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詞を継ぐ者  作者: 城門
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九章

 ホテルから出てみると、ニックとエリックはまだ戦いを続けていた。その周りに野次馬たちが集まって円を作っている。

「エリック。もういいよ」

 声をかけると、エリックは一声吠えてスタンの元へ走ってきた。

「ヨー、ちょっと待てよ、犬っころ! まだ決着はついてねえぞ」

「決着をつけさせてあげたいところですが、これ以上ここにいると動物虐待で逮捕されますよ」

「え――?」

 ニックが周りを見渡すと、野次馬たちは明らかに軽蔑した眼差しをニックに向けていた。

「い、いや。いやいやいやいや。ちょっと、違うんっすよ? あいつから先にケンカ売ってきて――」

 野次馬に言い訳するニックを置いて、スタンとエリックは歩き出した。野次馬を抜けて町の大通りへ向かう。しばらくして遠く後ろの方からニックの声が響いてきた。

「ヨー、置いていくなよ」

 走って追いついたニックは不満そうな表情でスタンを見据えた。

「ったく、なんなんだよ。なんか、アニキも犬っころも、俺に冷たくないか?」

「それは、あなたが余計なことを言うからですよ」

 スタンの言葉にエリックも隣で頷いている。

「はあ? 俺が? ……なに言ったっけ」

 心当たりがないのか、ニックはしきりに首を傾げている。そんな彼にため息をつきながらスタンは言った。

「さっき、チンピラの話しましたよね」

「チンピラ? ――ああ、それが?」

「もし、あのチンピラたちの話をあの人に教えたら、南の遺跡に奴らがいるってこと、わかっちゃうじゃないですか」

「それでいいんじゃねえの?」

「よくないです。あの人が先に本を見つけると全部連盟に持っていかれるんですよ。そんなのダメです。せめて、ぼくが詞を全て端末に入れるまでは待ってもらわないと……」

 スタンは言って右手の拳を握った。

「ヨー。つまり、アニキは犯人を捕まえるより詞を集める方が大切だ、と?」

「その通りです」

「当然だな」

 エリックも小声でそう言って頷いた。

「……ヨー。もしかしてアニキは自分を中心に世界が動いてるとか思ってる?」

「そんなことはありません。ぼくは自分のしたいことだけをして生きることをモットーとしているだけです」

「そうだ。それでこそ、スタンだ」

 息の合ったスタンとエリックを、ニックは呆れた表情で見比べていた。


 二人と一匹は調査団より早く本を見つけ出すため、さっそくバギーカーに乗り込んで南の遺跡を目指して出発した。

「着くまで三日ってとこですか」

 スタンは言いながら地図を広げる。

「ヨー、地図見たって載ってないんだろ?」

「ええ。けど、本のある場所はだいたいわかりますよ」

 スタンは膝の上に地図の何も描かれていない場所を乗せて詞を唱えた。

(タン)

 しかし、何も反応がない。

「だめじゃん」

 後ろから覗き込んでいたエリックがポツリと呟く。

「……どうやら、奴らが集めた本には詞が効かないみたいだ」

「効かない? そんなことできるのか?」

「さあ、わかりませんけど。実際、反応がないし」

「――もしかして、本はそこになかったりしてな」

「そんな不吉なことを言うんじゃないよ」

 スタンは振り向いてエリックを睨んだ。

「ヨー。でも、もしそうだったらどうする?」

「決まってるじゃないですか。あとは調査隊に任せて逃げますよ。あんな、とんでもない詞を使う人たちを相手に戦おうとは思いません」

「だよな。俺も賛成だ。まだ死にたくないし」

「とか言ってると、遺跡に着く途中で出会っちゃったりするんだよな」

「そんな不吉なことを言うんじゃないよ」

 スタンは振り向いてエリックを睨んだ。

 やがて日が暮れた頃、まだ危険地帯に入っていないことを確認してからスタンはバギーカーを停めさせた。

「なんだよ、アニキ。もう今日は進まねえのか?」

「ええ。明日からは危険地帯に入って気が抜けませんからね。今日は早めに休んだほうがいいです」

 そう言いながら自分の荷物から折りたたみテントを取り出した。そして慣れた手つきで組み立てていく。エリックも紐を引っ張ったりしながら器用にスタンを手伝っている。しかしニックはその様子を車体に寄り掛かって、ただぼんやりと眺めているだけだった。

「おい、馬鹿。おまえもテント組み立てろよ。おまえのは手伝わねえぞ」

 エリックが前足でロープを押さえながら言った。それでもニックは動こうとしない。

「まさかとは思いますが、テント持ってないんですか?」

 スタンの問いにニックは当然のように頷いた。

「今まで、これで寝てたし」

 そう言って彼はバギーカーをコンコンと叩く。

「……本当に、よく今まで生きてましたね」

 呆れ気味にスタンは言うと、出来上がったテントの入口を広げてエリックを入れてやる。

「それじゃあ、ぼくたちはこれで。おやすみなさい」

 スタンが自分もテントに入ろうとすると、ニックは慌てた様子で呼び止めた。

「なんですか」

「いや、今日の晩飯は?」

 その瞬間、スタンは鋭い目つきでニックを睨みつけた。

「今日のお昼。ぼくの食料を分けてあげましたよね?」

「え、ああ、あれ。そんなのもう食っちまったよ」

「おい、バカ」

 エリックがひょっこりとテントから頭を出した。ムッとしたようにニックはエリックを睨む。

「俺はバカじゃねえ」

「いいえ、あなたはバカです」

「ヨー、アニキー」

「あれは一日分の食料だったんですよ」

「え、そうなの? それならそう言ってくれないと」

 まったく悪びれた様子を見せないニックをスタンは冷たく一瞥し「そういうことですから、おやすみなさい」とテントへ入った。

「じゃあな、バカ」

 エリックも牙を剥いて笑うと、顔を引っ込めた。

「――え?」

 後にはただ途方に暮れたように立ち尽くすニックの姿が残された。その場に、切なく腹の音が鳴り響いていた。


 翌日、順調に南の遺跡へと向かっていた一行は、途中で小規模な遺跡地帯を発見した。そこはまだ誰にも荒らされた形跡がない。

「ヨー、アニキ。これはちょっと見て行ったほうがよくねえか?」

 期待した目でニックはスタンを見ている。スタンも普段より若干テンションが上がった様子で頷いた。

「そうですね。少しなら時間もありますし。手分けして見ていきましょう。価値のありそうな物は持ってきてください。あ、あと一応言っておきますが、あなたの取り分は借金を返すまで無しですから」

「ヨー、わかってるって。価値のありそうな物は全部アニキのもの。価値のなさそうな物は俺がもらってもいいだろ?」

「……それは、ぼくが見てからですね」

 顎に手をやり、考えながらスタンは答えた。

「オッケー。そんじゃ、俺はあっちの方、見てくるし」

「一時間後にここに戻ってください」

「了解ッス!」

 ニックは親指を立てて頷くと元気よく走って行った。

「さて。ぼくらも行こうか、エリック」

「ああ」

 スタンとエリックはとりあえず手近な遺跡の中へ入った。

 遺跡は天井が崩れ、少しでも衝撃を与えれば倒壊しそうなものだった。室内で目につくものは、古びた家具類のみ。めぼしい物は見当たらない。どうやらハズレだったようだ。次に入った遺跡では、まだ使えそうな物がいくつか残っているようだ。スタンがそれを手に取って眺めていると、部屋を探っていたエリックが鼻をヒクヒクさせながら低く唸り始めた。

「エリック?」

「――スタン。なんか、おかしいぜ」

 エリックは緊張した面持ちで何かの匂いを嗅いでいる。

「何が?」

「ここ、あの男の匂いが残ってる」

 あの男とは、おそらくスーツの男だろう。

「本当に?」

「ああ、間違いない。あいつ、妙な匂いがしてたからな。おまけにまだ匂いは新しい」

「つまり、まだ近くにいるってことか」

「その通り」

 スタンが周りを見渡した時、出入口の方から声が響いてきた。スタンとエリックは同時に振り返る。そこには、あのスーツの男が腕を組んで立っていた。

「これは驚きました。まさか、あの詞を受けてまだ生きてるなんてね」

 彼はスタスタと遺跡の中に入ってくると埃に埋もれた椅子をパンパン叩いた。

「こっちも驚きましたよ。こんなところで会えるとは」

 スタンは油断なく構えながら男を見据えた。

「ほう。私に会いたかったと?」

 男は埃を叩いた椅子にゆっくりと座り、足を組む。

「会いたくはなかったです。けど、聞きたいことはいろいろとあります」

「ほう。なんですか? 私に答えられることなら答えてあげてもいいですよ」

「まずは名前を教えてくださると嬉しいんですが」

「おや、これは失礼。私はレイと申します。よろしく、スタンさん」

「……ぼくの名前を?」

「ええ。ちょっと調べたらすぐにわかりましたよ。あなた、ずいぶん多くの本を図書館に納めてるんですね」

「それが発掘屋として、そして詞使いとしての義務だと思っていますから」

「義務、ですか。感心ですね。それで? 聞きたい事とはなんですか」

 レイは一瞬、嘲るような表情を浮かべると足を組み直した。

「まず、あなたが言っていた国家というのは、つまり詞使いだけの国ということですか?」

 いつでも動けるよう、警戒しながら尋ねたスタンにレイは嬉しそうに頷いた。

「そうですよ。やはり興味を持ってくれましたか。今なら、まだあなたにも国民になれるチャンスがある」

「チャンス、ですか。他に国民はどのくらい集まっているんです?」

「さあ。今は信用できる国民を選別している真っ最中ですからね」

「その国は、ひょっとして南の大規模な遺跡にあるとか」

「まあ、そうですね」

「……では、盗んだ本もそこに?」

 スタンの表情を見ていたレイは、面白そうに笑い声を上げた。

「なんだ。それが狙いですか。あなたは本を盗んだのが我々だと気づき、その本を自分の物にしようと思ったわけですね」

「いいえ、それは違います」

 否定するスタンを片手で制して、レイは続けた。

「いいんですよ。あなたほどの使い手なら、もっと強い詞を手に入れようと考えるのは当然だ。しかし、残念ながら教えるわけにはいきません。あれは我が主の持ち物ですからね」

「主?」

 スタンは眉を寄せる。

「そう。我が主。国の代表ですね。本を集めるのは国民の義務だが、使うのは国民ではない。しかし、それなりの評価を上げれば代表から詞を与えられる。いい仕事をすればするほど強い詞が手に入るというわけです。だから、誰かが勝手に持ち出したりしないように、本にはある詞をかけてある」

「なるほど。だから場所がわからない」

「そう。詞が欲しければ、仲間になることですね」

「仲間、ね。……危ない人体実験するような集団の仲間になる気はないですよ」

 スタンは軽蔑の眼差しでレイを冷たく睨んだ。しかし、レイは首を振りながら「それは違いますよ」とゆっくり立ち上がった。

「いいですか? あれは画期的な実験です。詞使いの細胞を与えられた者は詞が使えるようになる。今の段階で分かっているのは、使える詞はその細胞の持ち主が得意とする系統の詞のみということ。つまり、この実験が上手くいけば全ての詞使いが全ての詞を使えるようになるんです。素晴らしいでしょう。あなたも使えなかった詞が使えるようになるんですよ」

 自分に酔ったように両手を広げて喋り続けるレイ。スタンはそんな彼を冷めた気持ちで眺めていた。

「くだらない」

 彼の話を聞きながら、思わずスタンは呟いていた。レイは言葉を止めてピクリと眉を動かす。

「くだらない?」

「そう。まったく、くだらないですよ。ぼくは別に使えない詞があっても構いません。ぼくはただ詞の種類を全て集めたいだけですからね。詞が全て使えたところで、何かが変わるわけでもない。あなたがしていることは単なる自己満足ですよ、レイさん」

 レイはさっきまでの笑顔を顔に張りつかせたまま、口の端を引きつらせている。

「――どうも、あなたとは気が合わないようですね。仕方ありません。やはりここで死んでもらうことにします。今度は、確実に」

 低い声でそう言うと、レイはその右手をスタンに向けた。

「いいですよ。あなたの得意な火の詞を使ったらどうです? この前と同じように」

 スタンもレイに手を向けながら言った。その隙に、エリックは遺跡の外へと逃げていく。

「リクエストですか。いいでしょう。ご要望にお答えして、本気でやりましょう」

 左手でレイは眼鏡をずり上げた。二人の間に緊張した空気が広がる。しばらくの沈黙のあと、二人は同時に詞を唱えた。

()(エン)(エン)(セン)

 二人の手の先から凄まじい炎が飛び出してぶつかり合う。炎はしばらくぶつかり合いを続けた後、少しずつスタンの炎がレイを圧し始めた。

「何だと!」

 動揺した様子でレイは力を込め直す。しかし、炎はどんどん圧され続けてレイの目の前へと迫っていく。

「く、くそっ!」

(シュ)(ショウ)(スイ)

 たまらずレイは別の詞を唱えて自分の身を守った。その様子を見てスタンは密かに頷く。

「これは驚きましたよ。まさか、私の詞が負けるとは」

 引きつった笑みを浮かべたまま、レイは一つ大きく息を吐いて続ける。

「しかし、次の詞はあなたには使えない。あの遺跡のように消えてなくなるといい!」

 目を見開き、レイは不気味に笑いながら詞を唱えた。

(メチ)

(ヨウ)(ホン)

 同時に唱えたスタンの詞は生まれた闇を一ヶ所に集めていく。集まった闇は一つの球体に姿を変え、勢いよくレイに向けて放たれた。

「そ、そんな、バカな!」

 レイは驚きと恐怖に表情を歪ませ、返された闇を体に受ける。

「い、いやだ。やめてくれ! 私は――」

 闇は大きく膨らみ、叫ぶレイを飲み込んでいく。そしてなんともいえない気味の悪い音を響かせながら弾けて消えた。次の瞬間、そこには何も残されていなかった。遺跡の床も無くなり、丸く穴が開いて地面がまる見えになっている。

「単純な奴でよかった」

 ため息をつきながらスタンは一人そう呟くと外へと向かう。遺跡の外ではエリックが座って待っていた。

「よお。ご苦労さん。あいつは?」

 スタンは一度遺跡の中を振り返ると、尻尾を振りながらこちらを見上げているエリックの頭に手を置いた。

「消えたよ。跡形もなく、ね」

「へえ。どうやったんだ? あのとんでもない詞、防いだんだろ?」

 エリックの言葉に、スタンは笑って「まあね」と答えた。

 実は町を出る前、スタンはローレンにもう一つの詞を教えてもらっていた。それは、相手が唱えた詞をそのまま相手に返すという効果を持つものだった。しかし、この詞の発動には条件があった。自分が相手より強い使い手であるということだ。だからスタンはわざと同じ詞を使わせ、レイと自分の強さを比べたのだ。結果、かろうじてスタンの方が勝っていた。それを確認して、スタンはあの詞をレイに返したのだった。確実に返せるように威力増幅の詞を付け足して。

「あいつがおしゃべりで単純だったから助かったよ」

「へえ。よくわかんねえけど、よかったな」

 エリックは尻尾を振って笑みを浮かべた。

「それで、何か値打ち物はあったか?」

「ああ、まだ見てないや。ちょっと待ってて」

 そう言って遺跡へ戻ろうとしたスタンはふいにその足を止めた。

「どうした?」

 エリックが不思議そうにスタンを見上げる。スタンは答えず、静かに後ろを振り返った。

「……そこに、誰かいますね」

「え?」

 エリックが驚きながらスタンが見つめている方を振り返る。そこは崩れ落ちた遺跡の瓦礫が山を作っている場所だった。

「出てきてください」

 スタンは言いながら右手をそちらへ向けた。すると、瓦礫の陰から「ばれちゃったか」と女の声が聞こえてきた。そしてゆっくりと声の主が現れる。

 歳はレイよりも少し下ぐらいだろうか。真っ赤な髪の毛に、真っ赤なジャケット。レイのスーツ姿ほどではないが、やはりこの遺跡地帯には不似合いだ。化粧は濃く、細く釣り上がった目は猫を連想させる。

「俺、何も匂わなかったぞ」

 女の姿を睨みながらエリックが不満そうに呟いた。そんなエリックに女は微笑みかける。

「あら、喋る犬なんて珍しいわね」

「あなたは、さっきのレイって人の仲間ですか?」

 スタンは手を彼女に向けたまま言う。すると彼女は少し眉を寄せて「そうね、一応」と頷いた。

「本当はあんな変態と仲間なんて嫌なんだけど。本集めのためにはあいつのやり方が効率的だったから、仕方なく一緒に行動してあげてたの」

「……仲は良くなかったみたいだな」

 隣でエリックが呟く。彼女は肩を竦めた。

「それにしても、あなたすごいのね。あいつの詞を返しちゃうなんて。スタンちゃん」

 女の口調はまるでスタンをからかっているようだ。スタンは苛立ちを覚えながら「そういう呼ばれ方は好きじゃありません」と女を睨む。

「まぁまぁ、そう怒らないで。その物騒な手を下げてもらえないかしら? わたし、詞使いじゃないのよ」

「しらばっくれないでください。あなたも詞使いのはずだ。わかってるんです。あなたたちは詞使いの国を作ろうとしているんでしょう?」

「……レイが喋っちゃったのね。まったく、あいつは最後まで――」

 女は表情を歪めて呟くと、ため息を吐いた。

「しょうがない。本当は面倒くさいから嫌なんだけど、あなたみたいな反抗的な詞使いは邪魔になるだけだから、消させてもらうわ」

 そう言って、彼女はおもむろにポケットから小さな黒い円盤を五枚取り出して空中へと放り投げる。その円盤は空中でピタリと静止した。

「なんだ、あれ?」

 エリックが言いながら尻尾をピンと立たせた。スタンはいつでも動けるように構えながらエリックに離れるよう指示する。

「スタン、気をつけろよ」

 エリックは言って、少し離れた遺跡の陰へと走って行った。その動きを目で追いながら、女は「あなたが死んでもあの犬はわたしがもらってあげるから心配しないで」と笑う。

「それはどうも」

 スタンは言いながら足を踏み出した。同時に女が詞を唱える。

(エン)

 すると、空中に止まっていた円盤が炎に包まれながら回転を始めた。

「なんだ?」

 円盤はしばらくその場で回転していたかと思うと、突然スタンに向かって猛スピードで飛んできた。慌ててそれを横に跳んで避けるが、すぐに円盤は方向を変えて戻ってくる。そのうちに円盤は、五枚がそれぞれ独立した動きでスタンを狙い始めた。

「このっ……!」

 スタンは首に下げた鎖から刀を取り外すとサイズを戻し、刀を抜いて構えた。そして迫りくる円盤を次々と地面へと叩き落としていく。その様子を女は慌てもせず、面白そうに眺めていた。すべての円盤を叩き落としたスタンは一つ息を吐くと、女の方へ向き直った。

「なんなんですか、これは?」

 言いながら一歩踏み出したスタンの耳にエリックの声が響いた。

「スタン、まだだ!」

 反射的に振り返ると、叩き落としたはずの円盤が五枚ともふわりと浮きあがっていた。

「さあ、そろそろ本気でいこうかな」

 女は口の端を上げて微笑むと、浮いたまま回転を続ける円盤に向かって詞を唱えた。

(ライ)

 次の瞬間、炎に包まれていた円盤にビリビリと黄色い筋が走り始めた。そして再びスタンに向かって飛んでくる。スタンはそれを刀で払おうとしたが、すぐにその手を止めた。そして、大きく跳んで円盤を避ける。

「スタン? なにしてんだよ。そんなことしてたら当たっちまうぞ!」

 エリックの声が聞こえる。スタンは「そんなこと言っても……」と呟きながら必死に円盤を避け続ける。この刀と鞘がどんな材質でできているかわからないが、電気を通さないとも限らない。

「ぼく、感電っていうのはちょっと……。痛そうだし」

「そうねー、痛いかもしれないわね」

 女は面白そうに笑いながら様子を眺めている。今ならば隙だらけだ。しかし、スタンはスピードを増していく円盤を避けるだけで精いっぱいだ。詞を使う間合いが取れない。

「これは、本気でやばいな」

 スタンは呟きながら覚悟を決めると、刀を構えなおした。そして正面から向かってくる円盤目掛けて振り下ろす。しかし、円盤はその直前でピタリと動きを止めた。

「どうしたんだ?」

 エリックの声を聞きながらスタンは女に目を向けた。しかし彼女はこちらを見ていなかった。後ろを向き、どこか遠くを見つめている。

 少しして、女は急にこちらへと顔を向けたかと思うと軽く右手を振った。五枚の円盤が彼女の元へ戻っていく。いつの間にか円盤を覆っていた詞の力も消えている。

「どうしたんですか? ぼくを殺すはずでは?」

 スタンが言うと、女は口の端を上げて笑って見せた。

「そのつもりだったんだけどね。どうやら、わたしがやらなくてもよさそうだから」

「どういうことです?」

「すぐにわかるわよ。それじゃ、わたしはこれで」

 女は意味ありげに笑うと、そそくさとその場から走り去っていく。その後ろ姿をスタンは呆然と見送っていた。

「おい、よかったのか? 逃がしちまって」

 近くまで歩いて来ながらエリックが言った。

「あ、そうだね。もっと色々と聞けばよかったね。なんだか唐突に逃げていったものだから、つい見送っちゃったよ」

 スタンは刀を鞘に収めながら女が見ていた方へと視線を向ける。

「いったいどうしたんだろう」

「さあな」

「ま、いいか。とにかく、売れそうな物を持って車へ戻ろう」

 スタンは刀を小さくして鎖に下げると、遺跡の中へと入っていった。


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