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24/29

藤谷班は飲み物担当

買い出し先は、海沿いの道を少し走ったところにある、大きめのスーパーだった。


 地元の食材もある。


 日用品もある。


 花火もある。


 BBQ用品もある。


 つまり、今日の俺たちに必要なものが、だいたい全部そろう場所らしい。


 駐車場に着くなり、朝倉さんが低い声で言った。


「いいか、バラけすぎんなよ。同じ店の中で動け。一時間後に入口集合」


 俺は一瞬、止まった。


 朝倉さんが。


 集合時間を。


 店内行動範囲を。


 指定している。


「朝倉さんが、安全管理を継続している……」


「お前ら俺を何だと思ってんだ」


「雑な爆弾投下装置です」


「失礼だな」


 否定はされなかった。


 高岡が隣で、淡々と言う。


「運用できてるな」


「坂本さんみたいに言うな」


「でも、悪くない」


「だから言うな」


 朝から何度目だ。


 こいつ、最近本当に坂本さん風の言い回しを覚え始めている。


 やめろ。


 俺の処理能力が削れる。


「じゃ、班ごとな」


 朝倉さんが指を立てた。


「坂本と美沙ちゃんは、焼きおにぎりとデザート系」


「うん」


「分かった」


 坂本さんが短く答えた。


 いや、分かったと言いながら、もう自然に美沙さんの隣に立っている。


 カゴも持っている。


 早い。


 位置取りが早い。


「仁と梢ちゃんは、野菜と追加食材」


「はい」


「はい」


 仁くんと梢が同時に返事をした。


 俺は反射的に振り向いた。


「待て」


「買い出しです」


 仁くんが俺を見た。


「分かってる」


「店内です」


「分かってる」


「藤谷さんから見える範囲です」


「それも分かってる」


「では?」


「兄の心が」


「対応できません」


 昨日から二度目か三度目の会話である。


 この大学生、強い。


 しかも正しい。


 兄の心には対応できない。


 それはそう。


「お兄ちゃん、大丈夫だよ」


 梢が少し困ったように笑った。


「白石さん、食材詳しそうだし」


「そこを評価するな」


「大事だよ?」


 大事だ。


 生活力は大事だ。


 妹が正しい。


 兄はつらい。


「俺と柏木は、紙皿、炭、トング、花火な」


「了解しました」


 柏木くんが頷いた。


「分類としては、屋外調理用品と夜間火気使用用品ですね」


「花火だよ」


「夜間火気使用用品ですね」


「合ってるけど言い方」


 朝倉さんがすでに疲れている。


 柏木くんは朝倉さんに苦手意識があるはずなのに、こういう時の正面突破力はすごい。


 怖がっているのか、いないのか。


 いや、情報量に困っているだけか。


「で、藤谷、美波、高岡」


 来た。


 俺は身構えた。


「お前らは飲み物と氷な。三人いるし重いから」


 正しい。


 あまりにも正しい。


 人数と重量が考慮されている。


「朝倉さんが、人数と重量を考慮している……」


「だから何なんだよ、その反応」


「失礼だぞ、藤谷」


 高岡が言った。


「お前も今、ちょっと感心してただろ」


「した。でも、悪くない」


「固定文にするな」


 美波さんが、俺の横に立った。


 半歩分、離れて。


「藤谷さん」


「はい」


「この距離なら、大丈夫?」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


 ちゃんと聞いてくる。


 朝からずっと、昨日の「逃げ道ください」を覚えている。


 近すぎない。


 でも遠すぎない。


 何だこれ。


 むしろ処理が難しい。


「……大丈夫です」


「よかった」


 美波さんが微笑んだ。


 顔がいい。


 距離が適切。


 逃げ道もある。


 なのに溺れそうになるのは、どういうことだ。


「藤谷」


 高岡が横から言った。


「飲み物売り場に着く前から溺れるな」


「まだ溺れてない」


「浅瀬だな」


「海の比喩を持ち込むな」


 スーパーに入ると、冷房の空気が一気に身体を包んだ。


 入口近くには野菜売り場。


 少し奥に肉と魚。


 右側に飲み物。


 さらに奥に日用品と花火。


 朝倉さんが言った通り、同じ店内でそれぞれ動ける配置だった。


 ちゃんとしている。


 悔しいが、朝倉さんの安全管理はちゃんとしている。


「じゃ、行くぞ柏木」


「はい。朝倉さん、炭は燃料に分類されますか、調理補助用品に分類されますか」


「炭は炭だ」


「分類不能ですか」


「不能じゃねえよ」


 遠ざかっていく二人の声だけで疲れる。


 声だけで情報量が多い。


 俺たちは飲み物売り場へ向かった。


 高岡がカートを押す。


 俺は買い物カゴを持つ。


 美波さんは、俺の斜め横を歩いている。


 半歩。


 半歩だ。


 この半歩が、やけに意識に引っかかる。


 昨日までは近すぎて処理落ちしていたのに、今は「ちゃんと距離を取ってくれている」ことで処理落ちしている。


 人間関係、難しすぎる。


「飲み物って、何をどれくらい買うの?」


 美波さんが聞いた。


「とりあえず、水、お茶、スポドリ、炭酸、あとお酒少しですかね」


「安全管理者がいるからな」


 高岡が言った。


「朝倉さんのことを安全管理者って定着させるな」


「本人も言ってた」


「言わせた空気が悪い」


 飲み物売り場は広かった。


 ペットボトルの水が積まれている。


 お茶。


 スポーツドリンク。


 炭酸飲料。


 ジュース。


 その隣に、缶チューハイやサワーが並んでいる。


「まず水とお茶だな」


 俺が二リットルの水を数本取ると、高岡がカートに入れた。


「重いな」


「三人いる理由が分かる」


「朝倉さんが正しかったな」


「そこを認めるの、ちょっと悔しい」


「でも、悪くない」


「だからやめろ」


 美波さんが、二リットルのお茶を一本持とうとした。


「美波さん」


「はい」


「それは俺が持ちます」


 美波さんが手を止めた。


「でも、私も持てるわ」


「持てるのは分かってます。でも、昨日の今日なので、重いものは俺が持ちます」


 言ってから、しまったと思った。


 普通に言いすぎた。


 自然に出すぎた。


 美波さんが俺を見ている。


 その目が、少しだけ柔らかい。


「……そういうところよ」


「どこですか」


「好きかもしれないところ」


「飲み物売り場で追加しないでください」


 高岡が静かに言った。


「藤谷、よく冷えてるぞ」


「俺は飲み物じゃない」


「顔は熱い」


「実況するな」


 美波さんは笑った。


 上品に。


 でも、少し楽しそうに。


 俺はお茶をカートに入れた。


 重い。


 飲み物は重い。


 だが今、もっと重いのは美波さんの視線である。


 買い出しでこんなに精神力を使うことがあるのか。


「スポドリも買っておくか」


 俺が数本取ると、高岡が頷いた。


「熱中症対策だな」


「安全管理者が喜ぶな」


「呼び方」


「もう定着した」


「するな」


 そのとき、野菜売り場のほうから梢の声が聞こえた。


「白石さん、これでいいですか?」


 俺は反射的にそちらを見た。


 仁くんが、梢の隣で野菜を見ていた。


 距離が近すぎるわけではない。


 むしろ丁寧だ。


 梢が持っているズッキーニを見て、仁くんが少し首を傾げる。


「それでも大丈夫です。ただ、焼くならこっちのほうが水分が少なくて扱いやすいと思います」


「そうなんですね」


「あと、切るときは厚めのほうが崩れにくいです」


「白石さん、詳しいですね」


「必要だったので」


 必要。


 その言い方で、昨日の夜を思い出す。


 姉さんが遅くまで働いていたから。


 帰ってくる姉さんに、温かいものを用意したかったから。


 仁くんの料理は、ただの器用さじゃない。


 姉への感謝と、今度は自分が支えたいという気持ちから来ている。


 分かる。


 分かるのが、困る。


 そしてその仁くんが、今、俺の妹に丁寧に野菜を教えている。


 兄としては警戒したい。


 でも、人としては悪くないと思ってしまう。


 処理が複雑すぎる。


「藤谷」


 高岡が言った。


「兄の顔になってる」


「見るな」


「白石くん、悪くないぞ」


「分かってるのが問題なんだよ」


「それは処理が難しいな」


「お前、ちょっと楽しんでるだろ」


「かなり」


「否定しろ」


 美波さんも野菜売り場のほうを見ていた。


「梢さん、少し笑うようになったわね」


「ああ……そうですね」


「仁くん、丁寧なのね」


「姉さん以外にも丁寧にできるんだな、って思ってます」


「失礼ね」


「でも否定しきれないでしょう」


「それはそうね」


 美波さんが小さく笑った。


 そこは認めるのか。


 朝倉家は、他人の本質を見るのが雑に鋭い。


 飲み物売り場に戻る。


 お茶、水、スポドリ、炭酸水。


 そして、問題のお酒コーナーに来た。


「お酒、どうします?」


 俺が言うと、高岡が缶を見た。


「量は少なめでいいだろ。夜は花火もあるし」


「安全管理者がいるからな」


「もうやめろ」


 美波さんは棚の前で、少し楽しそうに缶を眺めていた。


 何を選ぶんだろう。


 正直、美波さんは高級ワインとかシャンパンとか、そういうものを涼しい顔で飲んでいそうなイメージだった。


 朝倉家だし。


 海辺の別荘だし。


 管理人さん付きだし。


 おぼっちゃまの妹だし。


 なのに、美波さんが手に取ったのは、白ぶどうのサワーだった。


 缶の色は淡くて、柔らかい。


 アルコール度数も低め。


「これ、美味しそうね」


 美波さんが言った。


 声が少しだけ弾んでいた。


「え」


「白ぶどう、好きなの」


 俺は止まった。


 朝倉家なのに。


 高級ワインじゃなくて。


 白ぶどうサワー。


 しかも、ちょっと嬉しそう。


「意外です」


「強いお酒を飲みそう?」


「……高そうなワインとか」


 言ってから、失礼だったかと思った。


 でも美波さんは怒らなかった。


 むしろ少し笑った。


「家ではそういうのも出るわ。でも、私はこっちのほうが好き」


「そうなんですか」


「甘くて、飲みやすいから」


 言い方が普通だった。


 あまりにも普通だった。


 お嬢様の顔で、白ぶどうサワーを持って、少し嬉しそうにしている。


 ずるい。


 ギャップがある。


 処理能力に攻撃が入る。


「藤谷、情報更新だな」


 高岡が言った。


「やめろ」


「朝倉美波、高級ワイン固定ではない」


「分析するな」


「白ぶどうサワーを好む」


「メモを取るな」


「でも、悪くない」


「坂本さん風に締めるな」


 俺は棚を見た。


 白ぶどうサワー。


 桃のサワー。


 レモン。


 グレープフルーツ。


 いろいろある。


 そういえば、梢は強い酒が得意なタイプではない。


 家でたまに飲む時も、甘めのものを選んでいた気がする。


 俺は白ぶどうサワーを二本手に取った。


「梢は、たぶんこういうほうがいいな」


 高岡が俺を見る。


「妹の好み、分かってるな」


「兄だからな」


「でも、悪くない」


「その口を閉じろ」


 美波さんが俺の手元を覗き込む。


 近い。


 いや、近すぎはしない。


 半歩分、ちゃんとある。


 でも顔がいいので近く感じる。


「それ、梢さんの分?」


「はい。たぶん白ぶどう系好きだと思うので」


「じゃあ、私も同じのにするわ」


「え」


「美味しそう」


 美波さんが、自分用に同じ白ぶどうサワーを一本取った。


 俺はまた止まった。


 妹のために選んだものを、美波さんが「美味しそう」と言って選ぶ。


 何だこの流れ。


 兄の行動が、別方向に波及している。


 浅いと思った飲み物売り場が、急に深い。


「藤谷さん」


「はい」


「梢さん、甘いもの好き?」


「あ、はい。たぶん好きです」


「じゃあ、桃もどう?」


 美波さんが桃のサワーを一本手に取る。


「可愛い缶ね」


 可愛い。


 美波さんが、缶を見て可愛いと言った。


 その様子が、普通に可愛い。


 やめてほしい。


 朝倉さんの妹という属性で警戒しているのに、そういう普通の可愛さを出さないでほしい。


「藤谷」


 高岡が小声で言った。


「溺れてるぞ」


「飲み物売り場で言うな」


「浅くないな」


「うるさい」


 遠くから朝倉さんの声が飛んできた。


「美波、それ二本で足りんのか?」


 美波さんが振り返った。


「兄さんと一緒にしないで」


「俺もそんな飲まねえよ」


 高岡が静かに言った。


「説得力は薄いな」


「高岡、お前どっちの班だ」


「実況班」


「そんな班はない」


 朝倉さんがこちらへ歩いてきた。


 手には紙皿とトングと、なぜか大量の花火。


 その後ろで柏木くんが真顔で袋を抱えている。


「朝倉さん」


 柏木くんが言った。


「打ち上げ花火は、近隣への音響影響と火気管理の観点から不適切です」


「だから手持ちだけにしただろ」


「はい。そこは安全管理者として適切です」


「お前まで言うな」


 朝倉さんが疲れた顔をした。


 今日の朝倉さん、わりと安全管理者として機能している。


 本人が一番不本意そうなのが面白い。


「美波、白ぶどうか」


「ええ」


「昔からそれ好きだよな」


「兄さん、余計なことを言わないで」


「褒めてんだよ。高いワインより安いサワーで機嫌いいから助かる」


「本当に余計」


 美波さんが兄を睨む。


 上品な顔で睨む。


 朝倉家だ。


 でも、今の会話で分かった。


 美波さんは前から白ぶどうが好きだったらしい。


 高級なものに囲まれていても、好きなものは案外普通。


 その普通さが、妙に残る。


「藤谷さん」


 美波さんが俺を見た。


「今、少し笑った?」


「え」


「私が安いサワーで機嫌がいいって言われたところ」


「笑ってないです」


「嘘」


「いや、その……ちょっと、いいなと思っただけです」


 言った。


 言ってしまった。


 何を言っているんだ俺は。


 高岡が横で無言になった。


 無言になるな。


 むしろ何か言え。


 美波さんが、少し目を丸くした。


「いい?」


「意外で。何か……普通で」


「普通」


「悪い意味じゃなくて」


「分かってる」


 美波さんは、手元の白ぶどうサワーを見た。


 それから、少しだけ笑った。


「普通に見えたなら、嬉しいわ」


 その声が、思ったより静かだった。


 俺はまた言葉に詰まった。


 美波さんは上品で、朝倉家で、距離感が雑で、場を勝手に動かす人だ。


 でも、普通に好きなものがあって、普通に嬉しそうにして、普通に「普通に見えたなら嬉しい」と言う。


 その普通さを、俺はたぶん、少し見落としていた。


「藤谷」


 高岡が今度はやわらかい声で言った。


「悪くないな」


「……坂本さん風に言うな」


「今のは普通に言った」


「それはそれで腹立つ」


 高岡が少し笑った。


 飲み物をカートに積んでいく。


 水。


 お茶。


 スポドリ。


 炭酸水。


 ジュース。


 白ぶどうサワー。


 桃のサワー。


 美波さんが選んだ白ぶどう。


 梢の分に選んだ白ぶどう。


 なんだか、白ぶどうがやたら多い。


 でも、悪くない。


 いや、だから俺まで坂本さんみたいに思うな。


「美沙さんには何がいいかな」


 美波さんが言った。


「美沙さんは、甘すぎないジンジャーエールとか好きそうですね」


「坂本さんは?」


「坂本さんは……炭酸水かお茶ですかね」


「お酒は?」


「飲まないわけじゃないと思いますけど、美沙さんがいるとそっち見てるほうが忙しそうなので」


 言ってから、俺は口を閉じた。


 しまった。


 坂本さんの恋人モードを、つい雑に言語化してしまった。


 高岡が横で肩を揺らしている。


「笑うな」


「いや、正確だと思って」


「正確でも言っていいことと悪いことがある」


 その時、通路の向こうに坂本さんと美沙さんが見えた。


 美沙さんが果物を選んでいる。


 坂本さんはカゴを持って、その横に立っている。


 美沙さんが小さなパックを手に取った。


「カズくん、これ好き?」


「ああ」


「じゃあ、これも買おうね」


「ああ」


 短い。


 短い会話なのに、空気が柔らかい。


 坂本さんが、何も言わずに美沙さんの手元のパックをカゴに入れる。


 その時、坂本さんの目元が少し緩んだ。


 誰だ。


 いや、坂本さんだ。


 でも誰だ。


「藤谷、止まるな」


 高岡が言った。


「無理だ」


「飲み物が冷えてるうちに戻るぞ」


「俺の処理はもう溶けてる」


「うまいな」


「褒めるな」


 さらに野菜売り場のほうを見ると、仁くんが梢の持っていた袋を自然に受け取っていた。


 重い野菜の袋だ。


 梢が少し驚いている。


「ありがとうございます」


「重いので」


「でも、白石さんも持ってますよね」


「これくらいなら大丈夫です」


「すごいですね」


「普通です」


 普通。


 仁くんの普通は、たぶん少し重い。


 姉さんのために覚えた料理。


 姉さんのために始めた仕事。


 姉さんのために身につけた気遣い。


 それが今、俺の妹にも向いている。


 兄としては警戒したい。


 でも、悪いものには見えない。


 だから困る。


「藤谷」


 高岡が言った。


「今日は目が足りないな」


「本当に足りない」


「飲み物担当なのに、人間関係の情報量が多い」


「言うな」


「泳がなくても溺れる、継続中だな」


「だから言うなって」


 会計前、朝倉さんが全員を一度集めた。


 カートが四台並ぶ。


 飲み物のカートは、明らかに重い。


 俺と高岡で押している。


 美波さんが横で、白ぶどうサワーの缶を一本だけ手に持っていた。


「美波さん、それカートに入れていいですよ」


「これは自分で持つわ」


「重くないですか」


「これは軽いもの」


「そうですね」


「それに、藤谷さんが選んでくれたものと同じだから」


「俺が選んだのは梢の分です」


「でも、美味しそうって思ったのは、藤谷さんが選んでいたからよ」


 やめてほしい。


 会計前に追加しないでほしい。


 スーパーのレジ前は逃げ道が少ない。


 高岡が静かにカートを押しながら言った。


「藤谷、袋詰め前に沈むな」


「沈んでない」


「足元が浅くないな」


「飲み物売り場の話を引っ張るな」


 朝倉さんがこちらを見た。


「何だ、お前らもう疲れてんのか」


「飲み物が重いんです」


「三人いるだろ」


「物理的にはそうです」


「精神的には?」


「沈んでます」


「正直だな」


 美波さんが楽しそうに笑った。


 坂本さんが飲み物カートを一瞥した。


「量は妥当だな」


「坂本さんに妥当って言われると安心しますね」


「熱中症対策としては悪くない」


「仕事の評価みたいに言わないでください」


 柏木くんが即座に頷く。


「水分補給計画として適切です」


「柏木くんまで評価しなくていい」


「飲料分類は、藤谷班の成果です」


「成果物にするな」


 美沙さんが笑った。


「藤谷くん、ありがとう。たくさん選んでくれたんだね」


「あ、いえ」


「梢ちゃんの分も選んだの?」


「はい。たぶん白ぶどう系が好きなので」


「お兄ちゃんだね」


 美沙さんがそう言った。


 やわらかく。


 その一言で、なぜか少し照れた。


 梢も隣で、少し嬉しそうにしている。


「ありがとう、お兄ちゃん」


「……おう」


 兄としては、それで十分だった。


 十分だったはずなのに。


 美波さんが横で、白ぶどうサワーをそっと持ち上げた。


「私も、同じのにしたわ」


 美沙さんがにこにこする。


「美波さん、白ぶどう好きだもんね」


「ええ」


「藤谷くん、選ぶの上手だね」


「いや、俺は梢の分を」


「うん。でも、美波さんも嬉しそう」


 美沙さん。


 柔らかく核心を刺さないでほしい。


 美波さんは否定しなかった。


 否定しないで、ただ少し笑った。


 俺は処理を落とした。


 レジ前で。


 飲み物担当として。


「藤谷」


 高岡が言った。


「買い出しでも溺れるんだな」


「言うな」


「飲み物担当だからな」


「うまいこと言うな」


 会計が終わり、袋詰めをして、駐車場へ戻る。


 飲み物の袋は重かった。


 水も重い。


 お茶も重い。


 スポドリも重い。


 白ぶどうサワーも、缶としては軽いはずなのに、妙に重く感じる。


 いや、重いのは缶じゃない。


 美波さんがそれを嬉しそうに選んだこと。


 梢が白石さんにありがとうと言っていたこと。


 坂本さんが美沙さんの果物を無言でカゴに入れていたこと。


 朝倉さんが安全管理者として機能していること。


 高岡が全部見て、全部少しずつ火を足してくること。


 全部だ。


 全部が重い。


 でも、嫌な重さではない。


 駐車場で、朝倉さんが荷物を車に積みながら言った。


「よし、戻ったらBBQ準備な」


「まだ準備前なんですね」


「当たり前だろ。これから焼くんだよ」


 これから。


 まだ焼く前。


 俺はすでに、飲み物売り場でかなり消耗している。


 高岡が横で、静かに言った。


「藤谷」


「何だ」


「飲み物売り場は浅くなかったな」


「……言うな」


 海には入っていない。


 泳いでもいない。


 ただ飲み物を買っただけだ。


 なのに俺は、今日も溺れている。

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