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BBQは火が命

別荘に戻ると、庭がすでにBBQ会場になっていた。


 いや。


 BBQ会場、という言い方では足りない。


 広い芝生。


 海を見下ろすテラス。


 日除けのタープ。


 屋外用の大きなテーブル。


 クーラーボックスが複数。


 そして、その奥に並ぶ、黒くて重厚なグリル。


 一台ではない。


 三台ある。


 グリルが、三台。


 俺の知っているBBQは、もっとこう、河原で、ちょっと傾いた折りたたみ椅子と、炭の袋と、誰かが持ってきた焼きそば用のアルミプレートから始まるものだった。


 違った。


 朝倉家のBBQは、庭に高級そうな炭火グリルが三台並ぶところから始まる。


「……BBQって、こんな感じだったっけ」


 俺が呟くと、高岡が隣で静かに言った。


「少なくとも、俺たちが知ってるBBQとは少し違うな」


「少し?」


「かなり」


「正直でよろしい」


 管理人さんが、にこやかに近づいてきた。


「お帰りなさいませ、晴臣おぼっちゃま」


「やめろ」


 朝倉さんが反射で言った。


 もうそこは様式美になっている。


「グリルの準備は整っております。こちらが肉用、こちらが海鮮用、奥が野菜用でございます」


 俺は止まった。


「用途別にグリルがある」


 高岡が頷いた。


「火力にも役割分担があるんだな」


「学ばなくていい」


 俺は頭を抱えた。


 管理人さんは何もおかしいと思っていない顔で続ける。


「炭はすでに入れておりますが、火入れはこれからです。お手伝いが必要でしたら」


「いや、大丈夫です」


 高岡が自然に前に出た。


 前に出た。


 今、何の迷いもなく。


 俺は高岡を見た。


「高岡?」


「火、見る」


「またマスターが始まった」


「BBQは火が命だからな」


 タイトルを言った。


 こいつが言った。


 しかも妙に自然に。


「急にマスターの顔をするな」


「必要だからな」


「出た。必要だったから覚えたタイプのやつ」


 高岡は気にせず、炭の状態を見ている。


 しゃがみ込み、空気の通り道を確認し、炭を少し動かす。


 手つきが落ち着いている。


 大げさに説明しない。


 ただ、必要なことを必要なだけやっている。


 こういう時の高岡は、本当に静かに有能だ。


 悔しい。


 同期なのに。


 俺は昨日、海で一回だけマスターになった。


 高岡は今、炭の前で普通にマスターを再開している。


「藤谷」


 高岡が言った。


「何だ」


「うちわ」


「はい」


 反射で渡した。


 悔しい。


 完全に助手になっている。


「炭は一気に全部に火を回さない。強火、中火、弱火の場所を作る」


「講習が始まった」


「肉と野菜で火の入り方が違うからな」


「真面目に勉強になるのやめろ」


 そこへ坂本さんが来た。


 買ってきた果物の袋を美沙さんに渡し、自分はグリルの前に立つ。


 炭を見る。


 高岡を見る。


「悪くない」


 出た。


 本家。


 高岡が少しだけ目を上げた。


「ありがとうございます」


「空気の通りはもう少し確保したほうがいい」


「はい」


「肉用は火力を安定させてから置け。表面だけ焦げる」


「分かりました」


 BBQでも詰める。


 いや、詰めてはいない。


 確認だ。


 でも怖い。


「坂本さん」


 俺は思わず言った。


「BBQでも詰めるんですか」


「詰めていない。焼き加減の確認だ」


「確認の圧が会議室なんです」


「火力が甘いと、肉は台無しになる」


「仕事みたいに言わないでください」


「段取りは同じだ」


 同じではない。


 同じなのかもしれない。


 もう分からない。


 高岡が横で静かに言った。


「BBQは火が命だからな」


「二回目だぞ」


「大事なことだからな」


「マスター感を増すな」


 朝倉さんが、クーラーボックスを開けながら笑った。


「お前ら、炭で会議すんなよ」


「朝倉さんのBBQスケールがおかしいからです」


「普通だろ」


「普通ではないです」


「別荘の庭でグリル三台は普通じゃねえの?」


「普通の人間に聞かないでください」


「藤谷、今日つっこみ忙しいな」


「昨日からずっと忙しいです」


 朝倉さんは低く笑いながら、肉の入った大きな箱を持ち上げた。


 箱が大きい。


 肉も大きい。


 厚い。


 肉に厚みがある。


「これ焼くぞ」


「肉のサイズに家柄を出さないでください」


「肉に家柄なんかあるか」


「あります。今、見ました」


 高岡が肉を見て言った。


「これは火入れが難しそうだな」


「目がマスター」


「厚い肉は、焦らないほうがいい」


「藤谷の情緒と同じだな」


「俺を肉にするな」


 美波さんが、クーラーボックスの横で買ってきた飲み物を並べていた。


 白ぶどうサワーを見つけると、少しだけ嬉しそうにしている。


 それだけで、俺の視線が止まった。


 止まるな。


 BBQだ。


 火を見ろ。


 いや、火を見るのは高岡の仕事だ。


 俺は何をすればいい。


「藤谷さん」


 美波さんが振り返った。


「はい」


「これ、冷やしておくわね」


 手に持っているのは、白ぶどうサワーだった。


 梢用に俺が選んだものと同じ。


 美波さんが「美味しそう」と言って、自分も選んだもの。


「お願いします」


「あとで、一緒に飲む?」


 軽い。


 言い方は軽い。


 でも俺には重い。


 白ぶどうサワー一本が、二リットルの水より重くなった。


「……飲みます」


「よかった」


 美波さんが笑った。


 顔がいい。


 しかも普通に嬉しそう。


 朝倉家なのに。


 いや、朝倉家に失礼か。


 でも朝倉家だぞ。


「藤谷」


 高岡が炭の前から言った。


「火が入る前に顔が赤いぞ」


「火のせいだ」


「まだついてない」


「うるさい」


 高岡が口元だけで笑った。


 やめろ。


 炭より先に俺を燃やすな。


 テーブルのほうでは、仁くんが買ってきた野菜を手際よく並べていた。


 ズッキーニ。


 パプリカ。


 とうもろこし。


 玉ねぎ。


 きのこ。


 それを迷いなく切っている。


 包丁の音が一定だ。


 慣れている。


 梢が横で、少し目を丸くして見ていた。


「白石さん、すごいですね」


「普通です」


「普通じゃないと思います。切るの、すごく早いです」


「姉さんが遅く帰ってくる時期があったので、必要で覚えました」


「そうなんですね……」


 梢の声が少し柔らかくなった。


 仁くんは、その変化に気づいたのかどうか分からない顔で、とうもろこしを手に取る。


「これは厚めに切ると焼きやすいです」


「はい」


「熱いので、焼けたら取る時はトングを使ってください」


「はい」


「あと、軍手も使ったほうがいいです」


「ありがとうございます」


 丁寧。


 仁くんが丁寧。


 俺の妹に。


 料理ができる年下の大学生男子が、俺の妹に丁寧にBBQの準備を教えている。


 兄として警戒したい。


 だが、悪くない。


 いや、悪くないとか思うな。


 俺の妹だぞ。


「藤谷」


 高岡が言った。


「兄の顔になってる」


「炭を見ろ」


「見てる。ついでにお前も見えてる」


「見なくていい」


「白石くん、悪くないぞ」


「分かってるのが問題なんだ」


 高岡はうちわを動かしながら、淡々と笑った。


「兄としては、焦げるな」


「誰が焦げてる」


「お前」


「炭の前で言うな」


 その時、梢がこちらを見た。


「お兄ちゃん」


「何」


「白石さん、野菜の切り方教えてくれたよ」


「ああ」


「すごく分かりやすい」


「……そうか」


「お兄ちゃんもあとで食べてね」


 妹が楽しそうだ。


 それはいい。


 とてもいい。


 しかし、その隣で仁くんが平然と野菜を切っている。


 よくない。


 いや、いい。


 いや、よくない。


 兄の心は忙しい。


 仁くんが俺を見る。


「藤谷さん」


「何」


「玉ねぎは薄く切りすぎないほうがいいです」


「俺に説明してる?」


「見ていたので」


「見てたのは兄としてです」


「では、兄として厚めがいいです」


「何だその返し」


 高岡が静かに吹き出した。


「兄として厚め」


「笑うな」


「いい表現だな」


「よくない」


 美沙さんがキッチンから出てきた。


 手には、焼きおにぎり用に握ったおにぎりが並んだトレー。


 味噌だれもある。


 絶対にうまい。


 見ただけで分かる。


「みんな、準備ありがとう」


 その声だけで、庭の空気が少し柔らかくなる。


 美沙さんは、本当に場の温度を変える。


 強く押すわけではない。


 怒鳴るわけでもない。


 ただ、自然にやわらかいほうへ持っていく。


 坂本さんが、そのトレーを見た。


「ミサ」


「なあに?」


「数が多い」


「みんな食べるかなと思って」


「無理はするな」


「大丈夫。仁くんも手伝ってくれたし」


 坂本さんの視線が一瞬、仁くんへ向く。


 仁くんも坂本さんを見る。


 空気が少しだけ冷える。


 焼きおにぎり前に冷えるな。


「姉さんが作ると言ったので、手伝っただけです」


「そうか」


「何か問題が?」


「ない」


「ならいいです」


 火花。


 炭ではないところで火花。


「BBQは火が命だが」


 高岡がぼそっと言った。


「そういう火はいらない」


 俺は小声で返した。


 美沙さんはそんな二人を見て、にこにこしている。


「カズくんの分もちゃんとあるよ」


 坂本さんの空気が、ほんの少し変わった。


「……そうか」


「味噌だれ、少し甘めにしたの」


「分かった」


「食べすぎないでね」


「食べる」


「ほどほどにね」


「……分かった」


 坂本さんが、焼きおにぎりの前で食事指導されている。


 職場で人を詰める人が、恋人に「ほどほどにね」と言われている。


 誰だ。


 いや、坂本さんだ。


 でも誰だ。


「藤谷」


 高岡が言った。


「止まるな。火を見る」


「お前が見ろ」


「見てる」


「じゃあ俺は何を見ればいいんだ」


「現実」


「つらい」


 柏木くんが、朝倉さんと一緒に紙皿やトングを持って戻ってきた。


 真顔だ。


「朝倉さん」


「何だ」


「火気使用用品の配置は、可燃物から距離を取るべきです」


「分かってるよ」


「花火用の水バケツは、BBQとは別に必要です」


「それも分かってる」


「安全管理者として適切です」


「だからお前に評価されると嫌なんだよ」


 朝倉さんが低くぼやいた。


 柏木くんは真面目に首を傾げる。


「評価ではなく確認です」


「坂本みたいなこと言うな」


 坂本さんが肉の箱を見たまま言った。


「確認は必要だ」


「お前は炭と肉だけ見てろ」


「肉を焼くなら火力を見る」


「真面目か」


「BBQは火が命だろう」


 まさかの坂本さんまでタイトルを言った。


 俺は炭の前で固まった。


 高岡が小さく頷く。


「その通りです」


「通じ合うな」


 グリルに火が入った。


 炭の赤が少しずつ広がり、空気の流れに合わせて、ぱち、と小さく音を立てる。


 高岡が炭を動かす。


 強火の場所。


 中火の場所。


 弱火の場所。


 本当に分けている。


 管理人さんも感心したように見ている。


「お若いのに、お上手ですね」


「必要だったので」


 高岡がさらっと答えた。


 お前もか。


 必要だったので族、多くないか。


「高岡」


「何だ」


「お前、何があったら炭火管理が必要になる人生なんだ」


「キャンプ」


「答えが普通なのに手際が普通じゃない」


「慣れだな」


「慣れるな」


 火力が落ち着いたところで、肉が置かれた。


 じゅう、と音がした。


 BBQらしい音。


 煙。


 匂い。


 炭火の熱。


 少しだけ、普通の夏らしくなった。


 いや、グリル三台の時点で普通ではないが。


「まだ返すな」


 坂本さんが言った。


 朝倉さんのトングが止まる。


「早いか?」


「早い」


「BBQくらい雑でいいだろ」


「厚い肉は雑に焼くと中心が追いつかない」


「何でそんな真面目なんだよ」


「食材に失礼だ」


「正論で殴るな」


 朝倉さんが渋々トングを戻した。


 坂本さん、BBQでも怖い。


 でも正しい。


 理不尽ではない。


 だから余計に怖い。


「坂本さん」


 柏木くんが言った。


「肉の中心温度は測定しますか」


「そこまではしない」


「目視ですか」


「火の入り方を見る」


「経験則ですね」


「そうだ」


「学習します」


「お前は食べるだけでいい」


「分かりました」


 柏木くんは素直に引いた。


 強い。


 坂本さんの圧が、今日も的確な料理アドバイスとして変換されている。


 怖さの翻訳機能がない。


 ある意味、最強だ。


 海鮮用のグリルでは、管理人さんが用意してくれた大きなエビやホタテが並んだ。


 野菜用のグリルでは、仁くんが切った野菜が焼かれていく。


 梢がトングを持って、少し緊張している。


「白石さん、これ、もう返していいですか?」


「もう少し待って大丈夫です。焦げ目がついたら返しましょう」


「はい」


「熱いので、手はここより前に出さないでください」


「分かりました」


 丁寧。


 また丁寧。


 俺の妹に。


「藤谷」


 高岡が言った。


「顔」


「何」


「焦げてる」


「焦げてない」


「兄の火力が強い」


「うまくない」


「いや、悪くない」


「坂本さん風に言うな」


 美波さんが俺の隣に来た。


 半歩。


 いつもの半歩。


 いや、いつもと言うほど日数は経っていない。


 まだ二日目だ。


 嘘だろ。


「藤谷さん」


「はい」


「これ、開けてもいい?」


 美波さんの手には、白ぶどうサワーがあった。


 冷えている。


 缶に水滴がついている。


「いいと思いますけど、ゆっくり飲んでくださいね」


 言ってから、またしまったと思った。


 自然に言いすぎた。


 美波さんが俺を見た。


「……そういうところよ」


「だからどこですか」


「火が入るところ」


「火?」


「私に」


 やめてほしい。


 BBQ中に恋愛の火種を言語化しないでほしい。


 炭火と区別がつかなくなる。


「美波さん」


「はい」


「そういうの、火元の近くで言わないでください」


「危ない?」


「俺が」


 高岡が横で小さく笑った。


「藤谷、可燃物だったか」


「俺を燃やすな」


 美波さんは、少し楽しそうに缶を開けた。


 ぷしゅ、と小さな音がした。


 それだけなのに、妙に可愛い。


 上品な顔で、白ぶどうサワーを持っている。


 高級ワインじゃない。


 缶のサワー。


 普通で、少し甘くて、彼女が好きなもの。


 俺はその姿を、ちょっといいと思ってしまった。


 まただ。


 また思ってしまった。


 まずい。


 相手は朝倉さんの妹だぞ。


 中身は朝倉家だぞ。


 でも、白ぶどうサワーを持って少し嬉しそうなのは、普通に可愛い。


 まずい。


「藤谷さん」


「はい」


「顔、熱い?」


「火のせいです」


「まだこっちには火、来てないわ」


「心の火のせいです」


 言った。


 言ってから、俺は止まった。


 何を言っているんだ。


 高岡も止まった。


 美波さんも少し目を丸くした。


 そして、次の瞬間、美波さんが口元を押さえて笑った。


「藤谷さん、それ、口説いてる?」


「違います!」


 俺は叫んだ。


「違います。今のは事故です」


「事故」


「言葉の事故です」


「海の次は言葉でも事故るのね」


「やめてください」


 高岡が肩を震わせている。


「笑うな、高岡」


「いや、悪くない」


「最悪のタイミングで言うな」


 朝倉さんが肉の前からこっちを見た。


「何だ、藤谷。美波口説いてんのか」


「違います!」


「声でけえよ」


「違うからです!」


「美波、どうなんだ」


「事故らしいわ」


「事故か」


「ええ。でも、悪くなかった」


「美波さんまで!」


 俺はもう、炭より早く燃え尽きそうだった。


 BBQは火が命。


 確かにそうだ。


 でも、この場には火が多すぎる。


 炭火。


 肉の火。


 坂本さんの焼き加減チェック。


 仁くんと梢の丁寧な火種。


 美波さんの白ぶどうサワー。


 高岡の実況という追い炭。


 俺の顔面の火力。


 多い。


 火元が多い。


「焼けたぞ」


 朝倉さんが肉を皿に乗せた。


「藤谷、食え」


「ありがとうございます」


「お前、今日いろいろ燃えてるからな」


「肉で回復するタイプじゃないです」


「大体回復するだろ」


「朝倉さんの価値観ではそうなんでしょうね」


 皿を受け取ると、肉は完璧に焼けていた。


 悔しいが、うまそうだった。


 高岡の火力管理。


 坂本さんの焼き加減確認。


 朝倉さんの雑なトングさばき。


 全部混ざった結果、肉がうまそうに焼けている。


 腹が立つほど、いいチームワークだった。


「藤谷くん、焼きおにぎりもどうぞ」


 美沙さんが皿を差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます」


「熱いから気をつけてね」


「はい」


 その隣で、坂本さんが自分の皿を見ている。


 美沙さんがそっと、坂本さんの皿に焼きおにぎりを一つ乗せた。


「カズくんの分」


「……ああ」


「味噌、焦げすぎてない?」


「ちょうどいい」


「よかった」


 坂本さんの目元が、ほんの少しだけ緩む。


 肉の火力より、こっちのほうが俺には強い。


 誰だ。


 いや、坂本さんだ。


 でも誰だ。


「藤谷、肉冷めるぞ」


 高岡が言った。


「俺の処理が冷めてからにしてくれ」


「それは無理だな」


「何でだ」


「次々焼ける」


 その通りだった。


 肉が焼ける。


 海鮮が焼ける。


 野菜が焼ける。


 焼きおにぎりが焼ける。


 俺の処理能力も焼ける。


 庭の空気は、いつの間にか柔らかくなっていた。


 朝倉さんは雑に肉を配る。


 柏木くんは「これは火の通った肉ですか」と確認してから食べる。


 仁くんは梢の皿に、熱すぎない野菜を選んで乗せる。


 梢は少し照れたようにお礼を言う。


 美波さんは白ぶどうサワーを少しずつ飲みながら、俺の近くにいる。


 近すぎない。


 でも、ちゃんといる。


 高岡は炭を見ながら、俺の情緒も見ている。


 坂本さんは美沙さんの皿が空きすぎないように、静かに確認している。


 美沙さんは、全員が食べているのを見て、嬉しそうに笑っている。


 騒がしい。


 情報量が多い。


 火元も多い。


 でも、悪意はない。


 誰も、誰かを雑に傷つけようとしていない。


 雑な人はいる。


 主に朝倉さんだ。


 でも、雑さの底にちゃんと温度がある。


 だから疲れるのに、少しあたたかい。


「藤谷さん」


 美波さんが言った。


「はい」


「そのお肉、美味しい?」


「あ、はい。すごく」


「じゃあ、私もそれにする」


 美波さんがトングを取ろうとした。


 俺は反射的に手を伸ばした。


「取ります。火、近いので」


 美波さんの手が止まる。


 まただ。


 また自然に出た。


 美波さんが俺を見る。


 俺はすぐに言い訳を探す。


「いや、昨日の今日なので。火傷とかも、あれなので」


「うん」


「別に、その、過保護とかではなく」


「うん」


「安全管理の一環で」


「藤谷さんも安全管理者ね」


「やめてください。朝倉さんと同じ肩書きは重いです」


 美波さんが笑った。


「でも、嬉しい」


 その一言で、俺はまた焦げた。


 肉より先に。


「高岡」


「何だ」


「水」


「飲み物担当が水を求めてる」


「早く」


 高岡が笑いながら水を渡してくれた。


 俺は飲んだ。


 冷たい。


 ありがたい。


 しかし、心の火は消えない。


 消えないどころか、追い炭されている。


 BBQは火が命。


 もう分かった。


 分かったから、俺の中にまで火を入れないでほしい。


 日が少し傾いてきたころ、庭のBBQはようやく落ち着き始めた。


 グリルの火は弱くなり、焼き終えた皿が少しずつ片付けられていく。


 管理人さんが追加の炭を確認し、朝倉さんが花火の袋を持ち上げた。


「よし。夜は浜に出るぞ」


 俺はその言葉に反応した。


「浜、ですか」


「花火だよ」


「でも、花火って、やっていいんですか?」


 俺が聞くと、朝倉さんがにやっと笑った。


 嫌な予感がした。


 こういう時の朝倉さんは、だいたい爆弾を落とす。


「ここ、プライベートビーチだからな」


 藤谷直樹、停止。


 プライベートビーチ。


 単語としては知っている。


 映画やドラマで聞いたことはある。


 だが、俺の人生に実体を持って現れる予定はなかった。


 高岡が横で、静かに言った。


「出たな、朝倉家」


「出るな」


 俺は炭火の前でもないのに、また焦げた。


 BBQは終わった。


 火は落ちた。


 だが、夏合宿の火種は、まだ全然消えていなかった。

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