27.引き抜きは延長戦へ
「あの~、その~」
突然の話に困惑するマリー、当然と言えば当然だが・・・ん?なんだか様子がおかしいぞ?
てっきり驚いてどう返事したらいいのかわからないのかと思いきや、顔は赤くなっているし胸の前で手をもじもじさせている。
今の流れでそんな反応することがあるだろうか。
俺はただダンジョンに用意した工房で働いてくれって頼んだだけなんだが、なにか変なこと言ったか?
「どうした?何か気になる事でもあのか?」
「気になる事っていうか~、いきなりそんなことを言われても~」
「まぁ、気持ちはわかる」
そりゃ今の店を辞めてうちで働けなんて言われても困るだろうなぁ。
取引先との関係もあるし、そもそも条件だって伝えていない。
そうだよ、何をやっているんだおれは。
もっとこう、給与面とか福利厚生とか作って欲しい物とか、それにかかる報酬であるとか諸々説明するべきじゃないか。
まったく、まるで働き始めた頃みたいな失敗をしていったい何をやっているんだ。
そりゃ、あの男達にとられないようにと慌てていたのはあるけれども、もっとこうスマートにやらないとまるで新人みたいじゃないか。
「いきなり結婚なんて~せめてお互いをもっと知り合ってからで~」
「は?結婚!?」
「え、結婚するの!?」
マリーさんがとんでもない発言をするものだから思わず大きな声が出てしまったのだが、それと同じぐらい大きな声が後ろから聞こえてきた。
慌てて後ろを振り替えるとそこには昨日スライムにボコボコ・・・じゃなかった、窒息させられてフラフラになったカイネの姿があった。
「カイネ・・・様、どうしてここに?」
「無法者が暴れているって通報を受けて来たんだけど、もういないみたいね」
「あぁ、それでしたら追い払いました」
「追い払った!?貴方が!?」
「えぇ、丁寧に話をしたら理解をしてくれたようです」
「・・・丁寧ねぇ」
信じられないという目で俺を見てくるカイネだが、一応ここでは辺境騎士とただの平民なので話し方に気を付けなければならない。
彼女からすれば俺の丁寧がどこまでなのかを探りあぐねているんだろうけど、別におかしい事は言ってないと思うんだがなぁ。
「まぁいいわ。それで、結婚がどうのって聞こえたけれどどういう事かしら?」
「いや、それは誤解です」
「誤解?」
「私はただ店に来てもらいたいと誘ったのですが、どうやらマリーさんに誤解されてしまったようで。という事ですのでマリーさん、結婚のお誘いではなく店の勧誘です。是非私の店でその腕を振るっていただきたい。給与条件などは別途詰めさせていただきたいのですが、ぜひ考えていただけませんか?」
恐らくそういう事なんだろう。
俺はただ店に来てほしくて誘ったのだが、彼女には求婚に聞こえてしまったようだ。
おかしいな、あの流れでそんな誤解する内容はなかったと思うんだが。
「そ、それじゃあ~俺んとここないかというのは~?」
「私の店に来てくれという事です、誤解させてしまったのなら申し訳ありません。というかそんなに知りもしない男に求婚されてはマリーさんも困るでしょう」
「困りはしますけど~、でも別に~・・・」
「別に?」
「なんでもないです~!お店の事は~ちょっと考えさせてください~」
「また仕事の依頼をさせていただきます、是非いい返事を期待していますよ」
これ以上長居しても彼女にプレッシャーをかけるだけだろう、カイネもいるしあまり事を荒立てたくない。
とりあえずやることは終わったので、あとは適当に買い物をしてダンジョンに戻れば・・・。
「なぁ」
「何かしら」
「なんでついてくるんだ?」
「気のせいじゃないかしら」
「辺境騎士様が露店で買い物するのか?」
「そりゃするわよ。見て、あのカップなんて可愛いと思わない?」
この女、周りに知り合いがいないことをいいことにグイグイくるんだがどういう事だろうか。
鎧を着ているという事は仕事中、にも拘らずなぜ俺と買い物を?
「可愛い・・・のか?」
「可愛いでしょ!」
「具体的にどこが?」
「リオーネクイーンみたいな色に、あの耳!」
リオーネクイーンと言えば南方の平原に出没する魔物で、集団であの狂暴なブラックホーンなんかを狩ることがあるらしい。
まぁぶっちゃけ言えばデカい猫だけどな。
「カップに耳がいるのか?」
「いるわよ」
「飲みにくいだろ」
「反対側には耳が無いんだからそこで飲めばいいじゃない」
「いや、カップを持ち上げたら刺さらないか?」
「可愛けりゃいいのよ」
可愛いさは使い勝手よりも優先される・・・のか?
っていうか見た目の割に随分と可愛らしい趣味なんだな、こいつ。
「・・・案外可愛い物好きなんだな」
「何よ悪い?」
「別に悪いとは言ってないさ。だが生憎と俺の趣味じゃない、パス」
「じゃああれは?」
「あっちは渋すぎる、パス」
「えー、じゃあこっちは?」
「色は悪くないが形がなぁ。満足するまでに一体何杯香茶を飲まなきゃならないんだよ」
次から次に紹介してくるけれどどれもいまいち、昨日はあんなに凛々しくリーダーシップを発揮していたというのに中身はこれかよ、うちのリサでももう少しまともな物を選ぶぞ。
「っていうか、ゆっくり買い物したいんだが?」
「いいじゃない別に」
「仕事中だろ?」
「巡回中よ」
「巡回中に買い物するなよ」
「怪しい人物を見つけたから監視してるのよ。いきなり女性に求婚だなんて、他の人にもしないか心配だわ」
いや、だからそれは誤解だっての。
そう言った所で話を聞きそうにないので、とりあえずドヤ顔で俺を見てくるカイネに向かって盛大なため息をつきつつ買い物の続きをすることにした。
リサ用の菓子ならともかくグラットや他の魔物向けの素材なんかも買いたいんだが、こいつがいるとそれも出来やしない。
全くいい迷惑だ。
「あ、そうだ!」
「ん?」
「この前言ってた化粧水だけど、ハンドクリームとかないの?」
「今のところ予定はないが、なんでだ?」
「あの化粧水も乳液もものすごくいい物なんだけど、手軽に使えないのよね。私の場合魔物との戦闘でよく手を洗うから普通よりも手が乾燥しやすいのよ。そう言う時に使えるのがいいと思ったんだけど、ないのね」
ふむ、確かに化粧水や乳液は入浴後に使うもので普段使いするものではない。
そういや王都でも冬場はハンドクリームの需要が増えていたなぁ。
年中流行るものじゃなかったからあまり気にしていなかったけど、もしかすると冒険者にも同じ悩みがあるかもしれない。
リサはあの感じだからべとべとして気持ち悪いとか言いそうだが、まぁ次の仕入れ候補に入れておくか。
「またいいのがあったら探しておく」
「よろしく。あ!そうだ、あのポーション!」
「ん?」
「店で買った効果の高いやつ、あれってマリーが作っていたのね」
「そうだが、よくわかったな」
「あの味は彼女のだから間違いないわ。貴方の所に引き抜かれるのは悔しいけど、自分で売るよりも作るのが好きな子だから大事にしてよね。あのポーションはうちの騎士団でも使うんだから」
「その時は是非買いに来てくれ」
なんだかよくわからないがカイネ的にはもううちに来ることになっているらしい。
後は本人次第だが、おそらくいい返事を貰えると確信している。
カイネの言うようにマリーさんは作るのは好きでも売るのは得意じゃない、それを俺がやれば好きな事だけやって生きていけるわけだから断る理由はないはずだ。
と、その時までは思っていたんだがなぁ・・・。




