↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/50

クリスマス会はタノシイナ?

 クリスマス会。


 その言葉から想像するものは、人によって違うと思う。


 ケーキ。

 チキン。

 プレゼント交換。

 少し浮かれた飾りつけ。

 赤と緑。

 せいぜい、紙皿と紙コップ。


 俺の中のクリスマス会は、だいたいそのあたりだった。


 少なくとも。


 門の両脇に高さ三メートルのリースが飾られていて、庭に巨大なツリーが立っていて、スタッフらしき人たちが黒い服で行き交い、どこかから生演奏が聞こえてくるものではない。


「……高岡」


「何だ」


「これは会か?」


「パーティだな」


 高岡は淡々と言った。


 淡々と言うな。

 俺の現実が追いつかない。


 そもそもの始まりは、美波さんからのLINEだった。


『我が家でクリスマス会をいたしましょう』


 この時点で、俺の中の警報音は鳴っていた。


 朝倉家。

 我が家。

 クリスマス会。


 危険語が三つ並んでいる。


 さらに続いた。


『夏の別荘に参加できなかった弟が、皆さまにお会いしたがっています』


 弟。


 朝倉晴臣さんと美波さんには、弟がいる。


 昔荒れていたという話は聞いている。

 朝倉さんが召喚された話の時に、なんとなく輪郭だけは聞いた。


 しかし、直接会ったことはない。


 会ったことはないが、朝倉家である。


 危険でないはずがない。


「藤谷」


「何だよ」


「クリスマス会で済むと思うか?」


「思いたい」


「学習してるな」


「坂本さんみたいに言うな」


 高岡は少しだけ口元を動かした。


 やめろ。

 そういう静かな茶目っ気を出すな。

 俺の処理能力は、朝倉家の門をくぐった時点でかなり削られている。


 庭には、まるでホテルのロビーからそのまま移植したようなツリーがあった。


 光っている。

 ものすごく光っている。


 しかも、ただ派手なだけではない。

 品がある。

 金と白と深い緑でまとめられていて、近づくとオーナメントが一つひとつ高そうだった。


「藤谷さん」


 美波さんが、いつもの上品な笑顔でこちらへ歩いてきた。


 綺麗だった。


 いや、これは毎回思う。

 毎回思うが、朝倉兄妹は外見だけならずるい。


「来てくださって嬉しいです」


「あ、はい。お招きありがとうございます」


「クリスマス会、楽しんでくださいね」


 楽しむ。


 その言葉の横で、給仕の人がシャンパングラスを銀のトレイに乗せて通り過ぎた。


 クリスマス会はタノシイナ?


 俺の脳内に、片言の何かが生まれた。


 少し離れたところでは、坂本さんと美沙さんがツリーを見ていた。


「カズくん、綺麗だね」


「そうだな」


 坂本さんの声が、柔らかかった。


 仕事中にあの声を聞いたことはない。


 あの人は会社では、数字のズレを見つけた瞬間、周囲の気温を三度下げる。

 でも、美沙さんの隣では、普通に人間の温度になる。


 人間の温度。


 坂本さんに対して使う言葉ではない気がする。


「藤谷さん」


 今度は琴音さんが、高岡の隣で小さく会釈した。


 薄い色のワンピースに、上品なコート。

 ツリーの光を見上げる表情が、本当に絵本の中のお嬢様みたいだった。


「すごいですね。クリスマス会って、こんなふうにもなるんですね」


「普通はなりません」


 俺が即答すると、高岡が横でうなずいた。


「普通はならない」


「そうなのですね」


 琴音さんは、真面目に受け取った。


 可愛い。

 高岡が少しだけ困った顔をしている。


 こいつ、最近こういう顔をするようになった。

 落ち着いているくせに、琴音さん相手だと内側で微妙に慌てているのが分かる。


 面白い。


 俺が人のことを面白がれるほど余裕があるかは別として。


「おー、来たか」


 低い声がした。


 朝倉さんだった。


 黒いジャケットに、少しラフなシャツ。

 クリスマスパーティの場でも、いつも通り雑に見えるのに、妙に場に馴染んでいる。


 この人、実家だと違和感がない。

 怖い。


「奏多は?」


 美波さんが聞く。


「そのうち来る。父さんにつかまってた」


「まあ。かわいそうに」


「かわいそうって言うほどでもねぇよ。跡取り修行中なんだから」


 朝倉さんが肩をすくめる。


 奏多。


 いよいよ名前が出た。


「朝倉さんの弟さんって、どんな方なんですか?」


 俺が聞くと、朝倉さんは少し考えた。


「今はちゃんとしてる」


「今は」


「スーツ着て、父さんの会社で修行して、挨拶もできる」


「それは普通に立派ですね」


「ただな」


 ただな。


 来た。


 朝倉家の人間紹介で、いちばん怖い接続詞。


「小さいもんに弱い」


「小さいもの?」


「あいつ、昔から小さいもん見るとおかしくなるんだよ」


「おかしくなる」


「子猫見つけるたびに拾って帰ろうとして、父さんに止められてた」


 子猫。


 意外と可愛い話だった。


 と思った瞬間、美波さんが微笑んだ。


「わたしのミニチュアのティーセットも、勝手に整列させていたわね」


「整列?」


「ええ。カップの向きが揃っていないと落ち着かないって」


 荒れていた末っ子。

 ミニチュアのティーセットを整列。


 情報が接続できない。


「小さいぬいぐるみを“保護対象”って呼んでたこともあったな」


「保護対象」


「犬の置物とか、ミニチュア家具とか、真顔で集めてた」


 朝倉家の昔話は、どうして毎回情報量が多いのか。


 すると、仁くんが横から静かに口を挟んだ。


「僕が知っている頃にも、別荘に迷い込んだ子猫に自分のブランケットを譲っていました」


 仁くん。


 今日は梢んの少し近くに立っている。

 あからさまではない。

 でも、位置取りが明らかに近い。


 姉さん案件ではない仁くん。


 なんだろう。

 静かだ。

 静かなのに、防御力が高い。


「あったな」


 朝倉さんがうなずく。


「そのあと、猫用ベッドを三つ注文していました」


「三つ?」


 俺は思わず聞き返した。


「一匹です」


「一匹で三つ?」


「奏多さんいわく、サイズが分からなかったそうです」


 朝倉さんが低く笑った。


「あいつ、選ばせる必要があるだろって言ってたな」


 高岡がぼそっと言った。


「猫に選択権を与えるタイプか」


「猫に選択権を与えるな」


 俺は即座に突っ込んだ。


 その時だった。


 奥の扉のほうから、一人の青年がこちらへ歩いてきた。


 背が高い。

 スーツが似合う。

 朝倉さんよりは若く、美波さんと同じく顔立ちが整っている。


 ただ、朝倉さんのような雑な圧ではなく、きちんと磨かれた感じがある。


 礼儀正しい好青年。


 第一印象は、それだった。


「兄さん。姉さん」


「おう」


「奏多、遅かったわね」


「父さんに捕まってた」


 声も落ち着いている。


 まともだ。


 朝倉家なのに。


「皆さま、本日はお越しいただきありがとうございます。朝倉奏多です」


 奏多くんは、きれいに頭を下げた。


 完璧な挨拶だった。


 まともだ。


 本当にまともだ。


 俺がそう思った瞬間、高岡が小さく言った。


「油断するな。朝倉家だ」


「やめろ」


 怖いことを言うな。


 奏多くんは、まず坂本さんに挨拶した。

 坂本さんも静かに応じる。


 そのあと、美沙さんに丁寧に会釈し、琴音さんにも礼儀正しく挨拶した。


 柏木くんには少しだけ不思議そうな顔をしたが、柏木くんが「柏木澄人です」とまっすぐ名乗ると、「よろしくお願いします」と普通に返した。


 まともだ。


 大丈夫かもしれない。


 そう思った俺が甘かった。


「藤谷さんですね」


「あ、はい」


 奏多くんが俺に向き直った。


「姉から、夏の別荘の話は聞いています。姉を助けてくださったそうで。ありがとうございました」


「いえ、そんな」


 美波さんが隣で微笑む。


「藤谷さんは、わたしの命の恩人なの」


「姉さん、その言い方は相手が困る」


 奏多くんがすぐにたしなめた。


 まともだ。


 まともすぎる。


 朝倉家なのに。


「白石」


 奏多くんの視線が、仁くんへ移った。


「しばらく見ないうちに落ち着いたな」


「そちらこそ」


 仁くんが静かに返す。


「俺は昔から落ち着いてる」


「僕が知っている範囲では、そうでもありません」


「余計な範囲を持ち出すな」


 一瞬、空気の端が荒れた。


 治安が少しだけ悪くなった。


 あ、いた。


 中に何かいる。


 スーツの下に、朝倉家の何かがいる。


「奏多」


 美波さんが楽しそうに言った。


「こちら、藤谷梢さん。藤谷さんの妹さんで、同じ会社の方」


 梢が、少し緊張したように前へ出た。


「初めまして。藤谷梢です」


 奏多くんが止まった。


 本当に止まった。


 呼吸も、表情も、動作も、一拍だけ完全に止まった。


 俺の警報音が、急に音量を上げた。


「……兄さん」


 奏多くんが低く言った。


「何だ」


「あの小さい人、誰」


「紹介されたばかりだろ」


 俺は反射で言った。


 仁くんが、無言で一歩前に出た。


 朝倉さんが、ぽつりと言った。


「……しまった」


「何がですか」


「いや、まだ早い」


 何が。

 何が早い。


 高岡が横で、静かに口を開いた。


「クリスマス会は」


「言うな」


「タノシイナ?」


「言うな!」


 俺のクリスマス会は、その瞬間、完全に別ジャンルへ突入した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。