十章
しばらく遺跡を散策して、両手一杯の前文明品を手に入れたスタンはご機嫌になりながらエリックと共にバギーカーへ戻った。
「あれ。ニックはまだ戻ってないみたいだな」
「一時間はとっくに過ぎてるのに、何をやってるんだ」
言いながら荷台に収穫物を詰め込んでいく。
「案外、戻ってこない俺たちを探しに戻ったのかもしれないぜ」
その時、どこからか声が響いてきた。聞き覚えのある声だ。そちらに顔を向けると、ニックが何かから逃げるように慌てて走ってくるところだった。彼は大きくこちらに向かって両手を振っている。
「なにやってんだ? あいつ」
エリックの声を聞きながらスタンはニックの後ろへと視線を移す。
「……なにか来る」
「なに?」
ニックの後ろに黒い影が見える。
「亜種動物に襲われてんのか?」
エリックが呟く。しかし、だんだんと近づくにつれてそれが亜種動物などではないことがわかった。動物であることは間違いないだろう。だが、スタンが知っているような生き物ではない。
「ヨーッ! た、助けてくれよ」
ニックは悲鳴を上げながらスタンの背に隠れた。
「あれは、なんですか?」
「わかんねえっ! 遺跡の中調べてたら、いきなり襲ってきやがった。なんか気持ち悪いから殴る気にもなんねえし。で、逃げてきた」
ニックが話す間に、それはスタンの目の前まで来て止まった。三匹の正体不明の生物は様子を窺うようにユラユラとその場で揺れ始めた。
「……たしかに、これを殴るのは嫌ですね」
「でも動きがニックの戦う時に似てるな」
「やめてくれよ。俺はこんな気持ち悪くねえって」
その生物の体は熊や狼などの獣で形成されており、背中や腹には人間の顔が埋め込まれている。顔は男ばかり、その年齢はバラバラだ。さらに、本来は頭があるべきところには人間の手足が何本もある。首から、手足が生えているのだ。それだけでも気持ち悪いというのに、背中や腹に埋め込まれた顔はこちらに視線を向けて不気味に微笑んでいた。
「さて、どうしよう。ぼくも気持ち悪くて、あまり戦いたくないんだけど――」
スタンは眉を寄せてエリックに目を向ける。
「え、いやいや。俺だってご免だって」
「……れい」
「ん、何か言ったかい?」
エリックは首を横に振る。ニックも同様に首を振っている。だが、たしかに声が聞こえた。
「ひょっとして……?」
二人と一匹の視線が謎の生物に向かう。
「……れい。いない。れい。ころした」
三匹は低い声で同時にそう言うと、一斉にスタン目掛けて飛び掛かってきた。
「うわっ!」
二人と一匹は横に跳んでその攻撃を避ける。
「ヨー、れいって誰だよ?」
「こないだのスーツの男ですよ。さっき、ぼくが倒しましたけど」
攻撃を避けながらスタンが言う。
「ってことは。こいつらは、その野郎の連れか?」
「みたいですね。ぼくを仇だと知ってるみたいです」
「じゃあさ。こいつらのご指名はアニキみたいだから、後は任せるぜ。俺と犬っころは遠くで見守ってるからよ」
「頼んだぜ!」
ニックとエリックは息ピッタリに、その場から離れていった。
「あ! なんて卑怯な」
スタンは二人を恨めしく睨みながらため息をついた。
「まったく、しょうがないな」
その間にも三匹は素早い動きで首の上に生えた手足を使い、スタンを殴りつけてくる。よく見るとその爪は異常に長く、ナイフのように鋭く尖っていた。
「気が進まないな……」
ぼやきながら、スタンは首から刀を外して大きさを戻す。
「はっ!」
気合いと共に一匹の首から伸びた手足を切り捨てる。切られた手足は、しばらくトカゲの尻尾のようにバタバタと跳びはねていたが、やがて動かなくなった。しかし武器を失ったにも関わらず、その一匹はまだスタンに向かって走ってくる。
「やれやれ。逃げる気はないみたいだね。それとも、そんな考えも浮かばないだけなのか」
「れい。ころした。ゆるさない」
同じ言葉を繰り返しながら、三匹は休む間もなく攻撃してくる。だんだんとスピードも速くなっている気がする。
スタンは鞘で攻撃を受け流しながら刀を振り続けた。三匹には元々防御という観念がないようで、スタンの攻撃を確実に受けている。それでも攻撃のスピードが緩むことはなかった。
「――仕方ないな」
スタンは呟くと大きく刀を振り抜いた。相手の胴が二つに分かれる。もう一匹。さらにもう一匹。スタンは確実に一匹ずつ切り倒して距離を置いた。切り離された胴体は、ピクピクと動きながら片割れの元へと移動しようとしている。
「うわ! 気持ち悪っ!」
思わず声を上げながら、スタンはそれに向けて右手を向けた。
「炎」
スタンの詞によって現れた炎は三匹を覆い、焼き尽くしていった。
「……れ、い」
最後に三匹のうちのどれかが呟く声を聞いた。
「ヨー! 終わったか」
のんきな口調で言いながらニックが意気揚々と近づいてくる。エリックも一緒だ。スタンはそんな一人と一匹を冷たい目で睨みつけた。
「まあまあまあ。そう怒んなって」
エリックがなだめるように言うと、煙があがっている地面に目をやった。三匹は跡形もなく焼かれてしまったようだ。ふわりと灰が風に舞う。
「あの女が言ってたのはこいつらのことだったんだろうな」
「そうだね」
「あの女って?」
ニックが不思議そうに首を傾げる。
「この前の男の仲間ですよ。さっきまでいたんですが、逃げて行きました」
「ふうん」
「でも、あれ、なんだったんだろうな。……人間の亜種か?」
エリックがスタンを見上げる。
「いや。あれはきっと、あのレイっていう悪趣味な詞使いの実験とやらじゃないかな」
「実験ってなんの?」
「それは、本人に聞いてみないとわかりませんけど。どうせろくでもない実験ですよ。人体実験なんて悪趣味にも程がある」
嫌悪感に吐き気すら覚えながらスタンは言い捨てた。
「さあ、もうさっさと先に進みましょう」
気持ちを切り替えるようにそう言うと、スタンはバギーカーの助手席へ乗り込んだ。エリックもそれに続く。ニックは黒く焼き焦げた地面をしばらく見つめてから、運転席のドアを開けた。




