です? 怪物だかなんだか知りませんが私にかかれば一捻りですよ!」
「調子に乗るな、阿呆。だからお前は未熟なんだよ」
胸を張って威張るリコリスにカイムは冷たい視線を送る。
「い、痛いじゃないですか。私だって、私だって日々成長してるんですからね。そうやって侮っていて、いつか後悔しても遅いんですからねっ」
「そうか」
「そうですよ。いつか絶対貴方を超えて見せるんですから。それまで誰にも寝首かかれないようにしてて下さいよ。唯でさえ先生は人付き合いが下手で勘違いされやすくって色々な人に恨まれたりしているんですから。ホントに気をつけてくださいよ」
「ああ、そんな日が来るといいな。精々、期待して待っていてやる」
カイムはぞんざいに対応している。
対して、ぶすっと不機嫌そうに目じりに涙を浮かべるリコリスだった。
「大体ですね、先生は何時も何時も私のことを軽んじすぎていると思いますよ? そりゃあ、先生に比べたら私はまだまだ未熟でひよっこですけど? それでも多少は労りとかそーゆーのが有っても罰は当たらないと思うんですけどっ?」
「そうだな」
「聞いてますか? 聞いていないでしょう。何時もそうです。だから先生はダメなんですよ。こんなにも私が尽くしているというのに全然理解しようとしてくれません。ハッキリ言ってダメダメです。女の子に嫌われますよ。聞いてるんですか? もうっ!」
「ああ、聞いてる」
リコリスはぎゃあぎゃあと延々一人で騒いでいる。
案外いい組み合わせかもしれないな、とシグは思った。
冷たくあしらわれてもめげない辺りは、なるほど確かに一種の才能かもしれない。
しばらく放っておいたが、終わりそうに無いのでシグはやむなく止めに入ることにした。
「はい、やめやめ。いつまでも仲よく遊んでないで下さいな。遊びたいなら帰ってから幾らでもやっていいですから、今だけは真面目にして下さい」
シグはパンパンと手を叩いて注意を自分に向ける。
「誰が遊んでいるか」
嫌そうにカイムが反論する。
「だいたいオレとお前、何の関係がある」
「聞く耳持ちません。此処に集まったこと、まさか偶然とは言わないでしょう。どうせ聞いても言いやしないでしょうから、聞きませんけど各々目的があるはずです」
間違いなく目的は同じだろう。
「で? それでどうする」
「だからそれでどうするかを考えましょうかという話です」
という訳で、とシグは続ける。
「共同戦線といきませんか?」
そう提案した。




