6.人間って何を食べるの?
「ねぇ、人間って何食べるの?」
長時間の打ち合わせで小腹が空いたので何か食べるものがないかを聞いたのだが、本人からまさかの答えが返って来た。
何を食べるのってお前らと同じものだよと思いながらも相手が魔族である事を鑑み、落ち着いて話をすることにした。
異文化交流で一番大事なのは許容する事、相手の文化を否定せず受け入れる事こそいい取引が始まるというものだ。
「何をって聞かれると回答に困るが、パンとか肉とか野菜とか。むしろ魔族は何を食べるんだ?」
「私達は魔素を吸収しているから別に食べなくても問題ないわよ。好んで人間と同じものを食べる魔族もいるけど、基本的にダンジョン内の魔物は食事を必要としないわね」
「ん?ということは、ダンジョンの中と外で魔物の食事は変わるのか?」
「アンタ本当に何も知らないのね」
「あのなぁ、俺はついこの間まで魔無しだったんだぞ?しかも冒険者でもないのにダンジョン内の事なんてわかるはずないだろうが」
俺の知っている魔物は町の外に存在し時に人を襲ったりする危険な存在。
魔物の群れに村が襲われて壊滅したなんて言う話も聞くし、ゴブリンに攫われた女性が死ぬまで犯され奴らの子供を産まされていたなんていうのは脅しでも何でもない。
奴らは人を襲い、殺し、犯すような人間と相反する存在というのが世間一般的な認識だろう。
だが、日々の生活を送るのに魔物の素材は必要不可欠で俺が来ている服なんかにもそれらが使われている。
奴らは危険でありながら生活を送る上で必要不可欠でもある。
それ故に冒険者は魔物を倒し、その素材などを売ることで生計を立てている。
ダンジョンに魔物が出てくるのはもちろん承知していたけれど、全く同じ存在じゃなかったのか。
「なるほど、つまりダンジョンで生まれた魔物は基本的にダンジョンの外には出られないのか」
「そうね、彼らはダンジョンによって生み出された存在だからダンジョンの魔素が無い場所では生きていけないの。稀に生まれる固有個体はその限りではないけど、彼らが外で活動するには魔石などを食べないと体を維持できないっていう欠点はあるわ」
「つまり俺と同じような食料は必要ないと、それはある意味助かるな」
「そうなの?」
「食事ってのは一番金がかかるからな。何もしなくても腹は減るし、ダンジョン中に存在する魔物の分まで仕入れるとなると膨大な量と額が必要になる。ダンジョンの外じゃ食い物が無くて魔物があふれるなんてよくある話だし、少なくともその心配をしなくて済むのは運営者としてありがたい話だ。とはいえ、一番売れるものだけに商売する立場としては苦しい所だな」
宝石や魔道具など高価なものはいくらでもあるけれど、世の中で一番売れているものはずばり食料品だ。
生きていくのに必要不可欠なものは価格こそ安くても必ず売れる。
もちろんその中には高値で取引される食べ物もあるけれど、基本的には安価で確実に売れる物のトップが食べ物なので、それが販売できないとなると安定した収入が得られないと考えてもいい。
安定した収入かそれとも膨大な経費の圧縮か、まだ何の利益も生まれていない現状を考えれば選ぶのはもちろん後者だ。
「さて、とりあえず近々で必要なのは俺の分だけみたいだし手持ちの物をいくつか売って何日分かまとめて買ってこよう。外にはどうやって行けばいいんだ?」
「さっきのオーブに手をかざせばアンタだけの移動ポータルが出来るから、それに乗れば外に出られるわよ」
「そしてもう一度それに乗ると戻ってこられると。そりゃありがたい」
ダンジョン内がどうなっているかはまだわからないけれど、俺の知識だとかなり広いはずなのでそれをショートカットできるのはすばらしい。
買い物の度に危険なダンジョン内を行き来するのは大変だからな、今は一人分でも今後は増えるかもしれないし商売をするのならば仕入れも行なわなければならない。
そうなった時に移動距離が少ないのは非常にありがたい話だ。
「一人で大丈夫?」
「村まではそう遠くないし魔物さえ出なければ大丈夫だろう」
「あぁ、それなら心配ないわ」
「ん?」
「エリザベート様の魔力を貰っているんだもの、並の魔物は近づいてこないわよ」
「そりゃありがたい。魔物が出ても逃げる事しかできないからな、向こうから逃げてくれるのなら安心だ」
地図を見る感じだと近くの村までは歩いて1時間ぐらい、街道ならまず魔物には襲われないけれどダンジョン周辺となると少なくとも魔物は生息している。
そいつらが襲ってこないなら今後も安心して買い物に出られるだろう。
必要そうなものをリストアップしてから部屋の真ん中へ移動、例のオーブが下から生えてきたのでそいつに手を乗せると、そいつから声が聞こえてきた。
「地上にポータルを設置しますか?」
「よろしく」
そう応えると同時に足元がポッと淡く輝き、一瞬の暗転の後に目を開けると鮮やかな青空が目に飛び込んで来た。
ゆっくりと息を大きく吸うと爽やかな空気が肺の中を満たしていく。
どうやら無事外に出られたようだな。
因みに出入り用のポータルが出来たのは少し離れた茂みの中、ちょうど大きな樹があるので目印にはちょうどよさそうだ。
「さて、出発するか・・・って、ん?」
その時だ、何かの気配を感じ慌てて後ろを振り向くとダンジョンの入り口っぽい穴の前にいたのはあの時逃げたはずの馬、しかもちゃんと後ろに荷台を付けている。
「おぉ!?お前、戻っていたのか!」
てっきり別の町まで逃げたのかと思ったのだがまさかこんなところにいるなんて・・・。
いや、もしかするとエリザベート様が連れて来てくれたのかもしれない。
というかこんなことが出来るのはあの人しかいない、流石魔族四柱の一人恐ろしい人だ。
とはいえ、この子がいれば速攻で買い付けられるだけでなく予定よりも多くの荷物を持ち帰ることが出来るだろう。
まぁ、懐がそこまで温かくないので買い付ける量には限界があるけれど、エリザベート様から資金を貰うまでの我慢だな。
そんなわけで馬車に乗り込み急ぎ村まで移動、一軒しかない店で生活に必要であろう物を何日分か買い付ける。
荷台に乗っていた荷物もそのままだったので、これだけあればしばらくは安泰だろう。
「ただいま」
「おかえり、随分早かったのね」
「さっき乗ってきた馬車がダンジョンの前に止まってたんでな。おそらくエリザベート様が連れてきてくれたんだろう」
「アンタ、本当に気に入られたのね」
「そうなのか?」
「そうよ。だって今まで人間になんて全く興味なかったのに、自分の魔力をあげちゃうだけじゃなくそんなことまでしてくれるなんてありえないわ。・・・羨ましい」
リサがものすごく恨めしそうな目で俺を見てくるが、そんなすごい人に認められたのかと思うと逆にちょっと誇らしい気分になってしまった。
が、流石にこのままだとまた機嫌が悪くなってしまうので、こういう時の為に買っておいたものをポンとリサに投げてやる。
「なにこれ」
「これから色々と世話になるからな、土産だ」
「ふーん・・・。あ!なにこれ、可愛い!」
「だろ?少し離れた町で作られている砂糖菓子らしい、食べてみたら・・・」
「なにこれ!美味しい!」
「食うの早いな」
普通はもう少し遠慮するとか後で食べるとかしそうなものだが、こいつにそういうのを求めるのは間違いだったか。
砂糖で作られた星の形をしたお菓子、昔食べたことがあるけれどそのままではかなり甘かったはずだ。
普通は香茶と一緒に食べたり、もしくは香茶に入れて楽しんだりするものなのだがそのまま口に運んでバリバリとかみ砕き、あっという間になくなってしまう。
「おかわり!」
「あるわけないだろ」
「えーーーなんでよ!」
「そんなポンポン買えるもんじゃないっての。そんなに欲しけりゃしっかり働け、そうすれば買えるだけの給料を出してやる」
「本当に?」
「あぁ、約束してやる」
まさかこんなに喜んでもらえるとは思っていなかったが、もしかすると人間の食事やお菓子なんかも結構喜んでもらえるのかもしれない。
もちろん魔物がそれを食べるかはわからないけれど、ダンジョンの外にいる魔物は普通に食べられるんだからダンジョン内の魔物が食べない理由はない。
あれ、もしかして儲かる商売なのか?
食料品は用意しなくても嗜好品が売れるとなれば話は別、これはかなりの儲けになるぞ。
なんてことを考えながらふと、気づいた。
戻ってきたのは何もない例の部屋、そして後ろには買い付けてきた大量の物資。
これがあればしばらく生きていくには問題ないんだが・・・。
「なぁ、俺はどこで休めばいいんだ?」
もしかして、この何もない部屋で寝ろと?




