3.貴方に拒否権は無い
「そんな、困ります!私には辺境に行くという目的が・・・」
「何を勘違いしているかわかりませんが、貴方に拒否権はありません。私と来るかこの場で死ぬか、どちらにしますか?」
「よろしくお願いします!」
いきなりの流れに思わず拒否するも、魔族を前にして魔無しの俺に拒否権があるはずもなく。
死ぬか生きるかで言えばもちろん生きたい。
余りにも鋭い眼光に全身から汗が噴き出すのを感じながら、俺は即座に返事をしていた。
「エリザベート様、本当に連れていくんですか?」
「何か問題でも?」
「問題はありませんけど・・・この人、魔無しですよ?」
「ふむ、確かにそのままというわけにはいきませんね」
なんだかよくわからないが、これから行く場所は魔無しではまずい場所らしい。
魔力があろうがなかろうが普通に生活するうえでは問題ないが、魔力が多すぎる場所では自分を守ることが出来ず特に高濃度の魔力で満たされている場所になるとあっという間に死んでしまうらしい。
なので魔無し冒険者のような職に就くことは出来ない。
俺はどうなってしまうのだろうか、ただ辺境に行くだけだったのに・・・それもこれも左遷されたのが全ての原因だ。
誰が俺を嵌めたのか、もし見つけたら生きていることを後悔させてやる!
「こっちに来なさい」
「はい!」
「え?エリザベート様もしかして!?」
「少し痛みますが我慢しなさい。大丈夫、死ぬことは無いでしょう・・・多分ですが」
「多分って一体なにを・・・」
疑問に思う間もなくエリザベート様の顔が俺に近づき、唇・・・ではなく首の付け根に押し付けられた。
と、同時に感じる鋭い痛み。
あれ、もしかして噛まれたのか?
そう思った次の瞬間、体の中で何かが暴れまわり全身がバラバラになるような強い痛みが襲って来た。
「が、は!」
「あーあ、エリザベート様の魔力なんか流し込んだら魔無しなんて死んじゃいますよ?」
「ちゃんと加減はしましたよ?」
「加減をしても元が違い過ぎるんですよぉ。いいなぁ、私だって欲しいのに・・・」
暴れまわる力に翻弄されるがまま、体が汚れるのも気にせず地面を転がりまわる。
余りの痛みに意識が遠のくも、より強い痛みに無理やり覚醒させられる。
眼から、鼻から、口から、体中の穴と言う穴から液体を垂れ流しながら、自分が生きていることを後悔するほどの痛みに翻弄され続ける。
一体どれぐらい経っただろうか。
気づけばその痛みが少しずつ少なくなり、とりあえず上半身を起こしてみる
辺りを見回すと、もがき苦しむ俺の横で優雅にお茶を飲む魔族の姿があった。
パラソルまで設置され、先ほどの部下が横で扇子のような物を使って風を起こしている。
「え、うそ!生きてる!?」
「どうやら無事に順応できたようですね」
カップを置き、エリザベート様が興味深そうに俺を見下ろしてくる。
圧倒的強者、だが不思議とさっきまでの圧力を感じなくなっていた。
「いったい何を?」
「私の魔力を流し込みました。上手くいけば体に順応し、体を守ることでしょう。残念ながら放出することはできませんが生きていくことはできるはずです」
「もし順応しなかったら?」
「死ぬだけですが?」
いや、何をそんな簡単に言ってくれるんだ?
そりゃ魔族からすれば俺みたいな人間一人死んだところでなんとも思わないかもしれないけれど、俺からすれば人生が終わるわけで・・・。
まぁ、拒否しても死んでたから一緒といえば一緒だけどさぁ。
「ともかく、順応できたんですね」
「これはすごい事ですよ!エリザベート様の魔力を魔無しが受け入れるなんて記録にありません!いいなぁいいなぁ、私も欲しいなぁ」
「リサ、黙りなさい」
「ごめんなさ~い」
「ですが今のままでは連れていけませんね・・・と、これでいいでしょう」
涙と汗と涎と小便にまみれドロドロになった体を見かねてエリザベート様が指を鳴らすと、足元から何か不思議な力が駆け抜けさっぱりとした状態に戻っていた。
「ありがとうございます」
「ふふ、ちゃんとお礼を言えるのはいい事ですよ」
「私もちゃんと言いますよ!」
まるで子供を見守る母親のような優しい目、まさかそんな目を向けられるとは思っていなかった。
魔族にとって人間なんてのは取るに足らない存在であり、虫を殺すのと同じ感覚で見られているのは分かっている。
現にさっきまではそうだったし、気まぐれで生かされていたのは間違いない。
まったく、俺はただ辺境に行くだけだったのにいったいどうしてこうなってしまったのか。
いや、行ったところで店を開くことも出来ず死んでいた可能性もある。
あれは左遷と言う名のクビ宣言、同じようになったやつがその後どうなったのか詳細がわからないという事は、つまりそういう事だ。
だが今は違う。
何かしらの目的を持って俺を生かし、魔力を与えたんだろう。
ならば俺はその恩を返すべきなのかもしれない。
「それで、私はこれからどうすればいいのでしょうか」
「貴方は私の魔力を受け入れた瞬間から私の配下となりました。私の庇護を受け、そしてそれを返す義務があります。それは分かりますね?」
「わかります」
「貴方にはやってもらいたいことがあります。先ほどの知恵は本当に見事でした。それを存分に使い、私の為に尽くしなさい。大丈夫、悪いようにはしませんから」
「エリザベート様はお優しいですからね、感謝しなさい人間」
なぜお前が偉そうなのかと思いながらもあえて何も言わなかった。
今この人の機嫌を損ねるのはマズイ。
なんだかよくわからないが俺は新しい仕事を与えられるんだろう。
どうせクビ同様の左遷状態、誰に知られるわけもないんだから二重雇用に何の問題があるだろうか。
気になるところと言えば雇用条件、出来ればそれなりに休みは欲しいし、ある程度の給料も保証してもらいたいところだ。
辺境のどこで金を使うんだっていう話にもなるけれど、金はあって困る物じゃない。
そう、金だけは俺を裏切らない。
どれだけあっても困ることは無いし、あればあるだけ人は媚びへつらってくる。
言い換えれば金のないやつに人権は無い。
だからこそ王都では稼いで稼いで稼ぎまくって・・・そしてこうなってしまったわけだ。
まったく、世の中何が起きるかわからないもんだなぁ。
「具体的には何をすればよろしいのでしょうか。商売ですか?それとも仕入れ?見ての通り肉体労働には向いていませんが、人を使う事でしたらそれなりに出来ると思いますが」
「それに関しては現地で話をした方が早いでしょう」
「現地、ですか」
「その為にエリザベート様の魔力を与えてもらったんじゃない。じゃないとすぐ死んじゃうもの」
「もう一度言います。貴方の持ちえる全てを使い、私の為に尽くしなさい」
「かしこまりました、エリザベート様」
右も左もわからない場所で死の恐怖におびえながら暮らすことを考えたら、少なくとも働く場所と寝る場所があるのはありがたいことだ。
何よりも上司が素晴らしい。
あのスタイルを見ながら仕事が出来ると思えば・・・悪い気はしないよな。
そんな俺の視線に気づいたのかエリザベート様が不思議そうに首をかしげる。
「そういえば貴方、名前を聞いていませんでしたね」
「アレクスと申します」
「これからはアレスと名乗りなさい。私のアレス、貴方の働きに期待していますよ」
まるで母親に名前を貰ったかのよう、体中から沸き上がる喜びに気づけば片膝をついて首を垂れていた。




