クリスマス会はタノシイナ?
クリスマス会。
その言葉から想像するものは、人によって違うと思う。
ケーキ。
チキン。
プレゼント交換。
少し浮かれた飾りつけ。
赤と緑。
せいぜい、紙皿と紙コップ。
俺の中のクリスマス会は、だいたいそのあたりだった。
少なくとも。
門の両脇に高さ三メートルのリースが飾られていて、庭に巨大なツリーが立っていて、スタッフらしき人たちが黒い服で行き交い、どこかから生演奏が聞こえてくるものではない。
「……高岡」
「何だ」
「これは会か?」
「パーティだな」
高岡は淡々と言った。
淡々と言うな。
俺の現実が追いつかない。
そもそもの始まりは、美波さんからのLINEだった。
『我が家でクリスマス会をいたしましょう』
この時点で、俺の中の警報音は鳴っていた。
朝倉家。
我が家。
クリスマス会。
危険語が三つ並んでいる。
さらに続いた。
『夏の別荘に参加できなかった弟が、皆さまにお会いしたがっています』
弟。
朝倉晴臣さんと美波さんには、弟がいる。
昔荒れていたという話は聞いている。
朝倉さんが召喚された話の時に、なんとなく輪郭だけは聞いた。
しかし、直接会ったことはない。
会ったことはないが、朝倉家である。
危険でないはずがない。
「藤谷」
「何だよ」
「クリスマス会で済むと思うか?」
「思いたい」
「学習してるな」
「坂本さんみたいに言うな」
高岡は少しだけ口元を動かした。
やめろ。
そういう静かな茶目っ気を出すな。
俺の処理能力は、朝倉家の門をくぐった時点でかなり削られている。
庭には、まるでホテルのロビーからそのまま移植したようなツリーがあった。
光っている。
ものすごく光っている。
しかも、ただ派手なだけではない。
品がある。
金と白と深い緑でまとめられていて、近づくとオーナメントが一つひとつ高そうだった。
「藤谷さん」
美波さんが、いつもの上品な笑顔でこちらへ歩いてきた。
綺麗だった。
いや、これは毎回思う。
毎回思うが、朝倉兄妹は外見だけならずるい。
「来てくださって嬉しいです」
「あ、はい。お招きありがとうございます」
「クリスマス会、楽しんでくださいね」
楽しむ。
その言葉の横で、給仕の人がシャンパングラスを銀のトレイに乗せて通り過ぎた。
クリスマス会はタノシイナ?
俺の脳内に、片言の何かが生まれた。
少し離れたところでは、坂本さんと美沙さんがツリーを見ていた。
「カズくん、綺麗だね」
「そうだな」
坂本さんの声が、柔らかかった。
仕事中にあの声を聞いたことはない。
あの人は会社では、数字のズレを見つけた瞬間、周囲の気温を三度下げる。
でも、美沙さんの隣では、普通に人間の温度になる。
人間の温度。
坂本さんに対して使う言葉ではない気がする。
「藤谷さん」
今度は琴音さんが、高岡の隣で小さく会釈した。
薄い色のワンピースに、上品なコート。
ツリーの光を見上げる表情が、本当に絵本の中のお嬢様みたいだった。
「すごいですね。クリスマス会って、こんなふうにもなるんですね」
「普通はなりません」
俺が即答すると、高岡が横でうなずいた。
「普通はならない」
「そうなのですね」
琴音さんは、真面目に受け取った。
可愛い。
高岡が少しだけ困った顔をしている。
こいつ、最近こういう顔をするようになった。
落ち着いているくせに、琴音さん相手だと内側で微妙に慌てているのが分かる。
面白い。
俺が人のことを面白がれるほど余裕があるかは別として。
「おー、来たか」
低い声がした。
朝倉さんだった。
黒いジャケットに、少しラフなシャツ。
クリスマスパーティの場でも、いつも通り雑に見えるのに、妙に場に馴染んでいる。
この人、実家だと違和感がない。
怖い。
「奏多は?」
美波さんが聞く。
「そのうち来る。父さんにつかまってた」
「まあ。かわいそうに」
「かわいそうって言うほどでもねぇよ。跡取り修行中なんだから」
朝倉さんが肩をすくめる。
奏多。
いよいよ名前が出た。
「朝倉さんの弟さんって、どんな方なんですか?」
俺が聞くと、朝倉さんは少し考えた。
「今はちゃんとしてる」
「今は」
「スーツ着て、父さんの会社で修行して、挨拶もできる」
「それは普通に立派ですね」
「ただな」
ただな。
来た。
朝倉家の人間紹介で、いちばん怖い接続詞。
「小さいもんに弱い」
「小さいもの?」
「あいつ、昔から小さいもん見るとおかしくなるんだよ」
「おかしくなる」
「子猫見つけるたびに拾って帰ろうとして、父さんに止められてた」
子猫。
意外と可愛い話だった。
と思った瞬間、美波さんが微笑んだ。
「わたしのミニチュアのティーセットも、勝手に整列させていたわね」
「整列?」
「ええ。カップの向きが揃っていないと落ち着かないって」
荒れていた末っ子。
ミニチュアのティーセットを整列。
情報が接続できない。
「小さいぬいぐるみを“保護対象”って呼んでたこともあったな」
「保護対象」
「犬の置物とか、ミニチュア家具とか、真顔で集めてた」
朝倉家の昔話は、どうして毎回情報量が多いのか。
すると、仁くんが横から静かに口を挟んだ。
「僕が知っている頃にも、別荘に迷い込んだ子猫に自分のブランケットを譲っていました」
仁くん。
今日は梢んの少し近くに立っている。
あからさまではない。
でも、位置取りが明らかに近い。
姉さん案件ではない仁くん。
なんだろう。
静かだ。
静かなのに、防御力が高い。
「あったな」
朝倉さんがうなずく。
「そのあと、猫用ベッドを三つ注文していました」
「三つ?」
俺は思わず聞き返した。
「一匹です」
「一匹で三つ?」
「奏多さんいわく、サイズが分からなかったそうです」
朝倉さんが低く笑った。
「あいつ、選ばせる必要があるだろって言ってたな」
高岡がぼそっと言った。
「猫に選択権を与えるタイプか」
「猫に選択権を与えるな」
俺は即座に突っ込んだ。
その時だった。
奥の扉のほうから、一人の青年がこちらへ歩いてきた。
背が高い。
スーツが似合う。
朝倉さんよりは若く、美波さんと同じく顔立ちが整っている。
ただ、朝倉さんのような雑な圧ではなく、きちんと磨かれた感じがある。
礼儀正しい好青年。
第一印象は、それだった。
「兄さん。姉さん」
「おう」
「奏多、遅かったわね」
「父さんに捕まってた」
声も落ち着いている。
まともだ。
朝倉家なのに。
「皆さま、本日はお越しいただきありがとうございます。朝倉奏多です」
奏多くんは、きれいに頭を下げた。
完璧な挨拶だった。
まともだ。
本当にまともだ。
俺がそう思った瞬間、高岡が小さく言った。
「油断するな。朝倉家だ」
「やめろ」
怖いことを言うな。
奏多くんは、まず坂本さんに挨拶した。
坂本さんも静かに応じる。
そのあと、美沙さんに丁寧に会釈し、琴音さんにも礼儀正しく挨拶した。
柏木くんには少しだけ不思議そうな顔をしたが、柏木くんが「柏木澄人です」とまっすぐ名乗ると、「よろしくお願いします」と普通に返した。
まともだ。
大丈夫かもしれない。
そう思った俺が甘かった。
「藤谷さんですね」
「あ、はい」
奏多くんが俺に向き直った。
「姉から、夏の別荘の話は聞いています。姉を助けてくださったそうで。ありがとうございました」
「いえ、そんな」
美波さんが隣で微笑む。
「藤谷さんは、わたしの命の恩人なの」
「姉さん、その言い方は相手が困る」
奏多くんがすぐにたしなめた。
まともだ。
まともすぎる。
朝倉家なのに。
「白石」
奏多くんの視線が、仁くんへ移った。
「しばらく見ないうちに落ち着いたな」
「そちらこそ」
仁くんが静かに返す。
「俺は昔から落ち着いてる」
「僕が知っている範囲では、そうでもありません」
「余計な範囲を持ち出すな」
一瞬、空気の端が荒れた。
治安が少しだけ悪くなった。
あ、いた。
中に何かいる。
スーツの下に、朝倉家の何かがいる。
「奏多」
美波さんが楽しそうに言った。
「こちら、藤谷梢さん。藤谷さんの妹さんで、同じ会社の方」
梢が、少し緊張したように前へ出た。
「初めまして。藤谷梢です」
奏多くんが止まった。
本当に止まった。
呼吸も、表情も、動作も、一拍だけ完全に止まった。
俺の警報音が、急に音量を上げた。
「……兄さん」
奏多くんが低く言った。
「何だ」
「あの小さい人、誰」
「紹介されたばかりだろ」
俺は反射で言った。
仁くんが、無言で一歩前に出た。
朝倉さんが、ぽつりと言った。
「……しまった」
「何がですか」
「いや、まだ早い」
何が。
何が早い。
高岡が横で、静かに口を開いた。
「クリスマス会は」
「言うな」
「タノシイナ?」
「言うな!」
俺のクリスマス会は、その瞬間、完全に別ジャンルへ突入した。




