8.ちゃんとやっていますか?
ダンジョン最深部。
ダンジョンマスターのみが触れられるオーブが隠された階層は、本来であればもっと厳重に守られているものなのだが今や大量の荷物によって支配される倉庫と化していた。
その端の方に設置された小さな衝立、あまりにも小さくてそこからはみ出たなんとも質素なベッドから体を起こすと、その上で大きく伸びをする。
バキバキと体が鳴るのは寝返りがまともにできないせいだろうか、それとも年のせいだろうか。
個人的にはまだまだ若いつもりだけど、ここ数日まともに人と会っていないのでそういう感覚が鈍っている実感はある。
「なによ、締りのない顔ねぇ」
「仕方ないだろ、寝起きなんだから」
「それにもっとこう・・・上品にできないの?」
「魔素が足りなくて机も椅子も用意できないんだ、仕方がないだろ。こっちはお前と違って飯を食わなきゃ生きていけないんだから」
リサの呆れたような目線を感じながらも、ベッドから降りてすぐ横の戸棚から食材を取り出す。
仕入れた木箱に皿の代わりの紙を敷いてその上にパンを置き、同じく買い付けてきたハムや野菜を適当に挟んで口に運んだ。
うん、美味い。
この辺りは比較的天候が安定しているようで、近くの村では食料品が豊富に取り扱いされていた。
今日のハムもそこで作られた物、値段も安いししばらく食べ物には困らないけれども正直懐具合はそこまでよろしくないので、あと一カ月もすれば資金が底をついてしまう。
ダンジョンマスターになって今日で一週間。
不便ではあるけれどここでの生活にも少しずつ慣れてきた感はある。
ダンジョン運営と商店経営の二足のわらじもある程度形になってきたと言えるだろう。
後はどうやって客を呼び込むのか、そこが目下問題になっていた。
「それ、美味しいの?」
「美味いぞ」
「そんな風には見えないけど」
「世の中見た目通りの味じゃないってことだ、食べるか?」
「いらな~い」
ま、そうだろうな。
リサが気に入っているのは主にお菓子で、それ以外の物を口にしているのは正直見たことがない。
果物ぐらいなら食べるんじゃないかと思って買ってきてもスルー、普段物を食べないのでそっちに対する欲は無いんだろうけど、お菓子を買ってくると目ざとく見つけるんだよなぁ。
人間の食べ物は魔族や魔物にも大人気、というわけではなさそうだ。
いくら部下とはいえ食べながら話すわけにはいかないので急ぎ口に押し込んでから木箱の上を片付けて、携帯用コンロで香茶を淹れて一息つく。
飯はいらないと言いながらもどうやらそれは飲みたいようで、無言で自前のカップを突き出してきた。
一体どこから取り出したのかを聞くのはご法度、仄かに温かいそれに熱々の香茶を注いでやる。
「ん~、良い香り」
「そういえばこの間ダンジョンに冒険者が向かっていたのが結局どうなったんだ?戻ってきた頃には姿が見えなかったけど」
「あまり実力がなかったみたいね、二階層に到達する前に魔物に襲われて引き返していったわ」
「一階層で?装備は?」
「見た感じ普通っぽい感じだったけど、経験がなかっただけじゃない?」
「経験なぁ・・・」
初めての冒険者はまさかの第一階層で敗走、確かあそこにいるのは自然発生した弱い魔物だったと思うんだが、どうやらそれすらも倒せなかったようだ。
装備はそろっているのなら問題はないと思うんだけど、リサが言うように経験不足と恐怖で逃げ出したのかもしれない。
うーむ、折角のお客様候補なだけに残念だが、まぁそういうこともあるだろう。
「そこまで難しいダンジョンじゃないと村に行った時にもう少し宣伝しておくか」
「それで沢山来ても困るんだけど?」
「その時はその時だ。お前なら何とかするだろ?」
「まぁね、あの程度の人間に負けるつもりはないわ」
自分で戦闘に自信があるというだけあってその実力は中々のもの、本人は遊びのつもりで手足を動かしているが早すぎて俺の目にはさっぱり見えなかった。
「という事で引き続きよろしく。お前が守る四階層を抜けられたらいきなりここだからな、もし突破されれば損失は計り知れない、しっかり頼むぞ」
「その分しっかりお給料払ってよね」
「もちろんそのつもりだが、先立つものがなぁ」
倉庫に積まれている物資の代金はすべて俺が立て替えたものだ。
商店で働いている時にそれなりに稼いでいたので今は何とかなっているけれど、これ以上時間が経つとそれも厳しくなっていく。
エリザベート様はそれらの準備をしてくれるっていう話だったけど・・・。
いやいや、自分の上司に向かってそんな疑いの目を向けるのはよろしくない。
商店にいたあのクソ上司ならともかくエリザベート様がそんなことをするとは思えない。
邪念を吹き飛ばすべくカップに残った香茶を飲み干すために上を向き、正面に顔を戻したその時だ。
突然目の前にエリザベート様の顔が現れ、思わず口に含んでいた香茶を吹き出しそうになってしまう。
だが、そんなことをすれば俺の命は間違いなく失われるだろう。
耐えろ、気合で耐えろ。
「ど、どうされましたか?」
「貴方を部下にして一週間になりますから様子を見に来ました。ちゃんとやっていますか?」
「おかげさまで店の準備もダンジョンの整備も順調です」
「そう、それは何よりです。リサ、何か困ったことは無いですか?」
「ありません!ご心配ありがとうございます!」
流石のリサも突然現れたエリザベート様に驚いている様子、そんな俺達を見た後何も言わず倉庫内の見回りを始めた。
リサもそうだったが人間の使っているものを見る事はあまりないようで、興味深そうに品物を眺めていく。
特にポーションや薬草などの冒険者用の道具はまず見ることは無いだろう。
途中何度か質問を求められたので答えたのだが、何かが面白いのか少し笑っているような感じすらあった。
一週間でこれしか進んでいないのかと怒られることも覚悟したのだがどうやらそうではないらしい。
だが、最後に衝立の奥に隠れたベッドを見た所でその表情は一変した。
「アレス」
「はい!」
「・・・順調ではなかったのですか?」
「と、いいますと?」
「この質素な寝床は何です、まさかここで生活しているのですか?」
明らかに怒りの混ざった表情で俺を見てくる。
なんだ、俺は何を間違った?
確かに無断で倉庫内に俺の部屋を作ったが、それがまずかったか?
「も、申し訳ありません!ダンジョン内を改造している際に魔素が足りなくなったものですから、せめてこれだけはと勝手に設置してしまいました!誠に申し訳ありません!」
「魔素が足りない?」
「はい」
「それでこのようなベッドしか用意できなかったと?」
「本当はもう少し生活できる環境を整える予定でしたが、私の力不足で冒険者を呼ぶことが出来ておらず、結果魔素を自分で増やすことが出来ておりませんでした。一週間ものお時間を頂きながら本当に申し訳なく・・・」
ともかくここは謝るしかない。
謝って謝って謝り倒して、とりあえず魔素が蓄えられるまでここで生活させてもらわないと、外に放り出されてしまう可能性もある。
魔物の出るダンジョンの外で生活をするのは流石に厳しい、何とかして許してもらえないだろうか。
「・・・なるほど、状況は分かりました。確かに最低限の準備をすると約束をしていましたがそれを果たしていませんでしたね。もしや、この商品も自分で?」
「多少は蓄えがありましたので」
「アレス」
「はい」
「この前も言いましたが貴方は私の配下です。貴方がこのような生活をしていては私の品位が疑われます、ですから直ぐにまともな生活が出来るよう準備をしなさい。更に資金に関しても貴方が用意するものではありません。必要な分を申しなさい、こちらで準備します」
怒られるかと思ったらまさかのありがたい申し出。
よかった、これで貧乏生活から解放される。
持つべきものは素晴らしい上司、行動も見た目もスタイルも何もかもが最高だ。
「ありがとうございます!」
「まったく、リサがいながら何故このようなことになるのですか。不足があるのであればすぐに連絡すればいいでしょう」
「ごめんなさい、まさか補充していただけるとは思わなくて・・・」
「確かに我々は食事を必要としませんが人間は違います。彼らには彼らの生活があり、その中で素晴らしい物を作るのです。人間を知るという意味では貴女をアレスの下に付けたのは正解でしたね。それで、貴方はこの一週間でなにを学びましたか?」
「人間の作るお菓子はとっても美味しいことを学びました!」
いや、そういう事を聞いているんじゃないと思うぞ・・・と思いながらも、目をキラキラさせて応える彼女にエリザベート様は何も言えなくなってしまったようだ。
そんな事を知る由もなく、リサは嬉しそうに例のお菓子を取り出しエリザベート様にその素晴らしさを力説している。
願わくば気に入っていただけますように、そう願いながらあの人の口に甘い星が消えるのを祈るように見つめていた。




